第4話 激情の炎、夜闇の死闘
突如、夜闇に包まれた村の中から上がった悲鳴。『火事だ!』と叫ぶ誰かの声の合間に、クルーデの名前も微かに紛れていたのをテリオは聞き逃さなかった。
「クルーデ……!」
嫌な予感がテリオの脳内を埋め尽くしていく。その顔は先ほど寝込んでいた時のように青ざめていたが、ザワザワとした感情を抑えきることなどできず。気が付くと足を動かしていた。
「テリオ! どうするつもりだい!?」
「クルーデを止めてくる……! 先生はみんなと避難していてくれ!」
自室から剣を取ってくるなり、孤児院を飛び出すテリオ。悲鳴の聞こえた方へ向かうと所々から火の手が上がっており、その中心には炎によって朱く照らされているクルーデの姿があった。
――のだが、テリオは強烈な違和感を覚える。
テリオが目を凝らした先に映るのは――クルーデに
「何をやっているんだよ! クルーデ!」
「全部壊さないといけないんだ……。全てをゼロに戻さないと……俺は……」
クルーデはテリオの呼びかけに答える様子も無く。空を見上げながら、うわ言のように何かを呟き続けている。その言葉が何を意味するのかもテリオには理解不能で、彼だけの世界に没入しているかのような異様な雰囲気に気圧されていた。
「おい、どうしちゃったんだよ……」
あと二歩、三歩。互いに手を伸ばせば届きそう、というところまで近づいていくと――クルーデはようやくその存在に気が付いたのか、今度は過去を懐かしむように目の前のテリオに向けて話しかけ始める。それにしても夢心地といった様子で、片手には剣が握られたまま。テリオの不安をガリガリと掻きたてるものには変わりない。
「俺たち三人、小さい頃はずっと一緒だったよな?」
「あ、あぁ。小さい頃“は”ってなんだよ……それはこれからも同じだろ? さぁ、剣を収めてくれ。何があったのか話してくれよ」
クルーデが相手をテリオと認識しているものの、会話は相変わらず噛み合わないままで、『剣を収めてくれ』というテリオの頼みは届くことはない。そして彼の剣は、鞘に収められるどころかゆらりと揺れて――
「――それが間違ってたんだ、そこから間違っていた。全部やり直すには、そこから正していかないとダメなんだ……」
「クルーデ……?」
その鋭い切っ先が、他でもないテリオに向かって真っ直ぐに伸ばされたのだった。
「俺にとって、この村は邪魔なんだ。お前が、邪魔なんだよ、テリオォ!」
「――――っ!」
――音と共に火花が散る。
一息に距離を詰め、剣を振るうクルーデ。咄嗟にテリオも剣を抜き、襲い掛かる刃を受け止める。同じ隻腕、にも関わらず――その一撃は鋭く、重たく。騎士団として日々戦ってきたクルーデとの、圧倒的な経験の差が表れていた。
あたりの住人が避難を済ませ、残るはテリオとクルーデの姿のみ。パチパチと炎が家を焼く音があたりを包む。金属同士が強く打ち合わされる音だけが、断続的に続き――
「つっ!」
クルーデの一撃により、テリオの服はざっくりと切り開かれた。致命傷とはならないまでも、一筋の赤い線から血が滲む。――そして、怯んだ一瞬の隙を突くクルーデの追撃。強い衝撃を受けた剣は、その手を離れ遥か後方へと弾き飛ばされてしまうのだった。
「これで――!」
クルーデの剣により、続く二撃目。その切っ先は、確実にテリオの身体へと向かっていたのだが――
「――っ!?」
それもメキメキという音と共に、頭上から迫ってくる影により中断されてしまう。冷静に剣を止め、後方へ飛び退くクルーデ。テリオも体勢を立て直し逃げようとしたのだが、落下してきた煉瓦がテリオの頭部に直撃した。
「ぐっ――!?」
不意の衝撃に意識が飛びかけ、ぐらつくテリオ。足に力も入らず、襲い来る瓦礫の山になす術なく身を晒すこととなる。このままだと建物の下敷きに――というその直前。
「何をボサッとしている!」
「――!?」
ほぼ横っ飛びに近い形で、テリオは建物が崩れる範囲外まで吹き飛ばされた。――というのは、あくまで主観の話。何者かがテリオの服を掴み、後ろへと引いたのだった。
突然のことの連続に事態の把握ができないものの、何が起きたのかと視線を巡らすテリオだったのだが――そこにいたのは、テリオの胸の高さほどの身長しかない、黒色の髪をした少女。
少なくとも、孤児院の子供たちではない。村に住人でもない。もしそうだとするならば、これまで十数年過ごしてきて、一度も見たことが無いなど有り得ないからだ。
「君……は……」
起き上がることはおろか、声を出すこともままならない。そんなテリオの顔に落ちてきたのは、いくつもの水滴。数時間前に見た曇天が、いつの間にか雨を降らせていた。雨脚は徐々に強くなり始め、辺りに燃え広がっていた炎も勢いを収めてゆく。
「……大人しくしていろ、馬鹿者め」
己を見下ろしてくる少女に、テリオは聞きたいことが山ほどあった。陰になってよく見えないこともあって、彼女のその表情からは、内側にある考えなど欠片ほども読み取れない。
……誰なのだろう。どこから来たのだろう。なぜ危険を顧みず、自分を助けたのだろう。そして――何故そんな目でこちらを見る?
しかし、必死に繋ぎとめていた意識にも限界がきてしまう。彼女に手を伸ばそうとするも身体は思うようには動かず、それをもどかしいと思う感情すらぼんやりと薄れていく。最後に視界が完全に黒く染まり、意識を失う直前。
「……お前をここで死なせるわけにはいかない」
――テリオは、そんな呟きを聞いた気がした。
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