野球とゲームと少女たち

『ニートじゃないじゃないか』

『え?』

『いや、ニートじゃないだろう?』

『そうなの?』


 俺は従姉に、丁寧に教えてやった。


『いくら実家に住んでて、家事も手伝わず、部屋から出ることが稀な人間だとしても──アプリを作って収入を得ている人のことを、ニートとは言わないだろう』



 ◇ ◇ ◇



 従姉はアプリ開発者だった。

 スマホ用のゲームやら便利ツールを開発しては、ストアで販売している。

 聞いたことのないものばかりだったが、そこそこ収入があるという。


『収入があればニートじゃないだろう』

『でも、親は、まっとうな仕事じゃないから、やめろって……』


 なるほど。

 ITに無理解な親が、娘がやってることが理解できなくて、ニート呼ばわりしているのか。真に受ける従姉も従姉だが……根暗顔にもなろうというものだ。


『ニートじゃなくて、ただの引きこもり個人事業主だろう。胸を張っていいぞ』

『う、うん……』


 引きこもりではあっても、ニートでなければ胸を張っていいはずだ。


『えっと、それでね、同志にはわたしが作ったゲームをプレイしてほしい!』

『話の流れ的に、野球ゲームだな?』

『そう!』


 あんな話をした後に、パズルゲームとか出されても困るしな。


『ここからインストールしてもらえる?』

『わかった』


 送られてきたURLからストアに飛ぶ。タイトルは『監督すべき子供たち』か……野球ゲームというかホラーゲームのタイトルじゃないだろうか? なんか怖いな。


『どういうゲームなんだ?』

『監督になって甲子園優勝に導くゲーム!』


 どうやらよくある普通のゲームらしい。


『あんまり売れ行きがよくなくて……評価も……でも、同志になら……』

『俺になら?』

『う、ううん、やっぱりなんでもない! プレイしてみてね! それじゃ、今日は遅いから、また! 感想よろしく!』


 言い捨てて、どうやら従姉は寝たらしい。反応がなくなったので、自分もインストールを見届けて寝ることにする。

 まだまだ、夏休みは時間がある──感想が欲しいというぐらいだ、ひとつやりこんでやるとしよう。



 ◇ ◇ ◇



『まあまあだな』

『ま、まあまあ!?』


 数日後の夜。俺はあれから連絡のなかった従姉にメッセージを送った。

 すると秒も待たずにレスが返ってくる。


『早いな。いつから張り付いてたんだ』

『いや、ずっと……じゃなくて、ほら、引きこもりだから、起きてるときは常に見てるし』


 怖いな。


『それより、まあまあ、って!? 感想!?』

『そうだな。ええと……いや、思いついた順に行こう。あ、ちなみに甲子園優勝してエンディングは見た』

『おめでとうございます、遊んでいただきありがとうございます』

『とりあえず──グラフィックが怖いな?』


 怖かった。いや、普通の野球ゲームのグラフィックなのだが。



 顔が。



 顔が……楳図かずおタッチなのだ。選手である生徒たちの顔が。

 試合中の小さな3Dモデルはのっぺらぼうなのだが、会話シーンとか、カットインが入ると、恐怖新聞なのだ。

 カキーン、とホームランを打った瞬間、相手投手の顔が漂流教室する。


『ああー……ええーと……ぐ、グラフィッカーさんにね? タイトルだけ伝えて絵を発注したら、そうなって』

『だからといって、そのまま使うのか? 青春じゃなくてホラーになっているのだが』

『う、その、お金無駄にできない、から』


 大人の事情かもしれないが、だいぶ損している気がする。

 いや、ネタゲーとしてはバッチリな気もするが……。


『そうか……で、他のゲームにあまりないシステムとしては、選手が監督に意見するのがあったな。交代を告げると、まだいけます! とか反論される』

『します』

『その時の顔が、やっぱり怖い』


 まだ投げられます! と猫目小僧されてもビビるだけだ。


『ただ、その提案をどうしたかの結果によってモチベーションが上下して、能力に影響が出るのは面白かった。仲のいい選手同士でスタメンを組んだほうがいい結果になりやすいとかも』

『デュ、デュフフ』

『でも』


 でもだ。


『これだったら普通の人は、パワプロの栄冠ナインやればいいかな、と思うだろう』

『う……』


 そうなのだ。

 プレイヤーは監督。試合中の選手操作はできず、指示を出すだけ。それで甲子園を目指す。

 これって「実況パワフルプロ野球」の栄冠ナインモードそのものなのだ。


『違いはある。三年目まで行ったらおしまいなとことか、選手が固有なところとか、さっき言った意見システムとか。ライバル校と当たると相手選手とのドラマが発生するところとか、そういうストーリー的なやつがあるところとか』


 野球漫画が再現したかったんだろうなあ、という感じがする。


『でも全体的な出来はやっぱりパワプロのほうがいいだろう。無限に遊べるし、格が違う』


 栄冠ナインは三年どころか三桁年遊び続ける人もいるぐらいだし。


『そ、そうかあ……同志でもそう思うかぁ……』


 へこんでいるが、結論を急がないでほしい。


『いや。俺は面白かった』

『へっ?』

『俺は栄冠ナインより面白かった。普通の人なら栄冠ナインだろうけど』


 自分の感性があまり一般的でないことは承知している。


『ほ、ほんt』

『ダメなとこもいっぱいあるが。売れなかったのも分かる』

『アッハイ』

『それでも一年からがんばってきたコガラシくんが大エースとして成長してライバルを抑えた時は感動したぞ』

『そ、そう!?』

『一周目はな。二周目は同じ話だし』

『ボリューム不足でスイマセン』


 それから数十分、俺は従姉を持ち上げては落とし、落としては放り投げ、叩き落しては蹴り上げた。


『──というところだな、感想は』

『ありがとう……もう涙も枯れたよ』


 泣いていたのか。


『でも──これで、気持ちは固まったよ』

『ん?』

『同志――ユウくん!』


 そして従姉は、突拍子もないことを言った。


『わたしと、野球ゲームを作ろう!』



 ◇ ◇ ◇



『一緒に野球ゲームを作ろう、ユウくん!』



『なぜだろう。ツグ姉にその呼ばれ方をすると――こう……イライラというか複雑な気分が……』

『アッハイ……ええと、同志?』

『とりあえずそれで』


 しかし、唐突な話だ。


『作ろうといわれても、俺はプログラムとかできないんだが。絵もへたくそだぞ』

『そういうんじゃなくて……アイディアを一緒に出して欲しいんだよね』

『アイディアを?』

『コレを売り出した後、なんかうまく行かなくて。スランプっていうか、何も作れてなくて……一年ぐらい収入がないんだよ』

『ニートじゃないか』


 引きこもり開発者、やっぱり引きこもりニートだった。


『うう。とにかく、せっかく見つけた同志だから、もう一度野球ゲームが作りたいな、って』

『野球ゲームなんて世の中にいろいろあるだろうに』

『あるけど、自分の作ったものを人が遊ぶのに、意義があるんだよ!』


 そういうものだろうか。


『あと、世に出ているゲームは難しくて、わたしは勝てないし』

『わかる』


 俺もパワプロ、勝てないしな。コンピュータにすら最大に手加減してもらわないと負ける。


『それになんか違う気がするんだよ。遊んでてモヤモヤするの。……わたしは、わたしが楽しめる野球ゲームが作りたい!』


 ──なるほど。


『その結果が、楳図かずお甲子園』

『うう……その時は、コレでいいと思ったんだよ!』


 思ったのか。あの画風でいいと。


『でも──同志にいろいろ指摘されて、ああ、やっぱり何か違ったんだなって。これよりもっと、楽しめるものがあるんじゃないかなって、そう思ったから。だから、作ろうよ! 本当に、口を出すだけでいいから!』

『ふむ……』

『ちょっとだけでいいから! なんなら、アドバイザー料として、いくらかお支払するし……』

『──いや、口を出すだけでお金をもらう気はない』


 それはなんか、ズルいだろう。結局売れなくても俺はすでにお金をもらっているから関係ない、とか、無責任が過ぎる。

 なので、俺は男らしく言った。


『わかった、やろう。ただし、開発費は折半で──その代わり、儲かったら山分けで頼む』


 そう。


 軽い気持ちでは決してなかったが、あまり考えもせず──そう言ったのだった。

 この言葉の重さがわかるのはまだ、ずっと先のことだが──



 ◇ ◇ ◇



 従姉にやろう、と言った。

 それから二週間──俺は何もできていなかった。


 いや、違うのだ。サボってはいない。男の子なら誰だって一度は、自作のゲームを考えたりするものだ。

 今がその時だ、と気合を入れて、こう、特殊能力とかを考えてリストアップして──


 一晩明けて、リストを見て思う。

 これってパワプロじゃないか? と。


 いくつか違うシステムを考えて──でも、それならパワプロがあるだろう? と。

 従姉は被りやパクりは気にせずにアイディアを出してくれ、とは言ったが──


 気になるに決まっている。


 せっかくできたモノがパワプロのパクリとか劣化とか言われたら、イヤだろう。


「……ああ、同じことを言ったな」


 言った。従姉に「栄冠ナインでよくないか?」と。

 ──やはり、イヤな気分だっただろうか。


 バツの悪い気持ちになって、ベッドから身を起こす。

 今日は行くところがあった。夏休みも最終週、まだ暑いこの日中にではあるが、行き詰まりを打開するためにも、今日の外出はマストだった。


 約束もしたし。


 LINEに送られてきた予定を確認しなおして、俺はマンションから出て行った。



 ◇ ◇ ◇



「ああ、涼しいな。もう出たくないな」


 炎天下からクーラーの効いたファミレスへと移動すれば、誰だってそう思うだろう。


「ユウくん、もうそれ三度目だよ」

「すごく大事なことだから仕方ないだろう」


 向かいに座った女子が口うるさく言う。夏休みだというのに制服だ。


「あたしもユウに賛成。もう出たくないぜぇー」


 で、その隣に座った女子が、机に突っ伏して言う。こちらも制服だ。


「話が分かるじゃないか、ニシン」

「ニシンじゃないッ! サトミだっつってんでしょが!」

「やめろ殴るな、やめろ。それと騒ぐな、周りが見てる」


 特に男たちの刺すような視線が俺にだけ注がれる。

 違う。違うのだ。そういうのではない。そういうのでは。この二人はただの幼馴染なのだ。


 長い髪をお下げにした眼鏡っ娘が、カナ。

 ショートツインテールの元気娘が、ニシンだ。魚類ではない。いちおう人類だ。

 並ぶとかなり落差のある凸凹コンビである。カナは俺より背が高いし、ニシンは俺より背が低い。


「それにしても、本当に来てくれたんだね。これまでいくら誘っても外部の試合は来てくれなかったのに」

「そうそう、それそれ! なんでユウが試合見に来たの? てゆーか、カナも言ってよー」

「本当に来るとは思わなかったから……だって、いつもは『日に当たりたくない』とか言うし、今日は晴れてるし……いつも『気が向いたらな』って返事だから……」


 気が向いたことはほとんどなかった。ニート候補生らしく、気力に欠けた毎日を過ごしていたので。

 だが、今日は事情が違う。


「いい機会だと思ってな」

「なにそれ~」


 今日、俺が出向いたのは市内にある球場だ。野球のスタジアムといえばかっこいいが、そこまでイカしてない。想像してたよりは広かったが、いかにも市民球場という感じの場所だ。


 ゲームのアイディアを出すと言って、二週間。


 何も進捗もない俺は、とにかくリアルな刺激を受けてみようと思い立ち、野球を観戦しようと考えた。

 が、プロ野球を見ようと思ったら、お金がかかる。やってる球場も遠いから、交通費もかさむ。

 いちおうチケットを取ろうかと考えもしたが──それよりは多少は興味があるほうを見に行くことにした。


 カナとニシン。俺と同学年の幼馴染は──野球をしている。


 ソフトボールではなく、軟式でもなく。

 硬式の野球を、高校でやっていた。

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