第14話 黒炎の追跡者
「……嫌な臭いね。なんだか焦げ臭いような……」
二人が臭いを辿って地下洞窟を進んで行くと、その原因は一目瞭然。ヴァープールの街全体が、ゆらゆらと揺れる黒い灯りに照らされていた。飛光虫のような淡く暖かい輝きも、清流のような透き通った輝きも、何もかもが黒い炎に塗りつぶされていた。
「……ヴァープールに……火が……」
「これは……そんなまさか――」
この炎に至っては偽物も本物も無い。キビィが使っていた黒い炎と同じもの。
使えないのだと思っていた。当たり前だ。あれらはキビィではなくただの模造品なのだから。それが――どういうことだろうか、この状況は。いったい、自分の知らないところで何が起きているのだろうかと、フラルは苛立ちに眉根を寄せる。
そして――この状況で抱える問題がまだ一つ、二つ。
「この炎を……俺は……知っている?」
危惧していたよりも、ずっとマシな反応をしていたクルーデに、フラルは安堵のため息を吐く。気絶するまでに至らなかったものの、彼は相変わらず苦しそうに胸を押さえていた。
「ぼやっとしている暇はないわよ……」
できればクルーデの状態が落ち着くまで待ちたいフラルだったが――予期していた追跡者の気配が確実に近づいてくる。小刻みな地響きと共に、それでいてぬるりとした影を伴いながら。
「なんなんだよコイツは……!」
これまでに比べて大型の――不自然なまでに手足の長い、それはもう“竜”と呼べるかどうかの瀬戸際のような――黒い生物がそこにいた。
「なんで……追ってこられないように転々としてたんじゃないのか!?」
「……私たちの匂いが地下空間で留まり続けたってところかしら。……良かったわ、あれは大丈夫なようね」
竜の姿からあまりにも離れているから、という理由もあったのだろうが――最悪の場合、クルーデを抱えて逃げることも考えていたフラルにとっては、彼の耐性の上昇は御の字とも言えた。彼女にとっては、無駄に姿を晒したかいもあったというものである。
「……多少は苦しいけどな。でも問題ない、あれは――」
――身体が覚えているものとは別のものだと、クルーデは歯を食いしばりながら答える。小型のモノなら何度か切り捨てている。敵わない存在ではないことは、この身で確認できていると。そう、クルーデが剣を抜こうとしたとき――
「――れか、誰か――」
炎の音に紛れて微かに上がる声が、フラルの耳に届いた。
「クルーデ!」
「どうした!? もうこっち向かってきているぞっ!」
クルーデには聞こえなかったらしく、目の前から迫ってくる靄竜との戦闘に集中しようとしていた。空耳ならどれだけいいことか、そう思いながらも事実として今の助けを求める声を認めるしかないフラル。
「今、料理店の子……ティオの声がしたわ」
「逃げ遅れたのか……!? でも――」
「……何が『でも』なのよ。助けるわ。答えは自分の中で出てるんでしょう?」
「……そうだな、走ろう」
二人は靄竜の方を確認しながらも、声のした方へと走り出す。そこは馴染の料理店の裏口で、看板娘のティオが瓦礫の間に倒れていた。
「――いたぞ! おい大丈夫か、ティオ!」
「お、お母さんが……」
瓦礫によって地面に縫い取られていた衣服の一部を切り離し、クルーデはティオを助け出す。彼女の口から出てきたのは――未だ避難の終わっていないヒトがいるという事実。
「まだ建物の中にいるのか!?」
「――来るわよ!」
チロチロと口の端から漏れ出していた黒炎のブレスが、大型もどきの口から勢いよく吐き出される。それはまるで津波のような勢いで、クルーデたちへと迫っていき――
「まずいっ――……?」
「早く……行って助けてきなさい! それまで私が時間を稼いでおくから!」
靄竜とクルーデたちの間に、大きな赤金の盾が張られていた。盾――というよりも壁の方と呼ぶにふさわしい、それほどの大きさでブレスを防ぎ続ける。
「……母親は俺が助けておくから。ティオは反対方向へ走って逃げろ」
「クルーデさんたちは……どうするんですか?」
今にも泣きそうな表情を浮かべて、ティオは問いかける。そんな彼女に心配させないよう、あくまで何でもないことのような気軽さで答えたのだった。
「あれを片付けないといけないだろ。……なに、安心して任せていればいいさ。俺もフラルも、あんなものに負ける程弱くはない。分かったな?」
『必ず助け出す』という言葉にティオが頷いたのを確認して――クルーデは店の中へと走り出した。
「――大丈夫かフラル!」
奇跡的にも大きな怪我を負っていなかったティオの母親を見つけ、安全な場所へと運び出したのち――クルーデは一人時間を稼いでいたフラルへと駆け寄る。
「……私のパートナーにしては遅すぎ……じゃないかしら」
「お、おい!」
フラリとよろめく身体を受け止めようとしたクルーデだったが、右腕で支えた瞬間に手袋が音を立てて焦げ始める。手袋をしてない部分にもジリジリと伝わってくる熱量に、クルーデは思わず声を上げる。
「熱っ!?」
黒炎を受け止めていた盾の熱がフラルにも伝わって――今では彼女自身の身体が、周りのモノを焦がすほどの高温となっていたのだった。普通の人間ならば死んでいるような状況でも、彼女の本質は“竜”である。今の見た目はヒトのそれであっても、硬質な赤金の鱗で全身を覆われているような状態だった。
「……私に触ると火傷するわよ」
「こんな時でも冗談を言う余裕はあるんだな……!」
そんな会話を続けながらも、フラルの身体はクルーデの衣服を焦がしていく。
「いい加減離しなさい。右腕も使い物にならなくなっても知らないわよ」
飼い主のプライドからか――まともに立っていられない状態のフラルが、それでも身をよじりクルーデから己の身体を引き剥がそうとする。しかし、そんなことに構っていられないと、クルーデは彼女の腕を掴み支え続けていた。
「お前が離さなかったからこそ、こうして生きている俺が――火傷程度でお前を離すわけにはいかないだろうが!」
「――はぁ……」
フラルは『これでも、相性の悪い相手で疲れてるのよ』と呟きながら、真剣な声音のクルーデの額を兜越しに指で弾く。
「あーやだやだ。敵も味方も熱くなっちゃって、身体が火照って仕方ないったら。私が少し休んでいる間に、誰かが片付けておいてくれないかしらね」
「任せていろ――選手交代だ」
言うな否や、クルーデはフラルの盾の横を抜け、靄竜の前に躍り出たのだった。
標的がクルーデへと変わったことを確認して、フラルは大きく後ろへと下がった。大きく息を吸い――背中から大量の金属片を乱雑に生やしていく。
「……少し前まで首輪を付けられて転がされてた子が、いつの間にかカッコいい台詞吐くようになっちゃって」
バリバリと服の背中部を破っていきながら、金属片は数を増やし、面積を増やし。人の姿を取っていたフラルの影を、更に無骨な、異形の物へと作り変えていく。その中でも一際大きく飛び出した金属板は――まるで一対の翼のようにも見えた。
――金属片、金属板の周囲が熱によって揺らぐ。
外気との接触面積を増やすことによる急速冷却だった。著しく体力を使うのだとしても、後々の援護を行うのに今の状態ではそれもままならない。内心もどかしい思いをしながらも、フラルは靄竜へと斬りかかるクルーデをただただ見守っていた。
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