嵐を呼ぶ雷雲
「というわけで社員が増えた」
「クジョウらいむでっす! よろしくお願いしま~す!」
駅近くのファミレスに、きゃぴっとした声が響いた。
一瞬、店内がしんっと静まり返る。
「……コレが?」
ミタカがライムを指す。
「ああ、新しい社員だ」
従業員ではなく、社員だ。
「未成年でも社員になることはできますから。業務執行社員でなければ印鑑証明もいりませんしね……」
従業員は雇用契約を結び、給与を支払って仕事をしてもらう。対して社員は、合同会社においては出資・経営者だ。会社に対する責任は出資金分あるものの、労働の義務はない。だから社員として会社に所属し、勝手に会社の利益を追求する分には問題ないということだが――
……ブラックじゃないか? 今さらだが。
「定款上、業務執行役員であるユウ様が決定されたことなので決まりではありますが、ユウ様が皆様の承認がほしいと」
そういうことで、ファミレスでKeMPBメンバーに集合してもらっている。さすがにアパートや事務所に全員集まるのは狭苦しくなってきたからな。
ちなみに、従姉は留守番だ。夏の暑さにやられてひきこもっている。
「ワタシは構いマセンヨ。実力はあるみたいデスカラネ」
ニャニアンがニコニコとしながら、ライムに握手を求める。
「ニャニアン・セプタ。日本人デス」
「らいむはアメリカ人だよ」
「ハッハッハ、なかなか斬新な切り返し――デェ!? アメリカン!?」
「ムフフ、日本人でもあるけどねっ」
「ンン?」
「らいむはアメリカ生まれだからぁ~」
ライムはくるくると回る。
「オォ、ハーフ?」
「ノー、両親は日本人!」
「――アメリカは生地主義、日本は血統主義で国籍を与えます。日本人の両親がアメリカで出産すると、ライムさんのように二つの国籍を持つことになるのです。将来においては、どちらかひとつに決める必要がありますが」
シオミの補足に、ライムはうんうんと頷く。
なるほど、国籍ってややこしいな……。
「自分も別に問題ないッスよ。デザインセンスは見習うものがあったッス。よろしく、ライムちゃん。自分はずーみー」
「ずーみー……ちゃん!? うわあ!」
ライムはずーみーの手をとって飛び跳ねる。
「うわぁ、すごいすごい! 本物のずーみーちゃんだ!? かわいい!」
「お……おッス」
「やだー! すごい! ずーみーちゃんもせくはラーなんだ!? らいむもだよ!」
「ああ、ちょっと外出用の服がなくて……えっ」
ずーみーはいかにも昭和な自分の服と、ライムのポップでキュートな服を見比べる。
「ええっ……そ、その服……?」
「うん。いいでしょ、この服。セクはらで買ったんだ」
馬鹿な。
その場の全員が驚愕にどよめく。
セクシーはらやま。郊外を中心に展開する激安衣料チェーン。球団のオーナーとなり、ゲームをバックアップしてくれる会社。何かと顔を合わせるたび、新商品やカタログをくれるので目を通している。通してはいるが――
それでも、どう組み合わせたって、ライム言うところの「クソダサデザイン」になると思うんだが……。
「あッ……ほ、本当だ! 先輩! これ……セクはらの服ッス!」
「まさか」
「アバター用のアイテムデザインで、どれを入れようかなってカタログ見てたときに見たことあるやつばっかりッス! ほ、ほら!」
ずーみーがライムからキャスケット帽とカーディガンを奪って身に着ける。
「どッスか!?」
「ダサい!」
「でしょう!?」
それがライムが一式着こなすと、とたんにポップでキュートになる。
「ムフフ。せくはラーとは組み合わせの妙だよ」
「おみそれしたッス……ライム先輩……」
「らいむちゃんでいいよぉ! らいむこそ、ずーみーちゃんに会えてすごいうれしい! ずっと前からファンなの!」
「そうなんスか。照れるッスね」
「そうだよそうだよ! 投稿された絵にはね、真っ先にコメントつけにいってるから! 本当は全部初コメつけたいんだけど! 最近たまに負けちゃうんだよね……」
ライムはこぶしをぎゅっと握る。
「あのtekinasiとかいうクソコメ野郎、ほんとぶっとばしたい」
「ああ、それ……この人ッスね」
ずーみーは、俺を指す。
「……お兄さん?」
「俺だな。殴っておくか?」
「うーん……じゃあ、いいや」
殴る価値もなかったか。
「えっと、contuguuさんは欠席で、そっちは、インタビューで見た。アスカお姉さん?」
「オレは反対だ」
ミタカがライムを睨みつける。
「ええぇ。どうして? みんな歓迎してくれてるのに、空気読も?」
「あんな勝手なことするヤツと一緒にやれるわきゃねェだろ」
「あんなって……ああ、なるほどぉ?」
ライムは雲のように笑う。
「アスカお姉さんが担当だったんだ? あのクソダサデザイン。いーじゃん、別に、かっこよくなったでしょ? イリーガルなことはしてないし。そりゃ、素材は取ってきたから著作権侵害だけど? でもそれぐらいだよ。ちゃんと今の段階では『非公式応援サイト』ってことで公式は名乗ってないんだよ? その辺はさすがに勉強してるって」
「オレじゃねェ」
ミタカは隣に座るニャニアンを指す。
「え……」
ライムが目を丸くする。
ニャニアンは――最初と変わらず笑顔のままだった。
「確かに捕まるような犯罪でもねェし、悪意があったわけじゃねェのはわかった。オマエにとっちゃ簡単な仕事だったんだろうってのもな。だけど、後輩が勝手に仕事を奪われて、全世界に向けてけなされてたら、理解なんてぶっ飛ばぁ」
「アスカサン、ワタシはいいんデスヨ。確かにライムサンの作ったものの方がよくできてマシタシ、才能で負けてたらいいわけも立たないデス」
「オマエがそーゆーんだから、俺が怒らねェといけねェんだろが」
ライムが助けを求めるように俺を見てくる。
だが、かばうことはできない。ミタカが言わなければ、俺も後でニャニアンと席を設けるつもりだった。
「そうだな。区切りはつけるべきだ。これから一緒に仕事をするなら」
「区切り……」
「いいデスネ、クギリ。水に流す区切りをつけマショウ」
「……勝手に作ったのは悪かったけど! センスないってのは撤回しない!」
ライムはぷくっとむくれて横を向いて。
「……ごめん」
と小さくつぶやいた。
「ハッハッハ。いいんデスヨ。ワタシはデザインが本職じゃないデスカラネ~。ぶっちゃけ、やっつけ仕事デシタシ?」
「オイ、それ今言うかよ……」
「あ、やっぱり? そうだと思ったんだ~!」
「頭イテェ……」
ミタカが頭を抱えるのと対照的に、ニャニアンとライムはケラケラ笑っていた。
◇ ◇ ◇
「しっかし……」
自己紹介がひと段落し、おのおの注文したものが届いたところで、ミタカがアイスコーヒーからストローを抜いてひょこひょこ振りながら言った。
「よく社員になる気になったな? 正式サービスになって売上入るまでは無給なんだぜ?」
ブラックだな。いやコーヒーの話ではなく。これも全員が『社員』だからこそだが。
「雇ってもらおうと思ったんだけど、無理だって言われてさー」
らいむは頬を雲のように膨らます。
「お金がほしいナラ、ソースとかドメインを売ればよかったんじゃないデスカ?」
「んー、お金はいいよ。そりゃあったほうがいいけど、だいぶ溜まってるし。それよりずーみーちゃんとお仕事したい! ずーみーちゃんのすごさを、もっと世界に広めたいんだよ! この仕事はそのチャンスなんだ!」
「照れるッスねー、あはは……」
らいむはずーみーの隣を確保して密着している。お互い動きづらそうだが。
「だいぶ溜まった……って、なんだ? なんかバイトでもしてたのか?」
「んーんー、バイトじゃないよ。クラウドソーシングだよ!」
「クラウドソーシング……?」
雲だけに?
「あー、仕事を他の会社に依頼することをアウトソーシングっつーんだが、クラウドソーシングは仕事を不特定多数に提示して、条件を満たした納品に対して金を払う方式な。……ってか、マジかよ」
「マジだよ? Webデザインの仕事はたくさんあるもん」
らいむはムフフ、と笑う。
「パパの名義で荒稼ぎしてたらさー、さすがにバレちゃって怒られてー。稼いだ分はちゃんと貯金してもらったけど、もうできないんだよね」
「ちょっとアカウント教えろ」
「いいよ、ほら、これこれ」
「……マジか」
「なーにさー、まだ信じてなかったの?」
「親がコード書いてるんじゃないかってーのは、まだ疑ってる」
「それじゃ、なんでも聞いてよ」
ミタカとライムが専門的な話を始める。はじめは怪訝な顔をしていたミタカも、徐々に驚き、感心し、最後には納得した。
「わかった。認めてやるよ」
「へへー、これで何も問題ないよね!」
「そうだな。問題はなくなったな」
「めでたいデスネ~」
和気藹々とした空気が流れ――
「いや……それなんだけどよ」
なかった。
ミタカの表情が再び険しくなる。
「問題、ひとつある。最近忙しくて、ちっと言い出せなかったんだけどよ……その……落ちたんだわ」
「……何に?」
「TGSだよ。TGSの出展。インディーズゲームのブースに出すってことで申し込んだだろ。あれが、落ちた」
東京ゲームショウ。日本国内のあらゆるゲーム会社が参加し、ゲームを発表する見本市。売上の少ない小規模な会社、個人は「インディーズ」という区分にされる。そしてインディーズは最小ブースなら審査に受かれば無料で出展できるのだが、その審査に落ちたらしい。
「今からお金を出してブースを買うというのは?」
「無理だ。つか、あの時点で金を出して出るブースは先着順で終わってた」
TGSに出展すれば広報になる。ぜひ出ておきたかったのだが。
「何がいけなかったんデスカネ?」
「知らねェよ……理由までは書いてくれねェからな」
「話題性が足りなかったんじゃなーい?」
らいむが唇を尖らせて言う。
「ろくな資料作ってなかったんじゃないの? ずーみーデザインのこと書いてないとか?」
「あんだと。オマエな、オレはその時決まってた内容は全部書いてだな」
「じゃ、ゲーム的な話題が足りなかったとか? 今流行ってるのはVRだしね、VR。どの企業もVRでしょ。インディーズだってそうだよ」
「オマエ喧嘩売って――いや……待てよ……」
ミタカはじっと考え込む。
「VR……VRな。いいじゃねェか。わかった」
そして、ニヤリと笑った。
「対応しようぜ、VR」
◇ ◇ ◇
「あー、生ずーみーすごかったぁ~」
いい時間になったので一時解散し、この場には俺とシオミとライムだけが残った。社員になるにあたって、必要な手続きなどを済ませるためだ。
ニコニコしながらパフェを食べるらいむに、俺は確認をする。
「会ったらもう満足か?」
「いーやっ! らいむの目標はあくまで、ずーみーを応援すること! 満足なんてしてないよ。これからどんどんお仕事しちゃうんだから」
「そうか、それならよろしく頼む」
そう言うと、らいむは不思議そうな顔をして俺とシオミを見る。
「あのさー、今さらだけど……親のこととか、聞かないの? らいむ、わかりやすく話を振った気がするんだけどなー」
「ライムはライムだろう。親のことを聞いてどうするんだ」
「おおむねユウ様と同じ意見ですが、私はもう少し打算的ですよ」
シオミはメガネを持ち上げて冷たく言う。
「まず法的にはあなたが社員になることは特に問題ありません。次に、もし親御さんが文句をつけてあなたを外すことになっても、今までのメンバーで仕事は回っていたのです。あなたが入ることによって上がるクオリティが、多少落ちるだけですからね」
「あー、なるほどねー、そういう評価なんだ。ふんふん」
「実際のところ、強引な手法を取ってきたのですから、今後トラブルを引き起こさないか心配しています」
「ムフ。そりゃそーだ」
ライムは雲のように笑う。
「親のことは心配いらないよ。むしろ監督する人間が増えてよかったー、とか、まっとうな手段で稼ぐならよかったー、って思ってるって。自分で言うのもなんだけど、らいむは目を離すと何をするかわからないからね!」
「……テレワークなのがとても不安になってきましたよ」
目をつけようがないものな。
「とにかく、ここに住所と氏名を」
「住所って、今いるところ? いまホテルに泊まってるんだけど」
「……本籍というか、平時に連絡のつく住所でお願いします」
「ふんふん」
ライムはぎこちなく筆を走らせる。その内容に、俺とシオミは目を丸くした。
「アメリカ……カリフォルニア州、ですか?」
「アメリカ生まれって言ったじゃん? 今はね、夏休み、バカンスだから」
シオミは住所のほうに驚き。そして俺は。
「クジョウライム……」
その名前の表記に。
「ムフ?」
九条雷雲という名を持つ少女は、雲のような笑顔で首をかしげた。
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