第12話 全部終わったら
「な……な……」
「……ん?」
――開いて塞がらない口。
ぼろぼろと地面に落ちて、散乱する木の実。
「お、お前は……もう少し、食を楽しむことを覚えたらどうだ?」
食欲を刺激する香ばしい匂いの中、キビィは怒りに打ち震えていた。
きっかけは十数分前。二人が次の街、アヴァンへと向かっている道中でのこと。
『私の護衛として旅をしている以上、食事にも細心の注意を払ってほしい』
生きている以上、腹は空くもの。それはこの世界における絶対の理であり――常に移動の繰り返しで休息もままならない二人にとって、大きな障害となっていた。
そう都合よく毎日街に立ち寄ることができるわけではない。料理屋でしっかりとした食事を取れるとは限らない、というのも仕方のないこと。持っていた保存食を食べて凌いでいる中――とうとう“美食家”であるキビィから不満が出たのである。
こうなったらもう、現地調達しかない。海の上で一度経験しているのだから、別に構わないだろう。そんな話になり、運よく鶏型の魔物を狩ったまでは良かったのだが。
『こいつは……木の実と合わせて食うのが一番だな!』
降って湧いたように現れた食材に――期待を膨らませながら木の実を取りに行ったのが間違いだった。料理の全てをテリオに任せ、目を離したのがキビィの失敗だったのだ。
腕いっぱいに木の実を抱え、爛々と戻ってきたキビィ。そんな彼女を迎えたのは、あまりにも衝撃的な光景で。腕の力も抜けてしまった結果、バラバラと音を立てて木の実が落ちていく。
突然の物音に振り返ったテリオの目に映ったのは――まるで世界の終りを見たかのような、キビィの絶望的な表情だった。
――と、いうのが冒頭の出来事である。
「――見てみろ、この肉を! なぁ!」
キビィの声は半ば悲鳴のようになり、その目には薄ら涙も浮かんでいる。
「キレイに捌けているだろ。狙って首を撥ねたから、後処理が楽だったし」
「違ぁう! 処理も大事なんだが、もっと根本的な問題だ!」
自慢げな表情をしていうテリオだったが、それが更にキビィの神経を逆撫でしてしまう。怒りに任せてブンブンと振るキビィの手には、鶏の手羽元であろう物体があった。
キビィが付け合せの木の実を採取している間に、テリオが用意したのは――少量の調味料を振りかけて、食材をただ直火で熱を通しただけのもの。
食べることのできる部分は残っているものの、それ以外は全部炭。料理とは程遠いものを出され、せっかくの食材の一部が無駄になったことに、溜まりかねたキビィがこうして憤慨しているわけである。
「いや、魔物を倒す時に処理のことを意識してくれるのは嬉しいんだがな!? 火力の調節もせずに焼いているから外側が真っ黒じゃないか! せめて私の食事を用意する時は――」
ずい、と顔を近づける様は、威圧のそれだった。
その表情は真剣そのもので、殺意すら湧いているようにも見える。
「火力を抑えず直火で焼くのをやめろ」
「そんなことを言われても……。俺はこれでも十分なんだが」
テリオが肉に齧り付くと、表面の焦げがサクサクと音をたてた。焼いたばかりなので舌を火傷しそうなものの、中の方はちょうどいい具合に火が通っており、テリオは黙々とそれを頬張ってみせる。
「お前はいったい何日私と旅をしてきたんだ! 何を見ていた!? 私がこんな黒焦げの料理を食べたことが一度でもあったか!?」
「まだ数日しか経ってないんじゃ……」
テリオは物心がついたころから孤児院にいた。親もおらず、助けてくれる親族もおらず。自分と同じような境遇の子供たちが集まるその場所にあったのは、決して豊かとは呼べない食卓。
成長した今でもなお、その食に対しての価値観などが変わることのないままのテリオが、調理に関しての知識が無いのも仕方のないこと。もちろん経験なんてものも微塵も無いのだった。
「確かに、先生が出してくれた料理はこんなに焦げていることは無かったな」
ふと蘇る孤児院での記憶に、テリオの表情が曇る。
街の飲食店で出されるようなものとは程遠い質素な料理。それでもテリオにとっては、それが唯一の家族の食卓だったのだ。
「――……」
そんなテリオの様子を見て、キビィもそれ以上文句を言うことなく。先ほどとは打って変わって真剣な表情になっていた。
「……あの時から、お前の様子がおかしいことは分かっている」
「…………」
あの時――アルデン付近にあった屋敷での、クルーデとの戦い。そして決別。
これまで信じて疑わず、障害を越えてまで追い続けてきた親友に、はっきりと殺意を向けられたのだ。突きつけられた現実に、テリオがどれだけのショックを受けたのか。そんなことはキビィには想像がつかない。
「……貸せ!」
「あ、あぁ……」
キビィは静かにテリオの持っている肉を取り上げると――焦げている部分を削ぎ落とし、少量の調味料で味を調え、採ってきた木の実と合わせて突き返す。
「苦いものを食うから、そんな苦い顔をしてるんだ。美味いものを食わないから、気分が沈んだままになるんだ。美味い飯を食え」
キビィの内を占める楽しいことと言えば、食べることぐらいである。彼女には、テリオを励ます方法など、このぐらいしか思い浮かばなかった。
「……旅のついでに料理を覚えればいい。自分のことぐらい、自分で回復できるようになれ」
キビィはため息を吐きながら――自分の持っていた肉の、黒焦げになった皮の部分を削ぎ落としていく。そして、ようやく料理にあり付けると。大口で肉に齧り付きながら続けた。
「もちろん私もその料理を食うのだから、中途半端は許さないからな!」
キビィがむしゃむしゃと食事を取っている間、テリオは自分の残った腕――生身の左腕を眺めながらぼんやりと思いを巡らせていた。
「……料理の一つでもできるようになれば、カリダ先生の手伝いもできるか……」
全てを終えてからの、ルヴニールでの生活のこと。それが呟きとして表へと出てくる頃には、キビィは既に食べ終わっており。料理が黒焦げだったことも忘れたのか、満足そうな表情をしていた。
「あぁ、互いにいいこと尽くめだ。それに――」
「……それに?」
前方へと駆け出すキビィ。あっという間に坂を上り終えると、テリオを手招きする。追いついたテリオが、山の中腹から見下ろした先に見えたのは――渓谷、そして街。エストラへと続く渓谷の道、それの入り口であるアヴァンである。
「――アヴァンは“料理の街”とも呼ばれている」
遠くからでも確認できる、赤茶けた石造りの建物群。それは渓谷の入り口部分から放射状に延びており、建物に挟まれた通りでは多くの人が行き交っていた。
「きっとお前にとって、忘れられない場所になるはずだ」
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