ケモノと社長
「ケモノ──って何、同志?」
従姉が首をかしげる。どうやらその手の方面には疎いらしい。
「動物を擬人化したものだ。とはいえ、尻尾や羽はつけない。そうだな、野球に支障が出ないよう……体は完全に人間、頭は動物を人間らしくしたもの、というところか。猫耳をつけるとかじゃなく、着ぐるみとして違和感のでないぐらいの動物らしさだ」
「ああ、ケモ度イッテンゴぐらいの──って、そうじゃないッスよ!」
ずーみーが上ずった声をあげる。
「先輩ッ! ゲーム作りを手伝ってくれって──説明の相槌役のことじゃないんスか!?」
「そんなのゲーム作りの手伝いにならないだろう」
部室から連れ出す際、きちんと説明したはずだ。
ゲーム作りにお前の力が必要だ、ぜひ参加して欲しい、と。
「オイ。このチビがなんだって? 手伝い?」
「ああ、快諾してくれたぞ」
「アンな、高校生の素人をいくら連れてきたところでな?」
「素人なのか?」
「まー、素人ッスね。高校生だし、お金貰う仕事はまだしたことないッス」
「なら都合がいいだろう」
素人じゃなく──プロだったらこの時点からすごい金額がかかっていただろうからな。
「ずーみーには、グラフィックス面で協力してもらう。選手の顔のデザインだから……ええと」
「キャラデザのこと? キャラクターデザイン」
「そう、それだ。それから──」
「マテ。マテマテ。……ずーみー?」
ミタカが遮る。
「ずーみーって……あのずーみーか?」
「どうなんだ、ずーみー」
「どのずーみーなんスかね?」
「ケモナー絵師でほぼ毎回ランキング上位にいるずーみーかっつってんだよ!?」
「そッスよ」
ミタカは口をパクパクさせる。その様子だと、どうやらネット上のずーみーの活躍を知っているらしい。さすが有名絵師だな。
「ともかく、ずーみーにはキャラデザをやってもらう。というか、モデル自体をだな。3Dをはじめたんだろう?」
「そッスけど……」
「そして、ずーみーが参加するからこそ、AIの思考を見せる過程にさらなる一手を打てる」
「そ、それは?」
「漫画だ」
ずーみーは目を丸くする。
「いくら特徴のあるケモノ選手がいたって、見分けがつくだけじゃファンは生まれない。ゼロから選手のことを知ろうとするほど、ユーザーは暇じゃないだろう。そこで必要になるのが野球漫画だ。読んで選手のファンになり、試合を応援してくれるようにするための漫画が必要なんだ」
野球漫画は面白い。野球漫画のキャラがプロ野球に参加したら、絶対球場まで応援に行くだろう。俺だって谷口さんの指をはらはらしながら見守りたい。
「で、でも先輩、自分、ネームが……作れなくて……」
「ゲームがネームになる。はずだ。試合だけでなく、オフも扱う予定だからな。ゲームが始まる……ペナントが始まってからも、それらを題材にした漫画を出す。そうすれば途中からペナントを見る人も後を追いかけやすいだろう。──まとまったら単行本として発行してもいいかもしれないな。第四の収入になるだろう」
俺はずーみーに向き直る。
「説明不足だったかもしれないが、これがずーみーに手伝って欲しいことだ。やってくれないか」
ずーみーは、大きな眼鏡の下で、眉をきゅっと寄せた。
「……断る、と言ったら?」
………。
「それは……困る」
すごく困る。
「もう俺の頭の中では、ゲーム中でずーみーのキャラが動いているんだが……」
「はっはっは、冗談ッスよ」
ずーみーは、ニヤッと笑った。
「自分と先輩の仲じゃないッスか。イラスト、漫画、3D──全部やって欲しい? そこまで言われて断っちゃあ女がすたるッス。いいッスよ──やりましょう!」
「ああ、よろしく頼む」
三人目だ。俺、従姉――そしてずーみー。
「さて──」
俺は──ミタカに向かって言う。
「ミタカさん、これが課題の答えだ。そしてこういう未来を描く以上、やはり簡略化して作ることはできない。キャラクター全員にAIを載せて野球をさせる──それによる面白さを捨てることはしない。そして、そのためにはミタカさんの力も必要だ。……やってくれないか」
従姉が助けを求めた人物だ。ミタカが入ってくれなければ、実現は難しいだろう。
「まだ足りないというなら、言ってくれ。なんでもやろう」
「先輩、今なんでもって……?」
「お前は俺になにをやらせたいんだ、ずーみーよ」
「いやぁ、えへへ」
「……あくまで、こだわりを捨てるつもりはない、ってか?」
ミタカがにらみつけてくる。俺はその視線を正面から受け止めた。
「そうだ。こだわっていく」
「コストに見合わなくてもか? つーか、どんだけコストかかるかわかってんのか?」
「わからないが、捨てるぐらいなら作る意味がない。それだけ重要なパーツになっていると思う」
ミタカは──長く深く息を吐いた。
「ツグから色々聞かされていたけどな。ハァ。……認める、認めてやるよ──ただの高校生にしてはなかなか目の付け所がいい。特に絢爛舞踏祭が神ゲーだと気づいたとことかな」
神ゲーとまでは言ってないんだが。
「わかった。いいぜ。手伝ってやる──方向で考えてやる」
「……というと」
「天才のツグ、天才のずーみー。そして天才のオレ。これだけそろえば、確かにスゲェモノが作れるかもしれねえ。だが、今のままじゃ手伝えねェ」
ミタカは──俺に指を突きつけた。
「オマエだ」
「……む?」
「三人の天才と、一人の平凡な男子高校生──じゃ、役不足だ。釣りあわねえ」
「誤用だよ? アスカちゃん」
「う、うっせーな! えーと……アア! ともかく! オマエがただの高校生じゃダメなんだ!」
ミタカは咳払いすると、言った。
「オマエ、起業しろ」
「……は?」
「ただの高校生じゃなくて──現役高校生兼社長になれ」
◇ ◇ ◇
「起業──俺が会社を作る、ということか?」
「そーだ。第一の理由として、金だ。オマエが言うようなゲームを作ろうとしたら、もう個人の資金でできる開発レベルじゃねェ。開発費用も運営費用もバカみたいにかかるのが目に見えてる。それを調達するために地方相手にネーミングライツを販売しようって話だったが──」
ミタカは鼻で笑う。
「タダの高校生を相手にすると思うか?」
「……確かに」
高校生が『ゲーム作るのでゲーム中の球場の名前を買ってくれ』と言っても、取り合われないだろう。特にお役所なんかは。
「そこで起業だ。会社であれば話を聞いてもらえる確率は上がる。さらに起業して社長ともなれば、高校生っていう立場はプラスに見てもらえる可能性もある」
「確かに、高校生の社長とかすごそうッス!」
「マ、その話題だけで興味を持ってもらうこともできるしな。会おうという気にさえなってもらえりゃ──オマエのその喋りでなんとかなるかもしれねェ」
「喋り……?」
「営業に向いてると思うぜ。ッたく──楽しそうに話しやがってよ」
ミタカは頬を掻く。その間に、ずーみーがスマホをいじって検索していた。
「えーっと、高校生、起業──おっ、結構あるもんッスね! 女子高生社長とか出てくるッスよ!」
「ダロ? ま、コイツはJKじゃねェケド。少しは話題になるだろ」
女に生まれておいたほうがよかっただろうか。
「つーことで、起業だ。社長をやれ。会社なら融資もしてもらえるしな」
「融資というと──銀行からの借金か」
「そうだぜ。オマエが代表で借金だ。開発規模的に──最低、四桁万円のな。万一、ゲームが流行んなかったら……わかるか? そーゆー覚悟ができ」
「わかった、やろう」
俺は頷いた。覚悟も何も、ニートになるか、社長または債務者になるかの二択なら、後者を選ぶほかないだろう。
「お──オォ、いい返事じゃねェか。言っとくけど、オレは個人事業主だが会社の立ち上げの経験はねェからな。自分で調べてやれよ?」
「わかった、やろう」
先駆者が何人かいるなら、不可能ということではないのだろう。ネットにも情報があるに違いない。だいたい会社がなければ社会は回らないのだ。どこかで起業について教えてくれる場所もあるだろう。
「……オィ、コイツっていつもこんな感じなのか?」
「そッスね」
「うん、こんな感じ」
「そーか、そーかい……怖いもの知らずなのか、本物なのか……マァいい」
ミタカはトントンと机を指で叩く。
「法人化の目処が立つなら、こっちであと一人助っ人を用意してやる」
「助っ人? まだ手が足りないのか?」
「全然たりねーよ。最低限、インフラ周りのヤツな。仕様的にサーバ周りもかなり力入れないといけねェ。ゲームを動かすサーバ、動画を配信するサーバ、ユーザデータを格納するサーバ……とマァ色々だ。んでそれから……」
その後もミタカは、今後かかる費用について大まかに話してくれた。さすが現役のゲーム開発者、全てにおいてためになることばかりだった。
◇ ◇ ◇
「じゃ、今日はこんぐらいな。──聞きたいことがあったらチャットで聞きな、分かるところは答えてやらあ」
そう言って、ミタカは帰っていった。俺も早速動き出さないといけないし──今日はバイトがあるのだった。なんやかんや言う従姉を置いて、ずーみーと一緒に部屋を出る。
「じゃ、先輩! がんばりましょうね!」
駅でずーみーと別れ、そのままバイトへ。
起業。起業。どうしたものか。ぐるぐると思考をめぐらせながら、ぼんやりレジ打ちをこなしていると──
「やっと見つけた」
女性客がレジの机を、バンッ! と叩きつける。
クレーマーか。
俺は気合を入れなおして、女性客の顔を見て──
悪鬼がいた。
いや。キツい顔立ちだし何か怒っているが、鬼ではないな。なんで急に鬼だと思ったのだろう。
「連絡してって言ったでしょう。どうして連絡してくれないのよ」
これは──
──ストーカーか。まさか自分が被害にあう日がこようとは、露ほども思っていなかった。こんなことなら対策マニュアルをきちんと読んでおけばよかった。どうする。店舗の責任者──は今はいない。バイトだけだ。警察を呼ぶか? それとも──
「……もしかして君、私の顔を忘れてる?」
いかん。下手に答えたら──刺される。
「まさか、そんな。いや、今は仕事中だからだな」
「……エーコよエーコ。ツヅラエイコ」
「およこ」
「エイコ!」
およ──エーコはばしばしと机を叩く。ああ、そうだそうだ、エーコと読むんだったな。
「思い出した。タイガ選手のマネージャーの」
「やっぱり忘れてたのね……連絡がないから、そうじゃないかと思ってたけど」
今日もトレーニングウェア姿のエーコは、こめかみを押さえてため息を吐く。
「コンビニに来てもいないし、他の人に聞いてもシフトは教えてもらえないし」
ストーカー対策マニュアルに、教えるなと書いてあった気がする。
「とにかく、お礼をさせてほしいのよ。あそこまでしてもらったんだから」
「いや、おかまいなく。困ったときはお互い様だ。ナゲノさんにも言ったが、あの場では俺が回収するのが一番よかった。タイガ選手が風邪をひいたりしたら大変だからな」
「そのタイガよ」
エーコは──レジに身を乗り出して、顔を近づけてきた。
「あの後から、トレーニングに身が入らないのよ」
「──それは困ったな」
タイガ選手が不調となれば一大事だ。応援するファンにとっても球団にとっても。
「そうなの。二月からはキャンプも始まるのにね? ぜんっぜん真剣じゃないの。どうしてだと思う?」
「──まさか、風邪を?」
「君よ、君!」
バンバンッ! レジ机が悲鳴を上げる。
「タイガったら、いつお礼を言うのか、いつ会うのか、ってそればっかりで!」
なんと──
「さすがタイガ選手。責任感が強いんだな」
「………」
「わかった。連絡をしていなかったのはこちらの手落ちだ。シフトの都合はつけるから、そちらの都合のいい時間を指定してくれ」
「君ね……ああ、いえ、いいわ、その方が……うん」
来た時と打って変わっておとなしくなったエーコは、連絡先を交換してジムへ戻っていくのだった。
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