幼馴染と野球と

「ところで──」


 各々ドリンクバーを確保し、フライドポテトをつまんで一息ついたところで、俺は口を開いた。


「ニシン、お前、本当に試合出ていたのか?」

「出てたよ! いたでしょ、バリバリいたでしょ!」

「いたのかもしれないが──正直、遠くからだと全員同じユニフォームだし、誰が誰だか分からない」

「オペラグラスとかぁー! 持ってきなさいよー!」

「あはは……」


 ニシンが小さな腕を振り回してじたばたし、カナは苦笑いした。


「ユウくん、外野席にいたもんね。さすがにあそこからじゃ、人の区別はつかないかな?」

「あ、ああ……よく分かったな」

「うん。ニシ──サトミちゃんが手を振ってたから」

「なっ、ふ、振ってないし! そんなことしてないし! ていうかニシンって言うなっ!」

「ああ、アレか。ならセカンドにいたのがお前か」

「ぐっ……そ、そうだけど……」


 なんか、ぴょんぴょん飛び跳ねてるヤツがいるなあ、とは思っていたのだが。

 しかしセカンドからでも外野席は遠いだろう。観客はまばらだったのに、よく見つけられるものだ。俺の幼馴染は視力もいいらしい――いや幼馴染の片方は眼鏡なんだが。


「ところで、今日は何の試合だったんだ? 甲子園か?」

「ここは兵庫じゃないよ、ユウくん……」

「女子は甲子園、ないしねー。春夏と大会があって、同じ兵庫だけど、甲子園じゃないし」

「そうなのか……」


 あったのか、女子の大会。

 というか、甲子園って兵庫県にあるのか。大阪だと思ってたな。


「じゃあ大会の予選か」

「予選も本選も終わったっつーの!」

「昔は連盟の加盟校なら、すぐに本選からスタートだったんだけど。女子硬式野球の参加校が増えてきて、一部の地域だけ予選が必要になって……今年は予選の準決勝で負けちゃった。勝てば本選だったんだけど」

「そうか……」


 連盟とか加盟とかよくわからんが、とにかく予選落ちだったのか。


「残念だったな」

「へいへい、知らなかったくせに」


 ニシンがフグのように膨れる。


「あはは……そんなわけで、今日は練習試合だったの。いろいろタイミングよく球場を借りれただけで、公式戦じゃないんだ」

「球場といえば、あそこ、前はただの市民球場って名前じゃなかったか? なんか変な名前になっていたんだが……」

「ああ、ヨヨスタね、ヨヨスタ!」

「去年、ネーミングライツ──ほら、宣伝のために球場の命名権を売る仕組み。あれで変わったんだって」


 なるほど、ネーミングライツか。そういえば公衆トイレの命名権の販売とかで話題になったこともあったような──そういう制度か。


「でさ!」

「ん?」


 ニシンが身を乗り出してくる。


「ユウ、また野球する気になったの?」


 目をきらきらさせて。


「そのために、見に来たんでしょ?」


 ◇ ◇ ◇


 俺とカナとニシン。この幼馴染の集まりは、少年野球のチームが始まりだ。いわゆるリトルリーグというやつ。


 そう、「また」なのだ。実は俺は少年野球をやっていたことがある。


 ──小学一年生の頃、三ヶ月ぐらいだが。


 きっかけは野球マンガに影響されて。

 小学生のピュアだった俺は、魔球が投げたくて少年野球チームに入ることになった。

 そしてカナとニシンと知り合い、意気投合して──やめた。


 ヘタクソすぎてついていけずに、やめることにしたのだ。


 ◇ ◇ ◇


 なので。


「違うぞ」


 とキッパリハッキリ即答してやった。


「ええー……いいじゃんか、やろうよ。またコンビ組もうよ!」


 組もうも何も、組んでた時期は三ヶ月しかないわけだが。


「そうだよ、やろうよ。ユウくんが部にくれば盛り上がるよ」

「女子チームに俺が入ったらいろんな意味で盛り上がるだろうな」


 女装するとかか、俺が。


「それなら、カナがマネージャーとしてでなく選手として参加したほうが盛り上がるだろう?」

「あはは……私はへたくそだから」


 カナが眼鏡の奥で困った顔をして笑う。

 まあ、確かにある意味へたくそなんだが……マネージャーをするほどではないだろう。


「そんなことないってー。この際カナとユウと、一緒にやろうぜー! 簡単だって、ね!」

「やらん、やらん。お前と一緒にするな」


 対して、ニシンは自信満々だ。すごい才能の持ち主だと、カナからも聞いている。


 その名もグラウンドの守護神。どんなポジションでもそつなくこなす器用さから、逆に固定されたポジションがなく、その日その日で足りないところを守らされるのだとか。それでいて驚異の失策率ゼロだという。……確かに、今日見たセカンドの守備はすごかった。


 三か月で少年野球チームをやめて、それからほとんど二人の野球を見に行っていないから、詳細に知っているわけではないのだが。


「それじゃあ、何で来たのさ? 試合の予定は毎回カナが送ってるでしょ? それなのに、全然来なかったくせにさ」


 送られている。カナからのLINEはほとんど二人の試合スケジュールのみで埋め尽くされている。

 が、見に行ったのは──たぶん初めてだな。学校での練習の様子とかは、たまに見ているのだが。


「ああ、実は──」


 アイディア出しは行き詰っている。いい機会だし、二人にも考えさせてしまおうと思って、俺は事情を説明した。ゲームを作ろうとしていること、けれど新しいアイディアが出てこないことを──開発者が従姉だということは伏せて──そもそも従姉がいることを二人は知らないし──説明した。


「野球ゲーム?」

「そうだ」


 ニシンは、首をかしげた。


「本物の野球すればいいじゃん? 外で」


 ……誰もがそうできたら、野球ゲームなんて生まれるわけないと思うんだが。



 ◇ ◇ ◇



「えー、野球すればいいじゃん」


 ニシンはしつこく主張した。


「ニシンはパワプロ、ドへたくそだものな」


 一度対戦してボッコボコにした結果、二度とやらないと半泣きで言われた。

 ちなみにその時、カナにも完勝した。

 だが俺はコンピュータにもオンライン対戦にも勝てない。


 つまりこの場にいる誰もが、野球ゲームドへたくそ人間である。


「ふーんだ。本物の野球ができれば、ゲームなんていらないし! そもそも、一人とか二人で野球するのなんてもったいないよ。みんなそろってやるのがいいんじゃん!」

「十八人いなくても遊べるんだと考えれば、ゲームの価値はあるだろう」


 だいたい、十八人のスケジュールの都合に、場所の都合にと、試合して遊ぼうと思ったら相当ハードル高いんじゃないのか、リアルの野球。

 それがなんとかなっているのだから、人気スポーツというか――


 ──待てよ、十八人。


「……十八人でプレイする野球ゲームだったらどうだ?」

「コントローラーたくさん買わないとじゃん。お金かかりそう」

「ニシンばあさんや。最近はインターネットを使ったオンライン対戦というものがあってだな」


 確か、そう、サッカーには同じ感じのゲームがあった気がする。二十二人でプレイするやつだ。

 それに比べたら十八人ぐらい……。


「──いや、だめか」


 そもそもだが──オンラインでも十八人の都合をつけるのは難しい。

 それに、常に動き回るサッカーと違って、野球じゃ打順が回ってくるまで人のプレイをずっと待っていないといけないし、守備も出番があるとは限らない。暇すぎるだろう。


 ……いや、それはリアルでも同じだな。おや? 実は野球って暇なんじゃないか?


「ニシン、カナ。お前たちは打順を待っている間とか、暇じゃないのか?」

「そんなことないって! 応援したりしてるし。相手の投手や守備の調子とか見てないと、隙を見逃しちゃうし、暇だなんて思ったことないよ。いつだって真剣勝負さ!」

「そうだね。私も暇と思ったことはないかな。マネージャーはスコアブックもつけないとだし」

「そういうものなのか」


 意外とやることはあるんだな。

 しかし……ゲームをプレイする側にそこまでの真剣さを求めるのは酷だろう。

 リアルだからこそ、その真剣さが維持されるのだろうし。


「それにね、ユウくん。人がプレーしているところを見るのは楽しいんだよ? 自分じゃとてもできないようなすごいプレーが見れたりするから」

「わかるわかる。見るのも練習のウチだしねー!」

「テレビで見るのも、か?」

「そりゃもう! プロのプレーが地上波で見れるなんて、お買い得だね!」


 買ってないだろう。


 しかし、今の話はなんとなく分かる。でなければ俺だって甲子園を観戦したりしないはずだ。


「ねー、ユウも四の五の言わずに野球やろうよ! ゲーム作るよりよっぽど楽しいよ!」


 できるやつはな。──いや、それは僻みすぎか。


「俺がゲームを作ったら、ニシンはやるか?」

「ええー……。野球やる方が好きだから、やらない。……ゲームは難しいし」

「私は……うーん、見るだけなら、かな」

「そうか……」


 プロ野球の選手でもパワプロはする、と聞いたことはある。

 が、リアル野球派はだいたいこんなものなのだろう。それはそうだ。パワプロが上手くなる時間があったら、リアルで上手くなりたいよな。


 かと言ってニシンができるぐらい簡単なゲームにしたら──たぶん、つまらないだろう。簡単すぎて。


「ありがとう。参考になったよ」


 結局──


 すばらしいアイディアが沸いてくるわけではなかった。

 しばらく二人の近況を聞いて盛り上がり、会計を済ませてファミレスを出る。


「じゃーなー! ユウー! キャッチボールでもいいから、今度やろうなー!」

「試合、また連絡するから、見にきてね」

「ああ、わかったわかった」


 二人とはファミレスの前で別れる。手を振るニシンに振り返してやる。


「絶対だぞ、見に来いよー!」

「ああ、わかった、わかった」


 わかったから。通行人が険しい目で見てくるから。


「見には行こう」


 観戦は、楽しくないわけではなかった。


 どのポジションがニシンか分からなかったから、特定の選手に注目していたわけではないが、少なくとも自分の高校のチームを応援することはできた。次はあらかじめポジションを聞いておけば、より楽しめるだろう。


 ──うん?


「観戦……」

「あ? ユウ、どうかしたー?」

「野球観戦は……楽しいか?」


 ニシンとカナは顔を見合わせる。


「楽しいよ? プレーの参考になる」

「私も楽しい。すごいプレーが見れるから」


 そうだな。俺も楽しかった。


 つまり、そういうことだ。


「ありがとうな!」

「?」


 俺は礼を言うと、頭の中の構想をまとめるべく、不思議な顔をする二人を置いて帰路を急いだ。


 そうだ、これだ。

 野球ゲームに殴りこむなら──こうするしかない!



 ◇ ◇ ◇



『同志、今日はどう?』


 その日の夜──家族が寝静まった頃。


 LINEで、昨日と同じように従姉が進捗を確認してくる。

 いつもなら『まだだ』『そ、そう』で終わる短いやり取りだが。


『待っていたぞ』


 今日は違う。


『さあ、プレゼンをはじめさせてもらおうか』

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