第3話 偶像と、実像と。
「クルーデ……?」
「テリオ何を言って――」
キビィの目に映るテリオは明らかに様子がおかしく――見ず知らずの男の方へ向かって、かつて死んだ親友の名を呼んでいた。
「お前……何をした……?」
エルミセルの魔法使いが身に付けるローブは通常、黒や茶を基調としたものである。それに対して、男のローブは真っ白な生地で作られていた。異質、異端――少なくとも、どこかに所属して、それに従おうとするような輩ではないという雰囲気だけが全面からにじみ出ていて。
「やはりヒト為らざる者、こんなものでは惑わされんよなぁ。あと――」
男は薄っすらと冷たい笑みを浮かべながら、キビィたちの様子を窺っていたのだが――問いかけを受け、スッと表情が消えていく。
「ロクァースだ、“お前”などと呼ぶのは止めてもらおうか」
――ゾクリと、久しく味わっていなかった感覚がキビィの背に走る。ロクァースと名乗った男に怖気づいたわけではない。悪寒の原因となったのは、男の傍に現れた、キビィの姿を鑑映しにしたような少女で――
「惑わす……? おい、テリオ!」
「生きて……いたのか……」
辺りの音が消え、他の三人の姿も消え。しかしそれを疑問に思うことすらなく。三年の時を越え外見も雰囲気も変わったクルーデを前に、テリオはただただ立ち尽くしていた。
「あぁ、この黒竜たちの
そう言うクルーデの幻影は、手を開いたり閉じたりしながら左腕を上げてみせる。繋ぎ目は無く、もちろん金属ですらなく。どこからどう見ても、生身の五指揃った左手が動いていた。
「お前の右腕も元通りになるんだぞ。……なぁ、テリオ。何もかも元通り、無かったことにして二人でルヴニールに戻らないか?」
「――俺は……」
何もかも元通り。失った右腕も。全てを傷つけて居場所を失ったクルーデも。それはこの数年間――ずっとテリオの心の奥底で眠っていた後悔だった。
ずっと重く圧し掛かっていたものが。
「テリオ! キビィが!」
「オオオオオオオオオォォォォォ!」
「――っ!?」
イグナの雄叫びに目を覚ますテリオ。さっきまでの静寂が嘘のような激戦の
「キビィっ!? 何してるんだお前ぇ!」
ニタニタと笑うロクァースの傍らにはキビィが倒れていた。その横にはキビィとそっくりな――まるで影のような肌の色をした少女の姿。表情もなにも無く、まるで無機物のようなその雰囲気に皮膚が粟立つテリオ。
「ロクァース、だ。……今は気分が良い、一度までなら見逃してやろう」
「知ったことかよ――!」
敵だと判断し斬りかかるテリオだったが、その剣はロクァースの元へ届くこともなく。少女から溢れだした黒い靄に遮られ、キビィとの距離を離されてしまう。
「何をしたところで無駄無駄無駄ァ、無駄なんだよォ凡人! 今日は記念すべき日となる! 貢献したことは褒めてやるがな、お前らはこのまま世界が終わるのを黙って見ていろ!」
その余裕の笑みを崩すことなく、ロクァースと傍にいた少女は黒い靄に包まれる。それは凝縮し、晴れたかと思うと。その場から忽然と姿を消していたのだった。
――少女が抱えていたキビィと共に。
「――!? キビィ――!」
突如現れた男は、去るときも突然で。それに合わせて周りの靄竜たちも一斉に立ち消えたことに、突然のことで状況が掴めなかったシエルの中でも、疑惑は確信へと変わっていく。
「追って! イグナ!」
返事をするよりも先に、飛び立つイグナだったが――ロクァースたちは既に遥か遠くに佇むエルミセルで一際大きな建物である、水晶の宮殿へと降り始めていた。
「――――!」
間髪入れず、なりふり構わず。一直線に宮殿を目指して飛ぶイグナだったが、見えない障壁によって弾かれてしまう。
「くっそォ! なに簡単にやられちゃってんだよアイツ!」
ただの壁ならば何の障害にもならない。しかし、それが魔法によるものならば話は別だった。不用意に突っ込んでしまったイグナの身体は、少なからずダメージを負ってしまい――これ以上だと戻れない可能性も出てくるために、どうにもならないことに歯噛みしながら、イグナはシエルたちの元へと戻る。
「……ごめん、宮殿まで辿り着けなかった。何かあるのは間違いないと思うけど――」
「ううん。ありがとう、イグナ」
傷ついたイグナを労りながらも、シエルの表情は不安に染まっている。連れ去られたキビィがいったいどうなるのか――わざわざ魔物に襲撃させてまで強行してきただけに、悪い想像ばかりを掻き立てていく。それはテリオも、シエルも、イグナでさえも同じことで。
「……エルミセルの宮殿にキビィがいるんだな?」
それ故に、悔しそうに戻ってきたイグナであり。彼が戻ってくるなり。矢も楯もたまらず飛び出そうとしたテリオだったのだが――
「また誰か来る――」
「――おい、どういうことだ、フラル。急にあいつらの気配が消えたぞ」
その往く手から、再びクルーデが飛び出してきたのだった。
「また出てきたのか――!」
「っ!?」
今の今まで敵として相対していた姿が急に眼の前に現れ、幻影だろうがテリオは切り伏せようと剣を抜く。
「待ってよテリオ! さっきとは様子が――」
クルーデからすれば、初対面の男にいきなり斬りかかられて。しかしながら、これまで戦いの中に身を置いていただけあり――戸惑う中でも咄嗟に剣を抜き、テリオの一撃を受け止めた。
「おい待て! 何なんだいったい!」
「おおおぉぉぉォォォ!」
半ば怒りに任せて振るわれた剣など、クルーデの前では脅威ですらなく。右に左にと風を切る刃を、彼はひたすらに受け流していく。
「…………!」
三年前でも確かに刃を交わした記憶があり、互いを切り合った体験があり――それなのになぜ、ここまで軽くあしらわれているのかとテリオは困惑する。先ほどと同様の幻影であるはずなのに、これは偽物のはずなのに。それなのに――
「――時間の無駄だな」
全力で剣を振るい続けたテリオの動きが落ちるのを見て、クルーデが攻勢へと移ろうとする。その瞬間だった。
「はいっ、そこまでよ」
「――なっ!?」
――横合いからテリオに襲い掛かったのは幾重もの赤金の糸で。完全に不意を突かれたテリオはなす術もなく手足の自由を奪われてしまう。
「懐かしい匂いがしてきたかと思えば、こんな手荒な歓迎を受けるだなんて――」
「テリオっ!?」
「この匂いは……まさか……」
イグナの声はもはや戦慄のそれに近く、つまりは彼の知っている匂いということで。それは予想した通りの姿を伴って、赤金の糸が飛び出してきた木々の間から現れたのだった。
「あーやだやだ。ねぇ、クルーデ?」
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