実況!ケモノ草野球(後)

 一回の裏、肉食ウォリアーズの攻撃。


「――フォアボール! 五番、五月森マグ夫、粘ってフォアボールで出塁。ツーアウトで満塁の場面となりました。河川敷ハウリングスのピッチャー、なまもく……生目モノマサ、すっぽ抜けてしまったか」


 ナマケモノのモノマサは左のサイドスロー投手。それが問題なく投げているのを見て、ナゲノの実況の裏で俺は一安心する。ミタカから問題ないとは聞いていたが、左利き投手の投球、最初の頃はひどかったからな……暴投というレベルじゃなかった。


「次のバッターは六番、キャッチャー……山茂ダイトラ! その巨体がバッターボックスにおさまります! 2対0、一打同点、逆転もありうる場面です! ……と、ダイトラの思考が表示されたけど、これは?」

「顔アイコンはその選手のことを考えている、ということだ。これは、ラビ太だな」

「へぇ……リードもクソもないバッテリーだったけど、気概みたいなものは持ってるんじゃないの、ダイトラ。相方のために気合入れるなんて」

「ベンチも盛り上がっているぞ」

「ふんふん、打率は低いけど、得点圏打率はかなりのものじゃない。チャンスに強いのね」


 相変わらずしかめ面でバッターボックスに立つダイトラ。ベンチでブチ丸、カリン、ハギルの三人がはやしたて、ラビ太が祈るようにその背中を見つめる。

 そして――


「――ストライク、アウト。最後は空振りで、肉食ウォリアーズ、一回の裏の攻撃を終えました」

「ベンチも白けているな」

「まったくよ。打ちなさいよ!? なんの調整よ!?」

「試合の流れの調整はしてない。完全にダイトラがモノマサに負けただけだ」

「空気読みなさいよ、ダイトラ!」


 だがダイトラは空気を読まなかった。


「一塁ランナースタート! ダイトラ、送球……しな、い?」

「間に合わないと思ったんだろう」

「いやいや、あれぐらい間に合うでしょ!? ラビ太がせっかく気づいてウエストしたのに!」


 盗塁したランナーは刺さない。


「打ちあげた! 後方へのキャッチャーフライ! 捕れるか――って、立ちなさいよ!」

「捕れないと思ったんだろう」

「いやいや、だとしてもせめて追いなさいよ、ほらフェンス際に落ちた! 捕れたじゃない!」


 ファールボールは追わない。


「――三振。ダイトラ選手、これで本試合三打席ノーヒットです」

「調子が悪いんじゃないか?」

「せめて申し訳なさそうな顔しなさいよ……なんでそう堂々と歩いて、あッ、またベンチにデカく座る! ラビ太、そんな奴に席譲んなくていいわよ!」


 とにかく打たない。いやバットは振っているが。二打席目のセカンドゴロとかは悠々と歩いていたが。


 まだまだケモノ選手たちの野球はへたくそだ。だが、へたくそなりにきちんとプレーしている。こんな変な動きをするのはダイトラぐらいのものだ。


 そんなダイトラの不調? と足並みを合わせてか、肉食ウォリアーズはなかなか得点を挙げられなかった。序盤で5点差がつき、中盤でなんとか2点返すものの八回裏で3点差。


「――ツツネ選手、ショートフライに倒れました。スリーアウトチェンジ。肉食ウォリアーズは九回の攻撃に望みを託します」

「どうだ、肉食ウォリアーズの応援席に座っている身としては」

「実況は中立」


 ナゲノはキッパリと言って――眉を寄せた。


「イチ野球好きとしては、まぁ盛り返したんじゃない? 5点差になってから吹っ切れたのか、ラビ太もまともに投げるようになったし。でも打線がね……五番六番が全然打たないから、せっかく上位がチャンス作ってもそこで切れてるし、九回で追いつけるかどうか。ていうか、表の守備よ。ラビ太、そろろそスタミナ切れじゃない? 球速も出てないし」

「肩で息をしてるものな」


 マウンドに上がったラビ太は、その小さい体をふらふらさせている。


「いいかげん交代させなさいよ。てか、監督は何やってんの?」

「監督はいない」

「は?」

「監督は正式サービス……つまりプロ野球が開始するときに、オーナーに指名してもらう。だから今は全部、選手たちが相談して決めている」


 監督専用のキャラクターというのは用意していない。現実でもかつての名選手が監督を務めているように、いま草野球リーグを戦っている選手の中から監督を選んでもらうことになっていた。そういう意味では、最年長のダイトラは一番の監督候補といえる。


「そ、そう。それなら、ラビ太が自分で言って変わってもらえばいいじゃない。どうしてそうしないの?」

「ベータテストだし、ある程度チームに特色があったほうがいいだろうという話になってな。肉食ウォリアーズは選手数が一番少ないんだ」

「………つまり?」

「控え投手はいない」

「なんでよ!? バカじゃないの!?」

「ッ! ッ!」


 痛い痛い。脇が痛い。


「弱小公立の野球部じゃないんだからさぁ!?」

「そうこう言ってるうちに、ピンチだぞ」


 ワンアウト。フォアボール押し出しでランナー一、二塁。

 迎えるバッターは四番、山裾野ボアノリ。態度の悪いイノシシだ。今日は二本ヒットを打っている。


「マウンドに内野が集まります。ラビ太選手、さすがに限界でしょう。さあ誰に交代するのか……長い相談が終わって……ダイトラ選手が審判に交代を告げます。ピッチャー交代です。ピッチャーは……ハ?」



 ピッチャー、ダイトラ。



 スコアボードにきっちり、ダイトラの名前の横に「1」と記される。投手の守備番号だ。


「えぇと……ラビ太選手がマウンドを降り、マスクを被っていたダイトラ選手がマウンドに上がります。キャッチャーにはサードに入っていた黒男。サードにはライトのブチ丸。ライトにはDHを解除してリ・サイハク……李西伯、が入ります。えぇ……ダイトラ選手の投手経験は……」

「ないな。ちなみに、他の選手もない」

「だからってコイツ!? 他にもまともに投げそうなのいるでしょ!? キャッチャー兼ピッチャーって、小学生か! 草野球か!」

「草野球だぞ――いまのところは」


 ダイトラ、のっしりしたフォームで投球練習。球速が表示される。


「120……遅ッ」

「キャッチャーだしな」

「他にいないの……サバノブとか投げそうな身体してるじゃない……」


 頭を抱えるナゲノをよそに、投球練習が終わる。


「ええいどうとでもなれ――さあ、九回表! 河川敷ハウリングスは追加点のチャンス! この試合二本のヒットを放っているボアノリ選手に対して、急造ピッチャーのダイトラ選手、第いッ……はァ!?」


 ダイトラは構えた。グラブを胸元ではなく――頭上高く。


「わ、ワインドアップで――ストライク! ランナーを二人背負ったダイトラ選手、大きく振りかぶるワインドアップ投法で、初球ストライクを奪いました。ボアノリ選手は様子見でしたね。球速は121キロ」

「ワインドアップなのに速くないんだな」

「振りかぶるモーションが球速に影響することはないわよ。ほぼほぼ慣れとかルーティンみたいなもんだし。ていうか! ランナー二人背負ってあんな隙だらけの投げ方、する!? しかも投球練習じゃちゃんとセットポジションで投げてた――」

「あ、打った」


 同じく投げた二球目を。ボアノリがセンター方向に飛ばす。


「走る! 二塁ランナーそのままホームインして――一塁ランナーは三塁、アウト! 6対2! センターのカリン選手、三塁を狙ったライ乃選手を三塁で刺しました。これで状況は4点差、ツーアウト、ランナー一塁で五番指名打者――川軒下イグマ! 本試合全打席ヒットで絶好調の選手を迎えました!」


 肩まで揺らす下種な笑いをしながら、イグマがバッターボックスへ。


「さあ河川敷ハウリングスの攻撃はまだ続くのか? それともダイトラ選手が抑えることができるか? 注目の対決は――」


 熾烈なにらみ合いの末、ダイトラが投げる。


 ――一塁に向かって。


「あ――アウト! リードを大きく取っていたボアノリ選手を、ダイトラ選手、牽制で刺しました! スリーアウトチェンジです!」

「なるほど、ヘボピッチャーっぷりをしていたのはこのためか。ワインドアップで油断させて」

「そんなわけないでしょ……ないわよね? そんなことまで考えるの? このゲームのAIは?」

「わからん」

「わかりなさいよ……製作者でしょ」


 ナゲノの嘆きも知らずに、ダイトラは相変わらずしかめ面のまま、マウンドを降りていくのだった。


 ◇ ◇ ◇


 九回裏。6対2。肉食ウォリアーズの攻撃。


「延長はあるの?」

「ある。NPBと同じで12回までだ」

「了解。――さあ九回裏。肉食ウォリアーズ、せめて延長に持ち込みたいところ。打順は一番からです! ピッチャーは八回から引き続き、三番手のかいどう……海洞アキヒサ投手。左腕の本格派です! ここまでヒットはありませんが、打ち崩せるか、ウォリアーズ!」


 先頭、一番のブチ丸がヒットで出塁。二番のハギルは内野ゴロに倒るも進塁打、続く三番のサバノブがライトフライでツーアウト二塁。


「四番、今日の得点はすべてこの人から! 守備ではDHを解除しライトに入っています、リ・サイハク……李西伯選手! 猫の瞳がスタンドを狙っているぞ! 土壇場で魅せてくれるか!?」

「猫じゃなくて、シベリアオオヤマネコらしいぞ」

「そういうの早く言いなさいよ……」


 その西伯はツーボール・ツーストライクで追い込まれてから、強打。ツーベースを放って1打点を計上した。6対3。


「読んでたわね、西伯……配球を読んでるところが表示されると納得だわ。狙い球をドンピシャできりゃ、そりゃ四番よ。あぁぁ、この後の二人も西伯と交換したい」

「打ってないコンビだものな」


 五番マグ夫、六番ダイトラにヒットはなかった。マグ夫はフォアボールを選んで塁に出たりしているのだが、ダイトラは三振しか記録されていない。ナゲノが嘆くのも当たり前と言える。

 が、この回は違った。


「打った! ライト前! マグ夫、本試合初ヒット! ツーアウト、ランナー一、三塁のチャンスが訪れました! ――やるじゃん!」

「マグ夫、誇らしげな顔をしているな」

「ドヤ顔でしょ、あれ。ウザ……」


 確かに、マグ夫の笑顔はウザいかもしれないが……誇らしい、よな?


「はぁ、でもなぁ……次……――はいッ、さあこの場面でウォリアーズ最年長、この回からピッチャーを務めます、六番、山茂ダイトラ! この試合ノーヒットですが、このチャンスにベンチからも応援が……」

「飛んでないな」


 諦めムードが漂っていた。ラビ太だけが前を向いている。


「……さあ、左腕アキヒサ投手! 第一球――空振り! 外角のボール球、体がつんのめってましたね、完全に打ち気のところを釣られたようです」


 二球目は大きく落ちるカーブを空振り。ツーストライク。三球目、振りかけたバットを引き戻して止まる。判定はボール。

 河川敷ハウリングスのバッテリー間で、次が勝負と決まる。三振を取るイメージだ。


「アキヒサ投手、四球目――」


 ゆらり、とダイトラの身体が動く。その鋭い眼光のカットイン演出が入る。


「ッ! 打った!?」


 快音と共に、白球が飛んだ。アキヒサが驚愕の表情で見送る。


「フェンスにダイレクト!! ライト、ボールの処理にもたついて――これは三塁も狙えるか!? 西伯選手、グマ夫選手ホームイン! ダイトラ選手は……二塁ッ――タッチ、判定は!? セーフ! ダイトラ選手、頭から滑り込んでセーフ! ……ツーベースヒット!」

「ベンチも息を吹き返したぞ」

「――っていうか、足遅いのよ! 三塁までいけなくても、せめてスタンディングダブルは余裕だったでしょうが! なんでヘッスラしてギリギリなのよ!?」

「打球はよかったんだからほめてやろうじゃないか」

「スタンドに運びなさいよ……そうすれば同点だったのに……」


 6対5。ツーアウト二塁。望みをつないだ形だ。


「さあ、なおもチャンスが続きます。バッターは七番、半砂カリン選手。守備でチームを支えてきましたが、打撃ではヒットが一本。この大事な場面、同点で延長につなぎたいところ――打った! 長打コースだ! ランナー走る! 三塁回った! センター拾って中継、バックホーム! ……で」


 ナゲノの言葉が止まった。

 ――ダイトラも止まっていた。


 ボールを持ったキャッチャーの前で。


「――タッチ、アウト。キャッチャー、ダイトラ選手の胸を叩くようにタッチして、試合終了です」

「間に合わないと判断したんだな。それで立ち止まった」

「だーもうっ!」


 バンバンッ! とナゲノは机を叩く。


「突っ込むなり! せめて引き返すなり! しなさいよ!? でかい図体して目の前でキャッチャーがボール取ったら、足を止めるってどうなのよ!?」

「クロスプレーになったら怪我するかもしれないし、あの足じゃ挟まれてもどうしようもないだろう」

「立ち止まるのだけはないわよ……珍プレー好プレーに出るレベルよ……」


 そうなのか……立ち止まってもいい気がするんだが……。


「はぁ……まあいいわ。で? この後ヒロインはあるの?」

「ヒロイン……?」

「ヒーローインタビューよ」

「ああ。プロ開幕後は、試合で活躍した選手がグランドに出てきて撮影会ができる。インタビューは、ないな。さすがに。で、ベータテスト中は草野球だから、撮影会もない。これで終わりだ」

「なるほどね。……ああ、球場の外に追い出された。ふうん――チャット、盛り上がってるじゃない? ……うん、うん、そうよね……ダイトラ劇場みたいな試合だったわね……」


 ナゲノはしみじみと頷く。


「ナゲノから見て、どうだろうか?」

「ん?」

「野球として――応援できるものに、見えただろうか」


 観戦するゲーム。応援するゲームを目指してきた。応援できるゲームにするため、普通のゲームではやらないようなコストの高い手法もとった。それは受け入れられたのだろうか?


「――ん、まぁね」


 それは、笑って文句を言って実況していたナゲノを見れば明らかだ。


「面白かったし、選手に個性もあって、そうね、特に思考が見えるのがマンガ的でいいと思うわ。健気なラビ太くん、応援したいわね」

「らいむもラビ太くんがかわいかったかなー!」


 後ろでじっと黙って待っていたライムが、ひょっこり顔を出して言う。


「……ああ、いたわねそういえば」

「ひどいよナゲノお姉さん! らいむ、おとなしく待ってたのに!」


 ぷんぷんとむくれる。雲のようだ。


「はいはい。で、こんな感じでよかった? 何か注文ある?」

「俺はいいと思う。ライムはどうだ?」

「広報担当としても、問題ないよッ――あ、でも」


 ムフフ、とライムは雲のように笑う。


「今回のも録画してるよね? らいむにもコピーして欲しいな。明日本番を録画してもらうけど、なるべく早くアップしたいし、今回ので編集の練習しときたいから!」

「構わないけど……メモリある?」

「あるよー」


 USBメモリに素材をコピーしたらいむは、上機嫌でいた。


 そのたくらみが露見するのは、二日後。

 初めてのトラブル対応が、巻き起こされた。

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