〔 お嬢さまの社会見学 〕③

 いったい何者なの? 危険な人物かもしれないわ。わたくしたちは恐怖でちぢみあがりました。

 でも、奥から出てきた人物は、ツル禿げで、痩せた、白い山羊髭やぎひげのお爺さんだった! 

 ブッシュマンのように裸足で腰蓑こしみのひとつ、しかし背中には弓矢を差している。そして顔には、なぜか真っ黒なサングラス。――どう見ても怪しい人物ですわよ。


「ここはじゃ、さっさっと立ちされい!」


 厳めしい声でお爺さんが怒鳴った。その声にみんなは縮み上がった。

 そ、その時ですわ! いきなり鶴代さんが叫んだ。


かめちゃん!」

「……ん?」

「亀ちゃん、あたしよ」

「おおー! あんたはつるちゃんかぁ~」

「亀ちゃん、懐かしい」

「――鶴ちゃん、おぬしも達者そうじゃあのう」

 そう言いながら、ふたりは再会のハグをしている。

 鶴代さんと旧知の仲とは……このお爺さんはいったい何者かしら!?

「婆や、その方はどなたですの?」

「お嬢さま、この方は先々代せんせんだいのご当主の蟻巣川亀仁ありすかわ かめひとさまでございます」

「ええぇ―――!?」


 これには、わたくし驚きましたわ。父の是仁これひとの前の当主は、祖父の鷹仁たかひとでした。――確か、その前の当主は祖父の兄だった人で、たった三ヶ月で当主を辞めて、放浪の旅に出たと父から聞いたことがあります。

 ずーっと行方不明だったのに、まさか生きていたなんて……?

「じゃあ、この方はわたくしの大伯父おおおじさまさまでいらっしゃいますの?」

「そうでございます。お祖父さまの兄上の亀仁さまでいらっしゃいますよ」

 裸足で腰蓑をつけた変な老人を、うやうやしく鶴代さんが紹介しました。

「この子は是仁の娘か? ほほう、なかなか美人じゃなぁー」

「大伯父さま、初めまして。わたくし麗華れいかと申します」


 わたくしはスカートの裾を摘まんで片足を曲げ、貴族のお姫さまみたいに、ご挨拶を差し上げました。

「わしは長い旅に出ておったからなぁー、何もかも変ってしまったわ」

 そういうと感慨かんがい深げにツルツルの頭を撫でている。

 この奇妙な老人に麗華は興味が湧いてきました。名家の令嬢が不躾ぶしつけなこととは分かっていますが、ついつい質問をしたくなりましたの。御免あそばせー。


「大伯父さま、ご質問申し上げてもよろしいこと?」

「ふむ、何じゃ?」

「わたくし、行方不明の大伯父さまは死んでいると父から聞いておりましたの。まさか元気でいらっしゃるとは驚きましたわ。――なぜ、わたくしの両親の結婚式やお祖父さまが亡くなった時にも、蟻巣川家にお戻りになられなかったのですか?」

 その質問に大伯父さまは困ったような顔で答えた。

「……そうなんじゃが、帰れなかったのだ。是仁の結婚式の時、わしはモロッコで傭兵ようへいとして雇われて戦っておったし、鷹仁が死んだ時は……南米クスコの大洞窟を探検中で道に迷って出てこれなんだ。麗華が生まれた時には、アフリカで裸族になっておったわ」

「大伯父さまって、そんな風に世界中を歩き回っていらっしゃるの?」

「そうじゃ、わしは冒険家なのだよ」

 自慢そうに、白い山羊髭をしごきながらいう。

「どうして、名門蟻巣川家の当主の座を捨てて冒険家になられたのか、理由わけを聞かせてくださいませ」

「――そうか、少し長い話だが聞いてくれるかのう?」

「はい! 喜んで」

 わたくし大伯父さまの話にわくわくしました。うふふっ

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