第2話 予期せぬ再会?

「わー! 何これ!? すっごく美味しい!!」


 料理を口に入れた瞬間に広がる風味に、目を丸くするシエル。

 その料理を一口貰ったイグナも、驚きに言葉が出なかった。


「…………!」

「どうだ? 美味いか? ん?」


 普段は斜に構えて生意気な事ばかり言っていたイグナが目を丸くしているのを見て、まるで自分がしてやったかのようにキビィは満足そうに胸を張る。


「私の料理人だからなぁ! 当然だろう!」

「だから、剣士だって言っているだろうが」


 テリオはそう言いながらも、手元に目線を送ることなく料理を作り続けていた。


 即席で用意した石造りのかまどに一人構えるテリオに、その後ろでテーブルを用意してひたすらに料理を待つ二人と一頭。エルミセルへと向かう道中、『腹が空いた』というキビィの一声で、急遽野外での食事となった現在――


 材料はシエルもいたお陰で、飛行中の鳥型魔物の肉も楽に確保できていて。あとは手持ちの調味料と道端に生えた野草を少々。シエルとイグナは少し戸惑ったものの、キビィに関してはそれでも美味く仕上げるのを知っているため、ドンと食器を手にしながら構えていた。


「むぐむぐ……。お前のそんなナリじゃあ街に入れないだろうに。旅をしていると言っていたが、今までどうしてきたんだ」

「街は食べ物だけ買って、外で一緒に食べたり――宿に泊まることはあんまりないかな、うん」

「なかなかワイルドだな……」


 男であるテリオでさえ、夜間の行動は避けて宿に泊まるというのに。目の前の少女はあっけらかんとした様子で、嬉々として旅の様子を話していた。辛いだとか大変だとか、それを憂いた様子などは一切無く。――何もかもが新鮮で楽しいのだろう、まるで過去のテリオがそのまま成長したような明るさだった。


「空を飛んでいてもそうだけど、魔物に出会ってもイグナが追っ払ってくれるからね。感謝してるよー。イーグナー」


 隣で黙って肉を齧っていたイグナの首に、がばりと抱きつくシエル。抱き着かれたイグナ自体はいつものことだからと気にもしていないものの、その様子がショックだったのか、歯ぎしりをしながらキビィが勢いよく立ちあがる。


「……随分と目の前にいちゃいちゃとしてくれるものだな……!」

「別に……そんなものじゃない」


 羨ましそうにするキビィの視線に耐えかねて、イグナは目を伏せるが――それが更にキビィの憐憫を誘う。その間にははっきりとした格差があって。シエルとイグナの長年のパートナーとしての雰囲気に、そわそわし始めるキビィ。


「私たちだって仲良しだもんな! なぁ、テリオ!」

「危なっ!? 火を使っているときに引っ付くな馬鹿!」


 ゴツンと義手では無い方の拳がキビィの頭に落とされる。


「な、仲良し……?」

「っ!? はああぁぁぁん!?」


 その様子を眺めていたシエルもこれには苦笑いをするしかなく。殴られたところを擦りながら、軽く涙目になるキビィ。まるで悲劇のヒロインと言わんばかりに、声を上げて訴えかけ始める。


「他人がいる前では随分と余所余所よそよそしくなるんだなぁ! お前は!」

「勝手に事実を捏造するな! いつもこんな感じだろうが!」


「楽しそうだなぁ……。やっぱり……あの黒竜の話って間違いなんだよね」

「……だからそう言ってるじゃないか」


 再び始まった二人の漫才をテーブルで眺めながら、もぐもぐと食事を進めるシエルたち。彼女たちの会話に、料理を作り終えたテリオがようやく食卓につく。


「君らもエルミセルの話を聞いて来たんだったか――うん、まあまあだな」


 料理に手を付けながら、自身の料理の完成度に満足したように頷くテリオ。


「ずっと二人で旅を続けていたから、あれはキビィには不可能だよ」


「……君が本当に信用できるのなら、だけれどね」

「こら! 食べ物もらっといて何言ってんの!」


 疑うような物言いのイグナを慌てて窘めるシエル。ペコペコと頭を下げて謝る彼女に、『気にすることはないよ』と返すテリオ。


「どうせ本気で言っていたわけじゃないだろ。さっきの言い方だって、キビィがその黒竜だとは疑っていなかったようだし」

「確かにそうなんだけどさ。……でも、そいつキビィ以外にそんなことが出来る奴がいるなんて想像がつかないんだけどね」


「そうなのか? キビィ」

「ま、それを今から確認しに行くのだがな!」


 そう言ってキビィが指さした先には、背の高い山々がそびえ立っていた。今からあれを登り、越えていく必要があるのである。それには体力の補充が必要だと、いそいそと料理が新しく運ばれてきた食卓へと戻ったのだった。






「なんだか寒くなってきたね……」

「山を越えたらあっという間に銀世界だな」


 そうして数時間をかけて山を越えた一同。魔法を扱う影響なのか、その方が都合がいいのか、来た方とはまるで別世界で。見下ろした先に広がるのは、テリオやシエルにとっては話でしか聞いたことのなかった閉ざされた街。


「……ほんとだ。で、あれが魔法都市エルミセル……」


 遠目から見てもそこで何かが起きたのは一目瞭然で。更には蔓延する違和感に、テリオは警戒を強め、キビィは鼻を鳴らす。


「……様子がおかしい。山に入ってから魔物に出会ったか?」

「臭いからしてからっきし……いや、なんだ。嫌な臭いが――」


「――来る!」


 イグナが反応したと同時に飛び出したのは黒い影――黒い手足に黒い翼、黒い尾。鱗はなく、‟竜”と呼ぶには微妙な、流線形を描いた滑らかな姿。初めて見る魔物に一瞬戸惑う一同の中で、キビィだけが不愉快そうに牙を剥きだす。


「どうやらこいつが私のマガイモノらしい。ははっ、何もかも中途半端なそんな姿で……よく私の前に姿を表せたものだなァ!」


 一番初めに動き始めたのはやはりキビィで。彼女は即座に距離を詰め、靄竜の無防備に晒された横っ腹を思いっきりに蹴り抜いた。くの字に身体を折り曲げた靄竜は――そのまま彼方まで蹴り飛ばされることなく、黒い靄になってその場で霧散する。


 それを皮切りにシエルもクロスボウを構え、イグナも飛翔を始める。そしてテリオも剣を抜いたのだが――


「あの赤金竜が来るかと思えば――こいつは予想外、なんというサプライズ。世界は俺を中心に回っていると言っても過言ではないな」


 キビィではなく、シエルではなく。ましてやイグナでもない。それは戦闘の場においてはあまりに場違いなもので、声がした方へテリオが身を翻すと一つの人影が。


「忙しそうにしているところを悪いが、そいつは貰っていくぞ」

「クルーデ……?」


 ――谷底へと落下して死んだはずのクルーデが立っていた。

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