社長と再会
「アンタさ」
バイト中。まだ正月気分が抜けきらないコンビニから客足が途絶えたタイミングで、ナゲノが話しかけてきた。
「今日早上がりだけど、何か用事でもあるの?」
これまでずっとバイトは「やれるだけ、めいっぱい」シフトをいれてきた。それが初めて時間を短縮したから珍しかったのだろう。俺は頷いて答えた。
「ああ、金を借りにいくんだ」
「……アンタ、何にそんなお金使ってるの? ていうかこんなにシフト入ってて足りないって、何事よ? ガチャとかじゃないでしょうね?」
「ガチャではない」
そんなにソーシャルゲームにハマってそうに見えるのか、俺は。
「今日金を借りられるかどうかで、将来、社会人になるか、このままニートになるかが決まる」
「……ニート?」
ナゲノは首をかしげる。
「アンタ、ニート?」
「今は高校生だが、このまま卒業したらそうだろうな」
「バイトしてるのに?」
……うん?
「バイトしてるなら、ニートじゃなくてフリーターって言わない?」
「……そうなのか」
「そうでしょ」
実感はなかった。が、言われてみればその通りだ。俺はアルバイトしている――フリーターだ!?
ほぼ全額従姉に渡していて自分の懐に入っていないから、収入を手にしている認識はなかったのだが……確かに職についていた。収入があればニートではない。いや、収入があっても懐には入らないんだが。ん? そうするとやはり収入がないのと同じことなのでは……むむ。
「――とにかく、そういうことで」
俺は考えるのをやめ、タイムカードを打刻して、書類をつめたカバンを背負う。
「社長になってくる」
「……ぁぁ、そう……気をつけて」
ナゲノはなぜか遠い目をして、見送ってくれた。
◇ ◇ ◇
そんなわけで電車に乗って都会まで出た。いや出発地点も東京都内ではあるのだが。
ともかく、事前に調べた道順で迷うことなく目的のビルにたどり着き、受付から待合室へ通される。
今日は融資の面談に来たのだ。
ネットで調べてみたところ、会社を立ち上げる――創業する際に融資を受けられる制度があることがわかった。いきなり会社を立ち上げて銀行から金を借りるよりも、この融資を受けたほうがよい――つまり融資を受けられる事業だとお墨付きをもらったほうがいいだろう。なんだかんだで、従姉とミタカに話を聞いて予算や売上の見通しを考え、資料にしてまとめた。必要な書類がそろったので提出、ようやく今日面談……という運びだ。
「大鳥さん。お待たせしました、ご案内します」
受付の女性に声をかけられ、面談室へ。
――緊張するな。まあ、入らなきゃ始まらないので、入るが。
ノックをする。
「どうぞ」
「失礼します」
扉を開けて中に入る。相手は一人、女性だった。向かいの席に座る。相手はこちらを見ずに、書類に顔を向けたまま口を開く。
「ええと、お名前は大鳥さん……ん?」
女性が言葉に詰まる。が――俺も違和感を得ていた。その声に聞き覚えが……あるような……。
「大鳥……ユウ、か?」
書類から顔を上げて、こちらを見る、その目――
「……シオミ?」
「……久しいな」
それは五年ぶりに見る目だった。
◇ ◇ ◇
「まったく驚いた。あれから何年だ? 今、いくつになった」
「今は高二で、十七歳だ」
「そうか――私も歳をとるわけだな。十にもならない子供が、もう十七か。大きくなったものだ」
面談室から、ビル近くの喫茶店に場所を変えて。
俺とシオミは机をはさんで、突然の再会にしみじみと驚いていた。
「シオミは変わらないな」
髪型も昔のまま、後ろで束ねた髪をアップに。バチッと決めたスーツが似合っている。
「冗談はよせ。四十代に足を突っ込んだんだ、あの頃よりずっとおばさんさ」
「そうは見えないが」
「そう見させない程度の努力はしている。――まあ、お前に言われれば悪い気はしないがな」
ククッ、とシオミは笑う。記憶の通りに。懐かしさと同時に――胸の奥に鈍痛が走った。なんとか表情に出ないように飲み込む。
「しかし、驚いた。いや珍しい苗字だからな、事前に気づけばよかったんだが――まさか、ユウがこんなところにくるとは思いもよらなかった」
「シオミがここに勤めているなんてことも知らなかったよ」
「はっはっは、お互い様か。まあ――連絡を取らない約束、だったからな」
シオミは、じっとこちらを見る。
「どうだ。ちゃんと食えているか」
「ああ……おかげさまで健康だ」
「……食えているだけ、か?」
「……そうだな」
相変わらず、シオミは鋭い。
「食事は用意されるし、洗濯物も出せば乾いて返ってくるし、学校に必要なものはメールすれば買ってもらえる。小遣いも毎月振り込まれてるし、何不自由ない生活だよ」
「――まあ、そんなところか。折り合いとしては」
「ああ。シオミのおかげだ」
「そう言われると複雑な気分だな。あの時、無理やりでも法的手続きを取ればよかったのではないかと、たまに考えるときがあったよ。今日、無事こうして再会できたのだから、それで結果的によかったのだと思う――半面、やはり手元においておけば、とね」
「俺のことを考えて選択してくれたんだろう? 俺は後悔していない」
「そうか……そうだな」
シオミは優しく笑う。あの頃のように。
「ともあれ、たくましく育ったようで安心したよ。まさか企業経営を始めるとは思ってもいなかったが」
「その話なんだが、シオミ。どうして審査の面談もせずにこんなところに連れ出したんだ?」
「ああ、なに、簡単な話だ。お前の事業計画だが――」
キラリ、と目が鋭く光る。
「没」
「――没か」
「よく書けてはいたが、所詮は素人仕事だ。どうせ専門家の相談は受けていないのだろう? わかるんだよ。何百件と対応してきているからな」
確かに、専門家に相談はしていなかった。時間と費用の都合もあったが、自分で用意できそうな内容に見えたからだ。
「甘い、甘い。詰めが甘い。大金を貸すんだ――中途半端な事業計画に判子は押せん」
「そうか……」
がんばって書いたつもりだったのだが。となると。
「となると……やはりまず起業してから、資金集めをするしかないか……?」
「おいおい、正気か。今の時点で判子は押せないが、このままなら起業しても判子は押せんぞ」
「しかし――やらないといけないんだ。これは――俺の、やりたいことなんだ。シオミ、教えてくれ、どこが悪い? 必ず直して先に進めないといけないんだ」
「ふむ……」
シオミは書類をめくる。
「熱意は認める。ここまでアツい計画書もなかなかないだろう。だが見通しと詰めが甘いんだ。……例えばこの従業員三名、経歴から見るに、ほぼ専門職だな? しかも一人は高校生」
「そうだな」
「法人になれば実際の売り物を作るだけじゃない。契約、法務、経理、総務――一見雑用に見えるがやらなければ回らない裏方の仕事も必要だ。それは誰がやる? ユウか? 言っては悪いが、そこまで頭は良くないだろう?」
「専門的なことは――外注すればいいと聞いた」
「その費用が入っていないな。そこに金を回せる余裕がない、ということだろう」
その通りだった。とにかく金が足りない。この融資を満額もらっても足りないとミタカは言っている。純粋に必要機材の費用で、だ。
「だけど、資金を集めないと始まらないんだ。だから――」
「落ち着け。フッ……やれやれ、おとなしくなったかと思ったが、間違いだった。お前も変わらないな、ユウ。やりたいことを見つけても、まだまだ子供だ」
「俺は……」
「子供さ。私にとってはな。いつまで経っても、あの頃のままだ」
シオミはククッ、と短く笑う。その表情は――まぶしかった。
「もう十七か。ふむ。その気になれば何とでもできるな。義理立ても、もういいだろう。何より、起業すると言うんだ――立派に自立した個人といえる」
「……シオミ?」
シオミは、スッと笑顔を消して、俺の目をまっすぐに見つめた。
「……ユウ。会いたかった。会わなくてすまなかった」
シオミがあやまることじゃない。シオミは約束を守っただけだ。
そう、言おうとして――できなかった。口を開いたら別の言葉が出てしまいそうで。
「だがお前ももう大人だ。あんな約束に縛られる必要はもうない。だから――私が協力してやろう」
「協力?」
シオミはうなずくと、椅子から立ち上がった。
「よし。ちょっと辞表提出してくる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます