竜記伝-終末世界の偶像竜《ツィルニトラ》-
第1話 交錯点
ナヴァランから東に位置する大陸。クルスティアンより少し北、エルミセルへと続く道の上空。
青々とした空の中をのんびりと往く、一人の少女と一頭の竜。
少女は収納度の高そうな衣服を纏い、腰にはなにやらガチャガチャと工具をぶら下げている典型的な
「……ねぇ、イグナ。カヌレで聞いた話なんだけどさ……」
「……エルミセルで起きた事件のことかい?」
シエルに耳に入ったのは、それこそ世界を揺るがす大事件だった。この世界を担う二大都市の一つが、たった数夜のうちに壊滅したという報せ――そして、それに関わったのは巨大な一頭の黒竜というのである。
「……うん。黒竜ってもしかして――」
シエルの脳裏に浮かんだのは、数年前にファリネで出会った少女の姿。背が低く、黒髪を揺らしながら笑う。黒い角、黒い爪、黒い翼のキビィという名の少女。
「まさか、あれはそんな性格じゃないよ。……まぁ、それでも確認ついでに
――ドクンッ。
「また――!」
「……何もかもがおかしくなってる。どう考えたって普通じゃない」
何度目かの、恐らくエルミセルで異変が起きた時から継続的に続く――世界の脈動。ナヴァランが大量の竜に襲われたあの時に似た、されども今度ははっきりとシエルにも感じられるほどの忌避感。
「そろそろエルミセルも見えてくる。あまり目立っても碌なことにならないだろうし、そろそろ高度を下げ――」
「――っ!? イグナ!」
――急速に接近してきた黒い影に気が付いたのはシエルが先だった。
大声でイグナの名を呼ぶと同時に、右腕のクロスボウを展開するシエル。背中に乗せた彼女が振り落とされないように、イグナも気をつかいながら制動をかける。
「……ほぅ、懐かしい匂いがしたから飛んできてみれば――」
「あ、あの時の――」
シエルたちの目の前に現れた影は――黒い翼を生やした黒髪の少女。シエルも一度ファリネで出会い、先ほどの会話にちらりと出ていたキビィの姿だった。
「――前にも似たような状況がなかったか?」
「あっ! ごめんなさい」
苦笑いを浮かべながら、シエルの右腕にある‟
「……何の用だよ、キビィ」
「そうツンケンするな。ちょっと旧友の顔を見に来ただけだろうに」
得意げに腕を組みながら空に浮いているキビィは、まるで世界の理から外れたかのようで――
「……え? その、ちょっと。あれ?」
背中の翼は緩慢な動作で羽ばたいているにも関わらず、キビィの身体を浮かせ続けている。イグナと旅に出るまではこれでもかと空を目指していたシエルだからこそ、目の前で起こっている現象には頭を捻るしかなかった。
「シエル、あれのことはまともに考えない方がいい。……そういう奴なんだ」
竜であった時から、自由奔放。やりたい放題をしていたキビィである。まるで浮いているかのように空を飛び続けたぐらい、イグナの中では驚くことでもない。むしろそれは、殆ど諦めに近いものだった。
「そうかそうか、やっぱりお前だったか。ナヴァランは鉄と油の臭いで気分が悪くなる上に、あまり美味そうな料理が無かったからな」
そんな困惑しているシエルと蔑むような目で見てくるイグナを置いて。仮にもそこで育ったシエルを前にして、失礼なことを言い始めるキビィ。
「こんなことなら立ち寄っておけばよかった」と笑うその態度は、不遜そのもので。もはや『いったい何様なんだ』と呟く気力すら、イグナから削がれていった。
「僕としては来ないでくれて助かってたんだけどね……」
唸るように吐き出した言葉からにじみ出るのは、敵意というよりも苦手意識といったところ。シエルに言ったように、クルスティアン近くまで来たのはあくまで‟確認”のためであり――イグナの本心を言えば、顔を合わせる前に戻るつもりだったのである。
「食事のためだけに世界中を渡り歩いている君と、こんなとこですれ違うなんて……偶然じゃ済まされないと思うんだけれど?」
それが一体どういうかとイグナが尋ねると、そこでキビィの笑みが揺らいだ。
「……お前も気づいているだろうに。どうやら私の偽物が好き勝手しているらしいと聞いたんでな。こうして、‟連れ”と一緒にわざわざ様子を見にやって来たわけだ」
「……連れ?」
「……っ!? いったい何を連れてきたんだお前――」
一人地上で待つテリオも前に、ふわりと降りてきたキビィ。彼女が連れてきたのは、深緑色の鱗で全身を覆われた竜と青髪の少女だった。
急に飛び出したかと思えば、どうすればこんなものを連れてこられるのか。ただでさえ面倒な場所に来ているのに、更に面倒を持ち込んで。
頭を抱えるテリオだったものの――どちらもキビィの知り合いで、少なくとも敵ではないらしい。その証拠に、キビィが意気揚々と紹介を始めたのだった。
「こいつはイグナ、私の古い知り合いだ。そしてこっちが――なんだったか」
「あ、あれ? 自己紹介しなかったっけ?」
ガクッと肩を落としたシエルは――気を取り直して軽々とイグナの背から降りると、
「私は
「そうだ、シエルだった。悪いな、イグナの知り合い程度にしか覚えていなかった」
「……謝る時ぐらい、腕を組むのを止めたらどうだ」
窘めるようにキビィを注意するテリオは、シエルから見ると子供と保護者のようで。人前でそういったことを言われるのに慣れていないのか、口元を引くつかせながらも、勝手に自己紹介を進めていく。
「で、こいつが私の専属料理人のテリオだ!」
「――違うっ!」
――と言った矢先にテリオが全力で否定して。あくまで剣の腕を買われていた筈なのに、いつの間にやら専属料理人へと格下げされていたことに、物申さずにはいられなかった。
「……剣士のテリオだ。よろしく――……?」
「あはははっ」
キビィに連れられて初めて見た時は、気難しそうなイメージだったのだが――彼女との間で交わされる漫才のようなやり取りに、思わず笑ってしまうシエルだった。
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