マネタイズとやりたいこと
「では今日のプレゼンをはじめさせてもらおう」
「同志、なんか声が枯れてない?」
「気のせいだ」
球場から帰った夜──
俺は早速、従姉にプレゼンを開始することになった。
正直、おっさんに応援歌を歌わされすぎて喉が痛いのだが──今は、思いついた、いや、考え抜いたアイディアを披露したい気持ちが勝る。
「さて、前回は説明し切れなかった、マネタイズの部分についてだな」
「わーぱちぱち」
モニタの向こうで拍手しているなら、口で拍手はしなくてもいいだろうに。
「まずはじめに、俺たちの作るゲームは普通のゲームではない、ゆえに、既存のゲームの手法を参考にしてもあまり意味がない、ということを認識しよう」
「そうだね。操作しないゲームとか、ほとんどないしね。ライフゲームかな? って」
「となれば、参考にするべきものは──実際のプロ野球リーグだ」
そもそも、新リーグを運営するようなものだ、と言ったのは俺だ。
実際のリーグ運営を参考にするのは、当然のことだ。
「なるほどね。そういえば、プロ野球って、選手にすごい契約金とか、年俸払ってるよね。あれってどういう収入があるんだろう?」
「プロ野球は球団に親会社が──いわゆるオーナーだな、これがいる。実質、この親会社の広告塔としての役割が大きいんだが、あとはテレビの放映権、および球場の入場料が収入源だ」
と、隣に座っていたおっさんが教えてくれた。
「ふーん……あれ? じゃあ、球場にある広告の看板とかは? お金取ってないの?」
「あれは、球場の収入になるんだ」
知らなかったんだが、球場は球場で別会社らしい。
そういえば、ドームは野球やってないときはアイドルが歌ってたりするしな。場所貸し業というわけだ。
ついでにいうとグッズもグッズの販売会社の収入だそうだ。デザイン料とかの使用料は取っているのだろうが。
「だが──俺たちはリーグの、球団のオーナーであり、球場のオーナーになるわけだ」
「そうだね……球場のデータつくらなきゃ、何もないとこで野球することになるしね」
それはそれでシュールな絵面で面白そうだが……ともかく。
「まず、入場料。これは俺たちのゲームでは、ユーザが観戦することに等しい。で、これはとらない。後発のリーグだからな、まず見てもらわないことにはどうにもならないわけで、そこにお金を取るのは悪手だ」
「そうだね。たくさん見て欲しいし」
「考え方は、基本無料、だ。普通のユーザーからは、金はもらわない。金を払ってもらうのは──ファンからだ。応援して支えてもらう。それに応える」
Win-Winな関係というやつだ。そのためには。
「応援グッズを売る──それを第一の収入とする!」
「おお──」
従姉は感心したようだ。
「おお──リアルで?」
………うん?
「だから、リアルで通販サイトやって、ユニフォームとか売るの?」
「……あ、いや、そうじゃあない。いや、いずれはそれもいいと思うが、いきなりは無理だろう」
いかん、説明が一足飛びだった。
「ゲーム内アイテムの話だ」
「え? でもプレイヤーは観戦するだけで、操作はしないんでしょう?」
「そうだ。でも観戦はする──球場内の応援席で、アバターをつかって」
球場内に、観戦し応援するプレイヤーの分身を送り込むのだ。
「基本のアバターは地味ファッションだが、仮に500円を払うと、チームの応援ユニフォームを着る。100円でタオルを振り回し、メガホンを構えるようになる」
「………」
「ユニフォームは、いいぞ。選手ごとに文字を変えるだけで、別商品になるからな」
「………」
「そう、なんならより豪華なオプションとして、好きな文字を入れられるウチワや横断幕を買えるようにしよう! 応援グッズを揃えたファンが球場を埋め尽くす──そんな光景を作るんだ」
「………」
「──どうした、ツグ姉」
なぜ黙る。何か──まずかっただろうか?
「あ、ううん、違うの。ちょっと、考えてた仕様と違ったから」
「まずいのか?」
「ううん、今は気にせず、アイディアを聞かせて」
「何か配慮しないといけないことがあるなら、それを──」
「まずは自由な意見が聞きたいから。ね」
そこまでいうなら──やらせてもらうとしよう。
どのみち、急に「それはダメ」と言われたら困ることになったわけだしな。うん。
「では、とにかく、第一の柱はファンからの収入だ」
「うん」
「が、ファンができるかどうかは、未知数だ。そこで手堅い第二の収入にいこう。つまり、球場の宣伝スペースだ」
球場にはいたるところに広告がある。看板、バックスクリーン、バックネット、などなど、テレビに映る可能性があればどこでも。あまり映りそうにないところにもあった。
「最近の野球ゲームでもやっているが、この辺はゲームやブログのバナー広告とかと同じイメージで、収入になると思う。なんなら映ってる広告をクリックしたらそのサイトに飛ぶとか、看板じゃできないアニメーションする広告とかもいいな。入れ替えも楽にできるだろう」
「……うん、そうだね」
ここには、従姉も悩まず同意してくれた。
「うんうん。そういう広告については、初期から収入にできると思うな。ゲームができあがってからだけど」
──が、その言葉に少しひっかかった。
「できあがってから──というと? ゲームはできてから売るもんじゃないのか?」
「あ、うん、それはもちろん、そうなんだけど。開発の規模が大きくなると、時間がかかるから──貯蓄が……尽きるかも……」
なるほど。稼げるようになる前に、本格ニートになってしまう、と。
「なら──第三の収入が、案外重要なのかもしれないな」
「あれ、まだあるの?」
「ああ。オマケ程度に考えてたんだが」
俺は深く考えずに言う。
それがまた、将来どういう結果をもたらすかも知らずに。
「第三の収入は、ネーミングライツだ。球場名、球団名──これの命名権を売る」
◇ ◇ ◇
「球場の名前、球団の名前の命名権を期限付きで売る──これは、できればゲーム完成前にできていたほうが望ましいし、そうあるべきだ。だから、この第三の収入は、ゲームを作っている間の収入にできるんじゃないか?」
そう、得意げに俺は説明した。
「なるほど……!」
従姉が喜ぶので、俺はさらにひらめいたアイディアを、ぽんと口に出した。
「なんなら、球場の立地と本拠地の権利もセットで売ろう」
「立地……?」
「つまり、地元を作るんだよ。リアルの。めちゃくちゃ地元に根付いている球団ってあるだろう?」
「あるね。赤いのとか縞々のとか」
「俺たちはオンライン上のリーグ運営をするが、そのチームの本拠地がリアルであって悪いわけがない」
「そうかなぁ」
「そうだとも。アニメの聖地巡礼を思い出すんだ──すごく受け入れられてるじゃないか、設定」
「たしかに」
モデルにした、というだけで──まあ実際背景の参考にされてたりするから、『だけ』ではないが、とにかく、そこにファンが行く。地元が潤う──場合もある。
「意外と、手を上げる自治体はあるんじゃないか?」
「いいかも」
「そうだろう。ゆくゆくは地元のみの限定グッズを作って売れるかもしれない」
うん。こんなところだろう。これで仕事は完璧にやりとげた。
新しいゲームのアイディアが欲しい、そう言われて始めた仕事だった。そしてアイディアは出した。これで俺の仕事は終わったわけだ。いい仕事をした、と言ってもいいんじゃないか?
そう、俺が油断したところで──
「じゃあ、その時の交渉はよろしくね」
「は?」
──予想外の弾を打ち込まれた。
え、なに? 交渉?
「だって、同志。わたしじゃ、人と話すなんて、とても。ひきこもりは伊達じゃないっていうか」
「いやこんなに俺と話せているぞ?」
「ネット越しだし」
「初対面のときだってわりと野球の話で盛り上がっただろう?」
「あれは──そりゃあ部屋に引っ張り込まれた時は、怖かったけど」
怖かったのか。確かに、強引だったな。……ということはやっぱり泣いていたのか。
「でもすぐ、あ、従弟だし大丈夫だって」
「何が?」
「従弟だし襲われたりはしないんだから大丈夫だな、と」
うん?
「結婚もできないし、ならまあ平気かなって考えたら、そこから安心して──」
「待った」
安心してくれたのは、いいとして。
いや、襲ったりなんかしないから、その通りではあるんだが。
「従弟だから、結婚もできないから、襲われないから、部屋に引き込まれても平気だったと」
「うん」
「バカかな?」
「えぇ……?」
「まず男って生き物は結婚できなくたって襲うし、そもそも従姉弟は結婚できる」
「ええええぇぇぇ!?」
バカだな?
「──俺はそういう気持ちはないからいいんだが、今後気をつけたほうがいい」
「はあ、はい……えぇ……結婚できるんだ……」
「法律的にはな」
「そうなんだ……」
「ともかく──話を戻そう。えーと、引きこもりニートなので他人と話すのが苦手と」
「うん」
従姉はすがすがしく言った。
「だから、今後ともよろしくね!」
「おい」
「自治体との交渉とか──いろいろ、よろしくね!」
「いや」
「頼りにしてるね、同志、プロデューサー!」
ぷろでゅーさー?
「アイドルを育成したりはしてないんだが」
「ゲーム開発の役職としてのプロデューサーだよ」
「……たまにゲーム開発者のインタビュー記事とかに出てくる、あれか」
「そうそう」
従姉はモニタの向こうで(おそらく)ニコニコして言う。
「わたし、プログラマー。同志、プロデューサー……開発チームの長」
「チーム……」
チーム、だったのか。
──いや、よく考えれば。従姉は『作ろう』と言ったのだ。
『作るからアイディアをくれ』、ではなく。
……なんとなく、これは――ゲームを作るのは、従姉だけの仕事だと思っていた。俺はそれを手伝っているだけなのだと。
だが、従姉は最初から『作ろう』で『チーム』だったのだ。
この、高卒ニート予備生と。
「……プロデューサーって、そもそもあれはなんの職業なんだ?」
「プロデューサーは何でも屋だよ!」
「そうか」
つまり、アイディア出しだけが俺の仕事ではないわけだ。
言うだけ言ってあとは知らない、なんて──言うわけがない、と従姉は思っているわけだ。
「……なあ。なんでツグ姉は俺を、ゲーム作りに誘ったんだ?」
「ええ、なに、急に」
「教えて欲しい。大切なことなんだ」
面倒なことだが。
自分の思い違いを正すには、ぜひとも聞きたい。
「うう……なんか恥ずかしいんだけど」
従姉はしぶしぶ、話してくれた。
「最初、ゲームの感想ほしいって言ったじゃない?」
「言ったな」
「あの時は本当にそれだけだったんだけど……まさか、あんなにしっかり感想をくれるとは思わなくて」
言いたい放題言ったしな。
「ダメなところもイイところもちゃんと言ってくれて……ああ、きちんと見てくれたんだなって」
「普通だと思うんだが」
「あのゲームについたレビュー、ほとんど『顔wwwwww』だけなんだよね」
気持ちは分かる。面白すぎるからな。ホームラン打ったとたん漂流教室だもの。
「だから、同志とならいい開発ができるかなと思ったんだ。──さすがに、こんな規模になるとは思ってなかったけど」
「規模?」
「簡単なアプリぐらいに考えてたんだけどね。同志の話を全部盛り込むと、すごい規模になる」
「そ、そうなのか……」
「でも、面白そう。やりたい。やってみたい」
従姉はたぶん──モニタの向こうで、眼鏡の向こうで、目を輝かせている。
「同志とわたしで──作りたい!」
熱い。熱いな。
そうか。
無意識のうちに考えないようにしていたのだ。どうしてこんなに長い間、ゲームを作ることを、マネタイズを考えていた、その理由を。
やりたいんだ。
進学も就職もあてがなく、ただ高卒ニートを目指すことではなく。
とにかく今は、これが自分の『やりたいこと』なんだ。従姉とゲームを作ることが。
アイディア出しで自分の役目は終わってしまったのだと勘違いして、勝手に離れようとして……あやうく自分から見逃してしまうところだった。
だから、俺はニヤリとして言った。
「それを聞きたかった」
──だって、一度は言ってみたいセリフだろう?
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