第2話 対称の二人

 騎士団によって黒龍の討伐が確認されてから二時間。日は落ち、街は夜闇に包まれ始めていた。ルヴニールの建物も次々と明かりが灯されていくその中で、孤児院の一室だけが未だに暗いままだった。


「テリオ……クルーデ……」


 二つある部屋のベッドの両方が埋まっており、その二人共が未だ眠りに落ちている。――森で被害に遭った後、テリオとクルーデは急いで孤児院へと担ぎ込まれ、自室のベッドに寝かされていたのだった。


 そんな薄暗い部屋の中心で。

 ミーテは椅子に座り、両手を組み、ただ只管に祈る。


「神様……」


 机やベッドなどの家具類は、左右対象で置かれている。半分から左がテリオのスペースで、右がクルーデのスペース。時には背中合わせに、時には向かい合って。何をするにも鏡合わせのようだった二人が――同じように傷つき、倒れ、眠りに落ちているのだった。


「団長さん……二人は……」


 部屋の入口では初老の女性と、ひげをたくわえた男が話をしていた。二人のうち男性の方は、森でテリオたちを助けた騎士団長ルティスで。もう片方の女性は、孤児院の経営者カリダである。


「医療班によると、既に峠は越えたそうですが……」


 騎士団による迅速な応急処置が功を奏したようで、始めの方は悪かった顔色も今では少しずつだが回復していた。しかし二人の腕は、包帯の上からでも容易に判別できるほどに短い。


「……申し訳ない。この大陸の技術では……」

「二人とも……私を庇って……」


 左腕の肘から先を失ったクルーデ。

 右腕の二の腕から先を失ったテリオ。


 治療魔法によって自身の持っている回復力は引き上げられているものの、失われた腕は元には戻らず。今は無意識に暴れて傷が開かないよう、二人の身体はベッドに縛り付けられていた。


「黒龍の影響で、森の魔物に変化が起きないとも限らない。彼らが目を覚ますまでは、騎士団もこの村に留まっているでしょう。今後、どうしていくかはその時に」

「分かりました……よろしくお願いします」






 怪我のショックと治療の副作用により、高熱がしばらくの間続き――完全に熱が下がったのは数日後。日が昇って少しして、目を覚ましたのは二人同時だった。


「……起きてるか? クルーデ」

「……ああ」


 起きて一番に二人の目に入ったのは、己の腕に巻かれた包帯だった。テリオも、クルーデも肉体的な痛みは治療によって殆ど無いものの、大きな喪失感を受けてしまう。


「無くなっちゃったな……俺たちの腕……」

「…………」


 二人が年相応に泣き叫ばず、どこか悟ったような反応だったのは――治療により痛みが残っていなかったからではなかった。


 ――孤児となった経験、かつて大切なものを失ったことがあるから。そして、ミーテを護るための正しい選択だったと信じ切っていたからだった。


「テリオ、お前見たか? あの龍にとどめをさした人――」

「騎士団長……カッコよかったな。でも……俺たちじゃもう……」


「二人とも、目を覚ましたのかい?」


 二人して天井をボンヤリと見上げていると――タオルの替えを持ってきたカリダが入ってくる。部屋の明かりが彼女の手によって灯され、二人は上体を起こした。


「……おはようございます。カリダ先生」

「ゴメン……大怪我しちゃって。これからは、あんまり手伝いできないかも」


「…………!」


 年長組として、他の子供たちの見本に。そう二人に常に言ってきたカリダだからこそ――彼らがそう言って薄く笑う姿を見せられて、胸が締め付けられるような思いだった。


「いいんだよ、生きて帰ってきてくれただけで……。それだけで十分さ」


 ふと緩みかける涙腺。震えそうになる声を抑えて。カリダは二人にそう返すのが精いっぱいで。そんな中で突然、入口から部屋にかけて長い影が伸びる。


「……よろしいですかな」

「丁度良かった。今、目を覚ましたところです」


 入り口の外から聞きなれない男性の声がして、二人は首を傾げる。


「団長さんから話があるそうだよ」


 テリオ達の椅子を引きながら、そう言って声の主を中へと促すカリダ。


「……ありがとうございます」


 部屋にぬっと入ってきたのは、まるで獣のように雄々しい髭を蓄えた大男だった。その顔に殆ど見覚えがなかったものの、先のカリダの言葉と間違えようのない体躯たいくによって二人は瞬時に理解し息を呑む。


「ルティス……騎士団長……?」

「ほ、本物……」


 礼を言いながらルティスは、椅子にどっかと腰を下ろし――まず一番に、二人へ深々と頭を下げた。


「若い君たちの未来を守れなかった。なんとか最悪の状況だけは防げた、というのは言い訳でしかないだろう。本当にすまない……!」

「あ、あの……」


 明らかに目上の、それも憧れの人物である騎士団長に頭を下げられ、テリオは言葉に迷う。そして、しどろもどろながらも感謝の言葉を返したのだった。


「こ、こちらこそ! 本来なら、命を助けられた俺たちが礼を言うべきなのに……」

「いや、龍を森に入る前に仕留しとめきれなかった我々の落ち度だ。恥を忍んで告白するなれば、本来ならば出ることの無かった犠牲だ。……騎士団長として、できる限りの償いはしたい」


「…………」

「……未来を守れなかったと謝罪するのなら――」


 どう声をかけていいか分からず沈黙するテリオを置いて、クルーデが静かに口を開く。――その後に続いた要求に、テリオは耳を疑った。


「できる限りの償いをするというのなら。俺を、騎士団に入れてほしい」

「クルーデ……!?」


 騎士団はこの大陸に住む少年たちの、テリオとクルーデの憧れ。


 村の中で持て囃されていたところで、大都市に住んでいるのならともかく、こんな端の方にある村出身の少年など、騎士団の目に留まるまずもない。チャンスを掴むためには実力だけではなく運も必要なことぐらい、クルーデにも分かっていた。


 少なくとも、実力については可能性がある。そして今、これ以上にない幸運が向こうの方からやってきたのである。怪我の功名と言うには代償が大きすぎたものの、ここで足踏みをしている暇はないと、そうクルーデは判断した。決断した。このチャンスを逃すわけにはいかないと、だからこそ要求した。


「でも、その腕で……」

「失ったのは利き腕じゃない方だ、それも肘から先。義手さえ用意してもらえれば、なんとかなる。戦えるかどうかは――あんたが見て判断してくれ」


 ただ騎士団に憧れただけの少年が、その場の勢いで出した妄言ではない。一世一代の賭けとも取れるその気迫を確かに、ルティスは感じ取った。


 騎士団長としての目は節穴ではない。自分が止めを刺す寸前、黒龍の上顎を貫いていた剣は視界に入っていたし、それが目の前の少年たちによるものということは予想が付いていた。


 その上で、ルティスが出した答えは――


「……騎士団は私一人で成り立っているわけではない。無条件で入団を許可するわけにもいかないのは分かるな?」

「それじゃあ……」


「半年後に入団試験がある。もちろん、正規の判定よりは緩くするが、私が戦えないと判断した場合は、諦めてもらう。……それでいいだろうか」

「……十分すぎる条件だ。判定も緩くする必要はない。余裕でパスしてみせるさ」


 テリオは驚きの表情でクルーデを見るが、クルーデは真っ直ぐにルティスを見据えていた。村で一番というプライド、自信によるものなのかその視線は力強い。


「……分かった。それで、君はどうする?」


 そしてその視線の先にいるルティスは、テリオへと顔を向け尋ねる。君はどうするのか、と。剣を取って、騎士団として戦うつもりはあるのかと。


「もちろん、入団希望でなくても構わない。きっちりと二人分、こちらで義手は、用意させてもらおう」

「俺は……戦わない。義手さえあれば十分です」


 クルーデのように、ハンデを背負って戦い続ける気力などない。自分はクルーデのようには生きられない。それがテリオの答えだった。


「……そうか」


 ルティスとしては、家族が二人増えたところでなんら問題もない。そう考えての提案だったが――それでもテリオが村へ残ることを選ぶのならばと、ルティスはそれを尊重することにした。






 憧れの騎士団への切符を前に、戦い続ける日常へと迷わず手を伸ばしたクルーデと――憧れを棄て、静かに暮らすことを決めたテリオ。


 この日、この時から。


 それぞれの未来を選択した二人は、別々の人生を歩み始めるのだった。

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