新しい野球ゲームの提案

「目指すゲームの形……つまり結論から話す前に、まずはその答えに至った理由を述べたい」


 チャットで打つのがめんどくさくなって、俺たちは音声通話に切り替えた。

 夜中だが──まあ、部屋から声が漏れたりはしないだろう。


「じらすねー」


 久々に聞いた従姉の声は──うん、こんな感じだったか? 覚えていたよりひび割れてるな。マイクの品質だろうか。


「何事にも順序はあるだろう」


 正直、前起きなく話をしたら断られそうな案だからな。


「まず既存のゲームについてなんだが、正直俺はへたくそで対戦どころかコンピュータにも勝てない」

「うん、私も」

「だがそんな俺でも、一度だけ対戦で相手をボッコボコにしたことはある」


 ニシンに何も説明せずコントローラを持たせてな。中学生の頃とはいえ残酷なことをした。


「それぐらいのドへたくそも世の中にはいる」

「世間は広いんだね……」

「だが、そのドへたくそも野球は好きなんだ」


 女子でありながら硬式野球部に入ってしまうぐらいに。先ほど調べたのだが、特に四年前から競技人口が増加傾向にはあるものの、今でもさほど多いとは言い切れなかった。野球っぽいスポーツの中では、まだまだソフトボールが人気らしい。


「野球が好きなら、俺たちの作る野球ゲームだって好きになってもらいたい。今の野球ゲームがドへたくそでも野球が好きだ──そんな層をも取り込みたい」

「対象とするユーザは、大きいほうがいいね」

「ああ。せっかく本家が取りこぼしてくれているパイだからな」

「パイとか……いやらしい」

「なんでだ。取り分の……ピースの話だぞ。別にピザでもいいが」

「ピザがいいな!」

「このピザめ」


 いや、従姉は背が大きかっただけで、太ってはいなかったな。うん。背丈に見合った幅だった。


「ピザ食べたくなってきた……」

「ああ、頼むといい。話は長くなるぞ──さて、そこでだ。そんなドへたくそにも野球ゲームをしてほしい。と、ここで問題がある」

「どんな?」

「野球ゲームで対戦したとして──負け続けてたら楽しいだろうか?」


 一度や二度ならいい。勝ったり負けたりなら奮起するだろう。

 だが、ボロ負けや負け続けは、面白くない。


「かといって──そのドへたくそなヤツにレベルを合わせたゲームだったらどうか?」


 例えば、点差が開くと能力が上がってホームラン出しまくれるようになるとか。

 例えば、そもそも操作が簡単で、ボタンさえ押せばホームランになるとか。

 そういうゲームは──


「断言するけど絶対面白くない。調整が入るのも、操作が簡単すぎるのも」

「そうだね……がんばって得点したのに、相手は手軽に逆転するようになるとか、なんのためにさっきまで必死になってたのか……って思うね」

「一つの回答として、プレイヤー別に操作難易度のオプションを変える、という設定ができるゲームもあるが……そんなハンデをもらって勝っても微妙な気分になるだろう」


 手加減されている、と分かっている勝負は面白くない。


「既存のゲームでもうまく解消できていない問題だと思う」

「同志のアイディアでは、それは解消できる──ということ?」

「いや──」


 俺は首を振る――相手からは見えていないが。


「その問題からは、逃げる」

「えぇぇ……?」

「敬遠する」

「野球ゲームだけに。うまいこという」


 そうだろう。わざわざ言い直したかいがあるというものだ。


「ということで、対戦ゲームは作らない」

「なるほどね」


 従姉がきっとモニタの向こうで、うんうんと頷いている。


「つまり、わたしの『監督すべき子供たち』みたいに、目標設定型の、コンピュータ相手のゲームにするんだね。それなら難易度調整でなんとかなるし。甲子園優勝はもうやったから……メジャーリーグとか?」

「それも作らない」

「あ、あれ?」

「続きを聞いてくれ」


 だいいち、似たようなものを作っても楽しくないじゃないか?


「野球好きにアンケートを取ったところ、共通点をひとつ見つけた」

「アンケート!? そ、そんなことまでしたの? はわぁ……」


 うむ。俺とニシンとカナの三人にした。


「リアルの野球、ゲームの野球……この二つには、必ず誰かが苦手だと答えた」


 三人のうちの誰かが。


「全員が好きだと答えたのはただ一つだけ。試合の観戦だ!」

「──うん?」


 ん?


「……野球好きって、まずはそこから始まるんじゃない?」

「いや、入り口が野球マンガとか、リアルの野球からとか、いろいろあるだろ。とにかく、野球好きの最大多数が試合観戦が好き、あるいは嫌いではない、というのがアンケートの結果だ」

「う、うん」

「つまり」


 俺は断言する。


「俺たちが作るべきゲーム──それは、自分で操作しない、野球を観戦するゲームなんだよ!」


 ………。


「な」

「な?」

「な、なんだって~」

「うむ、お約束をありがとう」

「えええ、でも、待ってよ、操作しないって、ゲームなのに!?」


 その疑問はもっともだ。


「ああ。ドへたくそと条件を揃えるならそれしかない」

「ええ、でも……あっ」

「どうした?」

「ピザきた!」


 ピザ?


 ──頼んでたのか、ピザ。


「そっちもそろそろ到着するって、ピザトラッカーが言ってる」


 俺の分も頼んだのか、ピザ。いや、何だ、ピザトラッカーって?

 と聞き返す間もなく、玄関のチャイムが鳴る。

 俺はあわてて、親が出る前にドアを開けにいった。


 ◇ ◇ ◇


 ドタドタドタ。


「あ、おかえり」

「ああ」

「ピザ、Mサイズでよかった?」

「いや、サイズはいいんだが──」


 俺は、可能な限り理性的に言ってやった。


「なぜ先払いしてくれなかった?」


 ◇ ◇ ◇


 勝手に注文され、支払わされたピザをつまみながら、説明は続く。


「どこまで話したか──」

「もぐもぐ、操作しないで観戦だけするゲームだって、もぐもぐ」

「ああ、そこだったな。あと食べながらしゃべらないように」


 うまいな、ピザ。


「ドへたくそと共存するためには、そもそも操作しない。そして誰もが楽しいと思っている観戦をする。これが、残されたピザをいただくための鍵だ」

「残さないよ?」

「残さず食べてくれ。いや、そうじゃなくて取り分の話だ」


 ピザはうまい。


「さて、では観戦はこれまで既存のゲームでされてこなかったのか? いいや、そんなことはない」

「コンピュータ対コンピュータ、できるもんね。プロ野球の優勝予想に使ってる人もいるよ」

「そうだ。できる。だが──楽しいか?」


 もぐもぐ。


「──AIの研究のために見ることはしたけど、楽しくはなかったかなあ」

「そうだ。そうなんだ──ゲーム上の試合の観戦は、あまり楽しくない」


 実際、数回しかコンピュータ同士の対戦なんてさせたことはない。


「プロ野球の観戦は楽しいが、ゲームの観戦は楽しくない。この違いは何か? どうして面白くない?」

「……実際に、人間がプレイしてないから、応援のしがいがない?」

「それもあるだろうな。だがツグ姉よ、テレビの前で応援したって、選手に何の影響もない点では、ゲームと同じだと思わないか」

「そうだね……テレビと会話しちゃいけないよね……」


 応援については、気の持ちようだと思う。そこは一度置いておこう。


「面白くない理由だが──それは、ゲームだから、じゃあない。共有できないから、だと思う。例えばパワプロで一年ペナントレースをやったとして──それを人と話して共有できるか?」

「うん?」

「それぞれがペナントレースをプレイしたら、それぞれの結果があるだろう。あっちでは優勝したチームが、こっちでは優勝してない。試合の結果だって違う。それを共有して楽しめるだろうか?」

「うーん……結果が二倍で苦労も二倍だね?」

「個人で楽しめはしても、何人もが楽しむことはできないだろう。──リアルのプロ野球が盛り上がるのは、楽しいのは、過程や結果を何万人もの観戦者と共有できるからだと思う。同じものを見ているわけだからな」

「そうだね。実況板とか、まさにそんな感じ」


 実況板はともかく、テレビを囲んでの会話や、職場での話題なんかはそんなものだろう。

 ──自分はしたことはないが。


「うーんと、それじゃあ、ゲームを観戦して、それを何か共有する機能? シェアボタンみたいな?」

「いや、大本から考えを変えよう。個人向けのゲームは作らない。試合結果を共有して観戦する……つまり」


 俺はたっぷり数秒はもったいぶってから言った。


「オンライン──ソーシャルゲーム──そういう言い方が正しいのか、わからないけれど。俺たちが作るのは、大多数のプレイヤーが一つの試合を観戦して、楽しむゲームなんだ!」


「な──なるほど?」


 おや。思ったより反応が薄いな。そこはもっとこう、盛り上がると思ったんだが。


「ええと──どういう感じになるのか、想定している? こんな感じで遊びますよ、って」

「もちろんだ」


 俺は答える。


「決まった時間になると、ゲーム側で試合が始まる。プレイヤーはあらかじめ、もしくは途中からでも参加して、それを観戦する。盛り上がる。──以上だ」


 見逃した人向けに録画があってもいいかもしれないな、うん。


「それって──なんか、テレビの野球放送みたいな」

「そうだぞ」

「ふぇっ?」

「そうだな。はっきり言ってしまえば、野球放送をするんだ」


 従姉もだいぶイメージがつかめてきたんじゃないか?


「ええ、でも……」

「いいか、ツグ姉。3Dでリアルで操作も楽しい野球ゲームが作れたとする。それで並み居るパワプロや既存の野球ゲームと、勝負になるのか?」

「う……」


 ならないだろう。開発の規模が違う。相手は企業、こっちは二人だ。

 正攻法で挑んだって、勝てるわけがない。


「だとすれば勝負する相手を変えるしかない。俺たちが挑むのは──プロ野球。プロ野球のテレビ放送と張り合う」

「そ、そっちこそ、勝負にならないんじゃ……」

「全試合いつでも無料で見られる、としたら?」


 プロ野球の試合は、全チーム全試合が地上波で放送されていない。

 好きなチームを見たい、と思ったら、BSやCS、、ケーブルテレビ、ネット上のサービスなど追加の契約が必要だ。

 そこは、隙だろう。

 そこには、勝てる。

 ユーザーをむしりとるチャンスがある。


「いまやテレビにかじりついている人口より、ネットにはりついている人口のほうがはるかに──たぶん──多い時代だ。ネットで全試合無料で見られる。これは大きな武器になる。セ・パ両リーグに興味がもてない俺たちでも、新しく始まるものになら、興味が持てる」

「新しく? ……どういうこと?」

「新しく始めるんだ。既存リーグをゲーム化しても、結果が二つになるだけで混乱するだろう」


 だいたい、既存のリーグのデータならさんざん他のゲームがやっている。


「言い換えれば、ツグ姉。俺たちはゲームを作る。それと同時に──新リーグの運営もするんだ」

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