第6話 4
射撃によるダメージはたかが知れている。少ないチャンスで敵機を行動不能にするには、接近戦――剣などでの直接打撃が最も有効だということは、誰もが認めるところだ。だが、そのためには相手に近づかなければならない。近づくほどに迎撃される危険も高まる。それを克服するためには、相手よりも間合いの広い装備が必要だ。だが、大きな武器を用意すればするほど機体重量は増していく。戦闘を重視するほど、速度を犠牲にせざるを得ない――GDが抱える矛盾――バランスの問題。
〈エアリアルクライ〉は、それに対してアンジェラが出した一つの回答だった。
機体から分離して稼働する打撃武器。小型のGドライブを内蔵し、複雑な軌道を描いて相手の視覚から襲いかかる。
機体背面以外にGドライブを装備してはいけない、というルールはない。現に、〈107ハロウィン〉も重力子ロッドを開発、〈トリッキーブルーム〉に装備させている。
「完成度で言えばこっちの方が上ですよ。斧より激しく槍より長い攻撃。しかも重量は剣一本より軽いなんて」
浮かれた様子で、アンジェラは呟いていた。
重力子ロッドがヒントになったことは、アンジェラも否定しない。だけど、相手がうまい手を使っていたら真似をするのが勝利への近道だ。勝つためにはなりふり構っていられない。むしろ、妙な仁義を振りかざすことの方が失礼に当たる。GDレースはパイロット同士の戦いであると同時に、チーム同士の戦い――技術力の戦いでもある。
「コントロールが難しいのが唯一の欠点ですが、慧一さんなら使いこなせると信じてました」
両手をぐっ、と握ったところに通信が入った。
『班長。独り言言ってないで準備をして下さい。〈テンペスト〉が戻ってきますよ』
「はいっ」
二着に浮上した慧一がピットに入ってくる。データリンク確立。
「推進剤が片減りしています。左だけ二パック用意です。急いで送り出してトップ取ってもらいましょう!」
『了解!』
機体をハンガーにつかまらせて慧一は荒い息。栄養ドリンクを手に取るが、呼吸が乱れてストローを吸えなかった。一年分の集中力を使い果たしたような気分だ。
だが、まだレースは終わっていない。ホームストレートを複数の機体が駆け抜けるのが見えた。
『やったわね。このまま行けば入賞は確定よ』
響の声。
「まだです」
『そうね。……まだトップを取る気はある?』
ストローをくわえたまま慧一は固まった。
冷静に考える。現在トップは〈シャインビー〉。パイロットのオリビエ・レモンは、B2昇格手前で足踏みを続けている選手だ。戦って勝てないことはない、と思うが、最高速重視の機体に、この終盤で追いつくのは難しい。
だけど「ここは二着で満足します」と答えてしまったら、もう一生勝てなくなる気がした。無理でも何でも、気持ちは上を向かなければ。
「何か策はありませんか?」
『あるわよ』
響が笑うのが見えた気がした。
『エアリアルクライ以外の武装を解除。推進剤も必要最少量。機体をとことん軽くして追いかける。計算上はファイナルラップで追いつけるはずよ。射撃が出来ないから、戦闘はかなり不利になるけど』
「やります」
慧一は即答していた。
勝つ手段が残っていて、試さない理由など何もなかった。
武装一つ分の重量で、ラップタイムが二秒増えると言われている。装備を全て捨てれば、一周当たり四秒稼げる計算だ。計算の上では、最終ラップで〈シャインビー〉に追いつけるはずだった。
そうなることを誰もが願ったし、できると信じていた。届いてさえしまえば、〈エアリアルクライ〉で沈められる、と。
けれど。
「……結局、勝てなかったか」
敵は最後のピットインを残していた。
〈シャインビー〉までもが装備を解除した時点で、〈テンペスト〉の勝ちは消えた。
勝負を避けたレモンに対する、観客からのすさまじいブーイングがあったことは、特別に記しておく意味があるだろう。最終的に、慧一は二着でゴールした。
それでもスタッフは満足そうだった。何しろ、一年半ぶりの入賞なのだ。
一般戦には表彰式がない。賞金こそ出るが目録も渡されない。GD協会の事務所で領収書にサインをするだけだ。
「待って下さい。こちらにもサインを」
事務員に言われて、去りかけていた慧一は振り返った。カウンターに別の書類と小切手が乗っていた。
「テレビ局からの金一封です。たまにあるんですよ。あなた方のおかげで今日のレースはずいぶん盛り上がりましたからね」
模型屋の二人は喜んでくれたかな。そう思いながら、慧一は小切手を受け取った。
事務室を出ると、通路にニキが立っていた。
リタイヤして先に引き上げたはずなのに、ニキはまだパイロットスーツのままだった。ポケットに小切手の端が見えた。
「おめでとう……」
その一言を、慧一は意外に思っ、
「……何て言うと思わないでよねっ! あの程度の距離を追いつけないなんてだらしないわよ。ケーイチはコーナーの攻め方が甘い。もっと練習した方がいいんじゃなくて」
何で俺は説教されているんだ? こいつは何しにここにいたんだ?
思考がうまく回らない。
「一万ドルぽっちのレースじゃ本気を出す気になれないわ。……じゃねっ!」
ひたすらまくし立ててニキは、慧一の返事も待たずに走って逃げた。その後ろ姿を呆然と見送り、ふと得心がいった。
果たし状、だ。
一般戦――賞金一万ドルのレースは、決着の場にふさわしくない。次は上位のレースで。B2なら一着賞金は五万ドルから。Aランク戦なら予選突破しただけで同額もらえる。
決着をつけるのは最高の舞台に上ってから――ニキはそう言いたかったのだ。
まったくもって小憎らしい。
負け惜しみだとは思わなかった。
負けて終わることなど、何一つない。
むしろ、多くのことが始まるのだ。
そのことを、慧一はこの一年で学んだ。
落とし物を預かっている、と伝え忘れたのに気付いたのは、船に戻って、ベッドに倒れ込んでからだった。次に会ったときでいいか。そう思いながら眠りに落ちた。
夢の中で慧一は、表彰台で酒瓶を振り回していた。シャンパンをかけられたアンジェラがきゃっきゃと笑っている。それを当然のように感じながらメダルを掲げていた。正夢であれ、と願おう。
整備班は作業を軽めに済ませ、上層部に内緒でガレージで乾杯していた。
二着は悔しいが機体は上々。パイロットの得意分野に合わせて調整できれば、来期はもっと上に行ける。前祝いしても罰は当たらないさ。
事務室では徹子がお茶を淹れていた。地球から取り寄せたという超高級品だ。
「……これってさ、例のゴーストライターで?」
公式サイト自体の閲覧料は無料だが、スタッフコメント――徹子がアンジェラのふりをして更新していたページは、会員専用の有料コンテンツなのだった。その収益が意外に多かったことは響も知っていたが、まさか、地球産の嗜好品を買えるほどにまでなるとは思ってもみなかった。
「ええ。飲むからには黙認して下さい」
「現場のみんなにも分けてあげてね」
「お断りします」
徹子は音を立てて湯飲みを置いた。表情は変わっていないが、明らかに怒っている。
「ガレージにアルコールを持ち込むのは服務規程違反です」
「今日くらいいいじゃないの」
響が頬をふくらませた。整備班は秘密にしたつもりだったが、響はお見通しだった。
ふっ、と徹子が笑った。
「私が怒っているのはですね、私を誘わなかったからです」
「……あっそ」
半ば呆れつつ、響は湯飲みを持った。視線を部屋の奥に向ける。
「で、あんたは何やってるの?」
竜之介が膝を抱えていた。いじけているようにも見えるが、まさか酒盛りに誘われなかったからではないだろう。
「どいつもこいつも一山越したような顔しやがって……」
「ようなも何も、実際に一山終えたところじゃない。今年のスケジュールは全て終了。
「まだ残ってるレースがあるだろ」
「残りのレースって言うと……賞金王決定戦? あれはうちには関係ないでしょ」
言って、響はふと思いついた。
「……あなた、本気で一年目からチャンピオンと戦うつもりだったんじゃないでしょうね? だとしたら本物の馬鹿よ」
「いいや。僕は本気だった。今も本気だ」
力強く断言。
「僕はティアと戦うために火星に来たんだ。こんな半端な結果で『めでたしめでたし』なんて絶対に認めないぞ」
こいつは駄々っ子か?
響は呆れた。意気込みはわかるし目標もわかる。けれど、AランクとCランクは同じレースに出場できないというルールはどうしようもない。
なだめた方がいいのか――悩んで、徹子を見やる。徹子は素知らぬ顔でお茶をすすっている。と、竜之介がむっくりと立ち上がった。マイクをつかんで船内一斉放送スイッチをオン。
「酒飲んでないで整備しろっ! 勝負はまだ終わっちゃいないっ!」
「ちょ、オーナー!?」
「パイロットも起きろ! 事前に相手の情報をつかまないでどうする!」
「みんな疲れてるのよ! いい加減に――!」
立ち上がった響が靴を脱いで振りかぶる。竜之介は目もくれない。
ボリューム最大。
「まだファン投票レースが残っているっ!」
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