ライパチ先生

「まとめると」


 ひとしきり落ち着いたところで、従姉が話のまとめに入る。


「ユーザーが好きな時に視聴できる、新規リーグの観戦ゲーム……ってところかな?」

「大枠はそんな感じだな」

「うん──いいね。さすが同志、新しい発想をする」


 そうだろうそうだろう。


「プロ野球のデータを使わない、というところも、懐にやさしくていいね」

「ん? まあ新リーグとなると当然そうなると思うが……どうして懐の話になるんだ?」

「実在の球団や選手をゲームに出すためには、NPBって団体と契約する必要があって──お金がかかるんだよ」

「そ……そうだったのか」


 知らなかった。


「じゃ、じゃあ、ファミスタの『くわわ』とか『きよすく』とかは……」

「それは文字数の問題もあるけど、確かに初期の頃はNPBとちゃんと契約をしてなかったね。ちゃんとNPBの承認を受けてからは、普通の名前になったよ」


 なるほど。プロ野球にしようとしなくてよかった。

 そんな契約金はさすがに高校生の身分では支払えないだろう。開発費用を折半すると言った以上、お金のことは良く考えなければ。


「観戦をメインにする、ってことは、リアルらしい野球が必要だよね」

「ああ、そうだな。実際の選手が参考にしたくなるようなプレーが出るといいな」

「なるほど……見えてきたよ」

「それはなにより」


 これで俺の仕事は終わりだ。アイディアは出した、あとは従姉が作るだけ。

 できあがるのが楽しみだ。


「それで、どうマネタイズするの?」


 ──は?


「マネタイ……ズ?」

「試合は無料で全部観戦できるんでしょう? じゃあ──何で売り上げればいいの?」


 売り上げ。


 ──いかん。まったく考えてなかった。


 従姉だって稼がなければニートのままだ。当然、何かしらでお金を得る必要がある。

 では、どうやって? ──どうやってだ?

 ソフトを売る? 観戦用ソフトを?

 ダメだ、そんなことで入り口のハードルをあげたら、そもそも見てもらえない。無料で見れる地上波の放送と張り合えない。無料で全試合、という武器がなくなる。


「なんだ、そのことか」


 だが──ここまで来たのに考えてませんでした、とは言えない。

 利益を得る手段はありません、では、せっかく出したアイディアが台無しだ。


「それは──後日だな」

「ごじ……つ?」

「そう、後日説明する。時計を見てくれ、ツグ姉。今何時だと思う?」


 深夜二時を回っていた。


「今日はこの辺にしておこうじゃないか」

「わたしはまだまだ平気だけど」

「高校生はニートと違って、やることがあるんだ。そろそろ夏休みも終わりだし、生活リズムを戻さないと新学期から大変なんだ」


 嘘ではない。


「……よくよく考えたら、宿題も残っていた」


 嘘であってほしいが、嘘ではなかった。


「それは──やろうよ、宿題」

「うぐ……」

「同志が留年でもして、原因がわたしだってことになったら、困るし」


 どんだけだ。さすがに留年はしない。だろう。たぶん。


「わかったよ。それじゃ次回は、次の週末にしよう? こっちも、いろいろ検討したいし」

「仕方ないな、そうしよう」


 助かった。二重の意味で。


 こうして学校と従姉のと、二つの宿題を背負って──夏休み終盤を忙しく過ごすこととなった。



 ◇ ◇ ◇



 私立棚田高等学校。

 狭い山間部にありそうな名前の学校だが、一応、都内の進学校だ。

 それゆえ、夏休み明けといえども気を緩ませることなく勉学に励む。

 ――のが普通の生徒なのだが。


 一番家から近いマトモな学校だから、という理由で選んだ自分としては、やる気が起きない。


 まあ『一応』の進学校なので、そんなに指導が厳しいわけでもないらしい。


 ──二学期が始まって早々、職員室に呼び出されるぐらいの厳しさだ。


「呼び出された理由は分かるか?」


 椅子に座って振り返り、険しい顔を向けてくるのは、担任の男教師だ。

 社会科担当だが、初見では体育教師なんじゃないかと疑われるであろう角刈り頭、体格をしている。さすがにジャージを着てはいないが。


「さあ、わからないな、ライパチ先生」

「そぉーいうところが、だ!」


 ばしばし、とライパチ先生は机を叩く。


「そぉいうところが、目を付けられるんだよ。勘弁してくれ。せめて敬語をつかってくれ」


 ライパチ先生──本名、来城蜂兵先生。生徒からの評判も良い、いまどき珍しい寄り添い型教師――つまり生徒の側に立ってくれる先生だ。男女問わず人気が高く、とても親しまれている。


 ちなみにライパチとは野球における守備位置がライト、打順が八番という、オブラートを剥がして言えば一番へたくそを配置するポジションを揶揄する言葉だ。

 入学当初は本名からきたかわいそうなあだ名なのだな、と思っていたのだが、実際に現役時代は野球部でずっとライパチだったらしいので、運命としか思えない。……監督が面白がって割り当てたのかもしれないが。


「では敬語を使えば、あとは問題ないということだろうか?」

「ばかやろう、それだけで呼び出すほど狭量じゃない。お前、夏休みの宿題の提出、遅れただろ」

「うっかり、家に忘れてきたからな」

「それ、信じてもらえると思っているのか」

「いや、無理だろう」


 自分が教師だったら絶対信じない。現に、数学と国語の先生はまるで信じてくれなかった。

 ──再提出をめんどくさがって翌日じゃなく次の授業日にしたのも、今となっては悪手だった気がする。


「ライパチ先生には経験はないか? 本当はやってあるのに、やってないと決めつけられ、叱られるという屈辱は」

「あーどうだったかな、十年以上前の話だからな」

「であれば、ないんだろうな。そういうのはかなり根に持つから」

「持ってるのか」

「だいぶ」


 十年以上忘れないと思う。


「んじゃ、反省して、次から忘れないように持って来るんだな」


 言い訳がどうのと、叱ることはなかった。ライパチ先生の良いところは、生徒を信じられるところだ。


「わかった。では、これで」

「これで──じゃねえよ、本命はこっち! これ! 進路調査票!」


 ばしっ、と机に叩きつけられたのは、少し前に提出した紙。それにはこう書いてある。


 進路調査票

 第一希望 進学のあてもなく

 第二希望 就職のあてもない

 第三希望 ニートしかないのでは


「素直な気持ちで書いた」

「お前なぁ……そこは、ウソでもこう、そこそこの大学書いてやりすごせばいいだろう?」

「ウソを書けと? 教師が生徒に?」

「ほめられたことじゃないが、それが処世術ってもんだ」


 ライパチ先生はため息を吐く。


「なんでかねぇ。お前、いい成績でウチに入ったのに、その後はズルズルでもったいないって、よく言われるんだぞ。今からでも勉強に本腰を入れたらどうだ」

「書いたとおり、特に行きたい学校もないからな」

「将来なりたいものとか、やりたいことはないのか? それができるようになる学校を選ぶのが普通だぞ」


 ないんだなこれが。

 直近では、ゲームを作らなければいけないのだが。

 マネタイズ、せねばいけないのだが……。


「アイディアがない……」

「なら、選択の幅をひろげられる大学ってーのもある。とりあえず進学、は子供の特権だ」


 選択の幅、なあ。課金する手段、なあ。


「いいか、別に叱ってるわけじゃないんだ。進路に迷ってるやつを呼んで話を聞く、それも仕事だからな。だいいち、迷っているやつはいくらでもいるんだ。特別な話じゃない」


 確かに、今抱えている悩みなんて、世のゲーム開発者はたくさん悩んでいることだろう。


「提出しなおせとは言わんが、しっかり問題を見据えて、考え直しておくことだな」


 確かに、問題は山積みだが、しっかり考えていかなければ。


「わかった」

「おう、わかったら行ってよし。俺も野球部を見に行かないといけないからな」


 ライパチ先生は棚田高校の男子と女子の硬式野球部を指導している。

 ブラック部活と叫ばれて久しい世の中だが、幸いなことに本人は野球キチなので、喜んでやっている。


 どれぐらい野球キチかというと、今、机の上に野球のチケットがあるぐらいだ。


「ライパチ先生、それは」

「おう? ああ、これ、これな……いや、その……」

「二枚ある」

「お、おう……」


 ニシンから聞いたことがある。

 ライパチ先生が養護教諭──いわゆる保健室の先生に熱を上げているということを。


「なるほど、これで?」

「ま、まあそういうことだ」


 だがライパチ先生は知らない──彼女は特に野球に興味がないということを。

 そして、誰もそのことをライパチ先生には教えていない。


 ──俺も教えずに、職員室から退室した。


「あ、ユウ! らいぱっつぁん、まだ職員室?」


 そして廊下で会ったニシンに、頷いた。


「すぐ行くと言ってたぞ。あと、今日の男女交流の練習試合で勝ったほうに、賞品として野球のチケットをくれるそうだ」

「マジで! やった!」


 朗報に、ニシンはツインテールをピョコピョコと跳ねさせながら、グラウンドへと駆けていった。


 ──まあ、遅かれ早かれそういうことになるのだろうから、チケットも無駄にならないでよかった。

 俺はすがすがしい気持ちで、その場を後にするのだった。

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