広川式 偉人の箱

wisteria

一席目 内と外


過去が現在に影響を与えるように、


未来も現在に影響を与える。




- ニーチェ -




退屈だ。

億劫だ。

この生産性のない日々に飽き飽きしている。


正直こんな人生誰でも生きられる。

例えば自分ではない誰かが自分の器に入ったとして同じ人生を送ったとしよう。

さほど変わらない毎日が送れるはずだ。


僕じゃなくていいのだ。

じゃあ自分ってなんだ?


そんな質問パスだ、考えるのも億劫だ。


『なんて哲学的なことを言ってもこの日々が変わるわけないんですけどね』


変化は変化の方からはやってこない。

いつの時代もそうらしい。

だから変化をもたらした偉人は評価されるのだ。


毎日の中に変化するきっかけはいくらでもある。

例えば学校。少し話し方を変えるだけで周りにその変化は伝わる、伝えることができる。


しかし強すぎる変化は時に毒を齎すのだ。


俺は小さい頃から親父の転勤でこれでもかと言うほど環境の変化を経験してきた。


その変化に退屈を感じたのは高校3年の秋。

周りは受験勉強まっしぐらの中、俺は荷造りをしていた。


その時自分の今までの人生に価値を見出すことはできなくなったのだ。


だから変化はいらない。退屈な毎日はこれほどにも安心感を与えてくれるのだ。


そんな時に耳に変化が訪れる。


ピンポーン…


『人が変化をもたらすのは勘弁だと言ってる時にこの静かな時間を奪うのは一体どなたですかね…』


面倒くさがりながらも居留守は使わず玄関に足を運ぶ。

郵便の不在票ほどこの世で面倒な置き土産はない。


『はいはい。』


ガチャ


『よぉ!』


ドアを閉めようとするが足で止められる


『一体何の用だ』


『新聞取りませんか?』


『間に合ってます』


『NHKの集金です』


『うちにテレビはありません』


『何をすれば入れてくれるのだ?』


『3回回ってワンと言え』


『… … … ワン!』


本当にやりやがった。


『要件を言え』


『いやぁ夕飯作りすぎちゃってよぉ!貰ってくれねぇか?』


『そういうことなら先に言え』


『悪い悪い!』



こいつは大学の友…知り合いの荻窪 令だ。

実家が骨董品屋らしいのだがたまに最新ゲーム機が陳列されていて骨董品に興味のない人間も足を運ぶ。


こうしてたまにこの冴えない一人暮らしの大学生に作りすぎたわけでもなく予め俺の分も作ってある夕飯を持ってきてくれる唯一の人間だ。


『ところでナオ、お前何してたんだ』


『人生は億劫だなぁと一人感傷に浸っていた』


『相変わらずお前のいう事は難しい言葉が多くて何が伝えたいのかわからん』


『…』


こいつは本当に大学生なのだろうか

たまに同じ歳なのか疑ってしまう


『まぁそんな億劫だか六法だか知らんが』


『俺は法律を勉強する気はない』


『この俺様が今宵もとっておきの暇潰しを持ってきてやった』


『またか…』


こいつは毎度こうして風変わりな骨董品か最新ゲーム機を我が家に持ってくる。


『親父さんにいい加減叱られるぞ』


『大丈夫大丈夫!!よいしょっと』


『なんだ…これ』


やつが紙袋の中から取り出したのは一つの大きな木箱だった。

縦横40cmほどの大きな大きなただの木箱だった。


『ゴミを押し付ける気なら金輪際、うちの敷居は跨がせない』


『ま、まぁ待てって!こいつはただの箱じゃないんだぜ』


『どう見てもただの木箱だ』


『箱根寄木細工って知ってるか?』


『ああ…』


神奈川県箱根村地域で作られる伝統工芸品だ。

他の地域での木材工芸品ではあまり見られない模様が特徴だったはずだが。


『こいつぁなあ、その箱根寄木細工の大元、今から約200年前の職人が作ったっていうちょっと特殊な仕掛けの秘密箱っつうもんだ。』


『で、これをどうしろと』


『焦るな焦るな!俺はこれと同様に様々な秘密箱っつう工芸品を集めたんだがこの大きさの秘密箱は一つも見つかんなかったんだよ』


『確かに大きいな』


『しかもだ。この秘密箱、どうやら他の秘密箱とは少し技法が違うらしく簡単な仕掛けではないらしい』


『というと?』


『親父にこれを売りにきた客の話を聞いたんだが、こいつぁどういじっても、どこもかしこもピクリとも動かないんだとよ』


秘密箱は独特の仕掛けがしてある工芸品だ。

大抵の場合、側面を動かすと上蓋が動かせるようになる仕掛けだが…。


『で、お前はチャレンジしたのか?』


『一家総出でチャレンジした。』


『結果は』


『開けられなかったからこの状態でここにこいつがあるんだろうな。』


厄介だ。こいつが言いたい事はもう想像がついた。


『先に言っておくが、これを俺に開けろというならお断りだ』


『なんで言いたいことがわかったんだよ!?』


誰でもわかる…。


『お前が今まで話していた経緯や情報を聞いて、お前が一文字喋るたびにますます開ける気が無くなっていった』


『なんでだよ!』


『単純に考えろ。200年前の工芸品、開かない仕掛け、そしてこのサイズだ。開けられたとしてメリットよりデメリットやリスクの方が大きい。』


『それでも俺は中が見たい!』


『じゃあお前が開けろ』


『開かなぁい(泣)』


はぁ…木箱もこいつも面倒だ。



『とにもかくにもだ、開ける気はさらさらない』


『そんなぁ…』


『こいつはとりあえず置いていっていいから今日はもう帰れ』


『俺が帰った後に一人で開けて中身を独り占めしようってんだな!!』


外を指差す。


『雨が降ってるから持って帰るのは後日でいいと言っているんだ』


『あ…そういうこと…』



ーーーーーーー二席目へーーーーーーー




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