第3話 4
Bランクを甘く見ていた、と響は歯がみした。
そもそもCランクには下限がない。登録さえしていればCランクになるのだ。B2に上がってようやく一人前、二年やってもCランクのパイロットは引退するしかないと言われている。上位ランカーは、まさに、格が違う存在なのだ。
パイロットはもちろん、チームの総合力も違う。魔女の銃。あれは間違いなくダブルハンマーだ。自分たちが今日初めてテストする技術を、敵は既に問題点の洗い出しも済ませ、効果的に使う方法を見つけている。近距離単発の戦闘補助。強引に間合いを切る。現時点では最も有効な活用法だろう。そしてもうひとつの、見たこともない新装備。
「損害は?」
悔しい。経験の差かセンスの差か。強いチームはシーズン途中でもどんどん機体を改良し、新装備を次々投入してくる。技術はいつだって進歩し続けている。それを思い知らされた。私たちはまだ、一歩も二歩も後ろを歩いている。
『損害は思ったほどでもありません。各部関節周りが高温になってますが、許容範囲内です。右腕のみ液漏れしている様子です。パイロットは無事。ただちょっと……びっくりしている模様』
「びっくり、ね。あたしもよ。なんなのよあれ……」
「多分、小型のGドライブを備えているんだろうな。あの光は重力子崩壊の余波だ」
サングラスを押し上げ、竜之介が言った。
「ルール違反じゃないの?」
「問題があったら前検に引っかかってるよ。……しかし考えたなぁ〈からかい箒(トリッキーブルーム)〉か、なるほど。ここに来てようやく調整が終わったってことだろうな」
管制室のモニタ上で、〈トリッキーブルーム〉が光るロッドを振り回しながら最終コーナーを立ち上がって行った。
ロッドから出るGドライブの光を尾に見立てれば、確かに箒に見えた。
「とにかく収容して。このまま飛ばせないわ」
にわかに慌ただしくなるピット。ついさっき送り出したばかりの機体が、たった一周でまたピットインだ。先の整備で使用した作業服の姿勢制御用ガスも、まだほとんどが減ったままだ。二度目の出動が可能な人数は多くなかった。それでも数人が待機状態になる。機体の進路上にハンガーを伸ばし、誘導電波を送る。
〈リンドブルム〉が戻ってきた。関節液が漏れた右肘が凍結しているが、他にひどい損傷はない。装備は二つとも失っていた。
『データリンク開け! 右腕交換用意!』
『できてます!』
『外部強制冷却準備よろし!』
何度も何度も負けた。その度に修理した。新米揃いだった整備士たちも、成長していた。
『くるぞ! 予備右腕拘束解除!』
船体にくくってあったパーツが宙に浮く。ロボットアームがそれを捧げ持つように動かした。
『FCS異常なし、姿勢制御システム右腕をのぞいて異常なし、右足サブスラスター三番エラー! 右ハードポイントの戻り値がありません!』
診断プログラムが、機体の詳細な問題点を洗い出していく。
『パッチの七番セットをインストール。終了まで一分!』
『班長! 装備はどうします! ……』
レース中だけはさすがに、整備士たちはアンジェラを班長と呼んでいた。その班長の姿が見えなくて、太田整備士は左右を見回した。それでも見つからない。定点カメラの映像をヘルメット内側に割り込ませる。見つけた。
『ちょ、なにやってん……』
「……ふう」
コックピットで慧一は息をつく。
全く見事にしてやられた。やるかやらないのか。仕掛けるタイミングとその後の展開――戦闘以前の判断で、完全に上を行かれてしまった。魔女が強いのは機体のおかげでも装備のおかげでもない。駆け引きのうまさがあるからだ。ある意味、性格が悪く見えるくらい、読み合いのセンスがいい。それがあったからこそ、ニキはあっと言う間にランクを上げたのだ。
魔女に目を付けられている? とんだ思い上がりだ。間抜けすぎる。
ピットとのリンクを確立して誘導に乗せる。ピットゾーンでは安全のため、機体の自由な行動が制限される。パイロットにとっては、わずかな休憩の時だ。
しかしとんでもない隠し球をもっていたものだ。どうやったら攻略できるのだろう。
『風祭、止まれ! アンジェラちゃんが!』
疲労と、思考に飲まれていた慧一は、モニタを見ていなかった。せっぱ詰まった誰かの声に顔を上げると、そこに、四本腕の何かが浮かんでいた。スレイブアーム付きの船外作業服だと解った時には手遅れだった。
〈リンドブルム〉は誘導に従い、ハンガーをつかむために手を伸ばしていた。作業服が指先にぶつかる。
何の衝撃もなかった。
左手にエラーを一つ。
たったそれだけを残して、整備班長はコースの方へと飛ばされていった。
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