第5話 4
以前に搬入した
雪村陣営のパイロットは慧一。
対する五十嵐陣営のパイロットは、竜之介が務めることとなった。
十年前の訓練生と現役パイロットでは勝負にならないのでハンデが設定され、慧一の機体は〈リンドブルム(初期型)〉、竜之介は〈テンペスト〉を使用することになった。
フォーメーションはアロー。スタート位置は両翼の最後尾とし、パイロットは監督の指示以外の行動を取ってはいけない。この勝負はあくまでも、監督としての采配の勝負である。
開始直前に、一本勝負が三本勝負に変わった。偶然性を排除するためである。
そして。
「五十嵐、南雲組の勝ち。三対〇です」
やたらあっさりと勝負はついた。
「これでわかった?」
「ああ」
答えた雪村は、どこかすっきりした顔だった。
「……やはり、ワシは引退の頃合いだったのだな」
雪村も、かつてはパイロットだった。最終的なランクはB1。渋好みの巧手として知られていた。引退後も業界にとどまることができたのは、その実績あってのことだ。経験に裏打ちされた自信とカリスマ。そして何より闘志があった。一時は〈来島モータース〉をトップクラスのチームに押し上げた名将だったのだ。
けれど、世代は変わっていく。
今日の新型は明日の旧型。毎年変わる規定に追いつけていなかったのだと、三本勝負の間に、雪村は悟っていた。展開装甲など、今時の機体にはただの重りでしかない。
今の自分は、成功した時の経験を、後生大事に抱えていたただのジジイだ。頑固といえば聞こえはいいが、変化のない人間に進歩はない。
「風祭。去年は済まなかった。ワシがもっとしっかりしていれば、お前もいい成績が収められただろうに」
誰かが鼻をすする音。ハーレイだった。
「君らの幸運を祈るよ」
雪村は歩き出す。引き留める言葉はなかった。
それでいい、と雪村は思う。もう次の世代が動き出している。
「雪村さん」
徹子が声をかけた。わずかな間、雪村は足を止めた。
「先ほどの暴言をお詫びしておきます。それで、よろしければ再就職先の手配をさせていただきたいのですが」
「結構だ。ワシにもプライドがある。どこかの工房で装甲を磨くなどまっぴらだ」
「責任者待遇です。ご自宅に資料をお送りしておきますので、興味が沸きましたらご連絡を」
その言葉が終わる頃にはもう、老兵の姿は見えなくなっていた。
十一月になってようやく、駆動系ロック問題は解決の兆しを見せた。
「ふうん。まさかハーレイ君が解決策を考えつくとはねぇ。でもこれで一安心ね」
「当面は、だけどね」
この男にしては煮え切らない態度だな、と思いながら、響は竜之介の言葉の続きを待った。
二人は今、宇宙遊泳の最中だった。現場トップと経営トップが仲良く遊んでいるわけではない。
宇宙服を着込んだ二人を、いくつものコンテナが追い越していく。二人の背後には今日までの本拠地であった小型のドッグ船。行く手には、明日からの本拠地である大型のドッグ船。船尾の方では巨大なアームが忙しく稼働していた。
引っ越しの最中なのだ。
レンタル船を返却し、これからは自前の船で戦うことになる。もっとも帳簿の上では、この船も南雲開発から〈サザンクラウド〉への貸与品扱いだが。
「黙ってないで言いなさい。まだ問題があるんでしょ? 次のレースまでに解決しないと」
答えを待ちきれず響が促した。竜之介は驚きに身をひねる。
「わ」
姿勢を崩したせいで体が流れる。慌てて姿勢制御用のガスを噴射。どうにかコースに戻る。
「危うく行方不明になるところだった」
「私、そんなに変なことを言ったかしら?」
「いやいや。責任者の顔つきになったなぁ、って」
言われて、響は口をへの字に曲げた。悪い気はしないのだが、なんだかむずがゆい。
「やってみたら案外面白かった、ってところかしら?」
やりたいこととできることのギャップに気付いたのはいつだったか。
人を使う、トラブルを解決する、頼られる。
そういった諸々が、快感に思えたのはいつからなのだろう。響にははっきりとわからなかった。
「認めるわ。あなたは優秀な経営者よ」
本人も気付いていない才能を見出す目を竜之介は持っている、と思ったが、さすがに言えなかった。それでは、自分が才能あふれる人間だと宣言するようなものだ。顔は派手だが響はそれほど厚顔ではない。
「当然」
「謙遜ぐらいしなさい。……それで、あなたが選んだ優秀なチームが抱える懸念材料は何なのよ?」
「今のところは無いんじゃない?」
新たな「わが家」のハッチが近づいてくる。
「でもまたすぐ、別のトラブルが発生する。部品の不良かも知れないし、不測の事故かも知れない。〈テンペスト〉だってまだまだ未完成だ。レースをしているうちに、直したい箇所がどんどん出てくる。スタッフにも勉強させなきゃいけない。長期出向が必要となったら、その間の人員はどうすればいい? 追加予算は足りるのか? スポンサーのどれかが倒産するかも知れない。そういう心配はしている。当面ってのは、そういう意味」
響はすうっと先行し、ハッチに取り付いた。
「心配性。自分の目を信じなさいよ」
「あいにくはっきり見えないんで」
「じゃあ私が引っ張らないといけないわね」
響が竜之介の手をつかんだ。エアロックの中に引き込む。真空に空気が満たされたのを確認して、二人はヘルメットを脱いだ。続いて、ごわっとした宇宙服から上体を抜く。
そのタイミングを見計らったかのように、船内にサイレンが響いた。
『あ、あ、こちら船長。ただいまのサイレンは警報機の点検だ。繰り返す、警報機の点検だ。何もトラブルは発生していない。気にせず作業を続けて結構』
響が天井のスピーカーを見上げた。
今の声は、雪村前監督だ。
「再就職ってこういうこと……」
「新造船には経験豊富な船長が必要だからね。さあて、ご挨拶にいこうか」
竜之介はそう言ってから、響の背中に手を回した。途端、小気味良い平手の音が響いた。
「……宇宙服を脱ぐのを手伝おうとしただけじゃないか」
「だったらどうして、スーツのファスナーをつかむの?」
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