ふれいむ☆とお仕事
アテがある、任せろ、とは言ったものの。
実はその『アテ』とは最近うまくいっていなかった。
仕事で一緒になる以上、業務上の話はするのだが、それ以外は特に最近――避けられている気がする。作業するときもわざわざ別のスペースに離れていくし、雑談もまったくしない。
――もしかして何かやらかしただろうか? 心当たりはないのだが。
ないからには、話さないとわからないな。
「ナゲノさん。ちょっといいか」
「ッ」
傍目から見てもわかるほど、ナゲノはびくりと硬直した。コンビニのバックヤードに沈黙が降りる。
うーむ、何か怖がらせるようなことでもしただろうか。動画のコメントなりファンメールがまずかったか? これはまず、原因を聞きだすところから始めないとだめだろうな。訊くか。
「最近避けられているような気がするんだが、何かしただろうか」
「べッ――べつにィー?」
ナゲノはこちらを見ないように、顔を横に向ける。
「何も、気にしてないけど? アンタの勘違いじゃない? アタシぜんっぜんいつもどおりだし」
「そうか……」
さすがにそんな気はしないのだが、そう言うからにはそうなのかもしれない。
いや、これは何か思うところがあってもそれは腹の中に収めて表面上はいつもどおり対応するぞ、という意思表明だな。さすがは大学生、大人だ。
――であれば、こちらも仕事の話だ、大人として遠慮なくいこう。
「仕事の話をしたいんだが」
「あ、アーアー、何? 伝票打ち間違えた?」
「いや、バイトではなく、俺の会社の話なんだが……」
バタバタッ。
ナゲノが抱えていた段ボール箱を落とす。
「大丈夫か」
「へ、平気よ。で、何だっけ? ああ、会社、会社ね、ハハッ――ハァ~……」
ナゲノは深く長い溜め息を吐いた後、くるりと振り向いて睨みつけてくると、ものすごい勢いでまくし立てた。
「知ってる知ってる知ってるわよ! KeMPBでしょ!? はいはい知ってる! あのねアタシは実況主だしゲーオタだし野球キチよ? それがあんなニュース見逃すわけがないじゃない? ケモノプロ野球リーグ? 観戦ゲーム? なによそれ面白そうじゃない? で、記事見たらアンタの写真が出てるし? ほうほうなるほど? 今さら自慢話でもしようっての!?」
「――自慢?」
「えぇ、えぇ、面白いわよ? 記事も公式サイトも隅から隅まで読んだし? 投資だってさせてもらったわよ。面白いわよ、面白そうじゃない、なのに――」
よく見ると、ナゲノの目の端が赤い。
「アタシに今まで黙っておいて、今さら何!? 自慢!? 自慢しにきたわけ!? しがない底辺実況主に!?」
「落ち着け」
「アンタはいいわよ――成功してるんだし」
ナゲノは勢いを落として、膝を抱えて座り込む。
「そりゃあ黙ってるわよね。アタシみたいに受験に失敗して、滑り込んだ大学でもなじめなくて、実況動画だって再生数一桁の底辺で。そんなのと親しくする必要なんてないぐらい成功してるんだから」
「成功したいとは思っているが、まだ成功したとはいえないぞ」
ナゲノの事情はともかく、俺はちっとも成功していない。そこのところの誤解は解いておきたかった。
「まだ銀行からの借金も返せてないし、設備にかかっている金だって月々の支払いで精一杯だ。ユーザーが増えないことには広告収入も見込めないし、先行きは不安だらけだ」
「スレじゃ結構期待されてるし、クラウドファンディングだって順調じゃない」
どこのスレだ。
「注目の新鋭ゲーム会社の代表と底辺実況主じゃ、見えてるものも違うんでしょうね」
「俺はナゲノさんの動画、好きだぞ。丁寧だし好感が持てる」
「お世辞はいいのよ」
「お世辞で毎回コメントつけたりファンメール送ったりしないだろう」
「――嫌がらせ?」
おい。
「口ではなんとでも言えるでしょ。放っておいてよ、惨めになるだけだわ」
「いいや本気だ。だから仕事の話をしたい」
「自慢か」
「そういう話ではなく」
自慢するほどの話でもないし。
「仕事の話を――仕事の依頼をしたいと言っているんだ」
◇ ◇ ◇
9月16日。記念すべきベータテスト開始初日。
俺とライムは、初めて訪れるアパートの前に来ていた。
「今日はお兄さんとらいむだけ?」
「ニャニアンは来たがっていたんだが――ミタカの指示でデータセンターに詰められた」
ベータテスト。クラウドファンディングで投資をした人だけがゲームに接続、もしくは動画を視聴することができる。それゆえ、充分な備えはできている。
できているが、ミタカいわく「ベータテストでサーバが落ちてこそ成功の証」とのことで、ニャニアンは万が一遠隔操作が効かないほどの障害が発生したときに備え、データセンターに置かれていた。ニャニアンはミタカにぶつくさ文句を言っていたが、先輩に睨まれては引き下がるほかないようだった。
「ライムが来れたことの方が驚きだが」
「ムフ。契約関係はぜーんぶ秘書姉さんに丸投げしちゃった♪」
らいむは仕事をした。この短期間でSNSを駆使し、シオミの仕事を山盛り積み上げた。Twitterアカウントの発言なんかは見ていてギリギリな感じがしなくもないのだが――うまいこと回している。
「お仕事は分担しないとね。それにこれも広報のお仕事だから?」
「そうだな。さて……この部屋か」
呼び鈴を鳴らす。しばらく静まり返った後、ドアがゆっくりと開いた。隙間から、ナゲノが半分だけ顔を出す。家でもマスクを外していなかった。さすがのプロ根性だな。
「……アンタ、ホントに来たのね……」
「仕事を頼んだからな」
嘘で仕事は頼めない。
「こんにちわーっ! あなたがふれいむ☆さん?」
「そッ、そうだけど――誰よ?」
聞かれたライムは答えずに俺のほうを見る。
「どうした?」
「……ううん、別に。らいむ、今は深く聞かないであげる」
「そうか。よく分からないが、時間も迫っているし置いておこう」
時間は厳守だ。こちらの都合は待ってくれない。
「らいむはKeMPBの広報係だよ! 今日はよろしくね、ふれいむ☆さん」
「アンタ、こんな小学生を働かせてるの?」
「ライムは小学生じゃない。未成年だが、雇用関係にはない。つまり労働者ではないから……」
「ああ、いい、いいわ。時間もないし、入って」
めんどくさそうな顔をして、ナゲノは部屋に招き入れる。通されたのはパソコンや何かの機材が置かれた殺風景な部屋だった。入ってすぐに、違和感に気づく。
「静かだな」
「ま、防音してるからね」
見回してみれば壁や天井はなんだかもこもこしていたし、足元はふかふかだった。
「ふれいむ☆さん、いいミキサー使ってるね!」
「奮発したのよ。――アンタ、違うから、台所用品の方じゃないから」
「そうか」
ナゲノは椅子にどっかりと座る。
「で――本当なんでしょうね」
「何がだ?」
「仕事の話よ」
俺は頷いた。
「ああ、もちろん。今日から始まるケモノプロ野球リーグの試合――ベータテスター以外にも見せるための実況動画を、ナゲノに作ってもらう」
◇ ◇ ◇
UGC。User Generated Content。ゲーム業界においては、ゲーム内においてユーザーが作るもの、例えばアクションやレースゲームにおけるオリジナルコースがそれにあたる。ユーザーによる新たなコンテンツの作成。広く意味をとれば、ゲームの実況動画もUGCだ。最近はソフト・ハードともにそれを支援する流れができつつある。
ケモノプロ野球リーグでも、UGCは重要なコンテンツだ。
そのひとつに、『実況動画』がある。
「ゲーム側では実況音声は用意せず、ユーザーに任せる、ね……」
ナゲノはパソコンを操作しながらつぶやく。
「事前に記事やサイトを見て知ってはいたけど、実際その仕掛け人を目の当たりにすると、正気を疑うわ」
「そうか?」
「実況なしの野球なんて、少なくとも素人には楽しむのは難しいわよ。公式で用意せずに、ユーザーに任せるなんて、やる人がいなかったらどうなるかわかってる? いえ、やる人がいたとしても、それを何人が見ることか……」
「実感のこもった言葉だな」
「うるさい」
ナゲノはこぶしを握りしめたが、ライムを見てそれ以上動くのを止めた。さすがに刺激が強すぎると思ったか。
「ま、アタシは知ったこっちゃないけど。せいぜいサービスが続く間遊ばせてもらうだけだし。――で、とにかく。アタシが作る動画を、ベータテスター以外に見せる用の公式動画にするのね」
「そういうことだ」
ベータテストに参加する、試合を観戦する人間は、現時点では投資として少なくない金額を支払っている者に限られる。けれど興味があっても投資をためらう者もいるだろう。
そこで、公式で用意する実況動画だ。二日目の試合の実況動画を録画し、後日放送する。投資しなくても見れるじゃないか、という反感に関しては、ベータテスト参加者はいち早く観戦できている……という点で許してもらいたい。すでにSNSを通じて予告は行っており、反応もそれほど悪くはなかった。
「で、初日の今日はテストってことね」
「初見じゃよくわからないこともあるだろーし、当然だよね」
ライムは雲のように笑う。
「……それで、アンタがお目付け役ってこと?」
「ゲームの仕様について解説が必要だろうということになってな」
リアルな野球を目指しているが、ゲーム的な部分がないわけではない。そのあたりは説明が必要だろうと考えている。
「心配しなくても、今日だけだ。明日の本番はナゲノさんだけで収録して、それを納品してくれればいい」
「……それでいいの?」
「ああ。いつも通りのほうが緊張しないだろう? それに」
俺は確信をこめて言う。
「ナゲノさんなら丁寧な実況動画を作ってくれると知っているからな」
「……ッ、そう」
「ムフ。お姉さん……照れてる?」
「てないわよ、うるさいわね。時間そろそろじゃない。ここからログインすればいいのよね? アンタは隣、らいむちゃんは適当に座って」
「はいはーい」
パソコンの画面に、ケモノプロ野球リーグのタイトルロゴが浮かぶ。
いよいよ、これから。ベータテストの始まりだ。
◇ ◇ ◇
「さッて、スタジアムに入場する……前に、アバターを作るのね。これが観客席に並ぶわけ?」
「そうなるな」
「ケモノの種類と男女が選べるのね……容姿はどうやって決まるの、これ?」
「いくつかのパーツの組み合わせだな。詳細設定は今はできない。ランダムでも選べるぞ」
選手より低クオリティなモデルだが、絶妙なダサかっこよさのデフォルメ感があるのがアバターだ。選手はリアル傾向、アバターはマンガ傾向と言ったらいいか。
「じゃ、ランダムで適当に。後で変えられるでしょ?」
「ああ。正式サービス後は有料だが」
タダで変えてもいいと思うのだが、そうすると逆に愛着がわかなくなるのだとニャニアンに力説された。
「マイルームがあるんだ。へぇ……何か飾ったりできるの?」
「今はできないが、そのうちできるようになる。ポスターを貼ったり、手に入れたホームランボールやらサインボールやらを飾ったり」
いわゆる『ハウジング』要素も、ニャニアンの推しだった。こういう要素には一定の需要があり、コミュニティ形成に役立つのだという。あと、家具の有料販売ができておいしいとか言っていた。
「で……ここから試合観戦に出発するのね。今日行われる試合が……河川敷ハウリングス対、肉食ウォリアーズ……?」
「ベータテスト中は草野球四チームのリーグをする。その二チームに加えて、工場横ドラミングと晴天野球部があるな。スケジュール的に、この二チームの対戦は今日の夜で、ナイトゲームになる」
「……晴天なのに?」
「夜でも晴れていれば晴天だろう」
「そう……まあいいわ。出発、と」
画面が球場の入場口に切り替わる。すでに他のユーザーもアクセスしてきているため、様々なケモノたちであふれかえっていた。
「ここで座席を決めて入場するのね……なかなか広い球場じゃない? どこ、ここ?」
「コカ・コーラウエストスポーツパーク野球場だ」
「……コーラ?」
「鳥取の県営球場だ。ネーミングライツをコカ・コーラウエストが買ったのでそういう名前になっている。現実の球場を登場させたい、という意向でこうなった」
架空の球場と球場名でもよかったのだが、せっかく県営の球場があるのでということで話がまとまった。コーラ屋にはいちおう話は通したが、特に宣伝料はもらっていない。ネーミングライツとはそういうものだ。
「収容人数は11,000人になるそうだ」
「ふぅん……ねえ、これ、空席以外でも選べるみたいだけど、他の人と席が被ったらどうなるわけ?」
「いくつかの区切り……エリアに分かれているんだが、席が被った場合、自分はそこに座ったように見えるんだが、実際はエリア内の別の場所に座っている。満席だとチャンネルが増える仕組みで、チャンネルというのは、別次元というか……」
「ああ、そのへんはMMOみたいな感じね。いいわ、説明しなくて。えーと……じゃ、後攻の肉食ウォリアーズの応援席にしときましょ。一塁側っと」
ぽつん、と一塁側スタンドにナゲノのアバターが座る。他にもちらほらとアバターが座っていた。アバターの数は内野席が多く、外野席は点々と見かける程度だ。
「これ、全員ユーザー操作のアバター? それともNPC?」
「全員ユーザーだ」
「ふうん。結構入ってるじゃない」
ユーザーが少ない場合、球場がガラガラなのはどうなのか、と議題になった。
もちろんNPC、つまりユーザーが操作しないサクラ用のアバターを設置する案も検討したのだが、やめることにした。人気のない試合は人が少ないのは当たり前だ。そこを粉飾してもむなしい気分になるだけだし、逆に人が少ないほうが『自分が応援しなければ』という気持ちにつながるだろう。
ただ、さっき話題に上がったように『座席が重複したアバター』については、他の適当な空席に登場するようになっている。例えば一万人が同じ席で観戦するような事態が発生したとして、それで球場がガラガラというのは悲しいからな。
「へえ。座席からの視点だけじゃなくて、本当にいろんな視点から見れるのね」
「パソコンのクライアント版はな」
観戦する方法はいくつかある。俺はスマホを取り出して見せた。
「スマホのクライアント版、およびブラウザ版については、アバターの座席指定をして、座席からの動画か、自動カメラの動画を見ることになる」
「これ、スマホとかブラウザでも動くわけ?」
「いや、どちらも動画配信のような仕組みだと聞いた」
サーバ側でゲーム動画を撮って端末に配信する。「クラウドゲーミング」という手法だそうだ。ただこれは、ネットワーク帯域とサーバ側の性能を多分に食うらしい。詳しくはよく分からないが――ニャニアンが大丈夫だと言っていたので、少なくともベータテスト中は問題ないはずだ。
「ふぅん。ま、アタシはスペック足りてるから必要ないけど。ふんふん、確かにカメラをいじってテレビ放送みたいなことができるのね……」
「動画を作るのに役立ちそうか?」
「何人かでチーム組んで録画するとかならともかく、喋りながらカメラ操作なんて無理よ。自動で切り替わるカメラがあるんでしょ? それ見てやるわよ」
「そうか……」
ベテラン実況主なら余裕でこなすんじゃないかと思っていたのだが。
「そろそろ試合開始時間かしら?」
「そうだな。草野球だから、始球式とかのパフォーマンスはない。守備位置に一人ずつ移動していって試合開始だ」
「そう――なら、始めましょう」
ナゲノは、マスクを取る。
「――何よ?」
「いや、マスクをしていないところを初めて見たからな」
喉のためと言って、バイト中も年間通してマスク少女だった。素顔というか、顔半分を見るのは本当に初めてだ。しかし別に、特に何か変わったものがあるわけでもなく。
「普通だなぁと」
「死ねッ!」
「オゴッ」
ナゲノの肘が、久々に脇に刺さるのだった。
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