ヤガミとプニキ

「げ、元気だしてよ、同志」


 AIの必要性、現実の野球との違い。

 その二つの問題に対して納得できる答えをもらえるなら、手伝ってやらないこともない。そう言って、ミタカは出て行った。

 残された従姉は、先ほどからオロオロと声をかけてくる。


「ほらっ、アスカちゃんも初対面で緊張してたんだよ。だから意地を張っていろいろ……」

「いや──鋭い指摘だった」


 特に最後の「リアルの野球でいいじゃん」というのは効いた。


 ゲームが完成したところを少し想像してみる。

 パソコンでブラウザを起動して、視聴画面に移って、選手たちがリアルに動いている。俺はそのうちのチームを応援し、ひいきの選手の成績に一喜一憂して──


 ……ダメだ。うまく想像できない。


 いや、画面は思い浮かぶんだが、それに夢中になっている自分が想像できなかった。

 何か違う気がする。それに、たしかに今の内容だと──パソコンをテレビに置き換えてプロ野球の中継を見ている、というシチュエーションと何も変わらない。そうなると、プロの中継に夢中になっている自分を想像できない以上……。


「やるな、ミタカさん」

「ふぇ?」

「ひと目で問題を見抜いて、解決のヒントまでくれるなんて。さすがプロだ」

「ヒント……?」

「ああ。これだ」


 ミタカの名刺を見せる。その裏には、買うべきゲームソフトの名前が書いてあった。


「これに鍵があるに違いない」

「そ、そうかな……?」

「さっそく研究しよう。プレステ2のソフトか……中古屋を回らないとな。じゃあ、行ってくる」

「えっ、あっ……ご、ご飯! ご飯は? その」

「ああ、餅を買ってきておいたから、食べてくれ」


 餅を手渡して、外に出る。

 学校が休みの間が勝負だ──忙しくなるぞ。



 ◇ ◇ ◇



 元旦だった。


 ──つまり、店は休みだった。目的のソフトは手に入らず、俺はすごすごと家に帰っていた。

 というか、調べたところややプレミアがついているソフトだったので、そこらの中古屋にはなかっただろう。おとなしくネットで注文する──お急ぎ便だ。


 バイトは休みでやることがない。

 研究のため──と、パワプロをプレイするとあっという間に時間が飛んでいった。

 うむ、やはりパワプロは面白い。最近のはサクセスに出てきたオリジナルキャラが勢ぞろいするモードもあってよい。


 しかしなぜなんだろうな。プロ野球にはそれほど興味がないのに、パワプロは遊べる、というのは。いや、サクセス限りではあるのだが。


 と──スマホに通知があった。更新通知だ。

 スマホからでも確認できるが──俺はパソコンのブラウザを起動して、イラスト投稿サイトを開く。

 唯一お気に入りにフォローしているアカウントの新着をチェック。


「うむ」


 今日はR-18ではなく一般のイラストであった。☆をMAXまでつけて評価。「ケモノ」タグでブックマーク。コメントは……『クマオ君の外腹斜筋ハァハァ』っと。うむ、初コメントゲットだ。


 次の瞬間、LINEに着信。


「どうした、ずーみー」

「反応早すぎないッスか、先輩」


 漫画部の後輩は当然のことを言う。


「今は通知という仕組みがあるんだから当然だろう」

「でもですねー、自分しかフォローブクマしてないアカウントからのコメントとか、自演くさいじゃないッスか……」

「熱烈なファンだと思われてるんじゃないか?」

「こいつネットストーカーか何か? って他のユーザーから聞かれたことならあるッス」


 自作自演に見えていないならいいじゃないか。

 第一、俺が評価をつけるまでもなく秒速で評価が入っていたし、俺のコメントの一秒後にはコメントが三つも増えている。今回は初コメントだったが、毎度一番乗りというわけにもいかない人気っぷりだ。いちいち俺のコメントを気にするやつもいないだろう。


 ずーみー。棚田高校の一年生、部員数2名のマンガ部に所属する後輩は、イラスト投稿サイトの常連ランカーなのだ。


「そういえば、ここ最近投稿数が少ないようだがどうした、忙しいのか?」

「あ、ちょいと3Dに手を出してて」

「3D?」

「3Dモデルッスよ。いやぁこれが時間食い虫で。あっ、リンク送るッス」


 送られてきたのは、3Dモデルデータを閲覧できるサイトだった。すぐさま登録し、ずーみーをフォローする。

 最新の作品を表示してみる──うむ。ケモい。いいウサギ幼女だ。


「ほう、モデルの回転もできるのか。面白いな」

「作った後も、いろいろポーズつけたりできて、楽しいんスよ。まあそうすると粗が見えてきて、作り直したくなって──って感じで一日が潰れるッス!」


 こちらでもずーみーは相当な人気を博していた。ランキングでも常連の様子だ。


「しかし、どうしてまた3Dをはじめたんだ?」


 ずーみーは漫画家志望だ。ネームが描けないといつも嘆いている。……3Dは関係ない気がするのだが。


「いやあ、最近は漫画の背景とか、3Dで描いて線画に落としたりするらしいんスよ!」

「そうなのか?」

「そッスよー。学校の机とか地味にウルトラ難しいパーツでも、3Dならいくらでも描けるッスからね。一度モデル作っちまえば、後が楽になるんスよ! プロでもやってる人いるんスよ!」


 なるほど。確かに3Dモデルなら視点も自在だし、時間短縮にいいのかもしれない。


「──てのは建前で……きっかけは先輩の話を聞いたからッスかねー」


 感心していたら、ずーみーがトーンを下げて呟いた。


「俺の?」

「ほら、ゲーム作ってるって言ったじゃないッスか。あれで、自分も悩んでないで何か新しいことはじめないとなーっと」

「それで3Dか」

「そッす」


 なるほど。目線を変えるのはいいことだろう。


「それで、漫画の背景が楽になったか?」

「いや、背景のモデルは作ってないッスね」

「そうか──漫画は?」

「ネームとかコマ割りってどうするんスかねぇ……」


 人の悩みは、なかなかすぐには解決しないものだった。



 ◇ ◇ ◇



 ♪ポーン


 ヤガミが艦橋で倒 れ  ま   し   た


「またか、ヤガミ」


 ミタカに研究するように言われたゲームは、これまでプレイしたことのないゲームだった。

 強いて言うなら──シムズに似ている。が、感覚は全然違った。


 『絢爛舞踏祭』。火星の海を行く潜水艦の中で生活するゲームだ。SFだな。


 このゲームもシムズも、キャラクターが個別にAIを持って、勝手に動いている。ただシムズは欲求や思考──要するにパラメータがほぼ全て見えているのに対し、このゲームではパラメータはキャラクターから主人公への印象しか分からない。主人公がなにを考えているのか分からないのだ。


 ただ──シムズよりこっちの方が人間っぽいかもしれない。


 ヤガミが過労で艦橋で倒れることは日常茶飯事なのかほとんど話題に上がらないのに、エリザベス艦長が部下を叱ることは珍しかったのか、艦橋スタッフが何度か話題に上げた。なんとなく「記憶に残ること」をAIが記憶しているような印象を受けるのだ。

 まあ、そのエリザベスおばさんは現在ニートしてるんだが。

 猫先生を艦長にしたくて、船の人工知能に艦長からの降格を申請した結果なんだが。

 ──猫先生は能力が足りなくて艦長になれず、結局ヤガミが艦長になって倒れ、副艦長の負担が増しているんだが。


 しかし、このゲームは難しいな。


 魚雷が直撃して浸水し、隔壁閉鎖されてからだいぶ経つんだが、いつ出られるだろうか。

 激しくアラートが鳴る中、酒保で浸水箇所にシールを貼る作業にも飽きてきたんだが。ていうか艦長が倒れたんだが、戦闘は大丈夫なのか。

 ──せめて、エリザベスおばさん以外にも一緒に閉じ込められたキャラがいればいいんだが。エリザベスおばさん、隔壁叩いて泣いてないで手伝ってくれ……。


 ◇ ◇ ◇


 魚雷のおかわりをもらって艦が沈んだので、セーブデータのロードしなおしになる。


 少なくない時間がかかるので、片手間にパソコンでプニキをプレイ。相変わらずティガカスは攻略できていない。自分のへたくそさが嫌になってくるんだが、こうなれば意地でもクリアしたいからな。


 さらにブラウザの裏では、『男でもBBAでもないけど実況パワフルプロ野球を実況してみる 40試合目』を再生する。ふれいむ☆ことナゲノが元気に楽しく実況していた。再生数はいまだに一桁だったが。


 仕方ないのかもしれない。すでについているプロの実況をオフにして自分で実況するという、出来合いの料理を洗って自家製ソースをかけるような所業をわざわざ見ようという人間は少ないだろう。それでも再生数は俺を除いても0ではないし、「BBA無理すんな」と毎度コメントがつくあたり一定のファンもいるのだろう。


 ──ロードが終わった。潜水艦生活の再開だ。

 とにかくプレイを続けよう。行き詰っている今は、そうするしかできない。



 ◇ ◇ ◇



「なん……だと」


 始業式を目前に控えた日。


 俺はついに念願のティガカスを打倒していた。

 原作でも畜生だったコイツをついに滅多打ちにし、ホームランを打ちに打ちまくり、規定数ギリギリラインでクリアしたのだ。


 煮詰まっている時ほど、寄り道に対する集中力は上がる。

 俺は晴れやかな気持ちで──次のステージを迎えて絶望した。


 ラインナップがおかしいとは思っていた。どう考えても原作のメンツでは縞模様がラスボス。なのに次のステージがどう見てもスペース的に存在する。

 一体何の動物が出てくるんだ──そう思っていたところに出てきた少年。


 ロビカス。


 あらゆる魔球をインにアウトにと緩急自在に投げ分けるエクストラボス。

 プニキは──凡打の山を築かされた。


 おかしい。おかしいだろう。子供向けのカジュアルゲームじゃないのか。難易度が鬼畜すぎる。

 いや、それは最初からわかっていたことだ。わかっていたことなんだが。

 狙い玉が絞れないというのは、こんなに難しいことなのか。緩急とインとアウトを使い分けられるだけでこんなに惑わされるものなのか。難しい、難しすぎる。

 もはやバットをスイングする際には祈らずにいられない。


 打て。打ってくれ、プニキ。

 がんばれ、打ってくれ、プニキ。


 赤シャツを着た姿が頼もしく見える。

 こんなに祈る気持ちで誰かを応援したのは初めてかもしれない。


「──祈る……?」


 数度目のリトライに入った時。

 俺はわが身を振り返って驚いた。

 こんなに熱心にプニキを応援している自分の姿に。


 ──そうか、そういうことか。


 リアルじゃダメだったのだ。

 リアルじゃリアルには勝てやしないのだ。


 それに、リアルじゃなければリアルに出て行くことだってできる。


「ありがとう、プニキ」


 この要素があれば、いやこの要素ならば。モニタの前で応援している自分を想像できる。


 俺は早速、従姉に連絡を取った。

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