第10話 玉と石

 コンポートへと着いた二人は、いつものように船長たちに船を任せ、新たな目的地であるヴァープールへと向かっていた。


 道中の小さな街から街へと渡り歩き。日中は移動し通し、日が暮れたら宿泊、次の日の出には出発といった強行軍だったものの――そこはフラルの財力に任せた、乗り物を利用してのものだったため、クルーデは黙って付いていく。


 そして現在、二人は道中の小さな街であるサンジェの宿屋で落ち着いていた。


 ここまで離れていると、流石にフラルの顔も通っておらず。あくまで普通の客と同じような扱いを受ける――とはいえど、それでも大金をはたいて店の中でも一番の部屋を借りていたのだが。


「ふぅん……。世は全てことも無し――とまではいかないけれど」


『あまり変わり映えしないわねぇ』と嘆息しながら一言。クルーデが剣の手入れをしている間、フラルはベッドに腰掛けて。表裏と大量に文字が書かれた大判の紙を眺めていた。


「……何を読んでるんだ?」

「何って、情報紙に決まっているじゃない。貴方には私が世捨て人にでも見えるのかしら」


 人の頭の中を覗けるフラルでも、紙に対してそんなことを出来るかと言われれば答えは否で。こういった物に関しては、億劫ながらも自身の目で読んで確かめる必要があった。フラルはクルーデに一瞥することもなく、紙の上へと視線を走せながら内容をつまんで話す。


 世界的な出来事については、ファリネ騎士団の魔物討伐。大量の竜に襲われていたナヴァランに墜ち、そして再び飛び去っていく流星。エルミセルで捕らえられた革命家の拘留について。


 クルーデにとっては新鮮な情報だったものの、フラルにとって特に目新しい情報などは載っておらず。どこかの記事の端っこにでもクルーデの事が書いていないものかと淡い期待を抱いていたのだった。


「エルミセルは閉鎖的で接触を嫌ってるとか言っていなかったか」

「何処からともなく情報を仕入れてるのよねぇ。まぁ、出処が分からないもの、必要の無いもの限っては話半分程度に受け取っていればいいの――あら」


 何やら見つけ、意外そうな声を上げるフラル。彼女は何事かと首を傾げるクルーデに手招きをし、先ほどまで自分の見ていた記事を読ませようとする。


「あらあら。クルーデ、ここ見てみなさいよ」

「……?」


 そこに書かれていたのは、二人が少し前までいたグラチネでの出来事。例の靄竜がどこからともなく現れ、いつの間にかいなくなっていた、という内容の記事だった。


「被害はそれほどでもないらしいな、やはり目的は俺たちってことで確定なのか」

「それはそうなのだけれど、今してるのはその話ではないわ。ここよ、ここ。『赤金の剣士』ですって」


 グラチネでのクルーデの戦闘について、ざっくりとした内容だが途中から書かれている。


「えらく小さく扱われているんだな。間違った部分はそうないが」

「そりゃあ、『赤金の兜と鎧を身に纏った剣士が、黒竜を退治して既に陸から遠く離れた船へと飛び去っていった』なんて与太話にしか聞こえないでしょう?」


 自分の存在を与太話扱いにされて複雑な心境のクルーデをよそに、フラルは再び情報紙へと目を落とす。


「誰にでもできるお料理レシピ、ナヴァランの工房で作られた新作鎧――ここらあたりになると殆ど必要のない情報ばかり。まぁ、そこまで期待していなかったのだけれど」


 工業都市ナヴァラン魔法都市エルミセルの亀裂は世界中に影響を及ぼし――必要か不必要かに関わらず、様々な情報が縦横無尽に流れている。フラルはそちらの方もざっと目を通すだけ通しておき、それを丁寧にベッド脇の棚へと戻しておく。


「船旅ばかり続けているとこういう部分が疎かになってくるから、陸路を往く時ぐらいはしっかりと情報を集めておくものよ。ま、明日中にはヴァ―プールに着けるでしょう。そろそろ貴方も寝ておきなさいな」






 そしてヴァ―プールに着いたのは、翌日の日も暮れた頃。初めて街を訪れる度に感嘆の息を漏らすクルーデだったが、今回については今までと比べ物にならないぐらいの深い吐息だった。


「……こんな所もあるのか――」


 地上から洞窟へと入っていく時には疑問符しか浮かばなかったが、それも仕方のないこと。地下に広がっていたのは大空洞。小さな街が一つ、すっぽりと収まっているのだった。


 日の光の当たらない地下で、所々でほんのりと辺りを照らすランタン。その他にも、様々な輝きをした大型の鉱物結晶が街の岸壁から顔を覗かせている。


「鉱物の街――昔から魔法の触媒として使われることが多かったのだけれどね。この辺りでは様々な種類の宝石が取れるということで、一つの街が作られたの」


 実状としては、既に目ぼしいものはあらかた掘り尽くされたあとで。残っているのは触媒として使えない種類のものか、たいした大きさではないものばかり。それでも今もなお街として機能しているのは、装飾品としては十分すぎるためだった。


「――で、逃走場所にここを選んだ理由は? ただ単に距離が離れているから、というだけではないんだろう?」

「もちろんよ、仮にも宝石鉱山だったんだから採掘穴が至る所にあるのは分かるわよね。地上の様々な場所へと移動するのに、都合がいいように作られているの」


「今後はこのヴァ―プールを経由しながら、私の所有している複数の別荘を転々とすることになるわ。……目安としては一か所につき、三日から四日ぐらいといったところかしら」


 そもそもフラルがこのヴァ―プールを選んだのも、この滞在期間の猶予を測るためで。コンポートに船と待機させている船頭たちにも、少なくともこれぐらいは滞在することになる、と別れ際に伝えていたのだった。


「移動には四半日はかかるし、今日はここに泊まりましょう。もしものことがあるといけないから、朝には出発するけどね」






 宿屋の中にも照明として使われていた宝石――透明に少しだけ薄紫のかかったような、そんな色合いをしている結晶だったが、クルーデはこれまでの街でそれを見かけたことについてフラルに話す。


「あれは確か剣の柄に埋め込まれていたと思うんだが、これほど大型のモノなら盗まれたりしないのか?」

「それは魔法避けの宝石でしょう? これはよく似ているけど、中身が空のただの結晶石よ」


 外面は同じように見えても、似て非なるもの。口には出さないけれども、彼が結晶石と己を重ねていることは、頭の中を覗くことができるフラルには手に取る様に分かった。


「玉石混交。とは言うけれど、所詮は見る者の価値観で勝手に分けているだけ。それがただの石にしか見えなくとも、そこらの宝石よりもずっと役に立つこともあるわ」

「……意外だな。『宝石のような輝きも宿してないただの石に、存在する価値なんて皆無だわ』ぐらいのことを言うかと思ったが」


 自虐に近い気持ちで言葉を続けるクルーデに返ってきたのは、フラルの溜め息だった。自分の中身が空である、という事実に対して気丈に振る舞っていながらも、不安な気持ちがどこかにあるのは明白で――


「綺麗なものが好き、ということは否定しないけれど――何にでも役割というものがあるでしょうに。どれだけ大量の宝石があったとしても、それで家を造ることなんてできないし、できたとしても住みたくはないでしょう? 外側だけで本質を見ようとしないのは馬鹿のすることよ」


 全ての宝石が最初からその輝きを宿しているわけではない。ヒトの手が入り磨かれるからこそ、価値が生まれるものだとフラルは知っている。それは魔物にはない、人の姿をして人の生活に溶け込んでいるからこそ得られる喜びだった。


「記憶の失う前の貴方と、こうして一緒に旅をしている貴方。どちらの方に価値があるだなんて、そんなことを考えていても仕方がないこと。私を飾るものは私が決めるし、私の手で磨き上げるぐらいはするわ」


 だからこそ、目の前のクルーデでなければならない。宝石でもただ石でもいい。今のままでもなお鈍く光を放っているこの青年が、更に自分の手で美しく輝くこと――その未来が、フラルにとっては楽しみで堪らなくなっていた。


「ただ――あのだけは。あれだけは、あのままにしておくわけにはいかないけどね」


 かつての知己とは似ても似つかない。それなのに、想起させざるを得ないその姿は不愉快極まりないと、フラウの言葉には嫌悪感が滲んでいた。


 発生――そんな言葉がぴったりで。目的も分からず、なぜ現れたかも分からない正体不明の黒い竜。一時的に騙すことはできても、永遠に止む事はないだろうと、その存在はフラルにとって目障り以外の何物では無かった。


「生物でもないのに湧き出てくるには何か理由がある筈よ。その元凶も、いつかは叩かなければならないのだから――」


 そうしてフラルはいつものように、どこか気怠げに肘を突きながらクルーデの方に笑いかける。愛おしそうに、大切なものを眺めるような、そんな笑顔で。


「その時はちゃんと仕事してもらうからね、『赤金の剣士』さん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る