ポップでキュートな雲いわく
「少ない」
「少ないね……」
『そんなもんだっつの』
ミタカが言うが、しかし。
「このインタビュー記事、話したことの三分の一ぐらいしか書いてないぞ」
『だぁら、そんなもんだっつーの!』
「しかし、オーナー権とユーザ課金の話がほぼカットというのは……」
ユーザーが応援課金で買えるのはなにもゲーム内のアイテムだけではない。オーナー企業が販売する物品も買うことができるようになっている。例えば、ダークナイトメア(りんご)とかだ。ゲームを通じて買うと、うちにわずかな手数料が入り、残りは全額オーナー企業に行き、購入金額と同じだけが球団の資金になるのだ。
そういうオーナーにとってのメリットを書いてもらわないと、オーナーになろうという企業が出てきづらいと思うのだが。
『向こうだって読者が飽きない記事を書かなきゃしょーがねェんだよ』
「しかし、だいぶ高い広告枠を譲ったというのに」
『タダで詳細に書いてくれるほどのデカいゲームになって見返せ、ってこった』
「ううむ」
『んなことより、問題はコレだろ』
問題が起きていた。クラウドファンディングの方で。
まったく投資が集まらない、ということではない。むしろ投資は順調だった。ユーザーに受け入れられるかどこか不安が残っていたのだが、今のところ好意的に話題になっている。特にベータ参加権だけでない課金アイテム付きの報酬に投資してくれている人が多いのがありがたい。
ミタカいわく、初動と最終日に大きく波があるそうなので、この調子ならゴールは達成できそうだった。オーナー権の申し込みはまだないが、ゴールさえ達成すればまた営業にいける。いや、この調子なら今から行っても問題ないかもしれない。
問題はコメントのほうだった。荒れているやつがいるのだ。というか、いの一番にコメントをつけて大暴れしているやつが。
”クソダサ!
――と。
”ダサイ! センスなさすぎ!
「困ったね……」
「ああ……」
別に、ゲームをダサいと言われて怒っているわけではない。というか、むしろこの人はゲームをダサいとは言っていなかった。
”何考えてんの? こんな紹介ページで金集まるわけがないじゃん
”PVもダサッッッ! 魅力が全然伝わってこない!
”コーポレートサイトもダサッ! 公式サイトもクソダサデザイン。スマホゲーじゃないんだからさあ!?
『まぁ、スマホゲー臭はするわな』
『ワタシ、そーゆーサイトしか見てないデスカラネ~……いやぁ、心に刺さりマスワ~』
クラウドファンディングの紹介ページ、コーポレートサイト、公式サイト。そのすべてはニャニアンの担当だった。専門じゃないとは言っていたが、できあがったものはそれなりに格好良く、問題はないと思っていたのだが。
”これキャラデザ、ずーみーだよね?
”絶対ずーみーじゃん? なんで書いてないの? 最大のウリじゃん!?
”ちょっとずーみーにメールするけど絶対ずーみーだよね??
『そういやインタビューに載らなかったッスね』
「俺はちゃんと言ったんだが」
『記者があんまその辺の事情に詳しくなかったみてェだな』
”反応ない! 寝てる!?
送ったという書き込みから五分で反応があるわけがないだろう。従姉ならともかく。これ深夜の二時ごろだし。
”神コラボしといてこんなの絶対おかしい。クソダサすぎる。Web担当出て来いやコラァ!!
『この時間、寝てたろ?』
『寝てマシタネ』
クラウドファンディング公開後、順調に投資されていることを確認して、皆穏やかに寝ていたのだ。
”ファーーーSNSアカウントひとっつもないじゃん? それっぽいやつ
”とりあえず確保しとこっか……Twitterぐらいは……
『忘れてたな、Twitter』
『ドメインは確保したんデスケドネ……』
”ちょ…….yakiuドメイン確保してないとか……ありえないっしょ
『ドットヤキウ? なんスかそれ?』
『あぁ……新ドメインかぁ。うっかりしてマシタネ』
『ドメイン自由化で新しく販売されたやつだな。つーか、知らねェよ……なんだよ、.yakiuって……』
”ドメイン確保したった。開発は感謝してくれていいんだよ?
「ありがとう」
『ありがとうじゃねェよ』
「お金がかかっているんだろう?」
『そらそうだけどよ……高値で売りつけられるかもしれねェぜ? ニセサイト作って悪さして、これ以上悪さされたくなきゃ金を払えって脅迫してくるドメインゴロとかけっこーいる』
”てゆーか寝てんの? 開発? この貴重な時間にどんどんクソダサデザインのサイトが閲覧されてるとか耐えられないんだけど?
”もう我慢できない。ちょっと待ってなよお前ら
”できた! https://kempb.yakiu
『ほれ見ろ』
「これは……かっこいいな」
『いやサイト見ろって話じゃねェよ』
自信たっぷりに書き込んでいるだけあって、サイトはものすごくオシャレだった。確かにこれと比べると、ニャニアンが作ったものは時代遅れと言うほかない。記事とすでに公式サイトで公開した情報しかないものの、要点も詳細もまとまっていて、見ていて分かりやすいし面白い。
「これをこの短時間で作ったんだ……すごいね」
『なんかのテンプレじゃねェのか?』
「ソース見たけど、たぶんコピペじゃないよ」
『そ、そーか……ま、まァ言うだけのことはあるな』
従姉が認めるなら、優秀だというのは間違いなさそうだ。
”ダメだーこれ、全然メール返ってこないし
この書き込みの時点で朝の四時とかだからな。
”よっし直談判してくる。住所はここっしょ?
書き込みはここで終わっている。
「行動力あるな」
『あるな、じゃねェよ。どうすんだこれ』
「メールの内容は?」
『クソダサデザインのサイトを改修したからこっちを使えとよ。ご丁寧にソース一式も一緒だ』
「ありがたいな」
『勝手に使うわけにゃいかねェだろ、どこの誰が作ったモンだかわかりゃしないんだし』
『バックドアとか仕掛けてそうデスヨネ』
「……つまり、信用がないから使えないということか」
『そーいうこった』
「なるほど、わかった」
俺は立ち上がると、並んでノートパソコンを見ていた従姉に言った。
「ちょっと会ってくる」
◇ ◇ ◇
事務所の近くに到着すると、いきなり後ろから腕を引かれた。
「お、おま、お前な……」
「シオミじゃないか」
「じゃないか、じゃない」
走ってきたのだろう。ぜいぜいとしていた呼吸が落ち着いてから、シオミは口を開いた。
「話は聞いた。脅迫すれすれの行為を行うような相手だぞ。暴力にでもあったらどうする」
「それは考えてなかった」
「そうだろう、皆心配していたぞ」
熱意のある人だとしか思わなかったが、そういう考えもあるのか。
「じゃあどうしたらいい?」
「決まっている」
シオミはメガネを直して頷いた。
「二手に分かれる。どちらかがビルに入って、連絡がなければ通報する」
「なるほど。じゃあ俺が行こう」
後になって考えたが、おそらく他の皆は行くこと自体を止めたかったんじゃないだろうか。シオミは応援を頼まれたのだと勘違いしたみたいだが。
ともかく、俺はビルのエレベーターに乗り込んだ。何を考える暇もなく五階に到着し、扉が開く。
「………」
俺はスマホを取り出すと、シオミに連絡した。
「シオミ。事務所のドアの前でポップでキュートな小学生が寝ているんだが、どうしたらいいだろう?」
◇ ◇ ◇
シオミと合流し、ポップでキュートな小学生を起こして、とりあえず事務所に入れてやる。
「はー、遅すぎ。何なの? お兄さんたちの事務所、平日だからって開くの遅すぎない?」
カラフルでポップでキュートな小学生は、椅子に行儀悪く座るなりそう言った。
「今何時だ?」
「13時ですね」
「ほーらー、遅いよ!?」
「何時から待ってたんだ?」
「始発で来たから、5時から?」
その時間から何をしろと。パン屋の仕込みでもしてればいいのか?
「この事務所を見てどう思う?」
「狭すぎ!」
「そうだろう。ここで仕事をしていると思うか?」
「………」
小学生はカラフルなキャスケット帽を脱ぐ。金色の髪がさらっと滑り落ちた。
「ここ、架空オフィス?」
「実在オフィスだ。メンバーは自宅で作業している」
「じゃあオフィス要らなくない?」
「会社の登記のために必要なんだ。あとは来客対応に使ってる」
「へぇ~……そうなんだ」
うんうん、と小学生は頷く。
「お兄さんが代表だよね? KeMPBの。そっちのおばさんは?」
「シオミ。秘書だ」
「どうも。まだあなたのお名前を伺っていないようですが?」
「らいむだよ」
現代っぽい名前だな。
「ねえ、ずーみーはどこ? ずーみー、メンバーなんでしょ?」
「さっきも言ったとおり、ずーみーは自宅で作業だ」
「チェー……なんだ、そっか。じゃあお兄さんでいいや。見たんでしょ? らいむのスペシャルコーデ!」
「スペシャルコーデ……?」
ライムの服装を改めてチェックする。
「目立つ格好をしているな。全体的に黄色っぽい」
「……お兄さん、ファッションセンスないね? ってそーじゃなくて! サイトだよサイト! 真・ケモノプロ野球リーグ公式サイト!」
「ああ、見た」
「どうよ!?」
「かっこよかったぞ」
「わかってるじゃーん!」
ライムは機嫌よく笑う。
今気づいたんだが、そうやって笑うと口元が何かのキャラクターに似てるな。なんだろうな……有名なようなそうでないような。
「ライムが作ったのか?」
「ムフ。そうだよ。らいむのスペシャルコーデ!」
「その年ですごいものだ」
「……お兄さん、らいむがいくつに見える?」
「服装で大人びて見えるが、小学生ぐらいだと思う」
ライムはぷくっと頬を膨らませる。
そうか、わかったぞ。ジュゲムだ。ジュゲムの――足元の、雲のほうだ!
「だと思った。あのねー、らいむは14歳だから」
「そうだったか」
雲の年齢は難しいな。
「ま、いいけど。なんだっけ? そう、とにかく、らいむが作ったんだよ! かっこいいでしょ?」
「ああ、かっこいい」
「でしょう。Twitterアカウントもドメインも確保してあげたんだよ?」
「ありがたい」
「ムフ。そうでしょ! 有能でしょ!」
「ああ、そう思う」
するとライムはニヤリとジュゲム――の下の雲のように笑って、椅子から降り立った。
「じゃあ、あげる! アカウントもドメインもサイトも!」
「そうか、ありがとう。気前がいいな」
「その代わりと言ってはなんだけどさー」
ムフ、とらいむは笑う。ジュゲムの乗る雲のように。
「らいむをKeMPBで雇ってよ! これから先もらいむのスペシャルコーデが必要になるよ? あとね、広報戦略、あれもひどいよ! 専属の広報がいないとみたね! だからそこもやってあげる!」
確かに広報の専門家はいない。基本戦略はミタカが立てているが、ミタカはプログラムの仕事が本業だ。そして実際に表に立つ俺は経験が足りない。専門家が加わるとなれば、頼もしいことこの上ない。
「お給料はね~、月百万円!」
「ふむ……」
月百万。なかなか強気の価格設定だ。専門家の力を借りるとなるとやはりそのぐらい――
「ダメです。雇えません」
言ったのはシオミだった。きっぱりと、冷たく、容赦なく。
「えぇ……なんでなんで!?」
「シオミ。確かにウチにはかなり厳しい金額だが、優秀なのは確かなんだ。広報としての腕前はわからないが、スペシャルコーデに関しては。もう少し考慮してもいいんじゃないか? 外注したと考えれば……」
「そうだよ! ちょ、ちょっと高かったかな? 月額だとどれぐらいが適正なんだろ? ぜんぜん、考え直すからさ!」
だが。
「ダメです」
シオミはキッパリと言った。
「法令上、15歳未満は従業員として雇用することができません」
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