雲の泉とスケジュール

「ツグと相談して、ゲームの――試合部分に関わる仕様を詰めてた」

「うん、アスカちゃんと決めたよ」


 従姉がニタッと笑う。


「すっごくいい感じだよ!」


 それは期待できるな。


「聞かせてもらおう」

「アァ……。このゲームでは、選手が一人一人独立したAIを持っていて、その判断に基づいてプレーをする。AIが自分の守備位置にボールが飛んでくると考えればそこに向かっていくし、ダメならカバーに入る。ストライクで打てそうなら打つし、ダメならカット、見逃し、ダメそうでも振る――その判断はそれぞれちがう――と、そんな感じだな」

「でもね、このストライクかどうか、って、どう判断したらいいかな? っていうのが課題だったの」

「そんなの、コンピュータだからわかるんじゃないんスか?」


 ずーみーが首をかしげる。


「確かに一度裏でシミュレートした上で実際に投球すれば、結果はわかるぜ。ケドヨ、そうすると、結局確率で操作するしかなくなるんだな。そうすると単調になる」

「なるほど。じゃあどうするんスか?」

「コンピュータに学んでもらう。マ、つまりディープラーニングだ」

「でぃ、でぃー……?」


 難しそうな言葉が出てきたな。


「実際に見たほうが早いだろ。ツグ」

「うん。じゃあ注目! これね、この動画。下の字幕部分に注目して?」


 ノートパソコンに映された動画は、何の変哲もない露店の様子だった。字幕は『露店と定員』『客が露店にやってきた』『客が露店の店員に注文している』……と細かに変わっていく。


「この字幕はね、コンピュータが映像を見て自分で書き出したものなの」

「………?」

「つまりコンピュータは映像を見て、これが露店であること、露店の中にいるのは店員であること、お客さんが来ていること――を、判断しているんだよ!」


 ……いまいち分からん。


「アー、ソッチよりコレの方がわかりやすいんじゃねェか? ネコの画像放り込むと、品種を判別してくれるやつ」

「そんなのコンピュータならできて当然じゃないんスか? 一致する画像を探してるだけじゃ?」

「アァ、そういう感想になるのか。……こいつはな、登録されているある画像じゃない。今どこかで撮影してきたネコ画像でも、特徴を見分けて品種を回答するんだ」

「へぇー」


 ほぉー。


「……このシステムを作ろうと思ったら、どうよ? エェ? 例えばアメショの定義は?」

「えっと、毛が黒と白でー」

「赤とか茶色のやつもいるぜ?」

「じゃ、じゃあそれも追加ッス。で……縞模様でだいたい普通の大きさのやつがアメショッス!」

「『だいたい普通の大きさ』ってどう定義すんだ? 体長何センチから何センチまでだ?」

「う。ええとぉ」

「あと縞模様ってどういうパターンだ? 固体によって差が出たりもするが?」

「ううう……先輩ィ……」


 泣くな泣くな。


「見ればわかるんスよ、見れば。だいたいアメショだなって。でも、明確な定義といわれると」

「そう。今までのAIによる識別は、定義に当てはまるもの探しで、定義は人間が作ってやる必要があった。ところが、そいつぁかなり難しい。ネコの品種をひとつ、文章で定義しようとすると無理があるだろ? そういう方式でAIを作るのも困難だ。だが、こいつはそれができてる」

「い、いったいどういう魔法ッスか!?」

「可能にしたのがディープラーニング――深層学習だ」


 ミタカはニヤリと笑う。


「ネコの画像とその正しい品種をセットにして、コンピュータに膨大な数をぶちこんで学習させる。そうしてできあがったのがコイツってわけだ」

「コンピュータに自分で判別法を学ばせたってことッスか?」

「そうだ。人間にゃどうしてコイツが写真からアメショと判断したのかはわからねェが、とにかくできるようになった。ネコの品種を判別できるようになったことは確かだが、頭の中身はわかんねェ。ディープラーニングってのはそういうもんだ」

「つまり――ボールの見極めにも同じ方法を使う、と」

「そういうコトだ」


 バッターボックスから何球も何万球もボールを見て判断できるようにする。


「実際の選手もストライクゾーンを通過する時に判断してるんじゃねえ、投手の動きやボールの初動を見てバットを振り始めてんだ。そのへんを距離感の認識をぼやかした上で学習、あとはボールの落下地点とか基本的なとこ……ある程度判別がつくぐらいに学習したら、そのコピーから選手ごとに個別に学習させる。そうすることで個性も生まれてくるだろ」

「なるほど……」

「つまりだ、攻撃、守備、配球の思考。審判、監督の判断――そいつらも学習させてAIを作るわけよ。手法はまた別だがな」


 自動で試合が進む以上、選手交代を判断する監督の思考は必要だな。となると。


「フロントは?」

「――は?」

「契約更新とか、トレードとか……そういったことを決めるフロントのAIも学習させるのか?」

「あ、アァ――そこも自動か?」

「人の手が入ったら、ひいきだとか八百長だとか思われるんじゃないか? そのあたりも含めてすべて自動で進んでほしいんだが……」

「……まァ、選手の評価には使うな、学習」

「すげーッスね! いかにも人工知能って感じッス! SFの世界かな?」


 ミタカは頭をかいて、ため息を吐いた。


「――まァ、んな感じで仕様は詰めてたわけだ。ただ、機械学習にぶん回すコンピュータがな、すげェ金がかかる。文字通り、大量のデータを長時間処理するからな」

「いくらぐらいだ?」

「1リーグ4チーム、一軍だけ……って計算して当初の予算だ」


 それはつまり。


「オマエの言うとおりの仕様にしたら……三倍は必要になるな、金」

「さんばっ――」

「……三倍か」


 融資が全額承認されてようやく当初の予算になる。それが三倍にか……。


「……無理だから諦めろ、という話か?」

「イヤ。オマエがそんな諦めのいいこと言うとは思えないしな。オレだって、NPBと同じ規模のリーグを運営したほうが面白いと思うぜ。――そこで、だ」


 ミタカは一本、指を立てる。


「そのために法人化しろって言ったんだ。――クラウドファンディングするためにな」


 ◇ ◇ ◇


「クラウドファンディング……」

「自分、知ってるッスよ! チョコレートが上から流れてくるやつッス」

「ずーみーよ、それはファウンテンだ」


 クラウドがファウンテンできるとは思えない。


「クラウドファンディング。一番有名なのはKickstarterだな。こんなコンセプトがあると公開して、ネット上で多くの人間から投資を募って資金を集める方法だ。で集めた資金で作って、投資者に見返りを渡す」

「なるほどッス。――ん? じゃあ最初からそうすればいいんじゃないんスか?」


 ずーみーが首をかしげると、ミタカが鼻で笑う。


「クラウドファンディングでゲーム開発の資金集めをしてるヤツがどんだけいると思う? 数万プロジェクトだぜ? 大なり小なりあるが、ゴール――目標金額に届かないヤツも、集まっても開発が成功しないヤツもある。てか多い。なんで投資者の評価も辛い。つーわけで、ゲーム開発でクラウドファンディングするには、ある程度勝算がなきゃ無駄だってェのがオレの持論だ」

「それで第一に法人化か」

「個人より法人の方が安心だし、本気だって伝わるだろ? なんせこのプロジェクトのためだけに作るわけだからな、会社を。資金が集まったら法人化します――なんて腑抜けとは大違いだ。うちは本気で作る――ただ、金が足りない。このままじゃ『最低限』しかできねェ。だから投資をしてくれ……ってな」


 確かに、金が集まらなかったらやらない、と言っているプロジェクトより信用度は高そうだ。

 逆に言えば投資されなくても最低限はやると言っているのだ、投資が無駄になるかどうか気にすることもなくなるだろう。


「マ、オマエが本気なのは分かったし、クラウドファンディングして問題ないダロ」

「具体的な方法は?」

「目標額と、時期を決める必要があるな。マァ、目標額は決まってる。問題は時期だ。開始する時期、ゴールまでの期間……会社はいつ設立すんだっけ?」

「四月二日と言っていたな」


 シオミいわく融資の兼ね合いと、税金の都合らしい。


「んじゃ、マズ四月二日が設立日……と」


 ミタカは紙に線を引く。


「ゲームの話に戻るが、リーグの開催期間はどうする? まさかNPBとは被らせねェよな?」

「そのつもりだ。NPBがオフの期間にこちらのピークが持ってくるようにしたい」


 ゲームの野球と現実の野球。今の時点では圧倒的に後者が強い。NPBが日本シリーズをしているときに、こちらを見てくれる人は少ないだろう。


「んじゃ……日本シリーズが11月頭ぐらいだから、11月にオープン戦。12月から開幕。リーグ間の交流戦はねェからリーグ戦終了が……125試合で4ヶ月ちょいかかって」

「移動日や休養日が計算に入ってないぞ」

「マジかよそういう要素もやんのか? んじゃ……5ヶ月ちょいで5月に優勝決定して6~10月がオフシーズン。ふつーのゲームなら7、8月をオフとか正気かって感じなんだが、現実で甲子園やってっしな。9、10はプロが盛り上がってるし。ま、リーグはこれでいいだろ」

「てことは、11月からゲーム開始ッスか?」

「本番はな」


 ミタカは線を引きながら口元をニヤリと歪ませる。


「その前にベータテストをやるぜ」

「正式サービス前に無料で遊べるやつだな。MMOでよくある」

「最近じゃストレステストとかバグチェックじゃなくて客寄せに使われてるよな。マァ、オレも客寄せ狙いが主目的だケドな……2ヶ月ぐらいやりてェ。9月からだな。そうなっとォ」


 ぐりっ、と空白期間にマルが描かれる。


「開発は残りあと半年でケリをつける」

「できるのか?」

「オレとツグがいりゃあ楽勝よ。な?」

「う、うん……基本的な部分は、できるよ」


 従姉はしっかりと頷く。


「選手の普段の練習とか、オフの日の様子とか、そういうのは、後で……アップデート」

「大規模アップデート、って言や景気もいいしな。発表後の話題づくりにもならァな。さて時期の話に戻すが、そうなるとクラウドファンディングのケツは9月になる。投資の募集期間は最低でも1ヶ月ほしい。7月、8月――このあたりからだな、開始は」


 ちょうど夏休みか。


「でだ。クラウドファンディングで勝算をあげるには、法人化のほかにもうひとつパーツが必要だ」

「それは?」

「『完成形が見えていること』だナ」


 ミタカはぐっと身を乗り出す。


「ゲームのクラウドファンディングに多いんだ。ゲームのアイディアを書いたテキストだけ乗っけてるやつ、コンセプトアートしかねェやつ、ゲーム画面が出ないPVしかねェやつ……そーいうのはな……結局完成しない外れプロジェクト……ぅぐぐ」


 乗り出したと思ったら何か苦しみ始めている。


「どうした」

「……なんでもねェ……消えていった神ゲーを思い出しただけだ……クソォ」


 どうやら投資していたプロジェクトが完遂しなかったようだな。


「とにかく……クラウドファンディングを始めるその日には、ある程度完成が見えているゲーム画面のPVが必要だ、ってのがオレの持論だ」

「半年からさらに縮まったが……大丈夫か?」

「ぶっちゃけると、もう一年欲しい。が、その時間を待つ金がねェだろ? ならやるしかねェし、さっきも言ったとおり、オレとツグならやれる」

「大変なのは、ずーみーちゃんかな……」

「え、自分ッスか?」


 きょとん、と己を指すずーみーに、従姉はうなずく。


「3Dモデル……その頃にはだいぶ完成してないといけないから……」

「うっ。学生力が発揮できる夏休みの前に……ッスか。ええと一軍が170キャラで? 二軍も? うぇ?」

「あ、その、その辺はね……ええと……自動生成とかも使うから、実際に全部作ってもらうわけじゃないんだけど……でも、がんばろう?」

「うぅ……ツグ先輩ィ……」

「大変なのはオマエもだからな」


 ミタカはキッ、と俺をにらみつけてくる。


「クラウドファンディングの成否は、話題になるかどうかにかかってる。正直、クラウドファンディング開始日と、情報の初発信日が一致しているのが一番いい。つまり――」


 広報は、関係各所への根回しは、その日までに終わっていなければならない、ということ。


「それをやるのが社長――じゃねェか。代表の仕事だぜ」


 どうやら、新学期を迎える前から忙しくなりそうだった。

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