お友達と指摘

『あけましておめでとう、同志。風邪は治った?』


 年明け数秒後。従姉からのLINEに気付いてベッドから身を起こす。


『おめでとう。とっくに治ったぞ』

『えぇ……知らなかったんだけど……』


 そういえば治ってからずっとバイトを入れていて、特に連絡していなかったな。


『すまないな。それで、進み具合はどうだ? 困ってることはないか?』

『だいぶできてきたよ! ただ……』

『なんだ?』

『ちょっと、難しい部分がでてきて』

『プログラムの話だと、手伝えることがないな』


 手伝えないものかと空いた時間にプログラミング入門など読んでみたが、さっぱりだった。


『あ、そうなんだけど、それは解決しそうで』


 そうなのか。少しホッとした。


『大学時代の友達に相談したの』

『いたのか、友達』

『い、いるよ!』


 それはいいことだ。俺は知り合いが増えても、バイトの先輩だからな……。


『それでいろいろ話をしたら、こっちに来てくれることになって。せっかくだから同志に紹介したいんだけど、時間合うかな?』

『いつだ?』

『明日──あ、もう今日か。今日なんだけど』


 一月一日、元旦か。


『ありがたいことに、うちのコンビニはビルに合わせて休みがあるんでな。三が日は空いてるんだ。そっちに行けばいいか?』

『うん! それじゃ、待ってるね!』


 従姉のアパートへ行くのも久しぶりの気がする。正月だし、餅でも買っていくか──値段のわりにカロリーが高いしな。



 ◇ ◇ ◇



「テメェがツグをたぶらかしてる男かッ!」

「グェッ!?」


 正月。元旦。

 従姉のアパートに上がったとたん、俺は胸倉を掴まれて壁に叩きつけられた。


 ──なぜこんなことに。


 相手は俺と同じぐらいの背丈で、ひょろい感じの体つきにもかかわらず、身動きが取れない。相当本気で力を込められているのだろう。

 短く切った茶髪に、耳に並んだリングピアス。鋭い目つき。目の下に並ぶそばかす。タバコくさい臭い。そして暴力。

 これがヤンキーか。一生会うことのない人種だと思っていたんだが……終わったのか、俺の人生は。


「呼び出されてホイホイと、いい度胸だな、アァ? ツグをこんな狭苦しいところに監禁して、いいように使いやがって……」

「ちっ、違うよ、アスカちゃん!」

「ツグは黙ってな! 騙されてんだよ! ツグの才能を悪用しようとしてるだけに決まってる!」


 アスカ──ちゃん?

 男物の上着にジーンズに見えたから、てっきり男だと思い込んでいたが。


「女だったのか──オグッ」

「テメェマジでいい度胸してんなァオイィ?」


 首が。く、苦し……。


「かっ、監禁されてないよ! 鍵も持ってるし!」

「実質、外に出ずに作業させられてるだろ? そりゃ監禁って言うんだ」

「や、養ってもらってるんだよ!」

「──養う?」


 拘束が少しゆるくなる。


「そうだよ! 同志はわたしのためにアルバイトをして、そのお金を全部、ここの家賃とわたしの生活費にあててくれてっ! そのおかげで実家に帰らずにいられて!」

「……オィィ、テメェ、なんの裏がある? なにが目的だ?」

「だからそれはねっ」

「ツグは黙ってな。コイツに訊いてんだ」


 それならもう少し首にかけている圧力を落として欲しいんだが……。


「ゲッ──ゲームを作っているのは、聞いているか?」

「アァ」

「なら、当然だろう。協力してゲームを作る、そのために俺ができることをやっているだけだ。俺はプログラミングとかさっぱりだからな──ツグ姉が作業だけに集中できるよう、生活基盤を支えるしかない」

「ンなこと言って──」


 ギリギリ、と再び締め上げられる。


「金銭的社会的に縛って要求を断れないようにして、イヤらしいことを要求するつもりなんだろうが!」


 は?


「──バカ言うな……ツグ姉は、血の繋がった従姉だぞ」

「あ、なんだ従弟か」


 ぽいっ。

 俺は床に放り出される。


「従姉弟なら結婚できねぇもんな。ワリィワリィ、そりゃそんな気は起きないよな」


 ──以前にもそんな理論を聞いた気がするが、確かにそんな気は起きてないので、訂正しないでおこう。


「ええと、アスカちゃん、あのね従姉弟は──」

「いいから」


 訂正しないでおいてくれ。殺される。


 ◇ ◇ ◇


「あらためて紹介するね。友達の、ミタカアスカちゃん。大学の同期なの」

「よろしく、アスカちゃん」


 顔面を踏まれる。長いな、足。


「ミタカさんと呼べ」

「みふぁふぁふぁん」

「うひゃッ!」


 踏まれたまましゃべったら、くすぐったかったのかミタカは飛びのいた。


「なんだコイツ……変なヤツだな。頭大丈夫か?」

「あはは……」


 従姉よ、そこは否定してもいいんだぞ?


「アスカちゃんはね、いろいろ相談したら来てくれたんだよ。持つべきものは友達だよ!」

「マァな。来てやったけど……おい、ドーシ」


 ──あ、俺か。


「名前はユウだ」

「……ドーシドーシ言うから、名前かと思ってたぜ。同志ってタヴァーリシチの方な。んじゃユウ。ツグから企画の内容は聞いたが、オマエが立案者って本当か」

「そうだが」

「そーか、オマエか」


 ミタカはコキコキと首を鳴らすと、頬杖をついて長く息を吐いた。


「よっし、じゃあハッキリ言ってやるわ──やめとけ、こんな企画」



 ◇ ◇ ◇



「理由を聞きたい」

「……怒るかと思ったんだが、ホント変わったヤツだな、オマエ」


 企画を──ゲームを作るのをやめろ、と言ったミタカは、髪をぼりぼりと掻く。

 俺たちはコタツに入って──冬になってちゃぶ台はコタツに変化したのだ──話を続けた。


「マァまずな、オレが相談を受けた理由から話してやる。なんでもゲーム内の選手のみならず審判にも独自のAIを載せて、個性を出そうとしているらしいな? その件で連絡されたんだ」

「アスカちゃんはね、ゲームの開発会社に勤めてるんだよ!」

「外人部隊だけどな。いわゆるフリーランスなんだが──マァいいか。とにかく、オレがAI関係に強いから相談されたわけだ」

「なるほど」


 従姉の人脈もバカにできない。人生経験が長いだけはある。ニート予備軍だが。


「それで、ミタカさんはこの企画をやめろ、と」

「そうだ」

「──つまり、ミタカさんでは力になれないということか」

「バッカヤロ!」


 ゲシゲシ、とコタツの中で蹴られる。

 最近知り合ったのは手癖の悪い先輩だが、今日は足癖の悪い先輩か。


「オレとオレを超える天才のツグがそろって、できないわけねェだろ!」

「あ、アスカちゃん、あの」

「自分で才能を自覚しろって。田舎にひっこんじまったのがもったいないぜ?」


 天才なのか。薄々そうじゃないかと思っていたが。

 ──いや自分も天才に含むあたり、自意識過剰なのかもしれないが。


「だけど、正直アホだろ。審判ひとりひとりにまで独自のAIを載せるって──コスト考えてるのか? やったところで大して変わらないだろうし、普通に判定していいだろ。誤審をやりたいなら、際どい場面では確率で間違えるとか、そういう処理をいれるのがよっぽど楽でいい」


 ミタカは淡々と続ける。


「正直選手にAIを載せるのだってリッチすぎる。ある程度パラメータで行動が変化するぐらいにすれば十分だろ。外から見りゃ分からないっつーか、変化に気付けるほどのものでもないだろ。……っていう、そんなことにも気付かずに重い要求ばっかしてくる素人と組むなんて、オレは反対だ。だからやめろっつったんだ」

「コストの割りに、効果が見込めない、と」

「そういうこった。理解したか?」

「割り切って作ればコスト──かかる時間や費用が少なくなる、そういう方法があると」

「そうそう」


 ミタカはニヤッと笑う。


「頭が悪いわけじゃねーんだな。なに、オレも鬼じゃねえ。無難なところにまとめるってんなら手伝ってやっても──」

「だが断る」

「──オィィ?」

「すまんちょっと言ってみたかった。が──その要求を呑んでいいとは思えない」


 俺はにらみつけてくるミタカに向き合って口を開いた。


「確かに簡略化すれば、それなりにリアルっぽいゲームになるだろう。だけどこれは──何十年も運営を続けていくゲームだ。何百試合とユーザに観戦してもらうゲームなんだ。それがパターン化されていたら、そのうち飽きられてしまう」

「仕組みを工夫すればある程度パターン化は防げるぜ。そんなリッチに作る必要はねぇだろ」

「やる必要はあると思っている」


 確かにプロから見たら無闇に難しいことをしようとしているのかもしれない。だが。


「そこを本気で作りこむからこそ、人が応援したいと思うようなモノができるんじゃないか?」

「アァ?」

「このゲームの肝は『リアルな野球の観戦』だと思ってる。だったら細部にこだわらなきゃ、リアルにならないだろう。そのリアルさに気付いてくれる人はいる──というか、知らず知らずのうちに気付くんじゃないか。AIがやるからこそ、予測できない結果が生まれるかもしれないし」

「おにぎりに容量をかけるよーな話をしやがるな」


 おにぎり?


「ツマリだ。神は細部に宿るってコトか? 嫌いじゃない言葉だぜ。現実的じゃねーけどな」


 現実的。

 従姉は常々言っていた。できるかどうかは考えずにアイディアを出せ、と。

 その結果出したアイディアは、今、プロに現実的でないとダメ出しをくらっている。

 現実的なやり方は他にあると──従姉は知っていただろうか?

 ──いや、きっと知っていただろう。

 だが作ろうとしている。

 それが答えだ。


「現実的に作っても面白くない」

「ハ?」

「作る側も、そしてきっと観る側もだ。このまま作ればきっと面白くなる──そう信じているからこそ、ここまでやってきたんだ。できるんならやる。でなきゃ、現実のプロ野球に勝てるものか」


 そう。リアルさを諦めたら──リアルの一人勝ちなのだ。


「言うのはカンタンだけどよ、テメェは覚悟してんのか? ちょっとしたアプリを作る程度の話じゃねぇぞ」

「これで食っていくと決めたからな」

「うん、ふ、二人で生活していくんだよ」


 従姉も覚悟は決まっているらしい。

 ミタカは──また長く息を吐いた。


「分かった、手伝ってやる」


 おお。


「──なんて言うと思ったか?」

「……む」

「悪ィケド、オレは現実主義者なんでね。もう二つ、言わせてもらうぜ」


 そういうと、ミタカは財布から名刺を取り出して裏に何か書き込んで渡してきた。


「マズ、全キャラがAIを持っててもそんなに面白くねぇ……ってことだ。言われてもわかんねぇだろうから、そこに書いたゲームを買ってやってみな。で、次だ。これが肝心なとこなんだが……リアルな野球を見せて観客を集めたいんだろ?」

「ああ」

「それって『リアルの野球』でいいじゃん?」


 ──!


「リアルな野球選手が、リアルな野球をしているところを観戦する──それならプロ野球を見たほうが、よっぽど完成されていると思わねェか?」

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