第15話 貴方はどうしたい?

「実際に近づいてみると、かなりデカいな……」


 クルーデが剣で斬りつけるも、その前足には傷すら付かない。爪と牙に加えて長くしなやかな尾による攻撃、極めつけは黒炎のブレスと――これまでとは何もかも、規模が違っていた。


「チィッ!」


 いくら刃を当てたとて、一向にダメージを負う様子のない靄竜に舌打ちするクルーデ。腹などの柔らかいであろう、生物ならば弱点となる部分をあらかた狙ってみるものの、そちらも手ごたえがなく。これには思わず苦言を漏らさずにはいられなかった。


「剣が通らないって……どうするんだよ、これは!」


 黒炎のことがあるにしても、あのフラルが防戦一方という状況が腑に落ちなかったのだが――この硬さならば合点がいく。赤金の鋼線も、赤金の大剣も。彼女が無理だと判断したのならば、なおさら自分には手の打ちようが無いではないかと、クルーデは嘆息する。


 攻撃の速度だけで見るのならば、フラルよりも数段落ちるのが唯一の救いだった。爪も尾も、回避するだけならばその動きを見てからでも十分に間に合うほどで。唯一、黒炎のブレスにだけ注意しておけば、致命傷だけは避けることができていた。


 そうしてジリ貧ながらも、なんとか攻撃を防いでいるクルーデ。尾による鋭い一撃を躱し、ブレスを建物の壁を蹴って避けたところで――


「クルーデ!」


 名を呼ぶフラルの声と共に、クルーデの身体が後方へと引っ張られる。


「……もう休憩はいいのか?」

「えぇ、おかげさまでね。それはそうと――」


 多少は疲労の色が見られるものの、元の調子を取り戻したフラル。そんな彼女を見て、さぁ、今度こそ二人で目の前の敵を仕留めようと。そう一歩踏み出したクルーデだったが――


「貴方、私の為に空を飛ぶ覚悟はある?」

「…………は?」


 ――フラルの言葉に耳を疑うのだった。






「おい待て……これは本当に大丈夫なのか?」

「……貴方が言われた通りにできるのなら大丈夫よ」


 これほどまでに、フラウの相手の『考えが読める』能力を羨ましいと思ったことはない。そんな感情を滲ませながら問うクルーデに、フラルは何事もないかのように答える。


 ひっそりと会話している二人がいるのは、建物の間の細い路地で。その場所に不釣り合いに張られた数本の鋼線、それらで作られた即席の射出機の上にクルーデはいた。


「私が飛び出して囮になるから、貴方はただその時に備えていればいいわ」


 そう言い残し飛び出すフラル。獲物が目の前に出てきたことで、靄竜は間髪入れずブレスを吐き出す。即席で赤金の盾を張り、耐えるフラルに追撃の尾が叩きつけられる。


「くぅっ――!」

「フラルっ!」


「いいから! 黙って待っていなさい!」


 声を張り上げ、クルーデを黙らせる。そうして攻撃を耐え続けていくうちに――次第にその尾の動きが鈍り始めていた。


 張り詰めることなく、切れることなく。幾重にも重なる赤金の線。


 その足に、尾に、牙に。不用意に動き続けた結果、知らず知らずのうちに赤金の糸が絡まり続け、今となっては足を踏み出すこともやっとなまでに雁字搦めに捉えている。


 そうしてクルーデの潜んでいる路地の前へと靄竜が出てきたところで――


「――いくわよ」

「お――おぉ!?」


 フラルによって留め金が外されたことで、ギリギリまで押さえつけられていた鋼線が元の位置へと戻ろうとする。――当然、上に乗っていたクルーデの身体はぐんっと前方へと押し出され、勢いよく空中へと投げ出される。


「おおおおぉぉぉぉ!」


 フラルと事前に打ち合わせていた内容、それは至極単純なことで。手足が駄目で、腹も駄目なら、残るは頭部しかないと。それならば射出機で撃ち上げ、一撃を叩きこんでしまえと、そんな粗雑で大胆な作戦だった。


 その目論見は見事に当たり、クルーデの身体は靄竜の横っ面へと急速に接近していく。そうして、彼はぶつかる勢いそのままに――その左目へと手にしていた剣を突き刺したのだった。


「――――!!」


 恐らく声をもっていたのならば、耳をつんざくような絶叫が響いたことだろう。狂ったように暴れる靄竜から振り落とされないよう、クルーデは必死に剣にしがみついていた。


「そのまましっかり掴まってなさい!」

「ここからいったいどう――っ!?」

 

  遥か下から届いてきたフラルの声に反応するように、瞬く間に形を変えていくクルーデの左腕。それは元の義手の面影を残すことなく――大きな赤金の“つち”へと変化していた。それが何かを言わんとしているのか察して――


「食らえぇぇぇぇ!」


 ――クルーデはつちを勢いよく剣へと振り下ろす。


 その衝撃は柄から一直線に走り、鍔が目玉に当たるまでに深々と剣が突き刺さる。脳へと達するであろう一撃に、靄竜が耐えきることはなく――たちどころに黒い靄をあたりに撒き散らしながら霧散していくのだった。


 消えていく寸前――


『――――セ――――』


 それは、ほんの一瞬の間のこと。空っぽのはずの黒い靄から、フラルには何かが見えたような気がしたのだった。






「狭い範囲での移動じゃ向こうの鼻も誤魔化せない、か……。いっそのこと、大陸単位で移動し続ける必要がありそうね。ねぇ、クルーデ」

「……なんだ?」


 元凶が消えたことにより炎の収まったヴァープールの街で――互いの無事に安堵し母親と抱き合うティオを遠目に眺めながら、クルーデはフラルの言葉に耳を傾ける。


「私と逃げながら、当分終わりそうのない旅を続けることになるわ。……下手をすると死ぬまで、休む暇も殆ど無い戦いの旅よ。……貴方はどうしたい?」

「…………」


『どうしたい』と問われたところで、クルーデの腹のうちは決まっていた。


「――やっぱりそうよね、このまま引き下がっているのも癪だもの」

「……おい、まだ何も――」


「それじゃあ、次の目的地はどこがいい?」

「――心を読むな!」


 一言もまともに発していないままにどんどん話を進められ、堪らずクルーデは声を上げる。別段、否定するような部分はどこにもないけれど、せめて自分の口で言わせてくれと。そう非難しようとしたのだが、続くフラルの言葉に毒気を抜かれてしまった。


「嫌ね、


 わざわざ心の内を読まなくとも。言葉を交わさなくとも。

 それぐらいのことが分かる程度には一緒にいたでしょうにと、彼女は微笑む。


「…………」


 まだファリネへとは向かうことはできなくとも、エルミセルを避けて動くようになろうとも、まだ大陸は三つも残っている。この世界は広く、移動手段も問題はない。――時間も、やりたいことも、気になることも十分すぎるほど残っていた。


 ならば言うべきことは決まっていると、フラルは高らかに宣言する。


「行きましょうか、新しい旅へ」

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