実況!ケモノ草野球(前)
「さあ始まりました。ケモノプロ野球リーグ、その前哨戦として行われる草野球リーグの一試合目、河川敷ハウリングス対肉食ウォリアーズの試合がまもなく開始します。本日は実況は私、ふれいむ☆。解説にはKeMPB代表の大鳥ユウさんに来ていただいております! 大鳥さん、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
ゴッ! ナゲノの肘が脇に入る。
「ッ……な、なぜだ」
「テストとはいえ一応録音してるんだから、本番だと思ってやりなさいよ! 解説は基本、敬語よ敬語。そんな横柄な解説なんていないでしょうが」
「わ、わかった……」
殴るのは録音されてもいいのか……?
「コホン……。さあ、後攻の肉食ウォリアーズの選手がフィールドに向かい、守備につきます。一番ライト……すなみなみ。砂南ブチ丸――って、どういう名前よコレ」
「舞台は別世界の日本なので、なるべく実在しなさそうな漢字の苗字。名前はモデルになる動物を連想するものなどの一覧から、ランダムで組み合わせています。彼は確か――ハイエナだったと思いますね」
「ブチ丸はないでしょ」
「ふれいむ☆さん、敬語はいいんですか?」
「空気読んで」
なぜだ。
「ハイエナ、ハイエナ……確かにそれっぽい顔ね」
「顔も自動で作っている。最後に手直しはしているが」
「ふーん。経歴は?」
「画面に映っている選手の経歴はここから見れる。打率やタイトルなんかの記録もな」
「なるほど――外野を元気に走り回っているブチ丸選手は、18歳の若手ですね。今年の
「のようなものだ。全国の高校野球部の夏の大会だな。十年の歴史があるんだが、時間がないから詳細な記録は作れていない。たぶん、活躍した主力選手なんだろう」
「フレーバーね、了解」
フレーバー、味付け、という意味だ。簡易的なシミュレートはしたのだが、実際に獣子園の記録を作ろうとすると何十試合も実行しないといけないため、作るのは諦めた。
「こほん。――二番、セカンド、おおかみがわ……大上川ハギル。こちらも年齢は18歳。オオカミ系ですね。続いて三番、ファースト、はらみなみ……原南サバノブ。23歳で――前職は、魚屋……?」
「プロ野球が今年から創設される世界だからな。そりゃあ前職だってあるさ」
「……魚屋勤務中、草野球チームに在籍……はい。猫系ですね。四番は指名打者なので飛ばして、五番、レフト、さつきもり……五月森グマ夫。24歳、前職は……キャバクラ? ハァ?」
「キャッチの方でしょうね。呼び込みの。嬢の方ではなく」
「そういうことじゃないッ」
「オグッ……」
脇がだいぶ痛い。
「えぇ……グマ夫選手は、スカンクですかね?」
「アナグマのはずだ……です。サバノブは、サーバルキャット」
「わかりました。続いていきましょう。六番、キャッチャー、やましげみ……山茂ダイトラ。年齢は――」
ナゲノは眉をひそめる。
「よ、よんじゅう……45歳ィ!? ちょっと、年取りすぎでしょ!? どうなってんのよ! どこの山本昌だっての、現実離れしすぎでしょ」
「ちゃんと、老化の仕組みは取り入れてるぞ」
ダイトラ。青みがかった黒色の毛並みをした虎モチーフのケモノ。筋骨隆々といった感じでユニフォームが膨らんでいるが、髭や毛並みに白髪が混じるなど、年齢をうかがわせる部分もある。このあたりの容姿の老化は自動化されていた。そして、もちろん能力についても。
「開幕時の選手を選ぶにあたって、18歳から60歳までの候補を作ってプロテストみたいなことをしてある。結果はだいたい現実の通りなんだが――ダイトラ選手だけだな、四十歳以上の年齢でテストを通過したのは」
「なんでよ」
「わからん」
わからんのだ。
「普通の野球ゲームだとパワーがAとか、走力がBとかで能力が表されているだろう? うちでも遠投が何メートルとか、50メートル走が何秒かとかいう『結果』はわかるんだが、『能力』はよくわからん。筋肉量とか、関節のやわらかさとか、体の使い方が噛み合って結果が出るようなんだが」
「……どういうこと?」
「ダイトラ選手は持っている身体能力をうまく使えている、ということになるんじゃないか?」
従姉から説明は受けたのだが、なんとなく物理エンジンがすごいということしか分からなかった。筋肉、関節が物理エンジンで制御され、モーションがAIで制御されるという……。
「……とにかく現実に近づけたゲームってことにしておくわ。もう次の選手が出てくるし」
「そうしてくれ」
「――さあ、七番。センター、はんずな……半砂カリン。犬系?」
「リカオンだな」
「21歳、女性選手ですね。現在は大学の――薬学部に所属」
「大学野球リーグはないんだ、今のところ」
獣子園をやるだけでもリソースが精一杯だから仕方がない。
「八番、サード、すなばやし……砂林
「夫は昨年亡くなったので、未亡人だ」
「はいはい。で、最後がピッチャー、すあなの……巣穴野ラビ太。20歳。大学の農学部――ってちょっと!」
「なんだ」
「なんだじゃないわよ」
ナゲノはモニタを指す。
「肉食ウォリアーズでしょ!?」
「そうだな」
「なんで一人だけウサギなのよ!?」
「うむ……」
ラビ太はマウンド上でおびえていた。だらりと垂れた耳が、小刻みに震えている。
いや、あれは上がり性なだけなのだが。この世界のケモノに肉食とか草食はなくて、みな雑食なのだが。
「選手を作成後、各ポジションが埋まるように四チームに振り分けたんだ。その結果――本来なら、マウンドには別の選手が上がるはずだったんだが……その選手が練習中に怪我をしてな」
「……は? 怪我?」
「ああ。肘を故障して引退した。そこで繰り上げの一番手が、ラビ太選手だったと――」
「いやいや、治しなさいよ? そんな酷なことしなくてもいいじゃない?」
「起きてしまったことはしかたないだろう」
「ゲームなんだからやり直せるでしょ?」
「やり直せないんだ」
ポカンとするナゲノに、俺は説明する。
「このゲームでは一度起きたことはなかったことにできない。その事故に対して他の選手AIが学び、記憶しているからだ。事故を取り消したら記憶の矛盾が起きて、AIが混乱してしまう」
ミタカが一度テストで取り消しをしてみたことがあるのだが、取り消しを受けたAIが他のAIから信頼されなくなってしまって、使い物にならなくなってしまったという。不便だと思うのだが、ミタカは大いに満足していた。
「……そう。リアルなのね」
「そうだろう」
リアルだと思う。何か起きたときが怖い気もするが。
「――ええと、さて、全員守備位置につきましたね。試合開始です!」
ゲームはこちらの都合を待ってくれない。
河川敷ハウリングスの最初のバッターが登場し、プレイボールが告げられるのだった。
◇ ◇ ◇
「さあ、河川敷ハウリングスの最初の攻撃。先頭のバッターは一番、ショート、ひらつち……平土トム。27歳、ホットドッグ店経営。ガゼル……ですかね。バッターボックスに入ります。鋭い目つきというか、目の下の黒いペイントに、マウンド上のラビ太選手、おびえてますね」
「リーグ戦の前に何度か練習試合をしているんですが、ラビ太選手は本当に今回が初登板ですからね」
「かわいそう……――えっと、この吹き出しが思考を表しているのよね」
ナゲノが画面を指す。吹き出し内にはいくつかのマークが踊っていた。
「キャッチャーのダイトラは……ラビ太が泡食っているからとりあえずど真ん中指示?」
「そうだな。で、ラビ太はど真ん中を嫌がっているが言い出せない」
「結果は見えているようなものね――投げて、トム選手打ちました! ヒット! 悠々一塁でストップです。初球から打って出ました」
ラビ太は震えながらダイトラをチラチラ見ている。一方、一塁ベースを踏んだトムは余裕しゃくしゃくに手を払っていた。こういう感情を表す動作については、ややオーバーな感じで表現することにしている。
とはいえ、無表情なキャラクターがいないわけではない。ダイトラとか、全然表情動かないし。
「二番バッターはきのはし……木橋カイリ。現在アパレルショップの店員のビーバー女子。犠打の目立つ記録ですが……打つ気満々のようですね。悪い顔してますね。――一方、キャッチャーのダイトラ選手に動きはありません。またど真ん中を要求です」
「さすがにラビ太選手も首を振りましたね」
「ええ、で……えぇ……ダイトラ選手、インハイ……というかこれはビーンボール? を投げるように指示していますが……」
ラビ太、青ざめて首を横に全力で振る。ダイトラはフン、と鼻で息を吐いて再びど真ん中を指示。ラビ太、了解してセットポジションへ。
「さあカイリ選手への第一球――打ったライト線ッ! と! 捕ったッ! ジャンプ一番、ファーストのサバノブ選手、ライト線へのライナーをキャッチ、自分でベースを踏んで一塁アウト、ダブルプレーです! ……と?」
「うん?」
「ランナーのトム選手が二塁に到着して……今、塁審から何か話されて、ベンチに帰っていきますね? これは?」
「ライナーが捕られたのに気づかなかったんだろう」
「は? アウトの申告あったでしょ?」
「あったが気づかなかったんだろう」
俺は解説する。その役割どおりに。
「よっぽどヒットを確信していたんだろう、集中力が切れて、声が聞こえなかったんじゃないか? それで気づかずに二塁にまで行ってしまったと」
「アウト判定されてるなら帰ればいいのに、なんで進むのよ」
「ああ……選手ごとにAIがあるって話はしただろう?」
通常のゲームでは、アウトになればその情報を元に全選手が行動する。だがこのゲームでは、アウトになることを判断するのは審判のAIで、審判のAIがアウトを告げたことを周りの選手AIが認識して進行する。情報が直接伝わったりはしないのだ。
「はぁ……複雑というか、遠回りというか」
「リアルだろう?」
「そうね……っと、話している間に進んじゃったじゃない。ええと、どうなってるの?」
「試合経過の情報はここで見れるぞ」
「なるほどね……」
三番、四番に連続ヒットを浴びてランナー二、三塁になっていた。サバノブのファインプレーも、あまりラビ太の助けになっていないようだ。
「こほん。さあツーアウトながらピンチです。バッターボックスには五番、指名打者、かわのきした……川軒下イグマ。34歳、酒屋……ずうずうしく丸々としたオヤジアライグマね……」
鼻くそほじりながら出てきたぐらい、ずうずうしいアライグマだった。
「長打率と三振率の高い典型的な振り回し屋ですね。キャッチャーの指示は相変わらずど真ん中。今のところ、ラビ太の投球は真ん中に入ってはいないようですが……ああ、大きく外れてボールです」
セカンドとショートから野次が飛び、なお縮みこむラビ太。二球、三球とボールが続く。
「四球目、投げて――」
チッ、とイグマが舌打ちするカットイン演出が入る。
「打った! 高めのボール球を強引に運びました。ランナー還って、先制点、続いて二塁ランナーも還って二点――と!? センターのカリン選手の鋭い返球! 二塁を踏もうとしていたイグマ選手、タッチアウト! スリーアウトでチェンジです!」
ホッ、と息を吐いたラビ太の横を、ヤジを飛ばしていたハギルとツツネが背中を叩いて駆け抜けていく。ヒッ、と悲鳴を上げて飛び上がるラビ太。ゲラゲラ笑う二人。
「性格悪いわねー、オオカミと主婦」
「その代わりカリンとブチ丸が励ましてるじゃないか。ラビ太はおびえてるが」
「そうね……うん、ちょっと安心する」
「安心?」
どういうことだ?
「作ってるのが『監督すべき子供たち』の人なんだなあってことよ。あのゲームもこういう関係性を重視してたでしょ? 全然別ベクトルのゲームになったけど、面白さの核みたいのは引き継がれてるんだなって」
「核か……」
「あれが面白いのは、変顔じゃないのよ。関係性のあるシナリオね」
「本人に伝えておこう」
俺は頷いた。
「でも実況動画では散々変顔をネタにしていたよな?」
「うっさい!」
「ッグ」
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