予選決勝と黒いりんご
スマホの通知の振動で、目が覚める。
眠気を誘う揺れ――電車の中だ。寝ていたらしい。
「すまない」
「いや、気にするな。疲れているのだろう」
知らないうちにシオミの肩に頭をあずけていた。背筋を伸ばして座りなおして、スマホのロックを解除する。LINEだ。
『7/28、予選決勝! 13:00~……』
カナからだ。どうやら女子硬式野球部は、全国大会の予選決勝に勝ち進んだらしい。
数年前まで――タイガ選手の活躍でブームが到来するまで、女子硬式野球はいきなり全国大会だった。それがブーム以降急激に参加校が増え、一部地域で予選が行われるようになり、東京は激戦区になっているらしい。その中で決勝へ勝ち進んだのは喜ばしいことだ。
ちなみにライパチ先生率いる男子硬式野球部は、伝統の二回戦敗退だった。いや、女子硬式野球部も、ライパチ先生が顧問ではあるのだが。何が違うんだろうな? 常から男子が甲子園にいけるようならそっちを優先すると胸を張って言ってるあたり、自信はあるのだろうが。――いまはライパチ先生がブッキングに悩まなくていいことをありがたく思うべきか。
『ついに決勝だよ! ユウくんも忙しいと思うけど、予定が合えば見にきてほしいな』
予定。
俺は頭の中でスケジュールを確認する。
――忙しい。
忙しかった。あっという間の二ヶ月だった。
ゲーム開発のほうは順調だった。ミタカの作っていた自動学習システムもうまい具合に動き、選手の動作にもバリエーションが出てきた。試合内容についてはまだまだ怪しいところが多いが、練習を積ませることとAIの調整でなんとかなると考えられている。
ゲーム開発のほうは……順調だった。
順調でないのは、俺の方だ。
平日は学校に通い、バイトをし、家事をする。午後から企業を訪問することもあるが、基本的に仕事はメールが基本だ。休日になって平日中にアポの取れたところへ行って、商談――といきたいところが、普通の企業は休みなわけで、なかなか約束が取り付けられない。ようやく担当者と会えても、空振り。そんな日々が続いていた。夏休みになってようやく平日も遠出できるようになっても、うまくいっていない。
仕事がうまくいかないときほど時間は早く過ぎ、焦りは募る。それが体にも心にも疲労を積もらせているのだろう。
7月28日。その日は商談がある。けれど――
『悪いが、商談がある。勝利を祈っている』
――送信。
これだけを送信するのに、どれだけ時間がかかったことか。
「ユウ、降りるぞ」
「ああ……」
シオミに続いて、電車を降りる。夏は盛りで、じっとりと暑い。
時間的にも、そろそろ四つ目の球団は話がつかないとまずい。最悪、KeMPBがオーナーになることになっているが、できれば避けたい。六球団にするためにも……はやくまとめなければならないのだ。
◇ ◇ ◇
7月28日。
俺は新幹線の中で、スマホを睨みつけていた。
女子硬式野球が盛り上がっているとはいえ、甲子園ほどの人気はない。地区予選の決勝がテレビやネットで放送されることもない。
よって、試合の様子を知るため、棚田高校の女子たちにより作られた応援用のLINEグループに入れてもらったのだが、これがなんというか。
『打った!』
『あーおしい』
『点が入ったよ!』
――何がどうなったのか、わからない。
野球の試合において、ベンチに情報機器は持っていけない決まりになっている。野球に詳しい女子は全員、ベンチの中だ。ということで、なんというかこう――ふわっとした実況しか伝わってこないのだ。
『すごいはやいね』
『ほんとはやい』
何がだ。何がはやいんだ。ピッチャーの球か? ランナーの足か?
『あんなにはやく演奏してよくテンポ保てるよね』
応援曲の話かよ!?
現地で応援しながらLINEしてる分にはこれで充分なんだろうけども? 配慮していただけませんかね?
つくづく、実況の分かりやすさというのは重要だと思い知らされる。ナゲノを――ふれいむ☆を見習ってほしい。あれなら耳だけで状況が分かるのに。
『打たれた!』
『わーまた打たれたー!』
『もう見てられないよ><』
いいから見てくれ。そしてもっと詳しく教えてくれ。
『わーついに満塁!』
『大ピンチ!!』
満塁……満塁か。うん、で、どうなる。なぜ黙っているんだ。続きは――
……トンネルか。そりゃ通信できないな、うん。早く抜けてくれ。
『あ』
……またトンネル。くそ、何が「あ」なんだ。もっと有用な内容を書いてくれ!
『わー、ホームランだ!?』
なんだと。ここでホームラン? 確か最後の点数の書き込みが2点リードされていたから、終盤で一気に6点差? それは……。
『ごめんごめん、今のうちのチームなんだ? 逆転だ!』
「おい!!」
思わず立ち上がって叫び――シオミに服の裾をつかまれて我に返って、座る。座席越しに何人かこちらを振り向いて様子を伺っていた。いかん、いかん……。
その後も不確かな情報での実況は続き、ハラハラとさせられた。
安心できたのは、新幹線を降りてしばらくした後。
『勝ったよ!』
短く勝利を告げる、幼馴染のLINEだった。
◇ ◇ ◇
『なんスか、これ』
『ボール、デスカ?』
『なんかの部品か?』
カメラに映した物体に、ひとしきり予想が立てられた後、俺は答えた。
「りんごだ」
『えぇ……腐ってるんスか?』
『こんな黒いりんご、見たことないデス』
『照明が悪いんじゃねェか? 光の具合で……』
「いや、正真正銘、黒いりんごだ」
テーブルの上に置いた物体は、まちがいなくりんごの形をしている。
色は、黒いが。ものすごく、黒いが。
「四つ目の球団――そのオーナーになる企業が作っているのが、このりんごだ。すでに、球団名も決まっている。このりんごの品種と同じ名前にしたいらしい。ちなみに社名も同じだ」
『アァ――なるほど? 広告としては悪くねェんじゃねェか?』
『なんて名前なんスか?』
俺は一呼吸置いてから、身を引き締めて言葉を発した。
「ダークナイトメア……球団名は、青森ダークナイトメアだ」
◇ ◇ ◇
7月31日。青森から帰ってきた俺は、さっそくその成果を報告した。
『青森……ダークナイトメア……ッスか……』
「ああ……ちなみに漢字表記は『黒ノ夢』と書くそうだ」
『ブフッ……フフ……ウフフ……失礼シマシタ。それはなかなか、カッコイイデスネ』
『……ッ、マ、マァ、その辺りは、おいとくとして、どういう会社なんだよ?』
「品種名はともかく、会社としてはまともだ」
母体は有名な大企業だが、契約に至ったのはそこが農業事業を始めるために建てた子会社だ。リンゴも品種改良であらたに作り出したという。
「このリンゴに社運を賭けているらしい。実際に食べればわかるが、長いこと冷蔵保存されていたわりに味は悪くない。中まで黒いけど、腐ってはいない。皆におすそ分けが届くから、安心して食べてくれ」
『腐ってるモン送りつけられたらぶん殴る』
今年の収穫までおすそ分けは待ったほうが良かっただろうか?
「……と、このように腐っているのでは、など見た目で購買意欲を削がれる代物でな。モニターテストも抜群に悪い。それでもなんとか売ろう、広報を打とうということで、うちのゲームに目をつけたんだ」
見た目がアレなので買う人は少ない。けれどチーム応援のためのご祝儀として買う人はいるはずだ。そこから口コミで評判が広がるだろう、とそういう期待をして――
『うまく行くッスかね?』
「りんごの出荷開始時期が開幕の時期とぴったり合う。冷蔵保存も効いて、これも去年取れた分だそうだ。さっきも言ったとおり味は悪くないし……だが、わからないな。りんごの売れ行きにすべてがかかっている。もしかしたら作っている分全部が売れても、ダークナイトメア社は企業体力的に契約更改に至らないかもしれない。しかし――」
俺は決断した。
「名前が面白いので、契約した」
『オィィ!?』
「契約金は他と同じだけ払っているし、構わないだろう」
『で、でもな? そういう理由で……』
「アスカちゃ……もぐ……だいじょうぶ、おいしいよ?」
『オマエは食ってるなよ……ハァ……』
いつの間にか従姉はリンゴを切って食べていた。
「皮と身がおなじ色してるから、剥いたかどうか、わかりづらいね。でもおいしい」
『あー、いいなぁ。自分ちにも早く届かないッスかねー』
『オマエラなぁ……』
普通のりんごより粘り気があって甘い気がするんだよな。もぐもぐ。
「時間も迫っていたし、青森を逃すともうあとは海を越えて沖縄に行くぐらいしか望みがなかったからな……こちらもえり好みしていられる状況じゃなかった」
それに、こちらを利用してやろうという気概が感じられたのもいい。ぜひ、広告塔として使ってほしいものだ。
「とにかく、これでようやく四球団の契約ができた」
島根も鳥取も、団体の設立が完了して、契約を済ませている。球場名や球団名など、球団に必要なものを決めてもらう段階に入っており、シオミに主導してもらっている。
「待たせてすまなかった」
『いやいや、すごい仕事だと思うッスよ?』
「そうだよ、同志。わたしにはできないことだよ!」
「ひきこもりだものな」
「ぁぅ……」
だが、遅すぎた。
「八月にはクラウドファンディングを始める。プレスリリース、ゲーム系情報サイトへのPR記事掲載。それらが始まるまでに、残り二球団を契約するのは時間的に無理に近い。初年度は……四球団か」
『保証できるのは、そーなるな。あとはクラウドファンディングに任せるしかねェだろ。いちおう球団オーナー権を報酬に加えるが、その額を払うやつがいるかねェ』
そもそも六球団をやる金額が足りなくてのクラウドファンディングだった。
開発が進むにつれサーバも増え、ラックはぎっちり詰まっている。これ以上増やすためにはサーバを買うだけではなく、ラックの契約も必要だ。六球団分契約ができれば、クラウドファンディングがなくてもなんとかなったかもしれないが……いまや、クラウドファンディングでまとまった金額が入ることを祈るしかない。
「オーナー権を買う人は、いるだろうか」
『わかんねェよ。額も額だし、購入者は法人のみって縛りもつけるし。マァ――そういう意味じゃ、オマエが契約とってきたのは、その、なんだ……』
『アスカサン、素直にほめていいんデスヨ?』
『う、うっせぇ! 当然の仕事をしてきたまでだ。うぬぼれんなよッ』
「わかっている」
八月から。明日から、段階がまた一つ変わる。
企業だけではなく、未来のユーザーを相手にしていくことになる。
はたして、『大衆』に受け入れられるのか? それが問われるときが来るのだ。
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