ニャニアンとサーバ
「うわぁ~、狭いデスネ~!」
ビルとビルの間に挟まった小汚いビルに入り、6人乗りの文字が疑わしい窮屈なエレベーターを使って五階へ。到着してすぐの扉を開いて中に入ると、ニャニアンが簡潔に感想を述べた。
確かに、狭い。ワンフロア貸切といえば聞こえはいいが――通路も水周りも同じフロアにある。実質、部屋として使えるスペースは……六畳ぐらいだろうか? 机やら本棚やらでだいぶ埋まっていてよく分からないが。
「ウワ、見てクダサイヨ、アスカサン。床! これオーエーじゃないデスヨ、今時」
「ボロいビルだったからなァ……まあこんな狭い部屋じゃOAするほどじゃないだろ」
「カーペットだし、なんかミシミシもしてマスネ~」
「つか、カビ臭くねェか?」
なかなか散々な評価だ。だがシオミが選んだのなら理由があるに違いない。
「シオミ、説明してもらってもいいか?」
「はい。そもそも事務所を借りるのは登記に必要な住所を得るため。全員在宅での仕事ですので、事務所を使うとしても機会は限られています。となれば第一に優先すべきは費用です。こちらが明細になります」
受け取った書類に目を通すと――安いな。従姉のアパートより安い。
「レンタルオフィスという手もありますが一般のそれより安く抑えました」
「安さならバーチャルオフィスって手もあるぜ? 登記用の住所だけ借りるってやつ」
「残念ながらミタカさん、それだと融資が通りません。それに――イヤでしょう? 実体のない会社だのとケチをつけられるのは」
「まァ――そうだな。炎上の材料になるかもしんねェ」
「経費削減にだけ目を向けて、足元がおろそかになってはいけませんからね」
安いな……うぅむ。
「ここに住みたいぐらい安いな」
「事務所契約と住居契約は違いますので、住むのはダメです」
ダメか。
「安さの理由は?」
「駅徒歩15分。ビルの老朽化。狭さ。前の借主が現状復帰をせず夜逃げしてそのままになっている什器の廃棄を引き受けることなど――色々と」
「つまりこの無駄に立派な机とか椅子は使っていいんデスネ~。ゲッホゲホゲホ」
ドカッと椅子に座ったニャニアンが咳き込む。埃でも舞い上がったのだろう。
「会社が設立したら、俺は毎日ここに通うのか?」
「必要ないでしょう。皆様、仕事は自宅でされますし、会議できる広さでもないですし。郵便物については宅配ボックスの設置を許可していただきましたから、届いたときだけ回収しに来るぐらいですね。あとは、来客の対応でしょうか――幸い、家具だけはそこそこ見れるモノですから」
前の借主がどうして置いていったのか気になるところだな。
――でかいし、扉から出そうにないし、捨てるとか売るとかするほうがコストがかかるのかもしれん。
「ここの他に候補はあるのか?」
「これより安く、かつ登記に間に合うように、とするとレンタルオフィスしかありません。ランニングコストが二割り増し、かつ来客の応対に会議室を借りればそのつど費用がかかります」
「わかった。なら、ここにしよう」
「オ~、即決」
ぱちぱちとニャニアンが拍手する。
「剛毅なシャチョーダネ」
「剛毅っつーか、躊躇がなさすぎるっつーか……」
「ところで、ミタカさんとニャニアンは何をしに来たんだ? 何か口論になっていたが」
「アァ、説明してなかったな」
説明される前にいろいろありすぎたと思う。
「セプ吉は――」
「セプ吉?」
「コイツだよコイツ」
ニャニアン・セプタでセプ吉ということか。
「セプ吉はネットワークインフラ……まァ、サーバ回り全般をやってるやつだ。今回開発するゲームに使うサーバの選定から手伝ってもらってる。で、ここに来たのは、こっちにサーバ置けねーかなと思ってな。データセンターでラック借りると高ェんだよ。テスト段階だし、事務所に置けるならそのほうが節約になるんじゃねェかと思ってな」
「ヤー、無理デスネ~。搬入口狭いし、重さも耐えられそうにないし……たぶん電力も足りないデスヨ。各階にブレーカーあるかも怪しいし……」
「あー、見た感じなかったなァ」
つまり節約しようとしたがダメだったということか。
「この物件だとダメなのか? レンタルオフィスなら節約できるとか?」
「ヤ、ダメだな。レンタルオフィスの方が電力的には厳しいダロ。まァ仕方ねェ、当初の予定通り、データセンターでラック借りるしかねェな。高いんだよなぁ……行ける範囲にあるデータセンター……沖縄とかなら激安なんだが……」
先ほどシオミも言っていたが、無理をするほうが無理なのだ。当初の予算に含まれているなら、節約できなくても――
「節約できるヨ?」
と――ニャニアンが首をかしげながら言った。
「どうやってだよ? 物理的に無理なんダロ?」
「そりゃ、ココでは無理デスヨ」
ニャニアンは両手のひらを上にあげる。お手上げだ。
「んじゃ、どこでやんだよ?」
「ワタシのお客サンが余らしてるラックがあるデスヨ。ゴミ詰めて物置代わりに使ってるんデスケド、片付けしたら使ってもイイヨ、って言ってくれてるところ。あと、型落ちして捨てるのに困ってるサーバもくれるって。ゲームサーバには使えないデスケド、開発管理には十分使えるスペックデスネ」
………。
「そ、それ早く言えよ。めちゃくちゃありがてェじゃねェか」
「ダッテ、アスカサン騙されてると思ってたんデスモノ。こんなオイシイ話、悪人には渡せマセン」
「コイツにならいいのか?」
「ゲスカワイイのは正義!」
ゲスは悪人ではないのか?
「ただし二つ条件がありマス」
「言ってくれ」
ミタカの様子からするに、相当幸運な話なのだろう。であれば、条件もそれなり。覚悟しよう。
「オー、さすがシャチョー。ではデスネ、一つ目は」
ニャニアンは目をきらりと輝かせる。
「いつかゲスカワくんのコスプレをしてクダサイ!」
――お、おう。
◇ ◇ ◇
「オオ、寒い寒い」
受付で生体認証を登録させられ、一人ずつしか通過できない認証ゲートを通って。
俺とニャニアンは、都内のデータセンターの中にやってきた。
ニャニアンの出した条件の二つ目は、片づけを手伝ってくれ、というものだった。
それぐらいでいいのならとさっそくやってきたのだが、データセンターというのはすごいな。身長よりも高い箱――ラックがいくつも立ち並び、中にはたくさんの機材が詰まっている。その圧迫感もすごいが、空調と機器のファンによる騒音もすごい。寒い寒いとパーカーを被るニャニアンの声がか細く聞こえるほどだ。
「転んで他のラックにぶつかったりしないでくだサイねー。マレに固定せずに機器を置いてるトコもあって、衝撃で落っこちたりすると大障害デスカラ。ま、それはさすがに相手も悪いデスケド」
「大障害というと」
「ンー、病院のシステム落ちたり?」
ただの高校生をインターンと称して連れ込んでいい場所なのだろうか。
ニャニアンは慣れた様子で目的のラックまで歩いていき、鍵を開ける。
「ここが目的のラックデスヨ」
これまでのラックと違って、機械の代わりにダンボールやら、ビニールに入った冊子やら、ケーブルやら何やらが詰まっていた。
「ま、ここのラックなら何もつないでないので大丈夫。サー、やりまショウ!」
「どうすればいい?」
「ンー。大体全部捨てるので、引っ張り出して分別してまとめてクダサイ。マニュアルとかいらないデスシ。機械系のパーツとか……あと、もし保証書見つけたら、ワタシに教えてクダサイ」
「わかった」
シオミは残って事務所の掃除、ミタカは自宅でプログラムの続きをしている。俺もここで自分の仕事をこなさなければ。
箱を引っ張り出し、中身を精査して、紙、ダンボール、ビニール、プラに分別。分からないものはニャニアンに聞く。
「アー、コレは耳デスネー! とっとくのでそこに置いてクダサイ」
耳か。物騒な。
「ソレは足デスネ……ウーン……いちおうとっておこうカナ」
足か。物騒な。
――いや、どちらも金属部品だったりプラのパーツなんだが。
「それにしてもよかったデスヨ」
片づけを進めながら、ニャニアンがポツリという。
「またツグサンとアスカサンと一緒のプロジェクトできるんデスカラ」
「そういえばツグ姉とミタカさんは、大学の同期だと言っていたが?」
「ハイ。ワタシも同じ大学デス。一個下デスケドネ。懐かしいデスヨ。あの頃はギラギラしてマシタネー」
ミタカはともかく、従姉もニャニアンもどちらかといえばポワポワしてるんだが。
「ツグサンは地元に帰っちゃうし、アスカサンとワタシはフリーランスになって。皆バラバラ。それがまた一緒のチーム! アスカサンから話を聞いたときは驚きマシタヨ。リーダーが男子高校生だと聞いてギシアンデシタケド」
「疑心暗鬼か」
「エエ。ダッテそうデショウ? しかも聞いたところ、プログラミングのプの字も知らないド素人だそうじゃないデスカ?」
プニキならキの字まで知ってるんだが。ちなみにロビカスはまだ攻略できていない。
「それなのにアスカサンがあまりに褒めるものダカラ」
「ほう」
「芝村ゲーが理解できるとは見込みがある、とか、素人の癖に着眼点はいい、とか、勘所が分かってる、とか……言ってマシタネー。あ、内緒デスヨ?」
「過分な能力評価だとは思うが、わかった」
「ンー……ソユコトにしておきマスカ」
しばらくしてようやくラックが空っぽになり、ゴミ出しも終わる。
「じゃ、このサーバをマウントしちゃいマスカ。回線とスイッチは後で……まずはレールつけマスヨー」
サーバってこの板みたいのか。普通のパソコンとはちがうんだな………。
ニャニアンの指示に従って機器を設置し終える。
「これでヨシ! あとでクライアントに報告しマスカネ。いやー、ゲスカワ男子と一緒だとはかどるはかどる」
「ところで、ミタカさんはゲーム会社で働いていると聞いたが、ニャニアンはどんな仕事をしているんだ?」
「ワタシデスカ? 知りたいデスカ?」
「ああ」
「エエー、どうしてもデスカ?」
「そうだな」
ミタカがメンバーに選んだのだ。能力に疑いはないが、何ができるのかは知っておきたい。
「そーデスネー、それなら、フフフ、こ、この台詞をデスネ、ゲスカワくんのゲット時のヤツ、これをちょっと言ってクレタラ、教えてあげてもいいデスヨ――ンン?」
ニャニアンがスマホを取り出して画面を操作していると、不穏な着信音が鳴った。
「エート……サーバダウン?」
「トラブルか?」
「ダイジョーブダイジョーブ。リブートすればいい話デス。リモートで対応デキマスカラ」
ニャニアンはリュックからノートパソコンを取り出す。
「エート、KVMのアドレスが……ンン? SHIT! KVMもハング!? これだからオンボロサーバは! マテマテ、ブラウザだけカモ……pingはあるし……SSH……おおもう……」
ニャニアンは静かに荷物をまとめた。
「ワタシの仕事は、サーバとネットワークの構築、開発……そして、保守」
ニャニアンは悟ったような笑顔を浮かべる。
「アラートが上がれば休日でも深夜でも飛び出すマンデス」
データセンターを出て、ニャニアンはタクシーに乗り込み、死んだサーバの眠る別のデータセンターへと去っていった。
なんでも、物理的に電源ボタンを押さないと復旧しないらしい。
――交通費、大変そうだな。
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