第3話 2

 そしてまた、レースがやってくる。

 九週目。〈リンドブルム〉は予定のピットインを行った。

 ハンガー――ここでは格納庫ではなく、補給作業時に機体を固定するバーを指す――に機体をつかまらせ、慧一は頬の汗をぬぐった。

『まだいける?』

「大丈夫です」

 無線越しに響に答え、シート脇から栄養ドリンクのボトルを抜く。レースは平均一時間弱で終了するが、たったそれだけの時間であっても、パイロットの疲労は激しい。続けざまに戦闘を行えばなおさらだ。

 久しぶりに出場したB2戦。予選の二組目。多少なりとも上位のレースに参加できたのは、新規スポンサーの増加によるところが大きい。

『慧一さん。ヘッケラーのHA9SをやめてハチノヘのSG―3にします。ダブルハンマー。いいですか?』

 ドリンクのチューブから口を離さず、慧一は右手でハードポイントの装備をリリースするコマンドを送った。

〈ハンマー〉というのは弾薬の分類を示す。物理的衝撃力を重視し、敵機の機動を妨害する目的の弾丸だ。主にコーナーリング中の敵機を狙い、コース外に追い出す狙いで使用される。「叩いて進路を変えさせる」からハンマーと呼ぶ。ダブルハンマーは最近出てきた型の弾丸だ。専門的には遅延衝撃弾頭弾といい、通常の弾丸よりも一回多く、時間差で破裂するように設計されている。相手を吹き飛ばす効果は高いが、弾丸もそれを扱う銃本体も、とにかく重くなるのが欠点で、標準装備にしているチームはいない。

 もう一種類が〈ヒート〉。こちらは熱化学弾を差す。ダメージはほとんどないが、被弾すると装甲温度を著しく上昇させる効果がある。この熱は放っておけば機体の機能不全を引き起こすので、冷却しなくてはいけない。GDが使える電力にはレギュレーションによる上限があるので、機体の冷却に電力を回せば、加速に用いる電力が足りなくなる。つまりヒートをくらうと加速できなくなる。さらにくらい続けるとバッテリーが不足してピットインを余儀なくされる。

 レース前半はヒート、後半はハンマーを用いるのが定石だ。

 レースはこれから後半戦。ここでハンマーを選択するのは基本通りだが、

「またテストもしてない試作品か」

『無料でもらったんだからぼやくな』

 通信に割り込んだのは竜之介だった。このところ精力的にパーツを集めてきてくれるのはありがたいのだが、おかげで機体も装備も、何の統一もないメーカーの寄せ集め状態になってしまった。しかも試作品だけあってクセの固まりばかり。

『使ってみてダメだったら返せばいいんですよ。推進剤の補充終わりました』

 アンジェラが言う。それもそうだ、と慧一はすんなり納得した。機体の調子が悪くないせいか、心にも余裕があった。

「了解。行きます」

 整備班が退避していく。周辺カメラをオフ。スタンバイ状態だったシステムを戦闘状態に切り替える。軽くペダルを踏み込み、ピットレーンを出た瞬間にGドライブを全開。

 光輝を背負って機械人形が飛ぶ。


『目指せ完走!』

 と、ちょっと情けない目標を書かれた横断幕が、管制室にかけてあった。竜之介の筆である。

 響はそれをちらりと見た。パチモン日本人のくせに達筆な。

 暦の上では夏を迎え、ほんのちょっとではあるが、チームの勢いは増しつつある。

 今日も含め、慧一は六機もの撃墜数を記録していた。四レースで六機落としたというのは、なかなかの数字だ。一レースに撃墜数が三を超えると〈エース〉となる。

 賭けは着順だけでなく、エースが出るか、誰がエースを獲得するか、でも行われている。エースになれば賞金も支払われ、パイロットポイントも増加する。

 最終順位で上位にいけないならエースを狙えばいい。そう提案したのは響だった。そこに竜之介が、新規スポンサーから大量の試作装備をもたらしたのだ。これまで修理しかできなかった整備班は新しいおもちゃに目を輝かせ――一番喜んでいたのはアンジェラ――徹子は「武闘派に転向ですか」と嘆いた。戦って機体が損傷するほどに経費がかさむのだから、お目付役としては面白くないのだろう。

 本日はレース半分にして二機を落としている。後一機落として完走すればエース獲得だ。

「僕は賛成しないけどなぁ」

 竜之介がぼやく。

「勝敗そっちのけで殴りかかっていると恨まれるよ」

「勝てば官軍だわ」

 響は言い返した。

「現に、ファン投票の数字も上がっているでしょ。チーム人気が上がれば企業が食いつく。老朽化した〈リンドブルム〉じゃいつまでも続けられないんだから、どうにかして新機体を建造する必要があるのはわかるでしょ?」

「その件に関しては……」

「ストップ、御堂。レース中に話し合うようなことじゃない」

「失礼しました」

「文句があったらいつでもクビにしたら?」

 言って、響はモニタに目を戻した。

 管制室での諍いなどないかのように、レースは続いている。

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