試作と従姉のやりたいこと

 一週間後の週末、夜。恒例となった従姉とのボイスチャットを始める。


「それではプロデューサー、ミーティングをはじめます」

「うむ」


 ──どちらからともなく、笑う。


「えーと、じゃあ今日はね、まとめをしたいと思うの」

「何のまとめを?」

「わたしのほうから、ゲームの仕様について」


 従姉は少し間を置く。


「最初はね、観戦だけならハードルは低いかなと思ったの。ただ、応援する人がリアルタイムでアバターとして参加するとなるとね」

「難しいのか?」

「観戦だけなら、サーバ側だけ作りこんで、あとは動画に撮って流せばいい。けど、アバターが参加するなら、クライアント側も作る必要があるの。簡単に言うと……サーバ側で動いた内容を、クライアント側で同じように再現できるようにする……同期の取り方を……」

「すまん、簡単じゃない」

「ええと、伝言ゲームはわかるよね」

「それはさすがに」

「プレーの内容をビデオにとって上映するのと、伝言で同じ内容を再現するのだと、どっちが簡単かという話、かな」

「なんとなくわかった。わかりやすい伝言を作らないといけないんだな」

「うん。伝え方とかも考えないといけない」


 意外と大変そうだな。


「とはいえ、応援席がにぎわうのは、面白いしやってみたい。何より、アバターの視点を使えば、いろんな席から見られるようになるし」

「ああ、そうだな。──外野とか、遠いしな」

「座席の定員も気にしないでいいしね」

「うん? どういうことだ? バックネット裏とか、狭いだろう?」


 買おうと思ったらかなり大変だと聞いたことがあるが。


「そこはゲームだから。座った席が被ったユーザのアバターは、そのユーザの見た目上では空席に動かすなり、表示しなくするなりすればいいし」

「なるほど……極端な話、観客全員がバックネット裏にいてもいいと」


 リアルなら異様な話だが、そこはそれ、ゲームだしな。


「うん。だからチャレンジしてみるつもり。いろいろ悩ましい点も多いんだけど──」

「例えば?」

「同時接続数とか……でも、同志は今は気にしないで。実現できるかどうかはともかく、面白くなると思ったことは、どんどん言ってほしい」


 問題は共有したほうがいいと思うのだが、まだ考える段階にないのだろう。


「とりあえず基礎の部分としては、試合が自動で進んで、観客席からリアルタイムで見れる、でいいんだよね」

「あとは、放送だな。リアルタイムと録画と、ゲームに入らずに見られるもの」

「……うん、サーバ側で作ったカメラを取り込みすればいいかな……了解」

「次は?」

「とりあえず、試作してみる」


 もうそんな段階なのか。


「いちど形にしてみたら、いろいろアイディアも出てくると思うし」

「わかった。頼む──ちなみに、いつごろできる?」

「既存の汎用エンジンとアセットを使って……来週をお楽しみに」

「おお」


 来週。早いな。意外とゲーム作りって簡単なのか?


 俺はおおいなる期待と共に、次の週末を待つこととした。


 ◇ ◇ ◇


 そして、次の週末。


「どうかな?」


 従姉の作った試作を、さっそく体験しているのだが。


「うむ……」


 これを短時間で作ったのは、凄いことなのかどうなのか、よくわからない。

 よくわからないが……。


「同志、言いたいことははっきり言って。だからこそ一緒に作ろうと思ったんだから」

「とりあえず、試合をしてるのはすごい」


 ピッチャーが投げて、バッターが打って、守備が取っている。

 それを観客席から見ている。ここまではいい。


「球と選手が瞬間移動するのが怖い」


 例えばフライを外野手が捕る。アウトになる。

 するとパッと全選手が守備位置にテレポートして配置しなおされ、ボールはピッチャーが持っている。

 スリーアウトになると、パッと選手のチームが入れ替わる。


「これ、瞬間移動しないようにならないか? ボールはちゃんとピッチャーに送り返して、交代ならベンチまで走っていって」

「そうするとプレーの間の待ち時間が長くなるけど……」

「自分でプレイするゲームじゃなくて、観戦するゲームなんだ。そこはリアルに待ち時間があるほうがそれらしいだろう。──難しいのか?」

「できなくはないけど、工数がかかるから試作では簡略化したの。でも、同志が気になるようだったら、やっぱりやったほうが正解なんだろうね」

「ああ。リアルじゃないとダメだと思う。ゲームを作ってるのに何を言うんだと思うかもしれないけど、ゲームだと高をくくられたら本気で応援してもらえないだろう」

「リアル……か、うん」


 なんせ、プロ野球と同じかそれ以上に熱中してもらわなければならないのだ。

 あまりにゲームらしくしていると、「所詮ゲームだし、いいか」となってしまう──と思う。


「簡単な動きしかしてないのは、試作だからだよな?」

「うん。今は投球も打撃も守備も、全部決まったパターンしかしてないけど、さすがにそれは本番ではやらないよ」

「いや、分かってる。確認したかっただけだ。──ちなみに」


 俺はじっと──コイツを見て言った。


「選手も観客も全員、このオッサンなのは……趣味?」


 こう似合わないユニフォームを着たアメリカおやじ、みたいな感じなんだが……。


「あはは、違うよ。試作だから、適当に野球選手のモデルとモーションのアセットを買って置いただけだよ」

「そうか……」


 ……ん? 買った?


「買ったのか?」

「うん」

「……ちなみに他には何を? というか、アセットって?」

「他の人が作った既存のデータだよ。あとはスタジアムを買ったよ」

「合計でいくらだ?」


 告げられた価格は──一か月分の小遣いのギリギリだった。


「……わかった。半額出す。振込先を教えてくれ」

「えっ、なんで?」

「開発費は折半だと、言っただろう」

「ああ──そういえば。ええ、でも、いいよ、そんな」

「ダメだ」


 チームだったら、一人に負担を背負わせてはいけない。


「ダメだ。今月かなりしんどい感じになるが、それでもだ。払うぞ。払うったら、払う」

「う──わかったよ」

「それから、だからと言って必要なものは遠慮しないでくれ。事前に言ってくれれば、覚悟はできる」

「……わかったけど、無理しないでね」


 仕方ない。必要なものだから、仕方ないのだ。


「あと──ごめん、試作だし、買ったものは多分、本番では使わないと……」


 ──仕方ないのだ。


 ◇ ◇ ◇


「今日は放送機能を載せてみたよ」


 次の週末。従姉のアップデートした試作品をチェックする。


「ゲームじゃなくてこっちのURLからアクセスして~」

「おお、映ったぞ」

「とりあえず既存の動画配信サービスを使ってみたんだけど、どうかな?」


 バックネット裏からの動画が映っていた。うむ、確かに放送されている。


「いいじゃないか。ところで、視点は切り替わらないのか?」

「えっと……いちおう、サーバ側から切り替えることはできるよ」


 パッ、と視点がスタンド側からのものになる。


「……けど、なんか、だめ?」

「ダメじゃないが、自分で選べたらいいな。実際の野球の放送もいくつかカメラを使っているだろう? それを任意で切り替えられるように……自動で切り替わるのでもいいが、せっかくゲームなんだし、いろいろリアルの放送にできないことがやりたいだろう?」

「うーん、なるほどなー、うーん」

「難しいか」

「そこはこっちが考えることだから、気にしないでいいよ。同志は自分が面白いと思ったことを言って」


 曰く、最初から制限を考えてアイディアを出すと、いいものも出ないから、だそうだ。


「ならそうするが──おお、瞬間移動しないようになってるじゃないか」

「うん、とりあえずね」


 全員同じモーションで走っているのはちょっと気持ち悪さがあるが──うん?


「いま、なんか肩を叩き合ってたな?」

「ああ──よく見てるね、同志」


 従姉はデュヘヘ、と恥ずかしそうに笑う。


「いやちょっと気分転換に、一定条件で肩を叩く要素を入れてみただけで──」


 ──だけ、か?

 何かひっかかる。この試作は本番には使わないものだという。それなのに?


「なあ、ツグ姉よ」

「な、なに?」

「今のところ、試作とはいえ、ほとんど俺のアイディアだけで作られているわけだが……ツグ姉のほうは、何かないのか?」

「ええ、なに、急に。べ、べつに──」

「何もないわけじゃないだろう」


 でなければ今みたいな『遊び』は入れずに、俺の言ったとおりのものしか作らないはずだ。


「考えてみれば、俺だけがアイディアを出すのもおかしな話だ。一緒に作っているんだから、ツグ姉のアイディア、やりたいことだって取り入れられるべきだ」

「わ、わたしは──でも」

「でも?」

「工数が……」


 この従姉め。


「俺には制約を気にするなと言っておいて、自分は気にするのか?」

「それは……だって、仕方ないんだよ。わたしは自分のアイディアがどれぐらい工数がかかるかわかってる。省いたほうがいいレベルだって。だから」

「『監督すべき子供たち』には、ツグ姉の思想みたいなものを感じた」


 だから、たぶん。やりたいことはわかる。

 けれど──俺の口から言うのは違う気がする。


「言ってくれよ。チームなんだろ?」

「うう……うぅ~」


 しばらく、唸り声。


「……ドラマが作りたい」


 そして、ようやく答え。


「野球の部分の作りこみをすれば、プレーとしてのドラマは生まれると思う。でも、野球ってチームプレーじゃない? 人間関係のドラマもあってしかるべきだと思う。ライバル関係とか、先輩後輩とか、好きとか嫌いとか」


 確かに、それを描かない野球マンガはない。


「だが、ふつうのゲームではそういった心情はない」

「うん……」

「それは操作するのが人間だからだ。操作キャラが感情を持って、操作とは違う行動をしたらまずいからだ」


 だが。


「操作しない──観戦する俺たちのゲームなら、入っていてもおかしくない要素だ。いいじゃないか?」

「ううー、でも、でもさ! 人間関係とか、そういうのを計算するとか、データベース化するとか、そういうことを考えると……こんな些細な演出のために、工数をかけるのなんて……」

「……わかった」


 俺は頷いた。


「しばらく、時間をくれ」

「ふえ?」

「『些細なこと』じゃなくなればいいんだろう」

「えぇぇ!?」

「重要なパーツになれば、必要不可欠だということになれば、やる気が出るだろう?」

「で、でも──」

「今日は終わりにしよう。次回は、連絡するから」


 返事を聞かずに、回線を切る。


 我慢をして作られたって、面白いものができるわけがない。

 見ていろ──絶対にその要素が必要で、入れなきゃ成り立たないような、そんなゲームに仕立て上げて、喜んで作らせてやる。

 従姉にも『やりたいこと』をやらせてやるのだ。覚悟しておけよ。



 ◇ ◇ ◇



 覚悟しておけ、と心の中で決意したはいいものの。

 実は今すぐアイディアがあるわけではなかった。


 ので、なんとなく気まずい気持ちのまま、俺は『史上最高の野球ゲーム』で遊んでいる。

 某掲示板で「一番面白い野球ゲームってなんだった?」というスレを立てたところ、これを推されたのだ。

 世界的黄熊が、野球をするブラウザゲーム。

 その姿から『プニキ』と呼ばれる。


 まあ、反射神経でだけプレイするにはちょうどいい。

 気の利いたBGMも、心を穏やかにしてくれる。気がする。


 さて、どうしたものか。どこから考えていけばいいのか。


 プニキがホームランをかっ飛ばす中、俺はひとしきりうめき声をあげるのだった。

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