仕様変更と合宿

 イルマの話は続く。


「ゲーム会社と自治体の連携というのは最近増えている事例でしてね。今特に成功しているといえるのは、山形県でしょうか……」

「山形県が?」


 何かあったっけ、山形。さくらんぼ?


「『もがコレ』、聞いたことないですか。最上川コレクション。擬人化された川のゲームなのですが」


 あれか。ニャニアンが廃課金している、ご当地ソシャゲ。ゲスカワくんのいる。


「特に女性に人気が高く、イベントにも多くの人が訪れるそうです。アプリの売上も相当なものだとか。そういった意味で、自治体としてはゲーム会社に興味があるのです。ですので、こちらとしてはぜひ、話を聞いてみたかった」


 もがコレに助けられるのはこれで二度目だな。いつかコスプレして恩返ししないといかん。


「しかしユウさんと話してみて確信しました。これは、我が県が契約するのは無理だと」

「それはなぜ?」

「秘書さんの言われたこともすべてが的外れではないのですよ。本当に高校生が代表を勤められるのか? こちらとしても半信半疑というところでしてね。そこで、私なりに会話の中で試させていただきました」


 そうだったのか。さっぱり気づかなかった。


「その評価は?」

「正直だし、誠実だ。少なくともウソをついて儲けようとも、一方的に儲けようともしていない。本気でこちらの利益にもなると考えて提案している。そして受け入れるべき意見は受け入れる――現場と秘書さんががんばっていたようにね」


 どうやらミタカと相談をしていたのはバレバレだったようだ。


「対外的にも有能な人物だと紹介できる。きっとリーグ運営も成功するでしょう。だからこそ、契約はできないと言ったんですよ。もがコレのような形態だったら話は別なのですが……」

「というと?」

「もがコレは、山形県の最上川を題材にしたソーシャルゲームです。これが急に高知県の四万十川に変わることはありえません。もし、ユウさんのリーグが島根を題材とし、島根から場所が動かないものなら、契約を進めたかもしれません。しかし、そうではない――来年の契約更改で契約しなければ、チームから島根の名は消える」


 イルマはまたメガネを持ち上げる。


「ユウさんのリーグ運営はきっと成功する――そして人気も出る。となれば、チーム名を買いたい企業も増えるでしょう。二年目に我が県の予算で太刀打ちできないほどにね。だから、契約できないのですよ。一年だけしか名が残らないなんて、恥ずかしいじゃないですか」

「契約を更新するなら、新規の契約よりも有利に……」

「欲がなさ過ぎるのはいけませんよ。儲けるのはいいことです。その分、できることが増えますからね」


 確かにそうだ。たとえ契約金が低くなって島根が喜んでも、ユーザーに還元するものが減れば全体的に損になる。


「つまり、島根県としては契約できないんだな」

「そうなりますね」

「では、どこを紹介してくれるんだ?」


 契約できないと知っていて、ただ話すだけに呼んだわけではないだろう。つまり、最初から目的は違ったのだ。

 県で契約できないなら、県内の別の組織への繋ぎ。それがイルマの真意だろう。

 そう理解してイルマを目を見ると、イルマはフッと目を細めた。


「そうですね。実際、我が県としても県名はアピールしたい。ですので、すでにいくつかの県内企業――二年目以降も契約ができそうなところに声をかけていましてね。みなさんなかなか興味があるようです。盛り上がって、取り合いになるぐらいにね」

「なるほど――」

「ですので、一度説明会を開いていただきたいのですよ。場合によっては入札形式にしたほうがいいでしょうね。そういうわけで、日取りを――」

「――いや。入札はしない。それよりも……」


 俺はイルマをさえぎると、考えを伝えた。

 始めは怪訝な顔をしていたイルマも、次第に納得する。


「――では、そういうことで」

「ええ、よろしくお願いします」


 話は終わり、立ち上がってイルマと握手を交わす。


「しかし、イルマさんはよくそこまで成功を信じてくれるな。自分でもなかなか言い切れないほどだ。参考までに、どこがポイントなのか教えてくれないか」

「それはもちろん、妹の才能を信じていますからね」

「なるほ――妹?」


 俺は男だが。


「お宅の社員に、大鳥ツグというのがいるでしょう。あれが妹です」


 名刺を見る。入間一。イルマハジメ。


「結婚しましたので」

「それは、おめでとう」

「いえいえどうも。ユウさんの話はよく妹から聞いていますよ」

「家出についても?」

「その件については心苦しいですが、私もアレから火の粉を被るのはイヤなのでね。妹とはいえもう大人です。己の力で対処するようにと言いましたよ」


 それはそうだろう。あんな手紙を出すような親ではな。


「そうか、わかった」

「怒りましたか? 薄情な兄だと」

「いや、怒ってはいない。ただ――イルマさん自身は、思うところがあるようだな」


 負い目を感じていなければ、自分で自分を薄情なんて言わないだろう。


「――やれやれ、高校生に見抜かれるとは」

「ちょうどいい、そこにつけこんで話があるのだが」

「はは、何です?」


 俺は例の手紙を鞄から取り出して、差出人の住所を見せた。


「ここにはどうやっていけばいいんだ?」



 ◇ ◇ ◇



「ただいま」


 出張を終えて、日曜の夜――

 アパートに帰ってきた俺を迎えたのは


「急に仕様変更させるんじゃねェェェェー!」

「ゴフッ!」


 ミタカからのラリアットだった。首が痛い。


「お前な、お前な~ッ!」

「グェ」


 その痛い首をさらに後ろから羽交い絞めにされて締められる。

 息が吸えない。仕方ない、死ぬか――


「あ、アスカちゃん、アスカちゃん、やめて」

「イーヤ、ダメだ。開発がいねェ会議で仕様変更決めるとか、納期をアホみたく縮めるとか、そーいう開発に無茶振りする営業はダメだと遺伝子レベルで刻みこまねェと……」

「かっ、顔の色がヤバいから!」

「マジか」


 パッと解放される。なんとか呼吸を再開できた。


「どうだ、オイィ? 刻まれたか? アァ?」

「――それは、ドラフトと球団資金の話か」


 ドラフトに人の操作を入れる。

 課金額が球団が選手に対する契約金につかえる運営資金としてカウントされる。

 どちらもあのイルマとの話し合いの中で決まったことだ。


「だが、合理的だろう?」

「よし、もっかい刻んでやる」

「アスカちゃんやめてぇ……」


 ミタカに再度首を絞められ、従姉がなんとか引き剥がしてくれる。


「第一、戦力が均等になるように、球団の資金での差はつけないハズだったろーが」

「平等を考えてそう決めてはいたが」


 選手の契約はあくまで抽選とドラフト順によってのみ進められ、トレードも似たような評価の選手だけ一対一でと考えていた。


「それでは応援のしがいがない、と気づいた。応援したチームは強くなってほしいだろう。初年はともかく、二年目以降は資金の差をつけるべきだ」

「その結果、馬鹿勝ちするチームが出てきてもか?」

「それもひとつの結果だろう。そもそもリアルのプロ野球だって、戦力の偏りはある。万年最下位争いをしているとか……そういうのもチームの特徴だろう?」

「まァ……そうだけどよ」

「タイガ選手にも優勝を経験してほしいものだな」

「それな」


 タイガ選手の所属チームが優勝したことは、まだない。ここ最近というか――俺が生まれてからはないな、たぶん。


「バランスがとれてしまうと、逆に没個性になるんじゃないかと思うんだが」

「チッ――わぁってるよ。だからオッケーしたんじゃねェか」


 ミタカはドカッと床に座って口を尖らせる。


「バランスが完璧なゲームより、とがっちまったゲームの方が面白がられるモンだかんな……だから、オッケーだ。その変更はな。ただな? いくらいいアイディアが出たからって、実装に時間がかかったり、ほかの部分との兼ね合いで無理なモンもあるんだ。その辺考えろよ?」

「えぇ、でもアスカちゃん、あれぐらいだったらすぐ……」

「できるけどな? できるけど、今後何言い出されるかわかんねぇから釘を刺すって話さ」

「わかった。気をつけよう」


 時間が限られてくれば、できないことも増えてくる。そういう話だろう。


「そーしろ。つか、まだまだ詰めてねェ部分があるって反省したわ。今日は合宿すんぞ。仕様を細かい部分まで決める」

「出張の報告会をする予定だったはずだが――」

「その後にな。つーことで、さっさと報告会始めようぜ」

「わかった」


 机の上に従姉がノートパソコンを出してくる。


「あっ……イヤホン、二人までしか聞けないね。どうしよう?」

「む、そうだったか……」

「……は? いやスピーカー使えばいいだろ?」

「いや、そのスピーカーが壊れていてな」


 どこかの誰かの大音量で壊れたのだ。


「それからずっと二人でイヤホンを分けて使っているんだが」

「分けて?」

「こう」


 イヤホンの右と左を別々に持つ。


「……ミタカさん、一緒に聞くか?」

「だッ……誰がすっかよ。バカじゃねーのオマエ」


 結局、スマホをスピーカー兼マイク代わりとして、報告会を始めることになった。


 ◇ ◇ ◇


「それでは報告会を始めよう」

『待ってたッス!』

『ゴキゲンな話があるといいデスネー』


 チャットをつなぐと、待機していたずーみーとニャニアンもすぐに参加してきた。

 ちなみに、シオミは不参加だ。酒が飲めない俺の代わりといってはなんだが、だいぶ飲んでいたからな。家の寝床まで送っていったが、かなり大変だった。


「事前に話したとおり、今回はネーミングライツを買ってもらうため、島根と鳥取に出張してきた」


 土日の土曜に島根、日曜に鳥取というスケジュールだ。たった二県だというのに移動にものすごく時間がかかった。イルマに車を出してもらわなければ、今頃疲労困憊で力尽きていただろうな。


「んで? 契約はとれたんだろ? 儲けは考えてない価格設定だし、飛びつかないわけがねェ。しかもネーミングライツだけじゃなく、オーナー権になったしな」

「いや、ダメだった」

「ハァ!?」

「県だけ、ではな」


 イルマとの話の流れを少し説明する。


「――というわけで県内の複数の企業を紹介してくれる流れになった」

『なるほどデスネ。確かに、ファンとしてもチーム名は長く続いてほしいデス』

『期待してくれてるってことッスね。それで、どこと契約することにしたんスか?』

「どこというか――全部だ」

「ふぇ」


 隣で従姉が気の抜けた声を出す。


『全部――ってどゆことッスか?』

「アニメでいうところの制作委員会方式を提案してきた。複数の企業が集まって、資金を出し合って運営する形だな。オーナー権については出資金比率で決めるとか言っていたが――ともかく、新しい組織を作ってもらうようにした」


 興味がある企業が複数ある。ならそれを束ねたほうがいいだろう。

 何も県内で取り合いをする必要もない――そういう考えだ。


「島根も鳥取も、その方式で進むことになった」


 むしろ鳥取は島根より簡単だった。島根の前例があるからなのか、県内唯一の野球チームが去年活動を停止してしまったからなのか知らないが、県庁の担当者はえらく乗り気だった。


「どちらもクラウドファンディングの開始までには組織作りと資金提供、球団名の決定など一通りすませてくれると約束してくれた」

「ン? 契約はどーした?」

「取り交わす相手が――制作委員会がまだ立ち上がっていないからな、できてない」

「マジかよ……」

『オモテガエされないといいデスネー』

「なんで畳の話だよ……」


 どんでん返しは避けたいところだ。とはいえ、結局ダメだった――というオチも考えておかないといけないな……。


「あとひとつ、一チームぐらいは三大都市を拠点にして欲しいと言われた。マイナーな県ばかり集まってしまうと……」

『盛り上がらないからッスか?』

「いや、せっかく人口が少ないマイナー県というアピールポイントが弱まるからだと言われた」


 自虐しすぎじゃないかとは思うのだが。


「とにかく――ふわぁ――報告はこんなところだ」

『お疲れッスね、先輩』

「移動するだけで疲れるものだと初めて知ったよ。自分が歩いたわけでも運転したわけでもないのに」

『じゃっ、今日はゆっくり休んで――』

「休ませねェよ?」


 ずい、とミタカが身を乗り出して、低い声で言った。


「忘れてないだろうな? 今日は今から合宿だ――ゲームの仕様、全部固めッからな」


 そして地獄の蓋が開いた。


 翌日は月曜日。――半ば意識を失いながらも学校に到着した点は、ほめられてもいいんじゃないだろうか。

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