秘書と代表

「それでは会議を始めさせていただきます」


 凛、とした声がアパートの中に響く。ぴしり、と空気に緊張感が生まれた。


「――わかった。けどよ、ちょっといいか」


 まずはミタカが挙手して発言した。そのまま指を、先ほど開始を告げた人物に突きつける。


「誰だよ、オマエ」


 ◇ ◇ ◇


 二月に入り、寒さも本番となってきた。いまだに暖房器具といえばコタツだけのアパートの中で、それに足を突っ込みながらの会議の開催となった。

 最初に異議を唱えたのはミタカで、その問いはもっともだったので、まずは俺が紹介することになる。


「秘書だ」

「秘書です」

「まあどこから見ても秘書っぽいけど、そうじゃねーよ。名前と、何者なのかってんだよ」

「ナカガミシオミと申します」


 シオミはばりっとしたスーツに加えて、インテリそうなメガネをかけていた。度は入っていないらしい。それをクイッとかけ直しながら言う。


「ユウ様とは古い知り合いとなります」


 様ときたか、様と。背中がゾワゾワするな。


「このたびユウ様の創業融資を担当させていただき、その事業計画に深く感銘を受けましたので、前職を辞して馳せ参じました。新参者ではございますが、本日の会議の進行に関しては一任されておりますので、ご了承ください」

「オ――オウ」


 ミタカが気圧されて身を引く。


「え――前職をって、オマエ、会社辞めたの? まだこっち起業できてないのに?」

「ええ。こちらに専念するためには必要なことですから。それにいずれこちらの会社に勤めることになりますし、早いうちに面倒ごとは済ませたほうが良いでしょう。実際には引継ぎもありますので、しばらくは所属したままになりますが、最大限こちらの仕事に時間を割くようにいたします」

「……オマエの知り合いだけあって、頭おかしいな」

「そうか?」

「自覚持てよ……」

「へっへっへ、ミタカ先輩、気圧されてるッスねー」


 ずーみーがニヤニヤと笑う。ちなみにずーみーは俺の膝の上にいる。四角のコタツに対して五人となると、きっちり全員が足を入れるにはそれしかなかったので。


「あ、あのう、はい! 古いって――ど、どういう、知り合いです?」


 従姉が手を上げて質問する。


「そうですね――」


 シオミがこちらの顔を確認して――従姉にイタズラめいた笑顔を向けた。


「――ご想像にお任せします」

「え、えぇ……」

「信頼できるひとだ。俺が保障する」

「同志がそういうなら、いいけど……」

「では紹介が済んだところで、議題を」


 シオミがテキパキと話を進める。ノートパソコンで議事録も打ちながらだというのに、器用に喋るものだ。


「まずは会社の設立について。皆様が起業するのは合同会社という種類の会社になります」

「なんスか、それ? 株式会社じゃないんスか?」

「ではホヅミさん、株式会社とはなんなのかわかりますか?」

「えぇ!? えーっと……か、株を売ったりできる……会社?」

「では簡単に説明いたしましょう。株式会社とは株式を購入する形で会社に出資し、その株の所有比率で会社の意思決定への影響力が変わる会社です。よく会社で実際に働いている人を『社員』と呼ぶことがありますが、これは誤りで、社員は株主であり、従業員は社員ではありません」

「そ、そーなのか……」


 現役社会人のミタカがボソッとつぶやく。


「そうなのです。また責任――例えば会社が大赤字で倒産した場合などですね。責任を取るのは社員、つまり株主であり、従業員ではありません」

「えっ? 株を買った人が、責任を取るの……?」

「高く買った株が紙切れ同然になる、という形で責任をとったことになりますね。会社の借金については代表が負うことが多いですが……ともかく、株式会社についてはもういいでしょう。合同会社の話に移ります。なぜ株式会社ではなく、合同会社で起業するかというと――」


 シオミは一拍置いて、言った。


「設立および維持にかかる費用が安いからです」

「――ぉ、オウ」

「一円でも惜しいでしょう? ですから合同会社にします――上場したくなったら、後からでも株式会社に変更できますからね」


 確かに、ミタカから示された機材関連の費用を見ると、まったく足りない状況だ。一円でも惜しいのは間違っていない。


「あまり聞かない形式でしょうが、立派な法人です。小規模な事業立ち上げではよく選ばれる形ですね。株式会社との違いはあまり多くはないのですが……例えば株式会社では、会社の意思決定を行う株主総会において、どれだけ会社に出資したのかが影響力を持ちます。対して合同会社では出資した社員であれば、その金額にかかわらず一人一人が同じ影響力ですね。また株式会社では社員は株主総会にしか影響を持ちませんが合同会社では所有と経営が分離しておらず――」

「すとっぷすとっぷ! 秘書先輩、もう無理ッス! 頭いたいッス!」

「ひしょせんぱい……」


 シオミはぼんやり反芻した後、咳払いする。


「失礼しました。実務的な話をしましょう。まず、会社に対する出資をしましょう。つまり会社の運転資金を出して、責任のある社員になる、ということです」

「う……自分、まだ高校生なんで……」

「一円からでも出資できますよ。資本金一円でも設立はできますから。ただ、融資を受ける以上は、ある程度の資本が必要になります。資本はいわば会社の体力ですから」


 ヒットポイントはあればあるだけよい、ということか。


「出資しない場合は、ただの労働者となります。責任はなくなりますが、会社の運用に文句はつけられません。――どうしますか?」

「もちろん、俺は出す」


 当面の金だけ残して、貯金の残り全額だ。


「オレも出すぜ。文句は言わせてもらう」

「あのその、同志、わたしも……」

「小遣いで出せる金額でいいなら、自分も!」

「――では、出資者は全員ですね」

「アア。で、いくら出せばいい?」

「融資を受けるためにも300万は欲しいところですが――」


 額の大きさに従姉とずーみーの顔が翳るが――


「これは私が全額出しますので、皆さんは後はお気持ちで」


 次なるシオミの発言には、ミタカを含めて全員が目を丸くしていた。


「ォッ、オイオイ、いーのかよ?」

「新参者ですし、どうやら最年長ですからね。これくらいはさせていただきましょう。それに」


 シオミは意味深な笑みを浮かべる。


「私はユウ様のことを信じておりますので――ね」


 しん、とその場が静まり返り、様々な方向から視線が俺に向けられる。

 どういう関係なのか、と聞かれているのだろうが……あまり楽しい話でもないし、説明したらしたで場の空気が暗くなりそうだ。


 どうしたものか、と考えていると、シオミが先に口を開いた。


「続いて、代表社員を決めます。これは株式会社における代表取締役のようなものですが――ユウ様でよろしいですね?」


 水を向けられて、俺はすばやく頷く。


「異議がなければ、やらせてもらおう」


 他のメンバーにはゲーム作りに集中して欲しい。となれば一番やることのない俺の仕事だろう。俺が頷くと、従姉たちも顔を見合わせてから答えた。


「うん、最初からそのつもりだったし、いいよ」

「社長じゃないのかー、残念ッスね、先輩」

「では異議がないようですので、ユウ様に代表社員となっていただきます」


 カタカタ、とシオミはノートパソコンのキーを叩く。


「次は社名を決めましょう。ちなみにユウ様が書類に書いていた『インターネットベースボール』というのはダサいので却下です」

「オマエ……よくそんなセンスのカケラもない名前にしようとしたな」

「そうか……」


 ダメか。シンプルでいいと思ったのだが。


「社名ねェ。どうする? わかりやすいのがいい。変に凝ったやつだとスベるゼ」

「えーっと、同志が代表の会社だから……同志社?」

「大学かよ」

「社名ってカブってもいいんスか?」

「同一の住所でなければ、同名の会社であっても構いませんよ」

「じゃあ、サイバーコネクトフォーで!」

「バカ、同じ業種でカブってたら、ただの便乗だろーが」


 社名、社名か……。


「……俺はこの会社で、ずっと野球ゲームを運営していくつもりだ。会社とゲームは一心同体だと思っている。なら、社名もそのゲームと関連するものでいいんじゃないか?」

「それでインターネットベースボールか? アア?」

「シンプルすぎたのは否定しないが」


 従姉を笑えないセンスだったようだな。ううむ。


「――マァ、オマエの言うことにも一理あるな。ゲームと関連する名前なら、ゲームも会社も認知度は上がりやすいだろ」

「じゃあ、チーム名?」

「チーム名は売るんだろ? ネーミングライツで」

「リーグ名はどうだ?」

「……リーグ名って必要か? ってかよ」


 ミタカは俺に指を突きつける。


「チームがいくつあって、リーグがいくつあるのか――そういや聞いてなかったな」

「そうだったか」

「オマエに見積もってやった設備にかかる費用な、あれは4チーム1リーグの一軍だけ、って考えて計算してある。スモールスタートならこんなもんだろ? 合ってるよな?」

「――考えていなかったな」

「オイィ?」

「作ることに必死で、チーム数もリーグ数も制度も、考えてなかったね……」


 従姉が言うとおり、考えていなかった。いやまったく。


「オイオイ、マジかよ」

「重要なのですか?」

「動かすサーバ台数が変わるからな。ツマリ、予算に影響する」

「なるほど……」


 シオミはこちらを見てくる。


「――ケモノ系のキャラクターが野球の試合をし、それを観戦・応援するゲーム。それ以上の詳細はまだ決まっていない、ということですか」

「そうなるな」

「わかりました。では――後回しにしてください」

「オイオイ、秘書サンよ、聞いてたか? 予算に関わるっつってんだろーが」

「最低限形になる分の予算は出ているのでしょう?」


 シオミはメガネをかけなおす。


「であれば、先に手続きのほうを済ませてしまいましょう。そういった詳細の相談はまた後日」


 パン、パンと手を打ち。


「では、社名を」


 キッパリと告げる。ミタカは上げていた腰を下ろし、頭を掻いた。


「わーったよ……で、社名な。ゲームに関係のある」

「野球ゲームッスよねー。実際の野球はどうなってるんスかね、社名って」

「そりゃオマエ、横浜DeNAベースターズならDeNAだし、東北楽天ゴールデンイーグルスなら楽天が社名ダロ」

「……うーん、アスカちゃん、違うみたいだよ?」


 自分のノートパソコンで検索していた従姉が、異議を唱える。


「株式会社横浜DeNAベイスターズと、株式会社楽天野球団だって。親会社とチームはいちおう別の会社なんだね」

「ま、マジカ……」

「じゃあナントカ野球団ッスかね? でもそれだといっこのチームかぁ。もっと大きなくくりはどうなんスか?」

「うーんと、セ・パのリーグは……社名じゃないから、その上だとNPB――日本プロフェッショナル野球組織? 日本野球機構? がリーグを統括しているって」

「――参考にするなら、そこだろうな」


 リーグの上にある組織。リーグを運営する会社。それこそがこれから作る会社の立ち位置だ。


「なんとか……プロ野球機構?」

「名前長いとしまらないッスねー。NPBっていうほうがカッコイイッス」

「社名が略称っていうのはアリだな。SEGAだって略称だし」


 そうなのか。ああいう会社だからセガという苗字の人が建てた会社だと思っていた。


「そいや、海の向こうだとどーなんスか? NPBみたいなのあるんスか?」

「メジャーなら、MLBだろ?」

「えーと、メジャーリーグベースボール、だね。マイナーは、マイナーリーグベースボールで、MiLBだって」

「となると――インターネットベースボール統括機構……IBOか」

「それは却下で」


 シオミは容赦なく切り捨ててくる。そうだな……イボはダメだな、うん。


「だいたいオマエ、インターネットベースボールじゃゲーム内容に野球しかカスってねーじゃねーか」

「でもアスカちゃん、他に盛り込めそうな内容になるものってある?」

「えー、あー、そうだな……フツーの野球と違うところ……」

「ケモノッスね!」


 ずーみーの発言に、ハッと気づかされる。

 そうだ、普通に野球と言ったら人間を思い浮かべる。だが、これから作るゲームはケモノ人間が主役のゲームなのだ。そこは、売りになる。主張すべきところだ。


「そうだな。ケモノ……プロ野球機構。KPBでどうだ?」

「Kだと、韓国だと間違われねェか?」

「えーと、韓国の野球の組織は、KBOって言うんだって。でも紛らわしいかも」

「じゃあちょい足しして、KeMPB、ってどうスか? 小文字が入ってるとかわいいんスよね」


 KeMPB、とずーみーが紙に書き、eを肉球にしたりMやBを耳にしたりする。うむ、かわいい。

 満場一致で、社名は合同会社KeMPB・けむぴーびーに決まった。


「いいですね、覚えやすくてよい社名です。ここまで決まればあとはひとつ」

「まだあるのか」

「はい。会社を登記するにあたって必ず必要になる――所在地です。タダで済ませようと思えばどなたかの自宅で登録することもできますが、これは公開情報になります。何かあったとき人がやってくることになるわけですが、いかがですか?」

「それは――難しいな」


 俺やずーみーは親の家に住んでいる。勝手はできない。従姉のこのアパートは――公開されるのがまずいだろう。両親に知られてしまう。


「オレは賃貸のアパートだからな。確かダメだったぜ、事務所に使うのは」

「ここも含めて、一般の賃貸アパートは規約で断られている場合が多いですからね。では、どこか手ごろな事務所を借りることにしましょう。広さですが……皆様、作業はご自宅で? それとも事務所に集まる必要がありますか?」

「オレは今の会社は事務所に行ってるけど……別に顔合わしてやらないといけねー作業もねェし、テレワークでいいんじゃねーか?」

「てっ……てれー? なんッスかそれ」

「在宅勤務ってやつだよ、ずーみーちゃん。わたしもそれがいいなあ」

「引きこもりだからな」

「うぅ……そうだけど、あのその……」

「それに時間が必要なんだろう? なら、移動する必要のない自宅のほうが都合がいい」

「わかりました。では適当に見繕っておきましょう」


 シオミはノートパソコンのキーを叩く手を止め、全員を見回す。


「現時点で検討の必要な項目は以上です。――どなたか、ご不明な点はありますか?」

「ねェけどよ」


 ミタカが、シオミに指を突きつける。


「ホントに会社建てて、融資ぶんどれるんだろーな? オマエに任せてホントーにいいんだろうな?」

「ご安心を」


 シオミは――不敵に笑う。


「ユウ様だけでなく、企画の可能性も信じた上で加わったのです。元融資担当者として――ええ、どんな手を使ってももぎとってやりますよ」

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