リアルなリアルでない野球

 新学期の初日から授業があるほどの進学校ではない。

 そのため、顔合わせと連絡事項のやりとりが終わった後、俺は従姉のアパートへ向かった。


「い、いらっしゃい、同志」

「ずいぶん時間がかかったんじゃねェか?」


 部屋へ入ると、すでにミタカも待機していた。寒いのだろうかコタツにあごを乗せながら喋っている。


「待たせてしまってすまない。今日は平日だが、平気だったか?」

「イヤ──時間に都合はつけられるからな。それにツグの今後に関わることだ。放っておけねェ。ところで……後ろのちっこいのはなんだ?」

「今日の主役だ」

「ど、どもッス。自分は、ホヅミって言うッス」


 俺の背中から顔を出したずーみーは、ぺこぺこと頭を下げる。


「ぅぅ、先輩……聞いてないッスよ。ヤンの人とやりあうなんて、自分には無理ッスよ!」

「アァ? 誰がヤンだコラァ!」

「ヒェェ」

「落ち着け、きちんと職についている人だ」


 おびえるずーみーをなだめて、従姉を含めた四人でコタツに収まった。


「それで? ツグからテメェの話はよく聞かされてるが、オレを納得させられる自信はあるんだろうな」

「もちろんだ。感謝している」

「ハ? ……言っとくが、二度目はねえからな? 今日マトモな話にならなきゃ、オレは手伝わねェし、ツグにだってやめさせる」

「そうか。はりきっていかないとな」


 覚悟を確認してくるとは。やはりいい人だな。期待にこたえよう。


「まずは宿題のゲームの話からしよう」


 カバンから絢爛舞踏祭のパッケージを出して机の上に置く。


「なんスか、これ? ……ぶとう、さい? ダンスゲーム?」

「火星の海の潜水艦の中で生活するゲームだ。乗組員にはそれぞれAIがあって、独自の考えを持っている。こちらから話したり、逆に話しかけられたりする」

「コミュニケーションゲームッスか?」

「一緒に飯を食わないかと誘ったり、人の噂話を流したりできる」

「ほうほう、面白そうッスね」

「そこなんだが──」


 俺は口をヘの字に曲げているミタカに向かって、言った。


「面白くない」

「──フン。ダロ? だから言ったじゃねェか。AIを積んだところで面白くなるわけねェんだよ。思考レベルを高めて人間に近づけてもな、ダメなもんはダメなんだ」

「ああ、今のままじゃ、面白くないという人が多数だろう」

「……ァ?」

「どうしてなんスか、先輩?」


 いい質問だ、ずーみー。


「なぜなら理不尽に感じるからだ。例えばニャンコポンを食事に誘った時──」

「先輩、なんスかニャンコポンって」

「キャラ名だ。まあニャンコポンでなくても、ポイポイダーでもイカナでもいいんだが」

「じゃあ女の子っぽいし、イカナでお願いするッス」


 いいだろう。タコ型の宇宙人だし、性別もないが。


「イカナを食事に誘ったが、断られた。次にイカナが話しかけてきて、食事に誘ってきた。という状況が出てくることがある。どう思う?」

「理不尽ッスね。それなら最初に断る理由がないじゃないッスか?」

「こういうことがよく起きると、どうだ、面白いか?」

「ワケわからんしめんどくさいし、クソゲーってなるッスね。最初のコマンドでオッケーして欲しいッス」

「そうだろう、面白くないだろう。だが──実は面白いのだとしたら?」

「どゆことッスか?」


 丸メガネの下で目を丸くするずーみーに、説明を続ける。


「イカナを食堂での食事に誘ったが、断られた。イカナは軽食で済ませようとしていたんだな。ところが俺が断られて悲しい顔をしている。それを見てイカナは俺を食事に誘うことにしたんだ。どうだ?」

「さっきと違って自然な流れッスね。どう考えたのか理由がわかれば、納得ッス。ゲームでは説明はないんスか? わたしイカナ! やっぱりあなたがかわいそうだから食事に付き合ってあげるでゲソ! とか」

「ないな」


 ないし、タコ型の宇宙人はそんなこと言わない。ゲソも生えてないし。


「これを俺たちが作ろうとしている野球ゲームに置き換えて考えよう。ピッチャーが投げて、バッターが大きく空振りしてアウト。バッターはバットを地面に叩きつける。どう思う?」

「大きく空振りしてアウトになったときは、そういう演出が入るんスか?」

「バッターは考えた。これまでの配球的に次に来るのはインハイのストレート。狙い通りの場所に投げてきた! 全力で振って、空振り。バッターはバットを地面に叩きつける。どうだ?」

「ピッチャーの力が上回ったんスかね? あるいは、バッターが緊張したとか? いろいろ理由を考えちゃうッスね。とりあえずバット折れるほど叩きつければいいと思うッス! くやしー! バキッ!」

「そう──そういうことなんだ」


 俺は、ミタカに向き直る。


「前者も後者もAIがあっての結果だとしても、面白さが違うのは……AIがどうしてその選択をしたか、の説明の有無にある。その説明がなく、推測するしかないこのゲーム──絢爛舞踏祭は、その推測にまで手を伸ばしたプレイヤーになら間違いなく面白い。ただ、そこに至れない人間のほうが多いことも事実なんだ」


 俺だって最初の数日間はわけが分からなかったからな。


「つまり、AIを載せただけでは失敗する。そのAIの思考の過程を見せる工夫をしなければ面白くない──ミタカさんはそれを教えてくれたんだよ」

「──ェ? ア? オレが?」

「ああ。だって、ミタカさん、このゲーム相当好きだろう?」

「なっ、なんでそんなこと分かんだよ!」


 いやだって。

 俺はミタカの名刺を差し出す。裏面を見せるようにして。


「絢爛舞踏祭なんて難しい漢字、一字一句間違いなく書けるなんて、相当好きじゃないとできないだろう」


 ◇ ◇ ◇


 絢爛舞踏祭が好きなことを言い当てられて、ミタカは──

 顔を抱えてコタツ机に突っ伏していた。


「何か間違ってたか?」

「チゲェよ。いやちが……クソ。この話はヤメだ。次ッ! もう一個あんだろが!」

「ああ、リアルな野球観戦ゲームを作るなら、リアルのプロ野球を見ればいい、という指摘だな」


 鋭い指摘だった。全く反論できないほどに。


「それについてはその通りだった」

「ど、同志!?」

「思い出してくれ、ツグ姉。そもそも俺たちがあまりプロ野球を見ない理由を」


 従姉はしばらく考え込んで──ポンと手を打った。


「同志は部屋にテレビがない」

「それも理由のひとつだが。そうじゃない。人の顔を覚えるのが苦手だという話だ。特に野球選手の顔は覚えづらい」

「えー、そッスか? 人の顔って結構特徴あるッスよ?」

「俺はダメなんだ。特に同じ帽子に同じ服という、顔面以外の判別ポイントをふさがれると辛い。髪型もわからないし。なんか、全部同じような顔に見えてくる」


 一般的な野球顔、というのがあるとかないとか、一時期話題になったことがあったな。


「だが、俺でも百人単位で選手の区別がつく野球がある」

「先輩が!? それは一体!?」


 ノリがいいな、ずーみーよ。


「パワプロだ」

「パワ──プロ?」

「パワプロにはサクセスというモードがあってな。ストーリーをもって自分の選手を育てるんだが……ここにオリジナルキャラクターがたくさん出てくる。で、最近のは歴代のオリジナルキャラだけが出てくるモードがあるんだ」

「そのモード単体でゲームも出たよね。買ったよ!」


 従姉が買ったかどうかはともかくとして。


「そのモードに出てくるキャラなら、百人でも区別がつく」

「その理由とは!?」

「第一に、マンガ的外見のキャラだからだ。すごく特徴がある。顔がめっちゃ四角いやつとかな。第二は、キャラが立っているから。サクセスで過ごした思い出もあるし、忘れようがない」


 ほぼ毎回でてくる宿命のライバルなんてのもいるしな。


「なるほど。つまり、リアルじゃなくてキャラをマンガチックにするわけッスね?」

「いや──それじゃ、ダメだ」

「えぇ……」

「それじゃパワプロの真似になってしまうからな。パワプロでやれ、となってしまう」

「……そーだな、正直、この企画をコナミに持ち込んだほうがまだマシだぜ」


 ミタカの言うとおりだ。俺たちが作っても、結局パワプロと比較されるのがオチだからな。


「じゃあどうするんスか?」

「ここでもう一度、俺たちのゲームのことを考えたい。収入の柱の一本として考えているのが、ネーミングライツだ。これを地方に売って、球団名、球場名を決めてもらおうと思っている」

「大洗パンツァーズ」

「あそこはもうそれ一本でいいだろう。ともかくだ、アニメの聖地巡礼のようなことが起きれば、命名権を買ったほうにとってもうれしいんじゃないか、とそう思っている」


 地域振興という名目も立つしな。


「では、実際に聖地巡礼が起きたとしよう」

「大金持ちッスね!」

「儲かったかはともかく、地元に来てくれたファンのために何かしたい、と地方自治体は言う。グッズの販売だけではなく、もっとファンと交流を、と。実際の野球チームだったらどうだ? なにをする?」

「そッスねえ。選手が来てサイン会とか、野球教室とか?」

「では、俺たちにもそれをしてくれと言われたとする。その時、リアルな野球観戦ゲームを作っていたとしたら、どうだ? 要望にこたえられるか?」

「えーと」


 ずーみーは顎に指を当てて考える。


「リアルな野球ゲームッスよね。実在の選手じゃなくて、架空の選手が活躍してる」

「そうだ」

「選手をよこしてくれ、って言われても──架空だから実在してないし、そっくりさんでも仕立てるとか?」

「そこなんだ。リアルな野球、リアルなグラフィックス……そうであればあるほど、架空の選手は実在しない。現実に出てくることはできない。似たような人間をつれてきても、興ざめだ」


 プロ野球でいいじゃん、という話になる。

 その通りですね、となってしまう。


 ──だが。


「だが、リアルでなければ?」


 そう、リアルではなく。


「つまり──人間でなければ?」

「ハ?」

「そう。人間でなければ現実に出てくることはできる。違和感なく迎え入れられる。──着ぐるみを使って、だ」


 不思議なものだ。

 遊園地に行くと、老若男女みな、着ぐるみのキャラクターに抱きついたり写真を撮ってもらったりする。中身がアルバイトのおっさんだと分かっていても、「本物の」キャラクターなんだ、と認識して振舞ってしまう。


「野球はリアルにする。だが、選手は──選手の外見はリアルじゃいけない」

「つまり──パワプロ? パワプロくん?」

「いや、ツグ姉。パワプロじゃない。ここで、今日の主役の出番なんだ」


 どん、と、ずーみーの背中を叩く。


「ふぇっ!? じ、自分ッスか?」

「そうだ」


 俺は頷く。


「リアルではない選手──このゲームでは、選手、いや登場人物すべてを──ケモノにする」

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