プニキとはじめるリーグ運営 ~野球ゲーム?作って運営します~

ブーブママ

試作編

アウェイなホームと子供たち

『混雑のためサーバにアクセスすることができません』


 画面に表示されるメッセージに。


「よっしゃあああああああ!」

「いやあああああああぁぁ──!」


 歓声と悲鳴が上がる。


 物語の始まりは、去年の夏。


 夏の暑さとは無縁の冷房のよく効いた部屋で。

 甲子園の白球をテレビごしにぼんやりと眺める。


 そんな、二人から始まった。


 ◇ ◇ ◇


 俺の名前は大鳥ユウ。高校二年生だ。特技は特にない。たぶん将来はニートだろう。


 そんなニート候補生を抱える両親は黒い服を着て、向かいに座ってこちらも黒い服を着た親戚の叔父叔母と、ぽつりぽつりと何かを話している。何か――というか、聞こえてはいるのだが、何度も聞いた話を繰り返しているので、意識を傾ける気になれないのだ。


 つまり――暇だ。


 暇ならこのリビングから出て行けばいいのだが、それを許される空気ではない。

 特に発言を求められるわけでもなく、ただ座っていないといけない。机と椅子を使う大人と違って、ソファに離れて座っているのだけが救いではある。


 が、暇だった。暇すぎる。


 さすがに暇なので、俺はテレビをつけた。

 大人は──何も言ってこない。おそらく、そうしてくれている方が『マシ』だと思ったのだろう。


 夏休みの昼は、つまらない番組しかやっていなかった。ワイドショーとか昼ドラとか、高校生に見せてどうするんだ。

 げんなりしながらチャンネルを移動して──Eテレで止める。


 白球が飛んでいた。


「甲子園か」


 ふと、父親がつぶやいて──母親に脇をつつかれて咳払いをした。そして、大人はまた別の話を始める。


 テレビに映ったのは甲子園──野球だった。

 少なくとも他の番組よりはいい。これを見ていれば、大人たちを気にすることもない。話が終わるまで耐えていられる。


 そう思って画面を眺めていると──


 スマホが震えた。大人たちを見る。こちらはもう見ていない。

 LINEの着信だ。知らない──いやついさっき知った連絡先だ。


『野球好きなの?』


 送り主は──向かいに座っている女。

 俺の従姉にあたる根暗女だ。いや根暗かどうかは知らないのだが……これまで従姉が存在することも知らなかったし。つまり初対面だ。初対面だが、子供同士の連絡先の交換を親に強制させられたにも関わらず、名乗ってさえいないというのは根暗でいいだろう。

 この中で誰よりも背が高いのに、猫背で縮こまっているし。


『まあまあだな』


 いや、俺もしゃべってないな。はっはっは。LINEで返信してしまった。


『地元のチームじゃないみたいだけど?』


 甲子園で戦っているのは、まるで知らない地方の高校だった。


『別に応援しているチームがあるわけじゃない』

『地元は?』

『勝ってるのやら負けてるのやら』


 ふと気配を感じて、チラッ──と従姉の顔を見ると、口をひん曲げていた。

 ……どういう顔だろう? 不満なのか不満なのか笑っているのか……。


『私も同じ』


 不満ではないらしい。大きな眼鏡の奥で、目が──たぶん笑っていた。


『野球は好き?』

『まあまあだな』

『でも地元の勝敗は知らない』

『興味がないというか、どうでもいいな……関わりがあるわけでもないし』


 しつこく従姉は訊いてくる。


『プロ野球は? 好きな球団は? 応援してる選手は?』


 ……もしかして笑ってるんじゃなくて、怒っているんじゃないだろうか?


 困った。もし熱狂的な野球ファンだったら、ここの回答は死を意味するかもしれない。

 もし従姉の応援する球団と異なったら――あの上背からどんな威力のパンチが飛び出してくるのだろうか?


 どうする? 球団は12もある。11/12の確率で怒りを買うかもしれない。1/12を引き当てられるだろうか?

 ――いや、俺は運はないほうだ。ここは、せめて正直に答えよう。


『どれも、ない』


 すると、一瞬で返信があった。




『わしも!!!!!』




「ぶふッ」


 俺は鼻水を噴いた。



 ◇ ◇ ◇



「くっくっく、はははっ、ふぐっ、はははは……!」

「い、いい加減笑うのやめてよ」


 なんとか笑いを収めようとしているなか、初めて従姉の声を聞いた。

 ハスキー? しゃがれ声? ひび割れ声? 高くはない声だ。


「あと、その……手、離してよ」


 あの誤字──『わしも』に噴き出した俺は、怪訝な目を向けてくる双方の両親に部屋へ行くと告げて、この従姉の腕をひっぱって自室にやってきていたのだった。

 何か話が盛り上がって、意気投合した。そういう感じの雰囲気で。いや出せてたかどうかはわからないが、そういう気持ちで逃げてきた。


「だから、手を……」

「ああ、悪かった」


 手を離すと、従姉は目をごしごしとぬぐった。……少し強引だったかもしれない。


「適当に座ってくれ。……お互い、リビングは気まずかっただろう? ここの方がいいんじゃないか?」

「座るけど……」


 従姉は唇を尖らせる。

 

「わたしの方が年上なんだよ?」

「わし」

「うう……あれは誤字で……うう」


 従姉は座る場所を探して──結局、ベッドに腰掛けた。俺は自分の椅子に座る。

 なんだかんだ言って、従姉もリビングは窮屈だったのだろう。表情がいくぶん和らいで、『根暗女』というイメージは少し晴れた。


「さて、それで?」

「……な、なに?」


 従姉は所在無さげに、髪をいじる。肩まで伸ばした髪は、よく見たらちょっとボサボサだ。


「いや、なんで野球が好きかどうか聞いてきたんだ?」

「それは……」


 しかし――背が高いな。

 俺は男子の平均より低いのだが、従姉は男子の平均より高いだろう。大女といって差し支えない。俺のベッドに寝たらはみ出そうだし、ケツ圧でベッドが軋んでいる。


「地元の試合でもないのに甲子園見始めるから、好きなのかなって。でも野球やってそうにもないし、どっちを応援してるとかもなさそうだったし──だから」


 従姉は分厚い眼鏡の底から、びくびくとしながらこちらを見た。


「同じ、なのかなあ、と」

「同じ?」


 従姉は頷く。


 同じ。同じか。そうなのだろうか? ……わからない。自分でも特殊なほうだと思うのだが。

 だが、確認するぐらいはいいだろう。これまで会ったことはないし、また会うかどうかもわからない関係だし。


「それは……野球は好きでも──野球チームには興味がない、ということでいいのか?」

「そう、それ!」


 従姉はガクガクと頷く。眼鏡がズレる。


「あと、それ!」

「──漫画?」


 従姉の指した先には、古本屋で買った漫画の収まった本棚があった。


「キャプテン! 名作!」

「ああ、名作だ。キャプテンと言えば谷口さんしかいない」

「タッチ! ドカベン! どりーむす! おおふり! めいぷる!」


 従姉はタイトルを次々とあげ──


「こんなに野球漫画が好きでも──今年のプロ野球の優勝チームは知らない」

「馬鹿にするな──って、あれ、知らないな……」


 広島だっけ? それは去年だったか? すごい大騒ぎだったような──


「……まだ優勝決まってなかったね」

「そうだったか」


 そういえばプロ野球で優勝がどうこうというのは、秋ごろだったはずだ。今は甲子園だ。夏だ。


「とにかく! そして、あれ!」


 テレビ台の下に収まっているゲームソフト。


「パワプロ!」

「ああ」

「サクセスしかしてないでしょ?」

「そうだな」


 あれは、オリジナル選手を作るためのゲームだ。俺にとっては。……それに。


「対戦する友達もいないし」

「あ……うん」

「オンライン対戦行ったらフルボッコされるぐらい、ド下手糞だからな」

「うん……同じ」


 従姉よ、お前もか。


「なるほど。気持ち悪いぐらい野球に関するスタンスが同じなんだな」

「き、きもちわるいて……」

「ああ、悪い、別にイヤじゃない。むしろ同志を見つけた気分だ」


 こんなに身近に分かり合えそうな人間がいたとは思わなかった。

 ……いや、従姉が住んでる場所はだいぶ遠いんだが。


「同志……そうだね」


 従姉はウンウン、と頷く。

 俺は言葉を続けた。


「野球漫画も、ゲームも、甲子園観戦も好き。が、プロ野球のことは知らない。つまり──野球というゲームとドラマは好きだが、リアルには興味がない。そういう同志だな」

「そう、そうなんだよ」


 従姉はこぶしを握る。目が輝く。


「さがっ、探してた。これで、わた──」


「ツグ? そろそろお暇するわよ!?」


 扉の外から──叔母の声がかかる。冷たく、急かすような、有無を言わさない声。

 とたん、従姉の顔が曇った。最初に挨拶した時のように。


「あ──はい」


 根暗女にもどり、背中を丸めて、従姉は外に出て行く。──けれど。


「また後で」


 少しだけ振り返ってこちらを見た従姉の目は、輝いたままだった。



 ◇ ◇ ◇



『これは誰にも言わないで欲しいんだけど』


 従姉はLINEでそうメッセージを送ってきた。


『わたしさ』

『ああ』

『引きこもりのニートなんだよね』

『知ってた』


 ………。


『えええええええ!? 誰から聞いたの!?』

『いや聞いてないが、今、言われて納得した』


 そんなオーラしていたしな。


『するんだ……納得……』


 従姉は、それはそれは辛気臭いスタンプを貼るのだった。


 ◇ ◇ ◇


 従姉から連絡があったのは次の日の夜だった。

 自室でパソコンをいじっている時に急に連絡されたものだから、一瞬、誰だ? と考えてしまったが。


『家族とうまくいってなさそうだったからな。会話もなかったし』

『そう見えた? うん、まあ、そうだけど……』


 見えた。ともかく、そういう事情ならだいたい説明がつく。


『軽蔑した?』

『いや、別に』


 お互い様だろう。


『軽蔑も何も、ニートは俺の進路候補の一つだ。先輩、よろしく』

『候補って……だ、だめだよ?』

『だめもなにも、成績の奮わない高二男子としては、ありうる進路の一つだろう』

『わ、わたしは大学行ったよ? 卒業もしたよ?』

『なるほど、大学に行けてもニートにはなる、と』

『うぐぐ……』


 実際、将来をどうしたいのか自分でもさっぱりわからないのだ。

 高校受験で燃え尽きたというか……このまま勉強してて何があるのかというか、目的が分からなくなった。ズルズルと成績も下がり、友人もいない。

 あるある。高卒ニートになる確率、大いにある。


『それで何の用だ、同志ツグよ』

『わたしのほうが年上だよ? お姉ちゃんだよ?』

『じゃあ、ツグ姉よ。何の用だ』

『そういうんじゃなくて、もっとこう……もういいや』


 何だっていうんだ。あきらめたようだから聞かないが。


『野球の話をしよう!』


 従姉はパッと話題を切り替えた。どうやら帰り際の語りでは足りなかったらしい。


『いいけど──何を話すんだ? 野球漫画の感想とか? だいたい、よかった、の一言で終わってしまいそうな気がするぞ、コミュ障の語彙能力だと』

『それもいいけど、ちがくて』

『プロ野球なら見てないから話題にはついていけないし』

『──どうして見ないの?』


 どうやら従姉は、俺のスタンスをもう一度確認したいらしい。

 特に隠すことでもないので、俺は粛々と説明を始めた。


『見たくないわけじゃない。なんだかんだで、見れば面白いしな。でもそこまで野球キチじゃないから、他に娯楽はいくらでもあるというか……』


 ネットサーフィンとゲーム、アニメ、漫画ぐらいだが。


『野球中継は、気軽に見る分には、楽しめない?』

『という気がする。個人的なことなんだが……』

『聞かせて』


 従姉はずいぶんと踏み込んでくる。


『敷居が高い感じがするんだ』

『楽しむまでの?』

『そう。まず第一の原因は、人の顔を覚えるのが苦手ってことがあるんだろう』


 親しい人間なら別だが、どうもテレビ越しの人間の顔は覚えられない。俳優の名前もさっぱりで、ドラマの役名で言われたほうがまだ分かるほうだ。なんならニュースキャスターも、どこ局の何時の人、という覚え方をしているぐらい。


『とにかく選手が覚えられない。ひいきのチームがないってのもあるかもしれないが、とにかく分からん。その場その場ではなんとか区別つくが、どういう選手なのか記憶できないというか』

『たくさんいるもんね。しかも12球団』

『どのぐらいすごい選手なのか、というのも分からない。この選手すごいな、と思って実況板行くと、ボロクソに言われてたりするし』


 あとは、あだ名で書かれてたりするから、誰のことかさっぱりなんだ。独特の略語とか。

 『エビッた』とか『湯だった』とか、なんの話なんだ。料理か?


『……まあ、今から覚えるには大変すぎる、という感じがして、なかなか』


 覚えればいい話ではあるのだが、どうもそこまでの労力を割けない。

 新参者が入っていきづらい感じ……でいいのだろうか? たぶんそうだと思う。


『次に、そもそもテレビを見ないんだ。電波が入るのはリビングにしかないし』

『わたしは専用のテレビあるよ、部屋に』

『この引きこもりめ』


 まあ、部屋にテレビがあっても見ない気はする。


『CMは入るし、かと思えば途中で終わるし。やってるのは一部の球団で、かと言ってケーブルテレビやBSを契約してまで他の球団を見たいかと言われるとな……それならアニメかゲームしてるな』

『そうだね……』


 ひいきの球団もないのにおかしな話だが、全部見れないとなると、それはそれで不満に感じるものだ。


『でも野球は好きだな。たぶん、スポーツの中では一番』


 他のスポーツにはもっと興味がない。運動神経についても早くに諦めがついたし。


『それで』


 大方の理由を話し終えて、俺はツグ姉に質問を返した。


『ツグ姉は俺の野球観を聞いてどうだ?』

『気持ち悪いぐらい同じだなって』

『気持ち悪い言うな』


 気持ちは分からなくもないが。


『でもよりいっそう、同志だという気持ちを確かにしたよ!』

『そうか』


 それはよかった。


『そんな同志に、相談したいことがあるんだけど……』

『大卒ニート先輩が、高卒ニート候補生に?』

『うう……』

『泣くな』

『泣いてないし』


 泣いてないならいいか。


『ともかく、相談したいことがあって!』

『ああ』

『えーと』

『はよ』

『うう……』


 それからしばらく応答がなくなって──ついに、従姉はメッセージを送った。


『わたしの作った野球ゲームの、感想が欲しい──』

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