〔 お嬢さまの社会見学 〕④

「父が急逝して、十七歳でわしは蟻巣川家の当主を継いだんじゃが、まだ若いのでいろいろやりたいことがあった。その頃、うちにメイドとして鶴代さんが雇われてきた。わしと鶴代さんはお互いにひと目で好きになったんじゃ、初恋であった。そして、わしら二人は結婚したいと望んだが……周りの者たちに身分違いだと猛烈に反対されてのう、引き離されそうになった。

 何もかも嫌になって、わしは弟の鷹仁たかひとに当主の座を譲り、ひとりで放浪の旅にでたんじゃよ。その時に鶴代さんが路頭に迷わないように、蟻巣川家で終身雇用を約束させた。

 二度と日本には戻らないつもりだった。――いくらかの現金は世界中の銀行に預けてあったので、それを資金にして世界中を冒険しておったのじゃ。だが、一日たりと鶴代さんのことを忘れたことはない! オーストラリアのエアーズロックの頂きから星空を見上げて、わしは鶴代さんの幸せを祈っておった!」


 その言葉に鶴代さんのすすり泣きが聴こえた。

 あの気丈な鶴代さんが泣くなんて……ずっと結婚もしないで、蟻巣川家に仕えていたのは、きっと大伯父さまの帰りを待っていたからなのかもしれない。なんて純愛なの! 麗華、もらい泣きしちゃいますわ。 グスン……。

 もう、ふたりを引き裂く障害はありません! この麗華が大伯父さまと鶴代さんを応援しますわ。ハイ!

「最近なぁー、甥の是仁これひとと連絡が取れて……わしもこの年で日本が懐かしくなって……そっと、内緒で帰ってきた訳なんじゃあ。まさか、鶴ちゃんが元気で蟻巣川家にいるとは思わなんだ。わははっ」

 その言葉に鶴代さんも嬉しそうに笑った。


「――そんな風に世界中を自由に飛び回る大伯父さまが羨ましいわ。麗華なんかひとりではどこにも行かせて貰えないんですの。いつも黒鐘か、ボディーガードが付いてくるから……」

「そうか、お嬢さまは不自由なもんじゃのう」

「ええ、まるで籠の中の小鳥ですの」

「ひとりで外出など飛んでもありません! 虫っこ一匹殺せないような、か弱いお嬢さまにそんな危険なことはできませぬ!」

 黒鐘が渋面でキッパリという。


「感心せんのう。脆弱ぜいじゃくなお嬢さまに躾けるのは……」


 う~んと腕組みをしながら大伯父さまが言った。

「よしっ、こい! 麗華はわしが躾てやろう。」

 そういうと大伯父さまはわたくしの手を引っ張って、勢いよく走り出したんです。あーれー、どこへ連れていかれるのでしょうか? 

 しばらく走ると大きなログハウスが見えてきました。

 あれが大伯父さまがお住まいのお家でしょうか? 建物の側には人工の池があって虹色の噴水があがっていますわ。トレビアン!


「ここで待っておれい、わしは支度をしてくるから……」


 裸足に腰蓑を着けただけの大伯父さまは、建物の中に入って行きました。

 しばらく待っていると、ブォンブォンという騒音と共に一台の大型バイクが建物から出てきた。マシンには黒いレザーのライダースーツに身を包んだ人物が乗っております。

 ヘルメットで顔が見えませんわ。あのライダーはいったい誰かしら?


「麗華、ほれっ、後ろに乗るんじゃ!」

 わたくしにヘルメットを投げて寄こした男の声は、大伯父さまに間違いない。

 それにしても、さっきの裸族と大違いですわ。麗華ビックリ!

「しっかり掴まっておれよ!」

「はい、大伯父さま」

「行くぞぉ―――!」


 ブォンブォンとエンジン音を響かせてバイクは走り出した。わたくしたちの後を追いかけてきた黒鐘たちが驚いた顔で見送っています。

 これから、どこへ行くのかしら? 麗華わくわくですわ♪

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る