第4話 4
模型屋の店員はよくしゃべった。おかげで慧一は、二人が実際には姉弟ではなく、偶然姓が同じであることをすぐに知った。店長の姓は店名と同じなのに、彼だけ名札を付けていないため、家族経営だと間違われることが多いのだとか。
「あぁー。でも良かった。このバイトやってて、ようやくおいしい目を見た」
おろしたてのプラ板――慧一のサイン付き――を掲げ持ち、九郎はしんみり言った。
「趣味でお金もらってるくせによく言うわね」
「うっせ。それは静だって同じだろ。すぐに俺だけに店番やらせようとするんだから」
「だって、接客するより裏の方がいいじゃない」
その通り、と九郎。
まだサインペンを持ったままだった慧一は、話題が自分から離れたことにほっとしつつも、(どうでもいいけど商品探してくれないかな)と思っていた。
「ところで風祭さん。今日はどうしてうちに?」
「いや、それ……」
と、レジの上に忘れ去られていたメモを示す。
「ごめんなさい。……あら、フルスクラッチ?」
引っ掻い《スクラッチ》てどうする? 頼まれただけの慧一には、模型用語が通じなかった。
「3Dプリンタを使った方が早いんじゃ」
「バッカ」と九郎。「手間暇かけるから魂がこもるんだよ。……そうだ! 風祭さん、いいもの見せてやるよ」
九郎は慧一の袖を引いた。
「ちょっと、九郎」と不満そうな静。
「俺は休憩時間。お前はお客様のために商品の用意。んじゃ」
断る暇も与えられず、慧一は店の奥へと連行された。
黒いのれんをくぐった先にドアがあった。在庫がごちゃっと積まれた倉庫を抜ける。病院か、光電子素子の工場を思わせるエアカーテンをくぐり抜けると、その先は真っ暗で、濃密な溶剤の臭いが溜まっていた。換気扇はフルに回っているようだが、全く追いついていない。慧一は鼻をつまんだ。
「じゃじゃーん」
九郎が蛍光灯のスイッチを入れた。
九郎の隣に段ボールが三つ。その奥が多種多様な塗料の瓶が積まれたラック。その隣の古ぼけた紙箱には、折れた砲塔やビーム砲、サーベル、樹脂でできた不揃いの腕と足――模型の部品が詰まっていた。
「店内に飾ってる見本はここで作ってるんすよ」
反対側の壁にはコンプレッサ、旋盤、缶入りの何か――薬品。放電掘削機があったら、部屋全体が、GD用のガレージのミニチュアとして通用しそうだ。
慧一にそう思わせたのは、部屋の主然として佇立する、一機の仕掛け人形だった。
〈181リンドブルム〉。スケールは恐らく、1/100。
本物との違いは、サイズと色くらいしか見つからなかった。製作途中の模型はまだ無彩色で、プライマーの白一色に染まっていた。
「七月二週のモデル」
慧一は驚きと共に言った。
「さすがパイロット」
九郎が尻上がりの口笛を吹く。
六月、七月と、〈サザンクラウド〉は様々なパーツを試していた。主要部品の交換も激しく、〈リンドブルム〉は出走のたびに、少しずつバランスが違っていたのだ。といっても性能アップを狙った結果ではなく、老朽化した部品を、手に入った順に、あり合わせで使っていただけである。レースが終わってからアンジェラに感想を求められるまで、変更に気付かなかった場合もあった。パイロットですらそうなのに、たった一レースに使ったパーツの特徴を、外観だけとは言え、九郎はしっかりとつかんでいた。
「デビューから毎週見てるっすよ。……と言いたいけど、実はこの二、三ヶ月だけ。俺はアニメモデル担当で、GDは静がやってるから。これを作ったのもあいつ」
九郎は視線をずらしながら言った。
「ロボットってのはやっぱり、戦ってなんぼだと思うわけ。一分一秒を競うより、撃って殴ってぶった切って。……これ言うと、静は俺のことガキ扱いするけど」
「…………」
レースである以上、速い奴が偉い。けれど、結果を気にせず観戦するのであれば、どこを楽しむのも自由だ。GDレース観戦者の全てが、賭けに参加しているわけではない。
にわかファンが言えた口じゃないけど、と前置きして、
「風祭選手のレース、俺は好きだぜ。もっと見たい」
九郎はそう言った。
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