大舞台へ進む

「アンタ、なんかいいことでもあったの?」

「急にどうしたんだ、ナゲノさん」


 コンビニでのバイト中。客が途切れた隙に、ナゲノが話しかけてきた。


「別にどうしたってことはないけど……アンタがニヤニヤしてるから」

「していたか」

「なんとなく分かったのよ」


 気が緩んでいるのかもしれないな。


「いいことはあったが、話せないな」

「会社のこと? いいわね、充実しているようで」

「ナゲノさんは充実していないのか? 大学生活が楽しいと言っていただろう」

「ゴールデンウィーク終わると辛いってホントよ。五月病があるなんて思わなかったわ。あー、辛い辛い」


 社会人がかかるものだと思っていたが、大学でも五月病になるものなのか。


「しかしナゲノさんはやる気あるだろう? 動画も毎日アップしてるじゃないか」

「まッ、それはね。将来のためだから。……てか、アンタもよく飽きずにコメントつけるわね」

「最近はファンメールも送っているぞ」

「アンタかッ!」


 ナゲノの膝がみぞおちに入る。痛い。


「おばさん呼びだし、なんとなくそうかなっとは思ってたけど! 言う!?」

「だ……ダメだったか……?」

「ダメじゃないけど! それならせめてメールで名乗りなさいよ!? 顔見知りでしょ!? アンタっぽいけど、アンタじゃない可能性もあるし? わざわざ聞くとか自意識過剰っぽいし違ったら恥ずかしいし? って悩んでたわよバカ! あとおばさんって書くなッ!」

「オグッ」


 痛い。


「ハー、ハァ、もう……なんだっけ? 何の話?」

「生活の……充実について……?」

「あー、そうね。充実充実。この話はおしまい。さっ、仕事するわよ」

「お、おう……」


 もしや、殴ることで充実しているんじゃないだろうな?


 ◇ ◇ ◇


 六月。梅雨はいまだ気配を見せず、むしろさっさと熱帯夜が訪れている。扇風機で乗り切れるだろうか。


「――では、こちらの報告の番だな」


 夜のオンライン報告会も、暑さの中だと疲れがたまるな。


「先日もチャットで報告したとおり、セクはらと契約がまとまった」

『ダイヒョー、セクハラデスカ~?』

「ああ、セクはらだ。これで――三つ目の球団のオーナーが決まったことになる。島根鳥取から課題とされていた、大都市を本拠地とするチーム……東京のチームが、これでできる」


 セクシーはらやま。郊外をメインに展開する衣料チェーン。その本社は東京にあった。

 担当者も上層部も野球好きということで、話はスムーズに決まった。プロ野球再編問題時に参戦を考えたほどの野球好きだそうで、そのあたりの話をされたのだが……プロ野球にはあまり詳しくないとは言い出しづらく、当時はまだ小さかったので、と無難にやりすごした。


「衣料チェーンだが、ユニフォームについては前回の契約どおり、ナカジマが主導でデザインを作る」

『せっかく服屋なのにもったいねェな』

「ああ。だからセクはらには――服を作ってもらうことにした」

『ハァ?』

「服だ。選手はユニフォームだけ着るわけじゃないだろう。寝るときはパジャマだし、休日は私服だ。つまり、そういうところを――セクはらデザインにする」


 正式サービス開始時にはできていない部分だが、俺たちのゲームでは野球選手のオフも扱う。となれば後々、私服のデザインは必要だった。そこで、セクはらだ。


『アァ……なるほどな。まァ、いいんじゃねェか』

『ソデスネ。それなら、アバターの服も販売価値があがりマスシ!』

「ん? アバターの服? ……ユニフォームは、ナカジマだぞ?」

『違いマスヨ、ダイヒョー。アバターの服デスヨ。ホラ、ユニフォーム着て応援したくない場合もあるジャナイデスカ? そういう時用デス』

「……なるほど。ファンチーム以外の試合、優勝決定戦とかか?」

『それに、ユニフォームは基本、上だけデスカラネ! 下の服もオシャレしたいデス』


 それもそうか。オシャレかどうかはともかく、上下ユニフォームで応援してたらちょっと頭おかしいものな。セクはらの服が選択肢としてあっておかしくない。


『イイッスね~。自分も家じゃ主にセクはらッス』


 そうなのか、ずーみー……ちょっとどうかと思うぞ。


「とにかく、これで残すところはあと一球団になった。あと二ヶ月でもうひとつ契約できれば、当初の予定は達成できる」

『さすがッス! 先輩!』

『フン。マッ……やってもらわな、困るしな』

「そうだな……」


 実際、やらないといけない。四球団全部契約できても、この先が待っている。


『とは言え……展望が見えないってわけでもねェ。ここらでひとつ、宣伝を打つことにしねェか?』

「宣伝? クラウドファンディングまでは情報は公開しないんじゃ」

『早めに申しこまねェと宣伝できねェ場所もあるんだよ』


 ネットの向こうでミタカがニヤリと笑う。


『テレビCMとかッスか?』

『バーカ。金がかかりすぎるだろが。それにCMは狙った層にアピールできるとはかぎらねェし、今じゃよっぽどリアルタイムで見られる番組じゃねェと、録画でスッ飛ばされるしな』


 確かに、テレビCMを見ることはほとんどないな。一応、深夜アニメとかは見るんだが……飛ばすし。


『無料で、必ずゲームに興味のあるやつの目に入り、あわよくば情報サイトが勝手に拡散してくれる、都合のいいイベントがあんだよ』

「そんないいものがあるのか?」

『ある。――TGS。東京ゲームショウだよ』


 東京ゲームショウ。さすがに知っている。秋にあるゲームの祭典だ。様々なゲームが出展し、新作のゲームが発表される場所。


『うちはまだインディーズって呼ばれる規模の会社だ。だから、インディーズゲームコーナーに出展できる。そしてな、このコーナーの最小ブースは2014年から、出展料が無料なんだ』

『狭いデスケドネ~』

『タダなんだから文句言うな。マッ、審査に通らねェと出展できねェが……狙う価値はあるだろ? つか、締め切りがギリギリなんだわ。タダだし、こっちで出しとくからな』


 東京ゲームショウに。


『大舞台、乗り込んでやろーぜ』


 ◇ ◇ ◇


「……では、今日の報告会はこんなところだな。次回はまた連絡する」

『はーい、お疲れ様ッス! 寝るーッ!』

『あッ、ずーみーチャン、アニメ! 一緒に実況してシマセン!? 寝た? オォ……お休みナサイ……』

『事前に言っとけよ……じゃァな』


 通話が終わる。


「なかなか充実した報告会だったな」

「う、うん……」


 隣に座っていた従姉が、チラチラと視線を飛ばす。


「あの……で、し、シオミさんは……なんでいるの?」


 アパートの中には、俺と従姉のほかに、シオミがいた。


「直接話したほうがいいと思ってな。来てもらったんだ」

「安心しろ。悪い話じゃない」

「う、うん……」


 従姉は顎を引いてシオミを見る。


「あ、あのぉ……この間もそうだけど、口調……」

「こっちが素だ。秘書口調が素の人間がいてたまるか」

「そ、そぉですよねぇ、えへへ……」


 シオミのような口調の女性もなかなかいないと思うが。


「そ、それで、話って……なに? 同志」

「この間、島根に行ってきただろう? ツグ姉の出身の。そこで、イルマハジメ――ツグ姉の兄貴に会ってな」

「えぇ……あれぇ? 東京にいるはずじゃ」

「なんでも、東京から今年越してきたと言っていたが……」


 しまった、左遷かもしれない。黙っておけばよかったか。


「とにかく、兄貴に会ってな。それでツグ姉の実家に案内してもらった」

「えぇ!? な、なんで!?」

「それなんだが」


 俺は従姉が落ち着くのを待ってから言った。


「プロポーズしたことを報告にきた、という名目でな」

「は、はぁぁぁぁい? えぇ……ええぇえ!?」

「いや、そう言えばツグ姉の結婚話を諦めるかなと思って。実際、そういうようなことは言っただろう?」


 結婚しておけば勝手に結婚されないだろうと思ってのことだったが。


「十八歳になったら結婚しようかなあ、とか、そういうことを向こうに言ってきた」

「あわ、あわ……」

「そうしたら――動きがあってな。シオミ」

「ああ。先ほどな。そのうちツグ、お前にも書面で届くと思うが……」


 シオミはため息を吐いた。


「まさかな。私も本当にやるとは考えていなかった。まさか、あの程度煽られただけで動くとはな……」

「えぇ……な、なんです……?」

「婚姻届だよ。ツグ。説明しただろう。偽造された婚姻届が役所に提出された」

「ふぇ……」


 ぽかん、と従姉が口を開けて固まる。


「公正証書の偽造という犯罪行為だ」

「えぇ……」

「刑事告訴すれば、五年以下の懲役か五十万円以下の罰金刑になる。それを踏まえて、ツグ、お前がどうするか決めるんだ。告訴するか、示談するか」


 固まる従姉に、シオミが説明を続ける。


「告訴した場合、まず間違いなく訴えは認められる。相手方の対抗手段として、ユウの教唆を主張するかもしれないが、あの程度で教唆ととられるわけがない。『たまたま』重要な会議の議事録を取るためのレコーダーの電源を切り忘れていたせいで、録音できてしまっているしな」

「うっかり電源を入れっぱなしだったな、うん」

「初犯で身内が対象、ということを考慮されると実刑に持っていくのは難しいだろう。刑務所送りにするのはまず無理だと思ってくれ」


 罰金刑にしろ執行猶予にしろ、とにかく相手は生活に戻っていくことになる。


「示談にする場合は、こちらの要求次第だ。一般的には慰謝料をもらう代わりに告訴の取り下げ、もしくは減刑の嘆願をするといった形だな」

「お金は……別に……」


 従姉はぼそぼそと言う。


「……いやその……急で……ぅう」

「お前がどうしたいかだぞ、ツグ」


 シオミが言う。従姉は頭を抱える。

 ――きっと俺も同じように悩んだだろう。けれど答えは従姉が出さなければいけない。


「呆れたというか……許せないとは、思うけど……でも、前科もちにするのは、かわいそうかな……と思う」


 やがて従姉はぽつぽつと話し出した。


「もう二度と、同じようなことしなければ……それでいい、です」

「こちらが圧倒的に有利なんだ。それだけでいいのか?」

「はい……あぁ、でも、それなら、荷物は送って欲しい、かな……実家においてあるやつ……あと」


 従姉は俺を見て、言った。


「わたしたちの邪魔を、しないでほしい。これからみんなもっとがんばって、すごいもの作るんだから……足を引っ張らないで欲しい」

「……そうだな」


 俺も望むことはそれだけだ。それ以上どうしたいとも思っていない。


「俺たちは前に進むんだからな」


 進むし、進まないといけない。進むと決めたからこそ、多くの人に協力してもらっている。


「……わかった。示談の方向で知人の弁護士と相談しておこう。なるべくお前が相手と顔を合わすことがないように進める」

「お願いします」


 シオミがアパートから出て行くと、従姉はホッと息を吐き出した。


「……もう、親に会ってくるとか、無茶しすぎだよ、同志……」

「すまない。ここまで大事になるとは思っていなかったんだ」


 よくて殴られるぐらいだと思っていたんだが、逆に殴られはしなかったしな。人の考えはよく分からん。


「えと、それでその……ぷ、ぷろ」

「うん?」

「じゅ、十八歳になったら、け、結婚するの……?」


 誕生日は六月だ。俺はもうすぐ十八歳になる。結婚ができる年齢だ。


「いや、する相手もいないし、しないぞ」

「アッハイ」

「それに未成年は両親の同意が必要らしいから、相手がいても難しいだろうな」

「そ、そうですね」

「……もしかして」

「えっ!?」

「何か俺が結婚したほうが都合がいい相手がいるのか? その条件でないと雇えないとか……契約できないとか……?」

「あ、いえ……そういうことではないです……はい……」

「そうか……」


 外は雨が降ってきた。そろそろ、梅雨入りだろうか。

 とにかく前へ進もう。邪魔者に追いつかれないぐらいに、もっと先に。

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