アップルパイ

 突然だった。

 会社の同僚に「美味しいとこ見つけたから、アップルパイ食べに行こ?」と誘われた。


 そこは、りんごのお菓子屋さんだった。

 りんごのジャムやりんごのジュースを始め、色々なお菓子が並んでいる。

 同僚───茜のおすすめは、毎日午後3時に焼き上がるアップルパイ。

 私たちは、3時を少し過ぎた頃にお店へ向かった。

 お店の中は人でごった返している。

 茜は、手慣れたようにアップルパイを2つ購入した。



 アップルパイは絶品だった。

 フワッサクッとした食感に、食欲をそそる見た目。私も、そのアップルパイが気に入った。


「美緒って、昔はよくお菓子配ってたよね」

 新入社員だった頃の話だった。

 早く馴染みたくて、クッキーを配ったり、チョコを配ったり、パウンドケーキを配ったり。

 色々なお菓子を手作りしては配っていた。

 自称グルメの同僚、茜と仲良くなったのも、それがきっかけだった。


「最近なにか作ってる?」

「うーん。最近は作ってないかも」

 帰る頃には疲れてしまっていてご飯を作るのもつらいのに、お菓子なんて作れない。

(あの頃は若かったなぁ)

「ねぇ、久しぶりに美緒の手作り食べたい」

 そんなことを言い出す茜。

 茜に言われると、不思議と『久しぶりに何かを作ろうかなぁ』と思えた。

「何が食べたい?」

「アップルパイかな」

「え、こんなに美味しくできないよ」

 作ったことないのに、いきなりこれを目指すのはレベルが高すぎる。そう感じた。

「いいよ♪私の今のマイブームがアップルパイってだけだから」

 けれど、彼女も引かなかった。



 翌週、生地から作るのはつらいなぁと思いながら買い物に行くと、『パイシート』があった。

 私はパイシートと、他に必要な材料を買うと、急いで作り始めた。

 今日は、夕方に茜がくる。茜も何かを作ってくるらしい。


 実際に作り終えてみると、やっぱりお菓子屋さんのようにはいかなかった。

 上の生地は膨らんだけれど、したの生地がペタッとしている気がした。

 けれど、茜に食べてもらうと、「初めてとは思えない」とほめてくれた。


 茜はチョコを持ってきた。

 何を作るか決まらず、結局一番作りなれている物を作ったらしい。

 トリュフや、生チョコ。彼女らしい、優しい甘さが口に広がった。


 久しぶりに、心が若返った気がした。

 新入社員だった頃に戻ったみたいで楽しい時間だった。

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