ヒーローと三年B組

『ヒーローインタビューです。本日はこのお二人にお越しいただきました。まずは打のヒーロー……』


 試合が終わり、さまざまなスポンサーのロゴが入ったついたてが設置されて、選手とインタビュアーがその前に立ってカメラのフラッシュを浴びる。


『……ありがとうございました! では続いては』


 先制点をあげた選手の話が終わり、隣の選手へとマイクが移る。


『プロ入り初完投、一失点で試合を作った、タイガ選手です!』

『ど……』


 手を組みたいのだろうが、恥ずかしいのかこらえているのか、中途半端に両腕が胸の近くに上がる。


『す、すいません。殴らないでください』

『アッ……ちがッ……て』

『ヒッ……血が見たい!?』

『ちッ! ちが……ちが……』


 隣の選手が間に入って、なんとかその場を収める。


『えー、完投はプロ入りして初めてとのことですが、達成して感想はいかがですか?』

『そ……。いつでッ……できッ……とでは……ぃ……で』

『いつでもできる!? おおー、シーズン中もいける、と!』

『ぃやッ……守備で……たすかッ……。おかげで……一失点……』

『守備がスカで一失点!?』

『ちッ……ちが……みんッの……お……でッ!』

『血が見たいようだなって!?』


 あのインタビュアー、悪意があるんじゃないのか。


「さすがタイガ選手、ヤる気マンマンじゃん」

「すごい発言だよね……チームで孤立しないのかな」

「オレが許す! いいぞタイガ選手!」


 いいのか。……ファンが受け入れているならいいのか。

 さすがにチームメイトはわかっているようで、なんとか場をおさめてインタビューは終わりになった。こちらに向かって小さく手を振りながら退場するタイガに、手を振り返す。


「それにしても難しいな、インタビューは」

「なんだよユウ、受ける側でもないくせにー」

「いや、受けるぞ」

「ヘ?」


 ニシンが目を丸くする。


「な、なして!?」

「四月に会社ができるんだが」

「そういえばそうだったね。おめでとう!」

「ありがとう。そんなわけで会社の代表になるので、その件についてインタビューを受ける」


 シオミがコネで手配してくれた地方紙と、そのつながりのネットメディアのふたつだ。


「へぇ……そっか、現役高校生社長とか、珍しいし、ニュースになるか!」

「アァ。広報の意味合いもあっけどな。マ、現時点じゃそんなに必要ねェが」

「どうしてですか?」

「会社としてやる仕事は決まってるから、新しく仕事を請ける必要もねェ。まだ見せられるモンができてねェから、ゲームの宣伝もできねェ。つか、むしろクラウドファンディング始める前にゲームの情報はださない」

「えー、せっかく取材してくれるのに?」

「半年後に始める話なんざ、忘れられちまうっつーの。情報が出た瞬間に始まるぐらいじゃねーと、今時やってけねェよ」


 今後に向けての練習のようなものだ、とシオミも言っていた。場数を踏んでおけ、と。


「ユウくん、不安なの?」


 カナが訊いてくる。


「いや。俺は不安じゃない――ツグ姉が不安だ」

「え……ツグさんが? 一緒にインタビューを受けるの?」

「いや、一緒には受けない」


 家出の身だ。メディアに顔が出るのはまずい。


「別件で受けるんだ。――ゲーム開発者として」


 例の『監督すべき子供たち』が、ネット上でプレイ動画を通じてブームになっていた。なにせホームランを打たれれば恐怖新聞、怪我をすれば漂流教室、突っ込みどころに事欠かない。プレイ動画を見た人がさらにプレイ動画を作るという循環がうまく回ったのだ。


「ツグネーが? 大丈夫なの?」

「テキストチャットでのインタビューだから、大丈夫だとは思うが……」


 『わし』の件もある。

 ミタカがフォローするとは言っていたが、不安なものは不安だった。


 ◇ ◇ ◇


 そして数日後。従姉のインタビューがネットに掲載される。

 そこには俺も知らなかった驚愕の事実が記されていた。


 ◇ ◇ ◇


[インタビュー]「監督すべき子供たち」の開発者、contuguuさんに聞く


 |甲子園漫画が好きだから


 ――「監督すべき子供たち」、流行ってますね。特に動画サイトではすごい盛り上がりです


 contuguu:ありがとうございます。二年以上前にリリースしたゲームなのに、今になって盛り上がっていて、とても驚いています。


 ――いきなりですが、タイトルは「恐るべき子供たち」のオマージュですか?


 contuguu:偶然です。指摘されて初めて知りました。不勉強ですいません。


 ――話題になっているのは主に例のカットインですが、そのあたりの恐怖感を盛り込みたかったのかな、と思いました


 contuguu:あれは狙ったものではなくて。どうしても絵柄があんなふうになってしまうんです。あの頃はお金がなくて、グラフィックを外注できなくて。


 ――というと、あれはcontuguuさんが描いている。


 contuguu:はい。ゲームは全部一人で作りました。


 :

 :

 :


 ◇ ◇ ◇


「ツグ姉。これ、全部一人でって書いてあるんだが、絵もか?」

「う、うん……はい……実はそうです……」


 例のホラーなグラフィック。

 それは従姉が描いたものだった。


「……なんか、すまないな」


 怖い怖いと注文をつけた覚えがある。


「う、ううん、いいよ……なんか、そのおかげで売れたようなものだし……もともと、得意じゃないから……ほんと……セカンドのマブイ君マジマブイなとか思って描いてないから……」


 マブイ君はいまや屈指の人気キャラクターだ。

 マブくはない。

 狂気を感じると大人気だった。


「……すまないな」

「……うん」


 ちなみに――俺のインタビューについては滞りなく終わった。

 話せることも少なく、これで記事になるものなのかと思ったものだが、そこはプロの仕事。夢あふれる若者感の出た記事になっていた。

 ネットメディアのほうはやたらと、『ろくろ回し』『タマ握り』『エア猫』といったポーズで写真をとらされたのだが――まったく使われていなかったな、うん。



 ◇ ◇ ◇



 四月。


「さんねェェーん! ビィ~組ィィィ!」


 桜舞う青空の下。野太い男のやけっぱちな声が響き。


「ライパチ先生ェー!」


 三十人近くの高校生が叫んで、中心のライパチ先生をおしくらまんじゅうした。


「ぐェッ、こらッ、やめ、やめろお前ら!」


 もみくちゃにされて文句を言うライパチ先生だが、本気で怒ってはいない。

 なぜなら当校、棚田高校は創立以来ずっと男女共学のはずなのに、近年男女比が極端に偏っているからだ。女子が多いほうに。


 そうなると男子たちはなかなかその輪に入れず、ライパチ先生をねたましく眺めるばかりだ。


「イェーイ! らいぱっつぁん、イェーイ!」

「やめッ……やめろお前! 首がッ……ああああッ!」

「わーっ!」


 どたどた。ライパチ先生は女子生徒の波に沈んだ。主にニシンのせいで。


「通報しよう」

「SNSにアップしよう」

「お前らやめろ!」


 遠くから見るしかなかった男子たちがここぞとばかりにスマホを取り出して、女子に埋もれたライパチ先生を撮影する。


 俺もしておいた。


「やめろ! 大鳥!」


 ズーム使うの難しいな。


 ◇ ◇ ◇


「ああ、えらい目にあった……」


 ようやく生徒たちに教室へ戻るよう指示して、ライパチ先生は俺が座っていたベンチに腰掛けた。


「始業式の日から大変だな」

「まったくだ。……おい、お前もちゃんと画像消せよ?」

「わかった」


 すでに従姉に送りつけてあるから、消しても問題はない。


「まったく、絶対コレ、イジメだよな? 毎年三年B組の担任させられるの……」

「ライパチ先生だからな」

「上だけじゃなくて生徒も、ドラマの世代じゃないくせに、このシーンばっかり有名なせいで毎度やらされるし。ったく、この一年、あと何度やればいいんだか」

「送る言葉で泣かせてやったらどうだろう?」

「ガラじゃねえよ。国語教師でもないし」


 ライパチ先生は社会科だものな。


「そうそう、ちょうどよかった。お前に話があったんだよ」

「俺に?」

「そうだ。新聞見たぞ。会社の代表になったんだってな?」

「地方紙なのによく知ってるな」

「付き合いとかあんだよ……じゃなくて、社会科の教師ならアンテナは高く張ってないとな?」


 急に意識の高いことを言われても困る。


「ゲーム会社だってな。お前のことだからチャラチャラした理由ではないだろうし、実際資本を集めて融資まで決まってるってことは、本気なんだろう」

「有能な社員のおかげだ」


 特に会社設立にあたってはその手続きのほとんどをシオミがやってくれた。売り物となるゲーム作りは従姉、ずーみー、ミタカ、ニャニアンが進めている。俺は代表とはいえ、雑用係のようなものだ。


「で――教師としてひとつ聞いておかないといけないことがある」


 ライパチ先生は、真剣な表情でこちらを見てくる。


「――高校は、卒業するつもりか?」

「……というと?」

「お前がバイトしてるのは俺が判子押したから知ってる。時間いっぱいシフト入っているのはニシンから聞いた。でだ、そこから社長業をやる時間は捻出できるのか?」


 痛いところを突かれた。


 雑用係ではあるが、やることはすでに決まっている。そのために必要な時間はかなり大きい。一日がかりということだってある。となると――学校をどうするか、というのは当然考えないといけないことだった。


「中退してもいいのか?」


 時間を最大限使いたければ、今すぐ高校を辞める、というのは選択肢の一つだ。なにせ卒業後どころかすでに「就職」に進路が決まっているようなものだから。


「そう決めたなら、俺は反対せんが」


 ライパチ先生はそう前置きしてから話を続ける。


「お前らが思っているよりも、まだまだ世間では最終学歴での差別は根強いぞ。IT業界じゃどうかは知らんが……一般的にな。特に、お前はここで辞めたら中卒ってことになる。もし今回の起業に失敗して再就職、となったときは非常に不利になる。そこは覚悟しておけよ?」

「失敗することは考えていないが――」


 というか、失敗したらニート――というのも親から独立した以上無理か。ということは死ぬだけだな。うん。


「――代表社員が中卒じゃあ格好がつかない、と言われたしな。卒業するつもりだ」


 格好がつかないのはまずい。今後の資金集めで相手にするような企業や団体には、その格好が重要になってくる。だから、高校は卒業する。そう決めてあった。

 学業も社業も両立させてこそ、現役高校生社長と呼べるのだ。


 より格好をつけるため、大学にも行くという案もあったが――さすがにそこまではしなくてもいいだろう。なにより、箔がつくほどの大学に行く頭もない。


「そうか。卒業するだけなら、通信制の高校に転入するって手もあるぞ? あれは時間の融通が利くからな。ちょっと時期は遅いが、なんとかねじ込めるだろう」

「魅力的な話だが、決まった時間に勉強する場所に向かう、という習慣なしに勉強ができる自信がない」


 情けないことだが、自由になったら逆におろそかになる未来しか見えない。


「そうか。んじゃうちで卒業するわけだな。ならいちおう説明しておくぞ。うちは普通の高校だからな、いずれかの教科で出席日数が三分の二以下だったら留年だ。試験の方は赤点を取っても、補習でフォローできるが……それにかかる時間のほうがもったいないだろう。取るなよ? 赤点」

「わかった」

「日数が足りるようであれば、欠席に関してはとやかく言わないよう他の先生方にも言っておく。自己管理はしっかりな」

「ありがたい。――いろいろ言われるんじゃないか?」

「お前に関しては元からいろいろ言われてるよ。気にするな。担任の仕事だ」


 本当に今時珍しい寄り添い型教師だ。


「なぜ原作と違って結婚していないんだろうな?」

「原作っつーなよ! 俺はパクりじゃねえ!」


 ライパチ先生が原作を超えられる日を、心から待ち望むものである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る