第1話 1

 ――人に似せた存在を、人の手によって生み出す。


 その野望は、はるか昔からあった。

 電気の時代の幕開けよりも早く、

 鉄の時代の幕開けよりもさらに早く、

 木彫りの時代よりもさらに早く、

 おそらくは、人が人として生まれたときから、人は己に似せた何かを作ろうとしていたのだろう。

 そうすることが新しい世界の扉を開くと信じ、あるいは――。

 ……という大仰な話ではない。

 GDは各種の合金と光電子素子の固まりに過ぎない。

 間違っても魂など入ってはいない、人間に似せた形をした、ただの機械だ。

 しかしながら、ある種の信仰にも似た念を集めてはいる。

 技術者の目標。作家のモチーフ。ちびっこたちの夢。

 そして、

「金返せ馬鹿やろ!」

 一攫千金を夢見るオヤジどもの幻。

 辞書を引くとこう書いてある。


【GD】

 ギミックドール(仕掛け人形の意)の略称。競技用人型航宙機械。全高は10メートル前後。Gドライブにより推進し、競技用の武装を施した一人乗りのロボット。

【GDグランプリ】

 ギミックドールを用いて行われるレース競技。月と火星のそれぞれにリーグを置き、毎週末開催。


 GDは、銀河最速は誰なのか? という命題に答を出すために作られたのだ。



 第二レースは大穴が来た。

 火星、しんら自治県。

 宇宙港近くの場外機券売りサテライトでは、外れ機券が、予想を裏切ったパイロットを祝福するかのように、紙吹雪となって舞っていた。

 レースに際しては賭けも行われる――というか、市民の大部分にとっては、こちらが本命だろう。

「ロートルはすっこんでろこんちくしょう!」

「……私の、わたしのぼーなすがぁぁ」

 巨大スクリーンを見上げパイロットを呪うものあり、通帳を握りしめて嘆くものあり。既に次のレースの予想に取りかかっているめげない男もちらほら。宇宙時代も既に数百年が経過しているというのに、耳に赤ペンをさした、伝統的な姿もそこかしこにある。地球出身者なら即座に競馬場を連想できる光景だ。あちらがパドックを目視できるのに対し、宇宙で行われるGDレースは、中継でしか観戦できない違いはあるが。

 次の予想を決めたのか「よっしゃあ」と気合いを入れて券売機に向かう男たち。

 ずらりと並んだ券売機の側には、だみ声を張り上げる予想屋の列。少し離れてしたり顔で自説を吹聴する老人。窓際のベンチには、入れ込む彼氏につまらなそうな彼女。迷子になって泣きじゃくる子供。あちこちのディスプレイに表示される「賭け事は節度を忘れずに」のメッセージは六ヶ国語だ。ムダな作業と知りつつ動き回る清掃員。その足下に捨てられるクレープの包み紙。

 予想を的中させた幸運なギャンブラー。その懐を狙うスリ。さらにそれを警戒する警備員。ホールの隅で小さな逮捕劇が展開し、改造IDカード所持の現行犯で未成年が一人、補導されていた。警官がとうとうと「賭け事は大人になってから」と説いているが、未成年は情報犯罪者特有のふてぶてしい顔で、警官の言葉を無視し続ける。

 時代が変わってもその本質は何も変わらない、ありふれた賭博場の光景。

 その中心からちょっとずれたところに、やや場違いな人影があった。


「……やっぱり」

 覇気なく呟いてスクリーンを見上げていたのは、体に馴染んでいないスーツを着た少女だった。服装からすると学生ではないようだが、不慣れなのが一目でわかるメイクと、ピンクの眼鏡が見た目の幼さを倍増させている。胸ポケットからはしわくちゃの札ではなく、さりげない――しかし取って付けたような――白いハンカチがはみ出していた。場にそぐわないことこの上なし。

「お嬢さん、どうしたの?」

 その声に、少女はうつろな視線を向けた。

 銀髪にサングラス、褐色の肌の男がアイスクリームを片手に立っていた。火星で本土のような国境意識を持ち出すのは無意味だが、彼もまた、場違いな雰囲気を十分に振りまいていた。

 ナンパならよそでやって、と普通の女性なら答えただろう。この少女はこう言った。

「〈槍神八式〉がリタイヤしました」

「……は? ああ、そうだったっけ。あれに賭けてた?」

 少女は首を振った。

「ならどうしてそんなに浮かない顔なんだい? 今のレース、何に賭けてたの?」

「わたし、ギャンブルしに来たんじゃありません」

 じゃあ何しに来たんだよ、と男は思った。かといって初対面の、しかも年下の女の子相手に厳しく突っ込むのはどうかと思い、

「……食べる?」

 苦し紛れにアイスクリームを突きだした。

「いただきます」

「……もらうなよおい」

 差し出しておいてそれはないだろう。

 甘いものに癒されたのか、女の子は、先ほどより少し元気のある息をついた。

「格闘戦重視の方針自体は悪くないんですよね。事実、〈大中人形公司〉のアクチュエーターはかなりの高水準ですし、パイロットの腕が良ければコマンドセットにも余裕が持てます。ソフトウェアも去年と違ってますね。多分ですけど、高性能の新パーツを組み込んで、『あ、これならモーションどさっと増やせるな。パイロットの注文にも応じられる』みたいなことを考えたんだと思うんですけど」

 今朝、田舎から夜汽車で上京してきました、と言った方がしっくり来る服装の女の子の口から、いきなり専門的な用語が飛び出したので、男は意表を突かれた。

「……失敗だった?」

「ええ。仕掛けるパターンが増えたのは確かです。ソフトウェア変更で初太刀の速度も増しています。けど、八式は七式に比べて攻撃後の戻りが遅いんです。関節ユニットの性能は上がっているのですから、プログラム的なミスだと思います。それとメモリの増加も足りなかったかも」

「モーションが悪い……じゃないな。姿勢のリカバリにリソースを割いていない?」

「そうですそうです! ……ちゃんと言ったのに」

 答えた少女の声は、また力のないものに戻っていた。

「言ったのに?」

 そう言って、男は少女を上から下まで改めて眺めた。高校生のような顔。似合わないスーツ。

 気付いた。この子は就活生だ。

「君、もしかして大中の採用試験に行ったの? で、今言ったようなことを面接で?」

 少女はうなずいた。

「お前みたいな小娘に偉そうに言われることではない。だそうです。……今日は別のチームに当たったんですけど、同じこと言われました」

「…………」


 男には何となくだが、その光景が見えた。

 一般市民からすればGDレースはただのギャンブルだが、関わる人間の側からすると、最新技術への挑戦と研究、実践がいっぺんにできる魅力的な職場だ。浮き沈みは激しいものの、工学を志す人間なら一度は考える道だ。当然、GD技術者の競争率はかなり高く、おいそれとなれる職業ではない。

 どうにかしてGD業界に就職したい。自分が優秀であることを理解させたい。そう思った少女はきっと、問題点を指摘することで、訪問したチームの力になれるとアピールしたつもりなのだろう。だが、面接担当者は「実績もないのに小生意気な学生」と判断した。

 男はさらに考えた。

 少女の指摘した〈槍神八式〉の欠陥は、欠陥と呼ぶほどのことでは、恐らく、ない。

 八式のパイロットはこの道十年のベテラン選手だ。その程度の問題に気付かないはずがない。リスクは覚悟の上で、攻撃の初速を上げる選択をしたと見るのが正解だろう。当然、スタッフもわかっていた。今回のセッティングは「とりあえず」のもので、まだ完成型ではない。

 だが、無駄なモーションを省くまでは、少女の指摘が〈槍神八式〉の弱点になるのも事実だ。八式の出場は今日で二度目だから、少女が面接試験の前に八式のレースを見る機会は一度しかなかった。つまり、この少女は一回見ただけで、強豪チームのセットアップの問題点を見抜いてしまったことになる。さらに言えば、問題の技術的な原因まで分析している――好き勝手な「感想」ではなく、きちんと技術者の視点で考えている。実務経験のない学生には普通できない芸当だ。すさまじい眼力の持ち主だと言わざるを得ない。もちろん、この少女が虚言癖持ちの危ない人間でなければの話だが、見た限りでは正常どころか純真そのものだったし、男は自分の人を見る目にそれなりの自信があった。

 男は手のひらに汗をかいた。火星に来て早々、掘り出し物を見つけたかも知れない。

「……君、名前は? 名前と学校」

「アンジェラです。アンジェラ・ヤン。今は学校には行ってません」

 中華系か、と男はやや意外に感じた。少女の、細いけれどちんまりとした丸っこさから、日系だろうと思っていたのだ。

「じゃなくて、卒業した高校! 十二月にスーツ着ている高校生なんかいないっての」

 火星の学期末は六月である。

「あ。……と、」

 こめかみに指を当てた少女を見て、男は心にメモを取った――記憶力、あるいは性格に若干の問題あり。

「興味があるなら紹介したいチームがある。君にその気があるなら、今後よそのチームに行って改善策を教えて回るような行動は控えて……」

 アンジェラと名乗った少女はまだうなっている。すぐに結果が知りたくて、男は助け船を出した。

「履歴書とか持ってない?」

「あ」

 少女は鞄をごそごそやって、情報端末を取り出した。手書きの履歴書なんてものは百年前に消え去っている。ラベルのないデータカードも取り出し、スロットに入れようとするがうまくいかない。見ればデータカードの角はぼろぼろになっていた。心にメモ――二つ目の問題点、不器用。

「貸して」

 ほとんどひったくるようにして端末を受け取る。カードを突き刺してスイッチオン。

「高卒だとちょっとまずいけどそこは僕の顔で何とか」まで言ったところで、男の言葉は止まった。端末に表示された履歴書と、目の前の少女の顔を交互に見る。もちろん同じ顔だ。履歴書には電子認証もついていた。それでも何度も確認してしまったのは、見た目と実年齢とのギャップのせいだった。

「……この顔で二十二歳かぁ。これだから東洋人は……」

 男は端末に数字を打ち込み、少女に返した。

「電話番号入れておいたから、都合がついたらすぐに連絡して欲しい。ミドウというのが出るから。こっちで就職活動してるからには、しんらに引っ越しても問題ないね?」

「……それはいいんですけど、オジサン、何者ですか?」

 男は胸を張って答えた。

「ただの通りすがりの勝負師さ」

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