第3話 3
重すぎる、と慧一は思った。ハチノヘ重工の試作品。ダブルハンマー装填のショットガンなのだから重いのは当然だが、それにしても重すぎる。いや、重さ自体はそれほど気にならない。先週使った両手持ちのロケットハンマーよりは断然軽い。気に入らないのは形状と重量バランスだ。カートキャッチャーが大きく右に張り出していて、持ち替えがスムーズに出来ない。射撃を繰り返してカートキャッチャーが重くなるほどに、銃身がぶれて狙ったところに弾丸が飛んでいかなくなる。一発きりの使い捨てなら役立つかも知れない。
そう考えながらも慧一は、前方の機体めがけて発砲した。グレーの機体〈373トレジャーボックス〉が着弾の衝撃に進路をずらす。そこに〈リンドブルム〉が滑り込む。追撃はせずにコーナーリングを優先。一機パスしてストレートに出る。全力で踏んだはずなのに出足が遅い。リアカメラに切り替え。〈トレジャーボックス〉がコース外に吹き飛んでいくところだった。慧一はそこまでの攻撃は加えていない。誰か、後続がとどめを刺したのだ。
「……またか」
カメラに映るはヴァイオレットの機体。〈107トリッキーブルーム〉。魔女だ。
今回に限って言えば、ローテーションをぶつけられたわけではない。ニキは本来のランクに従ってB2戦に出ている。〈サザンクラウド〉が、エースほしさに上位戦に参加している形だ。パイロットの未熟な一般戦にはエース表彰がない。
ロッドを構えた魔女が猛スピードで追い上げてくる。装備を捨てるか……慧一は考えた。しかし実行はしない。できたら良かったのに、という程度の思考。自分から装備を捨てるのはルール違反になる。
〈トリッキーブルーム〉は軽量かつ高機動の機体だ。自由に進路を変えられるストレートで、射撃戦を挑んだところで意味はない。むしろ射撃の隙に毒を打たれる恐れがあった。
『慧一君。このまま進めばS字で接触するわ。ストレートにいるうちに片付けて』
勝負に出ろならまだしも、「片付けろ」とは無茶な指示が飛んできたものだ。上の命令ならやるしかないか。覚悟を決めて、慧一はレバーを回した。加速度を保ったままに機体が回転。コース後方に向けて銃弾をばらまく。ニキが大きく迂回した。さらなる射撃――全て外れ。距離が次第に縮まってくる。
GDには自動照準装置がない。技術的には簡単なのだが、ルールで禁止されているのだ。ロックオンしての集中射撃を許可してしまうと、機体の性能だけで勝負が決まるようになってしまうためである。同じことが格闘戦にもいえる。打撃モーションそのものはプログラムで――手動ではとても処理しきれない――行えるが、自動的に敵機を追いかけるようには設定できない。
トリッキーブルームのような近接戦重視の機体は、多数のモーションを組み込み、それをパイロットが選択することで、見かけの柔軟さ、反応性を高めているのだ。これは同時に、姿勢制御にプロセッサ能力のほとんどを注ぎ込んでいることも意味する。機体を思いっきり振り回してもすぐに安定した姿勢に戻せる。近接戦重視のセッティングは、必然的に弾丸回避能力も高くなる。パイロットの能力にもよるが、初めて使う銃器で攻撃をヒットさせることなど不可能に近い。
音声コマンド「CC。モード1」
慧一は腰の刀を引き抜いた。ショットガンをハードポイントに固定する。
機体を傾けてコーナーに向かう。大外を回ってきた魔女がインに飛び込む。
ニキは発砲しない。〈トリッキーブルーム〉の腿には、人間でいうならデリンジャー程度の小型銃器が保持されているが、それが使われたところを、慧一は見たことがない。
(格闘にこだわってるのか?)
距離計の数字が減っていく。リアカメラの映像を見た慧一は舌を巻いた。〈トリッキーブルーム〉の軌道が、コースと平行になっていたのだ。
GDの操縦で一番難しいのは、まっすぐ飛ばすこと、である。
Gドライブは瞬間の出力こそすさまじいが、後方の粒子の広がり方に影響されてしまうため、推力は安定していない。コースが直線だからと、スロットルと姿勢を固定しておくと、左右の推進器の出力変化に振られて、軌道が波線を描いてしまう。これを補正して無駄のない軌道を取れれば、機体の性能以上のタイムを叩き出すことも可能だ。
次のコーナーはすぐそこだった。魔女の突入速度はかなり速い。単機でのタイムアタックならまだしも、交戦しつつのコーナリング速度ではない。撃ってくれと言わんばかり。
しかし、誘いかもしれない。「遅れてきた天才」「魔女」「次世代のトップランカー」――そのニキが、何も考えずに突っ込むだろうか。
そういえば、なぜ慧一を執拗に狙っていたのか。何のためにしんらまで来たのか。「勝ったとは思わない」と言うあの台詞も意味不明のままだ。
魔女の狙いが全くつかめない。
突如、〈トリッキーブルーム〉の翼が伸びた。
「くそっ!」
全開でコーナーに飛び込む魔女。やられた。構えはブラフだったのだ。
ニキが慧一を意識していると思っていた、それは慧一の錯覚――思い上がりだった。あれからもう半年も経っているのだ。以前は意識していたとしても、もう、〈魔女〉は次のステージに進んでいるのだ。いまだCランクの慧一と戦う意味など、なくなっていて当たり前だ。
コーナーの立ち上がり、二機の順位は入れ替わっていた。
少しでも距離を詰めようと、慧一はインを攻める。コースアウトぎりぎり、ビーコンをかすめて突っ込んだ。加速競争では勝てない。しかし、追いすがればチャンスは来る。ホームストレートまで戻ればピットアウトしてくる機体が何機かいるはずだ。頭を押さえられればどうしても速度は落ちる。乱戦になればチャンスは、
『慧一君!』響の悲鳴。
「……なっ!」
魔女は加速していなかった。慧一に併走する形で、拳銃を構えていた。どんなに精度の悪い銃でも外す距離ではない。マズルフラッシュが宇宙を照らす。〈リンドブルム〉がのけぞった。加速姿勢に入った頭を叩かれた。ベクトルが乱れて左足がビーコンを引っかけた。モニタにコースアウト警告。しまった、今のはコース外側だったか。次のビーコンに引っかかったら失格だ。左スティックと両足のペダルを複雑に操作。暴れそうになる関節を必死で制御。ジンバルロックに陥ったらリタイヤが確定する。それだけは避けたい。右側サブスラスターを二基一斉に噴射。コース前方に頭を向け、どうにか安定を取った。顔はコース外を向いている。
(まずい)
このまま出力を上げるとコース内側にまた飛び出してしまう。急いで機体を回す。
魔女を見失った。
いや、すぐ隣にいた。水平に構えたロッドの先端にまばゆい輝き。
(なんだこの武器は!?)
脳裏をよぎったのは、先日撮影したCMだった。ビーム兵器。そんなはずはない。けれどなんだか分からない。とにかくくらったらまずいものだと直感した慧一は、正体を見極めるのは後回しにして機体をひねる。何もかもが遅すぎた。
ロッドの一撃がリンドブルムを襲う。機体を叩いた衝撃とそれまでの加速度が合わさってすさまじい振動を生んだ。リンドブルムをコース外に叩き出し、その反動を駆って、魔女はすぐにトップスピードに乗る。
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