第2話 4

「人員配置の妙、というのは色々あってね。頼れる兄貴がいるならそいつに任せるのがベストだと、誰もが思っちゃう訳よ。ところが、その兄貴が倒れたらどうする? 残った連中は右往左往するばかり。部隊は全滅御国は敗戦、ってな具合でさあ。特定の人材に頼り切っちゃうのは組織としてはよろしくないわけ。そこで一発逆転の発想。隊長が頼りなかったらどうでしょう? 頼りないけど見捨てられない。何しろ相手は美少女でござい。これを見限ったら男がすたる。べべん、べん。……一人はなんか、開き直っちゃったみたいだけど」

 最後だけ不満げに言って、竜之介はグラスをあおった。

 火星北半球。拡大EUはドロワット市の中央。財界人の集うレストラン。

 竜之介の対面には、豊かな金髪を揺らす女が座っていた。

「でたらめやっているようにしか見えなかったけど」

「まあね。半分は遊びさ。いざとなったら健三郎兄貴のコネで適当なのスカウトする手もあったし。でも、叩き上げの連中がいかに強くなるかは、そっちの方がよくご存じだろう?」

「やめてよ。そういうつもりで誘ったの?」

 女の名前は、ティア・ラングレー。〈725ポーラースター〉を駆るAランクパイロット。二年連続の賞金王にして、チーム〈F・O・Rラングレー〉の経営者の一人……いや、所有者と言った方が正確か。一応の母体であるF・O・R社は、人工衛星の点検整備を請け負っていた小企業に過ぎず、GD技術者は一人もいない。チームスタッフは全て、ティアとパートナーである設計士、苑原香澄の二人が直接スカウトして集めた。〈F・O・Rラングレー〉は、ティアが自分のためだけに組織し、育てたチームなのだ。

「お金があるならチームのために使ったらどうなのよ。だいたい、こんな高いお店。居心地悪いわ」

 賞金女王の生活は、周囲が思っているより質素だ。稼ぎのほとんどをチームに注ぎ込んでいるためである。

 GD協会規則では、パイロットの獲得賞金をチームが受け取ることは禁止されている。が、オーナーの個人的資産をチームのために使う形にすれば、今のところ問題ない。「今のところ」と断るのは、この規則を変えようとする動きが、運営協会にあるからだ。規則が変更となれば、間接的な個人攻撃になるのだが、主催者にそれをさせてしまうのは、ティアのあまりの強さだった。

 複勝率六割強。二年連続の賞金女王。スポーツとして捉えるなら偉大な数字だが、GDレースにはギャンブルの側面もある。そちらから見た場合は、歓迎できない偏りとなる。結果が分かっている賭けは盛り上がらない。

 ティアもグラスを持ち上げた。グラスにはソーダが入っている。お酒を飲まないのは長くパイロットを続けるためではなく、単にアルコールが苦手なだけ。

「一応、再会に」

 料理が静かに運ばれてくる。居心地が悪いと言っていたのに、ティアは戸惑う様子もなく、コースを楽しんでいた。

 竜之介はあまりナイフを動かさず、女王の手を見ていた。爪が短くそろっている。飾り気は全くない。親指にタコ。人差し指にもタコ。小指と薬指が、普通の人より若干太い。長時間スティックを保持し続ける人間――パイロットの手だ。

「よく食べることまぁ。十年前と変わらない。強気で、自信に満ちて」

 そして一人だ。と竜之介は、心の中だけで付け加えた。

「実績はついたわよ」

「君のはもう実績とは呼べないよ。記録、偉業だ」

「約束の一つは果たしたことになるわね」

 ここで初めて、ティアは頬笑みを浮かべた。すぐに真顔に戻る。

「それで、今日の目的は何?」

「火星に来たご挨拶さ」

 ティアは鼻で笑った。

「いまさら」

「言う必要があるのかい? わかっているんだろう?」

「ええ」

 女王は食後のコーヒーを待たず、席を立った。

「いつでもいらっしゃい、とは言わないわ。私もあなたと同じ歳なの。わかっているわよね?」

「引退して勝ち逃げするつもりかい? 僕のチームを甘く見ない方がいい。今期のうちにその首もらうよ」

「そう。それは楽しみ。……ところで、フォボスに南雲の船が入るのを香住が見たそうよ。積み替えたコンテナはどこに降ろしたの?」

「さあ? 兄貴に聞かないとわからないな」

 返答をごまかし、竜之介はにやりと笑った。ティアが納得したようにうなずいた。

「ここの勘定は持ってあげるわ。色々とお金がいる時期でしょうし」

 秘密の会見は、こうして終わった。

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