サーバーダウン
『こんなの聞いてないわよ!』
スマホのスピーカーがぶっ壊れそうだった。
俺はなんとか耳元を遠ざけながら、マイクに向かって話す。
「そうだろうなあ」
『だろうなあ、じゃないわよ!』
「ああ……当事者が話したいそうなので、変わるぞ」
袖を引いてきた相手に、スマホを渡す。
受け取った本人はにこやかに言った。
「やっほー、らいむだよ! やったねナゲノお姉さん、大人気じゃん!」
◇ ◇ ◇
9月18日。ベータテストを開始して三日目。
この日まで、ケモノプロ野球リーグは、クローズドベータということもあって静かに話題になっていた。変な言い回しだが、とにかく実際に見た人同士の間ぐらいでしか話題になっていなかった、ということだ。
様々な意見があったが、おおむね好意的だった。ずいぶん隅々までチェックしたユーザもいるようで、他のユーザが機能に関して困っていることをSNSにつぶやくと、即座に他のユーザから回答があるような状況になっている。
不満として大きかったのは、やはり実況のないことだった。草野球らしくていい、という意見も少数あったが……ナゲノの動画が公開されれば納得されるだろう。実況はユーザが自由にしていいのだと分かってもらえるに違いない。
極端な意見として、試合展開の調整が露骨だとか、そもそも自分で操作できるゲームだと思っていた、とかそういう誤解に基づくものもごく一部にはあったが――大多数は、静かに歓迎してくれていた。
『取材の申し込みもきてるぜ』
授業中も、ミタカからチャットでそんな連絡がきたりする。
『どこからだ?』
『この間独占取材してもらったトコだ。改めて話が聞きたいんだと。他はまだだな。ちぇ、もうちょっと来ると思ってたんだがな』
『そうか……』
『たくさんメディアにベータテスト参加権配ったのにね。タダで見れるように。ねえねえツグお姉さん、配った参加権の使用数はどれぐらい?』
『3件ぐらい、かな』
『そっかー……みんな忙しいのかなぁ?』
ライムから泣き顔スタンプが連打される。
『やめろうっとーしい』
『ともかく、これは戦略を立て直す必要があるね! お兄さん、今日家に行くからよろしくぅ』
そう発言して、ライムはスタンプを貼る。
――雲のキャラクターのやつ。
「ブホッ!」
「アァ!? 何がおかしいんだ、大鳥!?」
「すまない、くしゃみだ」
噴き出したいろいろな液体を拭きながら、教師をごまかす。
ともかく、静かだった。
その動画が飛び出すまでは。
◇ ◇ ◇
”ケモノプロ野球リーグ運営ツイッター担当です! クラウドファンディングで投資していただいた皆さん! 土日のベータテストはご覧いただけましたか!?
”四チームのリーグ戦は、まだまだ始まったばかり! クラウドファンディングもゴールまであと少し! ストレッチゴールの先が目指す完成系です! どうぞご支援ください! https://
”とはいえ、投資しないと観戦していただけない現状では、人に勧めようにも勧められないですよね? そうですよね、ベータテストだからみなさんの動画配信は自粛いただいてますし……
”ということで! 公式動画をご用意しました! こちら二日目に行われた、河川敷ハウリングス対肉食ウォリアーズ第二回戦の実況動画です! 実況には毎日野球実況動画を投稿されている実力派配信主、ふれいむ☆さんにご協力いただきました! どうぞご覧ください! https://
”いかがですか? 実況がつくとより野球っぽくなりますね! このようにケモノプロ野球リーグでは、正式サービス後、実況動画の生放送や投稿を推奨してまいります! どうかマイ実況で盛り上げてくださいね!
”ところで……
”もう一試合見たいですよね?
”ですよねー、普通の実況動画じゃ、盛り上がれませんよねー
”じゃーん! そこでこちら! 河川敷ハウリングス対肉食ウォリアーズ第一回戦の動画です! 実況はふれいむ☆さんですが、なんと解説は弊社代表の大鳥がつとめます! ふれいむ☆さんによる代表への容赦のないツッコミ実況をごらんください! https://
”時間がない人向けのハイライト動画はこちら!
・ふれいむ☆さん打撃集 https://
・ふれいむ☆さん怒号集 https://
・ふれいむ☆さん悲鳴集 https://
・ラビ太の受難 https://
”ベータテスト中の動画配信は今回限りですが! 正式サービス開始後は全試合生放送&録画配信で誰でも見れます! でも草野球リーグを生で見れるのは今だけ! ぜひぜひご支援ください! じゃあね! https://
◇ ◇ ◇
「……ってツイートしたら! あっという間に拡散されて! 一時期はトレンドワードにも入ったんだよ? 大人気だね!」
『だね、じゃないわよ……確かに再生数伸びてるし、話題にもなってるけど、アタシ、聞いてないわよ』
らいむの投稿した第一回戦――テスト収録した一回目の動画は、俺とナゲノのやりとりを中心に面白おかしく編集されていた。
『打撃集って何よ、打撃集って』
「ナゲノお姉さんが肘打ちしたりするところだよ?」
『そうだけど、そうじゃなくて!?』
打撃集はかなり再生数が高かった。打撃音と俺のうめき声がクリアに聞こえる。
「いいじゃん? 大人気だよ?」
大人気だった。
アンテナの高い面白系情報サイトが取り上げ、拡散され、回りまわってKeMPBへの取材依頼が殺到していた。面白系サイトだけでなく、ゲーム系の主要なメディアからも。さらには広告出展の問い合わせも倍増している。
『よくないわよ』
だが、ナゲノの意図に反することはいけない。
ナゲノはきちんとした実況を納品してくれるつもりだったのだ。それを――
『ああいうのが欲しいなら、言ってもらわないと!』
――うん?
「怒っているんじゃないのか、ナゲノさん」
『怒ってるわよ。だってそっちから謝礼もらって動画撮ったのよ? つまりプロの仕事よ?』
「そうだな」
『仕事ならちゃんと求めてるものを言わないとダメじゃない。言われればもっと打撃してやったのに』
やめてくれ俺が死んでしまう。
俺がわき腹を押さえると、ライムがまたひょっこりと隣から割り込んだ。
「えへへー、ごめんね? でもでも、ハプニングっていうかさ? 最初は普通の実況動画のつもりだったんだけど、素のナゲノお姉さんとお兄さんの夫婦漫才があまりに面白かったから、きゅうきょ方向転換?」
『だッ、だれが夫婦漫才よ!』
「じゃあ親子漫才?」
『アタシはアイツのおかんじゃないッ!』
「それにさー、最初から言ったらやらせ臭くなったかもだし、あと――」
ライムは雲のように笑う。
「ナゲノお姉さん、再生数伸びたから許してるとこもあるでしょ?」
『うッ……』
「最初から漫才してくれーって言っても、イヤだったんじゃない? でも実際はそれが大人気! これが正解だったんだよ!」
『アンタ……小学生の癖に、黒いわね』
雷雲だからな、黒いだろう。
「もー、らいむは14歳だよ!」
『中二の癖に。……まあそこはどうでもいいわ。とにかく、一言文句を言いたかったのよ。今後はこういうことはやめて、事前に相談してよね』
「ええー、文句なの? らいむ、感謝されていいと思うな。ナゲノお姉さんの投稿動画でぶっちぎりの再生数じゃん?」
『ウッ……と、とにかく! 用件は以上よ! じゃあね!』
通話が切れと、ライムはこちらを見て雲のように笑った。
「これが広報ってやつだよ、お兄さん」
◇ ◇ ◇
ライムの『広報』はKeMPBに嵐を巻き起こした。
『イニシャルゴール、達成したぜ』
まずミタカが報じたとおり、クラウドファンディングのイニシャルゴール……初期目標額が達成された。
『マズは一安心ってトコだな』
『安心していいんスか?』
『アァ、クラウドファンディングはイニシャルゴール未達成だと、いくら金が集まってても資金を受け取れねぇんだよ。返金になる。逆に達成すりゃ受け取りは確実だ。皮算用じゃなくてキッチリ予定に組み込める』
「ストレッチゴールもすぐに達成しそうじゃん! すっごい勢いだよ!」
ライムのはしゃぐとおり、最初のストレッチゴール……延長された目標額にも到達しそうだった。これが達成できれば、二軍の試合が放送できるようになる。
「あー、残念だなあァ! KickStarterの日本語対応、一ヶ月早ければもうちょっと伸びたかもなのにィ」
「あ、えと、アプリのダウンロード数も増えてるよ?」
従姉がスマホアプリのダウンロード数のグラフを見せてくれる。これまで横ばいだったグラフは、一気に跳ね上がっていた。
「評価が下がっているのはなんでだ?」
「これじゃない? お兄さん。『アプリは無料だけどベータテスト中は金を払わないと見れないから星ひとつです』だってさ!」
「なるほど……」
『注意書きしてあんだけどな。読まねーやつはとことん読まねーし。まっ、勘違いでもダウンロードランキング上がったほうがいいダロ』
『ええぇ……よくないデスヨ……』
困惑した声を上げるのはニャニアンだ。
『コレ、マジで利用する人どれぐらいデスカネ? スマホ版だけじゃなくて、ブラウザ版も合わせて……』
『ベータ参加者数とダウンロード数にそう大きな乖離はねーから、ほぼほぼダウンロード数と同じぐらいの利用者がいるんじゃねーか?』
『うぅ~ん……』
「何か問題なのか?」
『イヤ、多分ダイジョブと思うんデスケドネ』
ニャニアンは説明する。
『自動カメラの動画配信はYoutubeLiveを使ってるからウチに負担はないんデスケド、スマホ版とブラウザ版のゲーム内視点の生成には、クラウドゲーミングの技術を使ってるデスヨ』
『クラウドゲーミングってなんスか?』
『アァ、サーバ内でクライアントを動かしておいて、ユーザからの操作を受けて画像を生成して配信する仕組みだ。つまりサーバのリソースと回線帯域を食うんだな。だけどアクションゲームでもねぇし、画質もだいぶ削ってある。ダウンロードしたやつらが全員使ってもヨユーじゃねーか?』
『んー……マッ、おさまりマスカネ……』
『もし爆発的にユーザが増えてサーバが飛んだら、そんときゃそん時だろ。なーに、ベータテスト中に人気が爆発してサバ落ちするなんて、勲章みてぇなモンだって。落ちたらセプ吉になんかおごってもらおーかね』
『ハッハッハ、そうデスネー。マ、落ちマセンケドネ。ワタシ、ちゃんと計算してマスカラ』
だが笑ってられるのはそれまでだった。
夜のナイトゲーム配信時間を前にして、ベータテスト参加者はさらに増え、アプリのダウンロード数も増えていった。SNSでも昼のデイゲームの感想と、ナイトゲームへの期待、そしてユーザ主導のベータテスト参加の呼びかけが加速し――
《混雑のためサーバにアクセスすることができません》
画面に表示されるメッセージに。
『よっしゃあああああああ!』
『いやあああああああぁぁ──!』
それぞれの叫びが発せられるのだった。
◇ ◇ ◇
”ケモプロ広報担当です。スマホアプリ版、ブラウザ版の障害を確認しました。申し訳ありません。現在、復旧に向けてチーム総出で対策会議中です……今しばらくお待ちください。
”なおPCクライアント版、動画配信版での視聴は可能です! 動画配信版でご視聴いただけると助かります! https://
◇ ◇ ◇
「そろそろ問題点をまとめよう」
各々が忙しく作業すること半時間ほど。従姉の動きが落ち着き、ライムが暇だ暇だと落ち着きなく動き始めたのを見て、そう声をかけることにした。
「はいはーい! らいむ、今起きてる障害の原因が知りたいな!」
「そうだな。障害はスマホアプリ版とブラウザ版だけ、ということでいいのか?」
ケモプロは視聴するのに四つの手段がある。クライアントプログラムをPCにインストールすることですべての機能が使えるクライアント版。自動カメラで作成された動画を配信サイトで見るだけの動画配信版。そしてクラウドゲーミング機能を使ってクライアント版とほぼ同等のことができるスマホアプリ版とブラウザ版。
『アァ。落ちてるのはそいつらが使ってるクラウドゲーミング機能だけだ。他に影響はない――試合は問題なく進行してるし、クライアント版や動画配信版では観れてる。クラウドゲーミング機能が落ちたのは、アクセスが増えて処理できる人数以上の要求が来たのが原因だな。もう座席が満員だから、新しく座れねェみたいなイメージだ』
『そしてそれでもなおアクセス要求を繰り返されて、入り口のサーバがアップアップしてるデスヨ。おかしいデスネ……ベータテスト参加人数分はギリギリ収容できるハズだったんデスガ……』
「えっと……ログを見たらひとりでスマホ版とブラウザ版を複数同時に使ってる人が、けっこういたよ。そのせいだと思うな」
『アァ……ベータテスト用の認証キーさえあればそのへんは制限かけてねェからなァ』
『シット……ひとつで見れば十分デショウ!? 重複キーをはじきマショウ! そゆことするから、計算が合わなくなるんデスヨ!』
『それもひとつの手だな……アァ、どうやらそういう仕様に気づいてキーを掲示板で公開してるバカもいるな。やるか?』
「はんたいはんたーい! らいむ、そういうの反対ッ! 正式サービス後は無料で見れるんだよ? ちょっとぐらいズルしたっていいじゃん」
らいむは雲らしからぬ強固さで反対する。
「そういう締め付けは、広報担当としてはNGでーす! 重複排除したら、ズルしてない人にも影響あるでしょ? そんなの評判落ちるばっかりだよ!」
『マァ……いろんな環境で見るヤツがいるからなァ。ねェとは言い切れねェ』
「でしょ? ズルしてる人はズルだってみんな分かってるんだし、この程度は無視して度量を示さないとだよ! だいたい、正式サービス後は言い訳できない障害じゃん?」
『ウゥ……確かに、そうデスケド』
正式サービス後は誰でも見ることができる。確かに人数を言い訳にすることはできない。
「正式サービス後、か……なあミタカ、座席が足りないなら、増やせないのか?」
『そもそもだ』
俺が尋ねると、ミタカがゆっくりと説明する。
『一日に試合をデイ・ナイトの二つやんだろ? で、試合はひとつのサーバをフルに使ってやってる。となると、例えばデイゲームやってるときはナイトゲームのサーバが多少暇なんだわ』
「そうなのか」
『で、サーバを暇させとくのもなんだし、せっかく空きのあるリソースだから使おうって事を考えて、クラウドゲーミングが案にあがった。で、スマホや低スペックマシンのブラウザでも好きな座席からの視点で見れるようにしたんだが……』
「人が殺到して、空きサーバが満員になったと」
『まァそういうこった。で、空きサーバがあるから……余裕があるからってやってたことなんだが、これを今来てるリクエスト全部に対応しようとすると……新しく専用にサーバ用意しねェとだな』
「高いのか」
『たけェな。全体予算が倍か、それ以上。正式サービス後の集客次第じゃ、客が来れば来るほど費用がかかることになる』
「――わかった」
おそらくミタカも分かっている。が、こういう時に自分が発言することが、代表の役割だろう。
「クラウドゲーミングの仕組みを使うのは、やめよう。座席からの自由な視点が提供できないのは残念だが、自動カメラの動画配信版は人が増えても大丈夫なんだろう? スマホ版とブラウザ版でも、その動画を流すことにしよう」
『――マァ、そーだな。そうするしかねェわな』
機能の一部削除。
仕組みを用意してきたメンバーにとっては辛いことだろうが、今、そして今後を考えると切り捨てるしかない。
『そーすっとやっぱサーバが暇になんだが……そこは別のことを考えっかね。学習の強化でもすっか』
「頼む。それで、クラウドゲーミング機能の停止は、どうしたらできる?」
「えと、アプリ版もブラウザ版も、サーバ側でちょっと変更をいれるだけで、大丈夫」
「アプリもなの? らいむ、アプリって審査とかあって時間かかると思うんだけど?」
「完全に機能を消すには、アップデートが必要なんだけど……こういうことが起こるかなと思って、暫定的な対処だけなら、サーバ側の変更でできるようにしてたの」
「へぇー! さっすが、ツグお姉さん! いい仕事してるぅ! じゃあ早速やろうよ! らいむも告知するし!」
『あー、ソレなんデスケドネ……』
ニャニアンが言いづらそうに割り込む。
『そのスイッチの役割をするサーバがデスネ……アクセスされすぎて飛んだみたいで……』
『KVM使ってリモートでリセットすりゃいいじゃねェか』
『そこもなんか飛んだみたいなんデスヨネー……ハッハッハ』
「……つまり?」
『ええ、つまりデスネ』
ごそごそ、と物音がする。
『ワタシ……データセンターに行ってきマス……』
「……領収書はちゃんと貰っておいてくれ」
かくしてその夜。ニャニアンがデータセンターに向かい、サーバを物理再起動。機能を削除したことで初めての障害は収束を迎えた。機能を削除せざるをえなかったことについては、広報担当であるライムの丁寧な説明もあってユーザーに受け入れられ、騒ぎは軟着陸を果たした。
が、サーバルームでニャニアンの仕事は終わらなかった。
サーバの構成部品で一部故障が発生して、そのせいでリモートで再起動ができなかったという事実が判明したのだ。結局、メーカーのサポートを呼びつけることとなり、ニャニアンは深夜残業が確定した。
『わりィけど、オレは寝るからな? VRの仕込みがまだ終わってねェし』
『仕込みが終わってないのはこっちもデスケドネ!?』
「仕込みというと――アレか」
『ええ、そうデス』
ニャニアンはサーバルームの風音に負けない圧の声音で、宣言するのだった。
『アレを見るまでは――死ねマセンからネ!』
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