報告会
「それでは会社設立後、初めての進捗報告会をしよう」
『よッ! 待ってましたッス!』
始業式の夜。バイトが終わってアパートに帰った俺は、普段より早く家事を終わらせて従姉とノートパソコンの前に座った。ボイスチャットを併用しての会議を行うためだ。
ちなみに、ノートパソコンのスピーカーは直っていない。ので、従姉とイヤホンを分け合って聞いている。
「チャットの各部屋で話が進行しているのは知っているが、ちょうどいいタイミングだし、それぞれの進み具合をまとめて欲しい」
日中でもものすごい勢いでチャットが流れているので、通知をきっておかないとスマホがすぐに充電切れになってしまう。専門的な話も多いので、いまいちよくわからないこともある。
『んじゃ、マズは開発環境から行こうぜ。セプ吉』
『ハイハイ。ダイヒョーとお片づけしたラックに、ネットワークを引いてサーバを接続シマシタヨ。進行管理のRedmineも、バージョン管理のGitもこっちで構築して移行済みデス』
『あれ便利ッスねー、がんもチャート』
『ガントな。揚げモンじゃねェから。開発の進行についてはオレが仕切らせてもらう』
「プロにお任せしよう」
ゲーム作りのノウハウに関しては、現役でゲーム会社に参加しているミタカに勝るものはいない。当然の役割分担だと思う。
『ゲーム用のサーバに関しては、納品待ちデスネ」
『融資は無事降りましたので、初回分を振込み済みです』
『サスガ、ヒショさん。頼りにナリマスネー。納品され次第、ラッキングして使えるようにシマスヨ』
『マズはざっくり、2チームの一軍を扱えるだけの分ナ。うまくいきゃクラウドファンディングまでにもう1セット買うぜ』
サーバー代は分割払いとはいえかなりの値段がしたな……。
『ゲーム本体については、オレが担当してるAI部分は、学習方法について開発中だ。あとは機械学習が絡まない、普通のAIも作り始めてる。キャラ同士のコミュニケーションとかな。実際に動くのはサーバが届いてからだ』
『次は自分ッスね! ツグ先輩とがんばったッス!』
「うん……じゃあ、はい、これ」
従姉が動画を再生する。虎をモデルにしたケモノ人間の顔だ。それが動画が進むにつれ、目や口のパーツが変わったり、顔型がシャープになったり丸くなったりする。
「ずーみーちゃんに基本となるモデルとパーツを作ってもらって、変形はプログラム側でやってるよ。人間の顔についてはこういう自動生成ものが結構あるから、それを参考にして作ったんだ」
『いやー、これで何百もモデル作らなくて助かるッス。犬猫系は毛色のテクスチャ変えるだけで量産できるし。あとは種類増やしとパーツ増やしッスかねー』
「ランダムだと偏ったり、変なのができたりするから、使えるかどうかの判別とか、最終的な調整はずーみーちゃんにしてもらうよ」
「なるほど……」
動画が終わったので、俺は隣の従姉に聞いた。
「メスの動画はないのか?」
「めっ、メス豚ッ!?」
豚とは言ってないが。
「さっきの動画はオスの虎だっただろう。メスの方はないのかと聞いたんだが」
「メス猫の……」
「猫でも豚でも犬でも構わないが」
しばらく沈黙。
『えっと……先輩。メス、いります? いや、世界観的にじゃなくて、野球選手としてのメスケモ』
「女子選手はいたほうがいいだろう。現実にだってタイガ選手はいるし」
パワプロにもたくさんいるし。
『ああ~……そッスね、いるッスね……いないほうがおかしいッスね』
「何か問題――」
『いや! 作るッス! 大丈夫ッス! メスケモも好きだし!』
「そうか」
俺もずーみーの描くメスケモは好きだぞ。かわいいしな。
「えっと、じゃあ、わたしの番。物理エンジンについて。タイガ選手のモーションをいれたら……ちゃんと変化球、曲がりました!」
「おお」
「でも重いの、動作。たくさん計算してるから。最適化してサーバで実行したら、軽くなるといいな~って思います」
ここでいう重い、は1秒で終わる動作が何倍も時間がかかってスローモーションに見えるということだ。
「それから、これ!」
従姉弟はもうひとつ動画を出して再生する。ピッチャーとバッターがいて、バッターがバキンバキンと打ちまくっていた。
「なんだと思う?」
「……音がついたな」
バットにボールが当たったときの音が追加されている。
「うん、そう。同志、正解!」
「いつ収録したんだ?」
「録音じゃなくて、自動生成だよ~」
自動生成。
「バットの音とか、状況に応じてたくさん収録するの大変だし、毎回違う音が鳴ったほうがいいなあと思って。だからバットの音は自動生成。あとはミットも」
「なるほど――よくわからん」
『プロシージャルサウンドっつー技術だな……さすがツグ。まさかそれを実装するとはな』
「難しいのか?」
『端的に言うと天才。まだこんな技術採用したゲームねェから』
「ろ、論文があったから、それを参考にしただけだよ……」
『それでみんなできたら苦労しねェからな?』
なるほどやはり天才か。
『まとめっと、ゲーム側としてはサーバ到着次第作ってるのを乗せて動作確認。物理エンジンはツグ主体。その他ゲーム的なとこはオレ。Web周りはセプ吉。グラフィックはずーみーで、進めていくぞ』
『ソーシャル関係も、ワタシが担当デスヨ! あとこのゲーム基本無料でお金払う部分が少なすぎデス。ガチャもないときた!』
ガチャはしないと決めている。というか、何をガチャするればいいんだって話だが。応援用のユニフォームの背番号か?
『ナノデ、そのあたりも考えてイキマスヨー』
「わかった。売り物を増やすのは大事だな。引き続きよろしく頼む」
プログラムも絵もできない以上、俺が手伝うことはない。
であれば。
「では――俺の話だな」
自分の仕事をこなしていくしかないわけだ。
◇ ◇ ◇
「俺とシオミは、今後スポンサーを探しに行くことになる」
ゲーム作りを続けるための体力を稼ぎに行かなければならない。
「大きなところとしては、ネーミングライツ……球団名、球場名の売り込みだ。これを買ってくれるスポンサーを探さないといけない」
選手たちが野球をする球場――本拠地の『実在の住所』を決める。例えばジャイアンツであれば東京の東京ドームがそれであるようにだ。実在の住所が決まれば、リアルとのコラボもしやすい。聖地巡礼だって起きるかもしれない。たぶん。
「売り込み先は自治体自身、もしくは企業だな」
『企業だけでいいんじゃねェか? お役所とか、あんま金出さないダロ』
「相手にしてみたら成功するかどうかまだ未知数のゲームだ。どこを相手にしても、出してもらえる金額はそれほど変わらないんじゃないかと思う」
むしろ多く出資されすぎていろいろ口を出されてもかなわない。最低限必要なだけ出してもらうのがいいだろう。
「それに自治体と組んだほうが話題性はあるんじゃないか?」
『最近はネットではっちゃける県とかもあるッスからね~。まだまだ硬いイメージのお役所と組めたら、確かに話題になりそうッス』
『ウドンとか、オンセンとかデスネ!』
『まァ、確かにな……』
温泉遊園地は実現するのだろうか。
『けもフレと手を組めたらよかったんスけどねえ。最終回以降、いまや超売れっ子タイトルだし難しいッスよね?』
いちおうケモノつながりで打診したのだが、門前払いだった。
「アニメはともかく、売り込み先だが……どこでもいいわけじゃない。地元民が応援する球団が二つ以上あったら、ファンが分散してしまうだろう」
『東京は二つあんぞ?』
「東京は人口が多いし、例外で頼む」
そもそも東京はそこまで地元にファンが根付いている印象がないな。
「サッカーが顕著な例だと思うんだが、そんなにサッカーファンじゃない人たちもワールドカップは応援するだろう。日本チームというだけで」
『アァ――オレああいうのは嫌いだね』
『自分は気にしないッスけどねー、お祭りみたいなもんッスよ』
「甲子園でも、その高校の関係者でなくたって地元というだけで応援する。チームとの共通項があれば、人は応援したくなるものなんだ――だから、球団に地元は必ず欲しい。そして、球団はその地元唯一のものであるべきだ」
リアルの球団が居座るところじゃ、勝負にならないのは目に見えてる。
「まず都道府県のうち、プロ野球チームが本拠地としているところは除く」
『東京が被りで12球団だから――一気に11箇所減ったッスね』
「次に独立リーグのチームの本拠地も除く」
『独立リーグ? なんデスカ、ソレ?』
「プロ野球だ――俺も調べて初めて知ったんだが、地方の一般に言う12球団とは別のリーグというものがある」
リアルでセ・パ以外のリーグが存在するとは知らなかった。似たようなことはだいたい先人が考えているというのは本当だな。
「四国アイランドリーグplus、BCリーグなど……地元に根付いたリーグだな」
『資金難からのゴタゴタも多かった気がするが、まァ無視はできねェ存在だな』
「というわけで、この独立リーグに参加するチームの本拠地も除く。それから大規模な社会人野球のチームもな。そうすると――残りは19府県」
意外と残る。だが。
「ここからさらにJリーグのチームの本拠地を抜く」
『サッカーッスか』
「特に静岡県とか、どう考えても野球よりサッカーだろう?」
野球ファンはいるんだろうが、地元に根付くかというと難しそうだ。
「さらにソフトボールのプロチームも抜こう」
『そこまでやって残るんスか?』
「野球、ソフト、サッカーの本拠地がない県は――二つだ」
絞りに絞った結果――
「奈良県と、島根県だ」
『島根は納得ッスね』
『アァ、島根はな』
人口第46位だからな。
『奈良はなんでないんスか。大仏パワーッスか?』
「いや、あることにはあるんだ。島根も奈良も、リーグに属していないだけで社会人の野球、サッカーチームはな。プロ――つまり選手に給料を払える体制になるだけの規模ではないだけだ」
特に奈良にはかつて、独立リーグに参加するチームもあった。リーグごと消えたのだが。
実際、社会人野球チームを含めれば、チームがない都道府県はない。野球人口おそるべし。
「地元を代表する球団として受け入れてもらえる余地が、他の都道府県よりはあるだろう――その程度の話だが、可能性を少しでも上げたい」
『まァ、リアルのチームが盛り上がってるトコに、急にバーチャルのチームを応援しようって流れは、作れんわな。方針はわかった。で、どっちから行くんだ。近いし、奈良か?』
「いや――島根からいく。合わせて鳥取にもコンタクトを取るつもりだ。鳥取もプロ野球チームはないからな」
加えて、鳥取はWebに明るいイメージがある。砂丘をWi-Fiで整備するぐらいだし。
「もちろん、奈良も忘れない」
『その心は?』
「せんとくんが始球式したら、面白いだろう」
あのせんとくんがマウンドに上がる。前代未聞に違いない。
『先輩、すでにやってるッス。バッターの方ッスけど』
「ならいいか……」
『奈良だけに』
「――とにかく、まずは島根と鳥取に接触してみる」
このある意味おいしい自治体で感触がなければ、自治体に話を持っていくのは諦めたほうがいいだろう。
「あとは、広告枠だな。球場のフェンスとか看板のスペースを売る先を探す」
『主に私が担当いたします。スポーツ用品の企業にも営業をかける予定です』
『スポーツ用品ッスか?』
「ゲーム中にもバットやグラブは出てくるだろう。それらのメーカーだな」
『初回は全チーム分の包括契約ですね。人気が出ればチームごと、それこそ選手ごとに契約できるかもしれませんが』
さすがにメーカーの好き嫌いまでAIは考えないから、こちらの都合で変えられるのはリアルよりも有利な点だな。
「議題は以上だな?」
『はい、ユウ様。予定通りです』
「何か問題を抱えているものはいるか?」
誰もイエスと答えない中――
スッ、と。
「え、えへへ……」
俺の隣で、従姉が手を上げるのだった。
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