第6話 1

『特別な週末』――GD業界では、奇数月の第三週をこう呼ぶ。全ランクのレースが同時に開催されるこの週に限り、開催が金曜からの三日間となるのだ。予選の二日も含め、最高潮の盛り上がりを見せる週末だ。

〈サザンクラウド〉は、金曜日に競技場入りした。前検日は土曜日。

 スタッフがどれほどがんばろうと、慧一のランクがまだCであることは変えられない。賞金女王とは戦いたくても戦えないのだ。

 だが、その程度の理由でボルテージの下がる人間は、もう一人もいなかった。

「とにかく勝つ」

 そのために我々はいるのだ。

 金曜日。予選一日目。

 ティア・ラングレーの戦いを見る、〈サザンクラウド〉スタッフの目は、彼女を天上人でなく「近い将来の相手」と認識していた。賞金女王は危なげなく予選を突破。

 機体の調整は終わった。根本的な解決は来期を待つしかないが、現時点でのベストは尽くした。――それでも、レースでは何が起こるかわからない。

 土曜日。予選二日目。

 既に年間ランキングはほぼ決している。しかし、賞金王決定戦の出走権をかけた戦いは熾烈を極め、予選でありながら、二試合で八機が撃墜された。高ランクパイロットの戦いを見ても、〈サザンクラウド〉の面々は揺るがない。来期、あそこで暴れるのは俺たちだ。

 日曜日。

 各決勝戦に先立って、二つの一般戦が用意されていた。

 慧一が出場するのは、その二戦目だった。


「とにかく油断はしないこと。消化試合だと思ってるのは素人の観客だけよ」

『了解です』と答える声がスピーカーから聞こえた。

 上位パイロットが「今年も終わりだ」と思うのとは対照的に、Cランクパイロットは、シーズン末になると精力的になる。ここでアピールしておけば、オフシーズンに行われる移籍交渉が有利になる。より強いチームに移って、より強い機体に乗ることが、トップランカーへの近道なのだ。

 一方、成績を気にしなくて良くなったチームにとっても、この時期は重要な意味を持つ。負けてもいいレースは、実験的な装備を試すのにうってつけだ。さまざまなアイデアを試し、有効なものが見つかれば来期につながる。その結果派手に壊されたって構わない――どうせ明日から冬休みだ。

 この二つの理由から、十一月の一般戦は激戦区に様変わりする。

「注意するのは〈648オリオンアロー〉と〈130ジャックポット〉。形からは見分けづらいけど、内部フレームを換えているはずだ。動きのパターンが読めないうちは近寄らないこと。それから勝負駆けの連中は何をするか判らないから最優先で挙動をチェック」

 小言めいたアドバイスは竜之介だ。響は非難めいた表情を作ったが、竜之介を睨むに留め、マイクを握った。

「とにかくどーんと行きなさい。信じれば道は開けるわ」

『了解。リリースして下さい』

 機体が船から離れた。どこかの回線がつなぎっぱなしになっているのか『がんばれよー』という声がスピーカーに乗った。

〈テンペスト〉がGドライブに火を入れ、コースに向かうのを確認してから、響は竜之介に向き直った。

「あんたね、レース前のパイロットにごちゃごちゃ言い過ぎ。小舅みたいよ」

「パイロットの経験不足を補ってあげただけじゃないか」

「だったら他に気にする相手がいるでしょうが。648や130よりもずっと要注意なのが」

「それは言う必要ない」

 竜之介はサングラスをちょいと押し上げた。

「ライバルとは、周囲に教えてもらわなくても認識できる相手のことを言うのだ」

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