「泊めてくれるよね?」

 善は急げ。


 ライパチ先生から解放された俺は、校門を出るとスマホを取り出した。

 LINEを起動し、久しく連絡してなかった従姉を選択する。


『今週末、ミーティングしよう』


 送信。心は晴れやかだ。アイディアも、なんとなくだが見えてきた。

 週末までには十分、形に──


『たすけて』


 返信。その四文字に、事態は急転することになった。



 ◇ ◇ ◇



 結論から言うと──従姉は無事だった。

 無事、保護した。


 ああ、大変だった。

 駅のコンコースの端っこで、大きな体を縮こまらせてグスグス泣いている大人を引っ張って連れ出すのは、大変だった。


「都会怖い都会怖い」

「引きこもりが無茶しやがって」


 ファミレスに連れ込み、奥の席に叩き込んで一安心。ドリンクバーだけ注文して店員を追い払う。


「──それで?」


 猫背になって縮みこむ従姉は、夏に見たときとなんら変わらなかった。

 いや、記憶よりちょっと大きいか。もしかして成長したか? うん?


「どうしてこっちに来たんだ? 一人で来たのか?」

「うん、その……喧嘩になって」

「親と、か」


 うん、と従姉はうなずく。眼鏡の奥からこちらをオドオドと見てくる。


「なんだ、ついに蓄えが尽きたのか?」

「ち、違うよ。ただ、食事に部屋から出てこいっていうから──忙しいから持ってきて、って言ったら、二週間ぐらいでついに怒って」


 そりゃ怒るだろう。よく二週間ももったと思う。


「どこに逃げようかなと考えて、同志のところに行こうと……でも駅についてから、そういえば連絡しちゃいけないんだって思い出して……」

「そこまで強く連絡を断った記憶はないんだが」

「でも、今日連絡があって、ほんとうによかった……ぅぅ」

「泣くな、泣くな」


 鼻水が出てるぞ。


「う、うん。……それで、同志。連絡くれたってことは、アイディアが?」

「ああ……そうだ」


 俺は頷く。


「そうかー、よかった。もう、忘れられてるのかと」

「ずいぶん薄情な人間だと思われていたらしい」

「あああ、そうじゃなくて、ええと」

「まあ、いいさ。実際、薄情だったからな」

「え?」

「ゲーム作りについて、ツグ姉を手伝うつもりでいた。──だが、それじゃダメだったんだ」

「な、なにが?」

「なるぞ。ツグ姉。俺は──ゲームのプロデューサーに」

「う、うん」

「俺たちが作るゲームで、食っていくぞ」

「ふぇっ!?」


 つまり、当事者意識が欠けていたのだ。

 従姉を稼がせるために、手伝ってやっている、と考えていた。

 だから、それはやめだ。


 俺はゲームのプロデューサーになり、従姉と作るゲームで収入を得て、生活する。

 これが俺の決めた進路だ。


「ええっ、でも、ヒットしないかもだし」

「野球ゲームだけに」

「そう野球ゲームだけに……じゃなくてッ」

「十分な収入が得られるモノにしてみせる。少なくとも、そう覚悟して事に当たることにした」


 従姉は頭を抱える。


「ど、どうしよう。わたしのせい?」

「そうだが、気にするな。ニートや目標のない大学生活より、よっぽどまともな進路だ」


 やれやれ、どうやら従姉は弱気らしい。


「自信がないみたいだが、俺は信じている。俺たちの作るゲームは、間違いなく最高だ」

「………」


 ぽかん、としている。


「わかったわかった。それじゃ、プレゼンをはじめよう──野球ゲームの将来のな」


 ◇ ◇ ◇


「操作しないで観戦する野球ゲーム。基本は無料で、第一の収入はファンの課金応援グッズ購入。第二は広告。第三はネーミングライツ。ここまでは説明したとおりだ」

「うん」


 落ち着いたらお腹が減った──そしてトイレ行きたい──と言った従姉のため、料理が来るまで待ってから、俺はプレゼンを開始した。


「だが、そこには将来的な展望が含まれていなかった」

「将来的」

「単刀直入に言おう。俺はこのゲームを、何十年にも渡って運営したい」

「ふぇ」


 ぽろり、と従姉の口からポテトが落ちた。


「確かプロ野球がこの間80だか90周年だったかな? それだけ長い間ファンに支えられていて、プロ野球に関わる人間はそれでずっと食っていっている。だから──俺たちの野球ゲームも、それを目指す。出して終わり、とか、数年やって終わり、じゃない。ずっと続けられる運営を目指すんだ」

「で、でも、同志。現実は甘くないよ。十年継続するネトゲだって、ごくわずかだし──」

「そりゃあ、飽きるから仕方ないだろう。だが実際、野球は何十年もやっている」


 球場で会ったおっさんを思い出す。あのおっさんで五十年と言っていた。つまり、それだけ長く付き合えるものなのだ──野球は。


「普通のゲームは飽きる。なぜか? コンテンツが尽きるからだ。毎日同じものを遊び続けることなんて、正気の人間にはできないだろう」

「そうだね。アップデートも、規模が大きくなればいずれ手が回らなくなってしまうとか……」

「リアルの野球はどうだろう? アップデートはあったか?」


 従姉は考え込む。


「多少のルール改正はあると思うけど……大型アップデートは、ない、かな?」

「いいや、あるぞ」

「ふぇ?」

「あるからこそ、毎年野球ゲームの新作が出てるんじゃないか」


 ナンバリングをやめて、年度表記になってしまうぐらい、出ているじゃないか。


「選手だ」

「選手」

「新しい選手の加入、既存の選手の成長、衰退、引退──チーム状況は毎年アップデートされている」

「──確かに、そういえばそうだね」


 そう、そこが重要なのだ。


「そこで重要になるのが──ツグ姉が入れたい例の要素だ」

「例の……?」

「選手同士の人間関係、そこから起きるドラマ」


 それを実現するには。


「選手を、ゲーム内で一個のリアルな人間として存在させる──それが鍵になるんだ」


 ◇ ◇ ◇


「一個の人間として、ゲーム内の選手を確立させる? そ、そこまでする必要あるかな?」

「絶対ある。ツグ姉が入れたがっていたキャラ同士の関係性、それは絶対必要だ」


 どれだけ難しいことなのかはわからない。

 だが、実現可能性は無視しろと言ったのだ。好き勝手言わせてもらう。


「例を出そう。九回裏、三対二、ワンアウト、ランナー二塁。ピッチャーは完投を目指すエース。対してバッターはこの回から怪我をした選手の代わりに出場した控え選手。ツグ姉はどっちを応援する?」

「一打同点の場面だね。うーん……どっちにしろ応援しているチームのほう、だよね。でも後攻チームのほうは望み薄かなあ。エースなんでしょう?」

「じゃあ、先攻チームのファンだったとしよう」

「ならエースを応援だよ」


 俺は頷く。


「バッターの控え選手だが、チームのベテランで守備には定評がある」

「ベテランなのに控えなの?」

「ああ。ドラフトで今年入団した新人がキャンプから好調で、今期は試合機会に恵まれていない。特に打撃が雲泥の差で、ベテランはまったく打てないんだな」

「それじゃ、久しぶりの出場でよかったね。うちのチームのエースの敵ではないけど」


 いつの間にか従姉はエースの彼女面だ。


「ところで二塁ランナーだが、実は先ほど一塁から盗塁を決めてきたところなんだ」

「そうなんだ?」

「ああ。そんなに足が速いわけでもないし、キャッチャーも強肩だから、盗塁は成功率が高いわけじゃなかった」

「それなのに九回裏で盗塁したの? ワンナウトで? 危うくツーアウトランナーなしって状況だったじゃない」

「ああ。でもランナーはベテランの同期でな。もしベテランがゴロを打てばゲッツーで試合終了。次の出場どころか、二軍落ちするかもしれない」

「なるほど、ゲッツーをなくすために走ったんだね!」

「いや。それだけじゃない。二塁からならヒットでホームに帰れるかもしれない。そう、ランナーは一発逆転にかけたんだ。ベテランが一発打ってくれることを信じてな。そして楽勝だと油断していたバッテリーは、盗塁を決められてしまった」

「おお……」


 従姉は頬を上気させる。


「アツいね! そんなんじゃあ、こっちがファンでもしょうがない。バッターを応援する!」

「いいのか? エースはプロ入りして初の完投勝利の記録がかかってるぞ」

「う……それは、また今度勝てば……」

「実はキャッチャーも第三捕手に交代していてな。エースの後輩で高校時代からの相棒なんだが、得意の肩でランナーを刺せなかった。この上負けたとなれば、次の機会はまた当分先になるだろう」

「うう……そこはエース、踏ん張って支えてあげてほしい……」


 従姉は腕組みをして、ウンウンと唸り始めた。


「とまあ、どうだ? 最初は応援するのはどっちでもよかっただろう? 贔屓のチームだ、ぐらいしか考えることがなかった。ところが少し関係性が見えただけで、ずいぶん悩ましいことになった。悩めば、その後の決定には重みがつく。応援に本気になれる」


 応援してもらわなければならない。何十年と存続させるために。


「だからこそ、選手には個性や背景があって、人間関係がなければいけないんだ」

「──わかったよ」


 従姉は頷く。


「それでも、わたしはエースを応援する!」

「それはもういいから」


 ◇ ◇ ◇


 話しながら食事を進めて、だいぶ皿も空になってきた。


「じゃあ、人間関係を出すためのテキストを書き込んで、見れるようにするってこと?」

「いや、そういうのは読まないな。少なくとも俺は」


 いちいち、一キャラクターのプロフィールまで読む気はしない。


「そうじゃなくて、ベンチに引っ込んでいる間のやりとりとか、ロッカーでの様子とか、移動中のバスや飛行機の中の様子とか……オフの様子とか……そういうのも公開するべきだ」

「オフ」

「仲のいい選手同士で遊びに出かけるのを見れば、テキストで書かれるより分かりやすいだろう」

「う……うん、そうだね」

「シムズみたいなものかもしれないな」


 街づくりのシムシティから派生した人間観察ゲームだ。その中の人間は「シム」と呼ばれる。

 シムは働き、恋愛し、結婚し、子育てをし──と、シム同士の関わりを見たり、介入したりするゲームだな。

 ……介入というよりは介護してやらないと悲惨なことになるゲームと言ったほうがいいのかもしれないが。


「シムズ……シムズ……うん」

「大丈夫か、さっきから生返事だが」

「だ、大丈夫だよ」

「そうか? まあ、とにかく『人間っぽく』するということだな。たかがゲーム、と思われないように」


 人間味を感じれば、応援だって本気にできる。


「毎年新しい選手が入ってきて、ファンができて、やがて引退して……と、そういう流れを用意して、何十年も運営する。そうして食っていくんだ、俺たちは」

「う……うん」

「将来設計は決まったようなものだな。今更、降りたとかはなしで頼むぞ、ツグ姉」

「もっ、もちろんだよ」


 従姉は背筋を伸ばす──俺より頭一つ分以上背が高くなって……頭を下げたので、また猫背に戻った。


「これから、末永くよろしくね……」

「ああ、よろしく」

「じゃあ、さっそく今夜からお願いするね」

「ん?」


 お願い? 何を?


「部屋に泊めてくれるよね?」


 ──は?

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