事務所と謎の日本人

 高校生の朝は早い。


 冬の朝。まだ日も昇らないうちに起床。朝食と弁当を二人分用意する。


「お、おはよう、同志」

「おはよう。用意できているぞ」


 朝食を済ませたら家を出てゴミを出し、学校へ。授業をそつなくこなしてバイト先のコンビニへ。ちなみに休日の場合は朝からバイトに向かう。


「おはよう。早く着替えてきなさいな」

「おはよう、ナゲノさん」


 陳列、接客、棚卸し。


「そういえばナゲノさん、新しい動画を見たぞ」


 レビューの効果か、例の従姉のゲームが話題になっているらしく、ナゲノも「男でもBBAでもないけど子供たちを監督してみる」というプレイ動画をアップしていた。流行の効果か、再生数はいつもより多かった。


「アンタねぇ、ここで動画の話するのやめなさいよ……あとコメントで労うのやめてくれる?」

「でもタニダくんの爪が割れた後の投球、あそこ泣いてたよな?」

「やめろっつってんでしょうが!」

「ォゲッ」


 バイトが終わると、閉店間際のスーパーに駆け込んで値引きされた食材を買い込む。


「お、おかえりなさい……」

「ただいま。すぐ飯を作るから待っててくれ」


 夕食を作り、食事。食器洗い、洗濯、掃除など家事をこなし、ゲーム作りを続ける従姉の邪魔にならないよう、コタツをはさんで反対側で就寝する。


 ――という生活状況をミタカに話し、実際に三日ぐらいミタカも一緒に生活した結果、ミタカは「オカンかよ」とつぶやいて自宅へ引き上げていった。

 狭くてよく眠れないとか言っていたから、疲れたのかもしれない。いや風邪か? 悪寒がどうのということか?

 とはいえ合宿の成果はそこそこあった模様で、従姉に進捗具合を尋ねると明るい返事が返ってくるようになった。


 季節は、三月になる。


 まだ日も昇らないうちに起床。朝食と弁当を二人分用意する。


「お、おはよう、同志」

「おはよう。用意できているぞ」


 朝食を済ませたら家を出てゴミを出し、学校へ。授業をそつなくこなしてバイト先のコンビニへ。


「おはよう、ナゲノさん」

「おはよう……アンタ今日はシフト短いのね」

「事務所を見に行かないといけなくてな」

「ああ……会社ね。ホントに社長になるんだ」


 正確には代表社員なのだが、訂正も面倒なので社長と呼ばれるなら否定しないことにしている。


「ってことはさ。アンタ、バイト辞めるの?」

「どういうことだ?」

「いや、変でしょ。社長がコンビニでバイトしてるって」


 確かにあまり聞いたことはない。が、事前にシオミには確認してある。


「いや、バイトは続けるぞ」


 そもそもの話――ゲームのサービスを開始しないことには、会社の収入はない。資金もギリギリな以上、借りた金で報酬を払う余裕もない。よって、会社がユーザーから収入を得て初めて、分け前を分配することに決まっていた。


 ――つまり、それまでは無給。


 従業員には給与を払わなければいけないが、メンバー全員が役員扱いなので問題ない、とシオミは言っていたが……黒い。サービス開始以降、速やかに報酬が払えるようにしないといけないな。


 ということで――バイトは続けないと生活できないわけだ。


「オーナーにも許可は得ている」

「ああ、そう……ま、そんなに驚かないけど。コンビニのバイトっていろんな人がいるし」


 よくシフトが一緒になるデカい人は、傭兵とか言っていたな。ホントかどうか知らんが。


「そういうナゲノさんはどうなんだ?」

「アタシ?」

「今年で卒業だろう」


 ひとつ上ということはそろそろ高校を卒業だ。


「あぁ……そうね。大学から通えないわけじゃないし、続けるつもりよ」

「大学に合格していたのか。それはめでたい」

「フン、当然よ」

「祝うのが遅くなって悪かったな」


 ヴ、とナゲノは何か変な声を出して固まった。


「……べ、別に言いづらかったわけじゃないから」

「?」

「いい!? 大学に貴賎なんてないんだから! それにアタシはもっと先の方を見ているの。ここで終わるような女じゃないんだからね!」

「お、おう」

「そうよ――出身大学なんて、そんなに重要じゃない。そんな些細なことよりビッグなアナウンサーになってやるんだから」

「アナウンサーになるのか」


 朝のお天気ナゲノおばさんか。


「ッ……そ、そうよ! 史上初の女子アナになってみせるわ」

「いや女子アナは世にはびこっていると思うんだが」


 百年ぐらい目指すのが遅いんじゃないだろうか。


「フッフッフ……甘いわね。アナウンサーといってもいろいろあるでしょ? ニュースキャスター、お天気キャスター……こんなのはありふれてる。アタシがなるのはいまだに男ばかりの現場、そうつまり……野球の実況アナウンサー! 知ってる? 女子が専属で実況アナウンサーになれば史上初なのよ!」


 なるほど。確かに野球の実況を女子アナがやっているとことを聞いたことがない。確かに史上初の女子アナだ。


「――となると、あの動画は」

「気づいたわね。そう、毎日毎日地道にアップしている野球実況動画は、その布石よ。野球実況主としてネット上の知名度を上げて、局に無視できない存在となっていって、そして――」

「知名度」


 ふれいむ☆、いつ見ても再生数が一桁なんだが。


「うっ、うるさいわね! 着実にファンは増えているんだからっ!」

「そうなのか」


 こちらから見えるのは再生数とコメント数だけだし、メールで応援とか来てたりするのだろう。

 俺も送っておくか。


「とにかく――アンタ今の話、友達とかに言いふらすんじゃないわよ? 狙いをバラしたらなんか浅ましい感じがするし」

「わかった」

「……面白い動画を見つけたってステマぐらいなら、してもいいのよ?」


 どっちなんだ。


 ――いや、言いふらしたりステマするような友人なんていないんだけどな。



 ◇ ◇ ◇



「無理無理無理デスヨ、絶対無理」

「イヤ、とりあえず見てみよーぜ? な?」


 駅前でシオミと合流して事務所の内覧に向かうと、目的地付近からそんな言い争う声が聞こえてきた。女二人――ひとりはミタカだ。もう一人は背後からでも分かるダサイパーカーを被っていて、顔はよく見えない。


「何の騒ぎでしょうか……ユウ様、知り合いですか?」

「ああいうセンスの知り合いはいないな」


 パーカーは色合いも柄もダサイ。何かのコラボ商品だろうか。そんなダサイパーカーは、ミタカにむかってまくしたてる。


「見なくても分かりマスヨ。テイウカ、入り口狭いし。エレベーター小さいし」

「ダメ元でつってるだろ。経費削れたらラッキーぐらいで」

「それデスヨそれ! ケチじゃないデスカ? プロジェクトの規模に対して予算が少なすぎデスヨ。サイクリングすぎマセンカ?」

「サイ……?」


 自転車操業ということか。


「成功するカモわからないクラウドファンディング、そのうえ売上があるまでは無給だナンテ。ブラック! ブラックデスヨ!」

「確かにツレェけどよ、そこは全員納得してるし――」

「それデスヨ、それ。どーしてツグサンとアスカサンがついていくのか、さっぱりわかりマセン。そのユーとかユー男にだまされてるんじゃないデスカ?」


 だましているつもりはないのだが、そう見えるのだろうか。


「ワタシがガツンと言ってやりマスヨ。もうすぐ来るんでショウ? イッパツはったおしてから、二人を解放するように言ってやりマスヨ!」


 殴られるのか。覚悟を決めるか。


「俺がそのユウだが」


 ピタリ、とダサイパーカーが動きを止める。そして静かに振り返り――


「来マシタね、お二人を惑わす悪の――……」


 褐色の肌、緑の瞳がこちらを見て。


「――げ、ゲス!?」


 下種げす。下種ときたか――いろいろ言われてきたが下種は初めてだな。


「お、オイオイ、さすがに下種はねェだろ……そこまではよ……」

「いや、いいんだミタカさん。いろいろ言いたいこともあるだろう」


 まずは言い分を聞こう。話はそれからだ。


「何でも言ってくれ」

「何でも……何でもいいんデスカ?」

「ああ」

「じゃあひとつお願いをシテモ?」

「なんだろうか?」


 ダサイパーカーはスマホを取り出すと画面を操作して、こちらに突き出してきた。


「いいんデスカ! じゃあちょっとこれ、読んでクダサイ! オンドクで!」


 文章で抗議か――と思ったら、違った。

 何かのゲームの画面だ。男のキャラクターとメッセージが表示されている。どれどれ。


「『キスしたいの? しょうがないなぁ――変なクセがうつっても知らないよ』」

「クッハアアァァァァァァアアアアアアアー!」


 ダサイパーカーは地に伏した。丸くなって小さくなって震えながら、地面をドカドカと殴りつける。


「死ヌ。死ネル。ウオオオ! げすかわァ……げすかわァ……! フォォォ……!」


 ――なんだこれ。


 ◇ ◇ ◇


 落ち着きを取り戻したダサイパーカーは、初対面のときとは一転し、ツヤツヤした笑顔でいた。パーカーをおろすと、緑がかった黒髪が背中まで落ちる。


「ドーモドーモ。取り乱しマシテ」

「もういいのか?」

「ハイ! 疑いは晴れマシタ!」


 あのやり取りでか。


「あらためてハジメマシテ、シャチョーサン。ワタシの名前はニャニアン・セプタ。日本人デス!」

「オオトリユウ。日本人だ。よろしく」


 自己紹介をする。――と、ニャニアン・セプタは目を丸くした。


「オオ? 鉄板のギャグが通じませんデシタ!? そんな名前の日本人がおるかーい! ってなりませんデシタヨ?」

「違うのか?」

「アーイエ、違いマセン。帰化したので。戸籍上はナナオ・ニャニアンといいマス」

「名前がニャニアンだな。わかった」


 ニャニアンはミタカの方を向く。


「何この人。新食感なんデスケド?」

「新感覚な。なんつーか、こういうヤツなんだよ。慣れろ。オレはもう慣れた。たぶん」


 そうか、慣れてくれたか。


「そ、そうデスカ……変わった人デスネ……」

「変人ぶりだとオマエも大差ないだろ。なんだよさっきの」

「アア! あれデスカ」


 ニャニアンは嬉々としてスマホをいじる。


「もうマジで奇跡としか思えないんデスケドネ。ほらこれ!」

「も……もがこれ?」

「最上川これくしょんってユー、ソシャゲデスヨ」

「待て待て何をコレクションするんだ?」

「擬人化された最上川の支川デスネ。ご当地ソシャゲなので」


 ご当地もソシャゲを出す時代か。


「この子デスこの子。下須川くん。和田川に連なる二次支川で、シモスカワって読みデスケド、通称はゲスカワくん。冬のアップデートで追加された川男子で、SSRデスヨ、SSR。そしてこのゲスかわいさ! ゲス属性でかわいい! 無敵じゃないデスカ!?」

「知らねェよ……」

「とにかくそっくりナンデス! シャチョーと!」


 そうだろうか。自分ではよく分からないな。


「ちょっと失礼します」


 シオミがスマホを借りて、画面と俺を見比べる。


「どうだ?」

「言われてみればどことなく……という感じでしょうか」

「メークしてコスプレしたら、バッチリ2.5次元デスヨ!」


 俺はZ軸に半分しか存在しないのか。


「とにかく、こんなゲスかわいい子が悪い子なわけがナイ! ワタシは許した!」


 ゲスは悪いんじゃないのか。


「さあ、課金を! 課金をさせてくだサイ! いくら払えばいいんデスカ!? いくら払えばシャチョーをコレクションに!?」

「社員になるのでしたら、出資金はいくらでも構いませんが……」

「なんという神運営なのデスカ……ありがてぇ……ありがてぇ……」


 ありがたがるのはいいんだが、そろそろ場所を移ったほうがいいんじゃないだろうか。

 なんか、遠巻きに人が集まってきているし。

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